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シリーズ
1
日差しの強くなってきた朝の九時。携帯の着信音に起こされて、鐘辻鉄士(かねつじ てつじ)は布団の中から潜り出てきた。

「もしもし、鐘辻さんか?」
 
携帯から聞こえてきたその声に、鐘辻の眠気は一気に吹き飛ばされる。耳ざわりのいいその声の持ち主は、他でもない雪間秋(ゆきま しゅう)その人だった。

「あ、秋? 朝から電話してくれるのは嬉しいけど、今寝起きで――」
「じゃあさっさと話しを終わらせるから、余計なことは言わずに答えろ」
「な、なんの話なんだ?」
 
雪間のいつになく苛立った様子に、鐘辻は緊張を隠せなかった。一体どんなことを聞かれるのだろう、鐘辻がそう考えていると雪間は静かに用件をしゃべり始めた。

「このへんに医者はいないか? どうして怪我したかなんて詮索しないような奴は」
「秋、まさかお前怪我したのか!? すぐ行くから、今家にいるのか?」
「違うから来るな。怪我したのは俺じゃなくて珠樹の方だよ。ナイフで刺されて腕がザックリいってるんだ」
 
怪我をしたのが雪間ではないと知った鐘辻は、ひとまず安堵のため息をつくと、雪間のアパートから比較的近い位置にある闇医者の居場所を教えた。雪間はそれに対して短く礼を言い、電話を切ろうとする。

だが鐘辻はそれを呼び止め、とても言いにくそうに口を開いた。

「気を悪くしないで欲しいんだけど、俺は無料の案内サービスじゃなくて、情報提供で報酬をもらってる身だから、多少の見返りはもらいたいんだけどな、なんて……」
「……今度飯をおごってやるよ。悪いが急いでるんだ、また今度電話をかける」

一方的に電話が切られ、ツーツーと無機質な音が繰り返す。しかし鐘辻は落胆するどころか嬉しそうな顔をして、また布団の中に潜り込みながら、雪間との食事の段取りを考えていた。




白昼の通りは平日ということもあってか、休日と比べ人通りは少ない。

そんな中二人並んで歩く雪間と古座珠樹(こざ たまき)の姿は、ただでさえ少ない人の中でかなり目立っていた。スーツ姿の男とスカジャンを着て右腕を包帯でグルグル巻きにしていた男が一緒にいては、仕方のないことだろう。

「なー、別に医者なんか行かなくても大丈夫だって。このくらいそのうち治るよ」
「馬鹿、どう見たって縫わなきゃならないレベルでザックリいってただろうが。それに消毒だってもっときちんとしないと、細菌入って今より酷いことになるぞ」
「いつも大げさなんだよ雪間さんは。こんなの薬塗って包帯でも巻いてれば、すぐに元通りだって」
 
不満げな顔をする古座だが、雪間は気にすることなく先へ進んでいく。道は大通りを抜けた途端狭くなり、日中のはずなのに何故だか薄暗い雰囲気が漂っていた。
 
雪間はビルの合間を縫うように進みながら、後をついてくる古座を気にかけるように、時々後ろを振り返っていた。どうやら古座は腕の痛みがいまだ引かないらしく、その痛みが強くなるたび顔を引きつらせていた。

「まだ痛むのか?」
「大丈夫、このくらいなら我慢できるし……あ、あのさ、いきなり注射打たれたりとかしないよな?」
 
やけに心配そうな様子で尋ねる古座に、雪間は不思議そうな顔をする。だが単に古座が医者を怖がっているだけなのだと気づくと、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべ始めた。

「どうかな、俺は医者じゃないからな。でもその傷なら確実に何針か縫うことになるだろうな。皮膚と皮膚を、針と糸とピンセットを使って縫っていくんだ」
「ひ、皮膚を!? 雪間さん、もう大丈夫、治ったから帰ろう」
「駄目だ。ガキみたいに駄々こねてないで早く行くぞ。確かあのビルの一階らしい」
 
雪間は周りの建物に埋もれるようにして建っている一棟のビルを指さした。

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