シリーズ
3
複雑に入り組んだ細い路地を歩き、僕は商人に連れられ今にも崩れそうな古ぼけたビルにやって来た。ここで何をさせられるのだろうか、不審な目を商人に向けるが、商人は僕に不敵な笑みを見せるばかり。
中に入ると湿気った空気が僕の体にまとわりつき、そしてビル全体に流れる嫌な臭いが鼻を突いた。どんな臭いかというと言葉にはしづらいが、近いものがあるとすれば、汗と精液ときつい臭いの芳香剤だろうか。
商人は僕の手をしっかりと握ったまま狭い廊下をしばらく歩き、ふと立ち止まって、「管理室」とプレートに書かれた部屋の扉をノックした。
「入っていいぞ」と男の声がして、扉がひとりでに開かれる。部屋の中はビルの外観と違って、アンティーク調の家具や小物が飾られた、まるで古い屋敷の一室のような外観だった。
「やあ、来てくれるんだったら先に連絡をしてくれないと。それとも何か面白い物でも売りに来たのかな?」
部屋の奥で机に足を置きふんぞり返っているのは、恐らくこの部屋の主だろう。若くて軽薄そうな男だったが、どうにも現実離れした雰囲気を纏っていた。
「急ぎの用事でしたので、ご了承ください」
「まあ、そんなに気にするなよ。俺とお前の仲じゃん」
それきり二人はすっかり話し込んで、僕は完全に置き去りにされていた。
二人の話は僕にはよく聞こえなかったが、それでも「体で払ってもらう」だのなんだのという断片的な話は耳に入ってきて、僕はここに連れてこられた理由を薄々理解し始めた。
払えないなら体で稼いでもらう、つまりそういうことなんだろう。冗談じゃない、そんなことをするくらいだったら、劣悪な環境の鉱山で奴隷のように働かされた方がマシだ。
だから僕はこれ以上ここにいたくなくて、こっそり逃げ出そうとした。
「おっと坊や、逃げようなんて思っちゃ駄目だよ」
僕の気配を敏感に感じ取ったのか、いきなり男が僕の方を見て、カウボーイの真似でもするかのように投げ縄を投げてきた。
下手な投げ縄は僕の横を通り過ぎる。得体の知れない男だけあって、何が起こるのかとヒヤヒヤしたが、案外何もなくて安心した。とにかくこの部屋から早いところ消えてしまおう。
しかしホッとしたのもつかの間、僕の足に男の投げた縄が絡みつき、あっという間に僕は縄に捕縛された。
「なんだこれは! うぅっ、クソ、切れない!」
「可愛い顔して抜け目ないねぇ。まあ、そういう子を言いなりにさせるのが好きなお客さんも多いから大歓迎だけどね」
「僕が言いなりだと! ふざけるな、このゲスめ!」
怒りが限界にきて、僕は押し殺した声で呪文を唱える。それに応えるように懐からは鎖が躍り出て、商人と男に襲いかかった。
ところが僕が死ぬほどの苦労をして覚えたその術は、あっけなく打ち破られてしまった。
「面白いの使うね。なんか俺の縄と似ててシンパシー感じちゃうなぁ」
のん気にそう言う男は、普通なら壊すことなど不可能な鎖を、自分の体に巻きつく前に引きちぎってしまった。一体どんな握力をしていたらあんな真似ができるんだ。
僕は本能的に敵わないことを悟り、力なくその場に座り込んでしまった。
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