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シリーズ
1
ありえない、僕の頭に浮かぶのはその言葉だけだ。

数日前はあんなに理性的で思慮に満ちたシュヴァルツが、ついさっきは路上でアーテル相手に盛っていた。ありえるだろうか、誰がいるかも分からない公共の道で、あんなに堂々と性行為をするなんて。

思い出すだけで嫌な気分になってくる。僕が好きになりかけていたシュヴァルツは、やっぱり性欲の塊なんだ。
 
アーテルもアーテルだ。いつも文句は言っているけど、最終的にはシュヴァルツに押し切られ満更でもなさそうにしている。本当に嫌ならもっと抵抗でもすればいいのに。

結局アーテルもシュヴァルツも、年中発情している性欲の化け物に違いない。
 
僕はそんな二人に嫌気がさして、現在必死に逃げているところだ。

あの二人のことだから、僕を連れ戻そうとちょうど今頃追い始めているところだろう。だから二人が追って来ることができないほど遠くへ逃げる必要がある。とにかく今は、目的地も定めず、がむしゃらに走っていた。
 
この街は思っていた以上に大きい。僕が全力で走っても、いまだ郊外に出ることは叶わなかった。

いや、いっそ遠くの田舎に逃げるよりも、この街に潜む方がいいんじゃないだろうか。木を隠すなら森の中、人を隠すなら人混みの中だ。

それにこの街は不思議と人外の者も集まっていて、どうやらコミュニティーを形成しているようなので、そこに取り入れば人を襲わずとも食事にありつけるかもしれない。
 
僕は吸血鬼だけど、人間を襲って血を吸うことだけは絶対にしたくなかった。輸血用の血が手に入らなかった頃は、人を襲うよりも鹿やネズミなどの動物を襲って血を飲んでいたくらいだ。

とにかく今の最優先事項はアーテルとシュヴァルツから逃げること、そしてその次はどうにか食事を確保することだった。

「クソッ、ふざけるな、あの変態ども!」
 
つい怒りが口をついて出てしまった。こうなったのもあの二人のせいだ。おまけに何か考えていなければ、思い浮かべたくもないのに二人が盛っていた様子が、頭の中で詳細な映像として流れてきてしまう。

顔が熱い、きっと僕の顔は真っ赤に染まっているのだろう。もう考えることもなくなってきたので、僕はひたすら聖書の一節を頭の中で復唱していた。
 
目の前の角を曲がる。すると突然黒い物が視界に入った。それはよける間もなく僕とぶつかって、僕は後方へ大きく吹き飛ばされる。

「あっ……い、痛っ!」
 
飛ばされた拍子に頭を思い切り壁にぶつけ、鈍い痛みが広がる。後頭部を押さえながら目の前を見てみると、そこには僕と同じように尻もちをついた全身真っ黒な男がいた。

「まったく、どこに目をつけて歩いているんですか……おや?」
 
男は僕を見た途端、不機嫌そうにしかめていた表情を変えた。

「あなた、ひょっとして吸血鬼ですか? もしかして、アーテル様とお知り合いでは?」
「アーテルを知ってるのか?」
 
まさかこの男がアーテルと知り合いだったとは露ほどにも思わず、僕はつい大きな声を出してしまった。男はそんな僕の様子を見て、何が面白いのかニヤニヤと嫌な笑みを浮かべていた。

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あきゅろす。
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