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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
10



「島殿!」

妖たちの気配が完全に消えた頃になって、漸く山の麓までは共にいたはずの衛士や他の退治屋たちが姿を見せた。
皆狐を探して山の中を駆け回っていたらしく、息が激しく乱れている。
手にしていた得物を地面に突き立てて縋りながら、一人の男が辺りを見渡した。

「ば、化け狐は……」

「逃げられちまいましたよ」

えっ、とあちこちで声が上がる。まさか三大妖とたった一人で対峙していたなどとは誰も思っていなかったのだろう。
元々ほとんどの者は三大妖を怖れていて、今回の討伐軍への参加も乗り気ではなかったのだ。適当に探したふりをして戻ろう、と考えていたのが大半だろう。
見つけて交戦までしておいて取り逃がしたとなれば大きな失態だ。しかし、左近は難しげな表情で顎を指で擦る。

「手負いの状況で傷一つつけさせて貰えないとは……ちょっと認識が甘かったな」

恐らく狐の目は見えていなかった。だというのに、左近の攻撃は一度も当たることはなく、戦う理由がないとして反撃もほとんどしてこなかった。
もし本気で応戦されていたらどうなっていたかわからない。

「何にせよ、一旦撤退した方がよさそうだ。この人数じゃ、全員万全だとしても戦力不足でしょう」

そう言って斬馬刀を肩に担ぐと、息を整えている仲間たちをせっついて歩き出した。もうちょっと休ませろとか文句を言いながらも、皆ぞろぞろと下山を始める。
手にしていた数珠を腰に巻いた着流しに絡めようとした左近は、ふと瞬きをした。
何か、鎧の上に固い感触がある。不思議に思って探ってみると、そこには見覚えのない装飾品があった。
赤い飾り紐に、深紅と深緑の透き通った石が連なっている。腕か首飾りだろうかとも思ったが、それにしては長さが短い。仮にそうだったとしてもこんなところに付けた記憶もないし、付けている意味もわからない。
自分で身に着けていたのだから自分のものだとは思うが、何だろうこれは。よくよく探ってみれば、僅かだが妖気も感じられる。それは、どことなく先ほどまで対峙していた狐のものと似ているような気がした。
妖気が宿っているものなどろくなものではないのだからさっさと手放してしまうのが常だ。下手に他意のある者の手に渡ろうものなら面倒なことになる。
しかし、何となく悪いものではないような気がして、その装飾品には触れることはせずに着流しを元に戻した。
しんがりにつき、左近は徐に空を見上げる。
最後に姿を見せた妖。あれはもしや、三大妖の鬼だったのではないだろうか。となると、あちらの討伐軍も失敗に終わったようだ。
たしか鬼の討伐には前田慶次が加わっていたはず。都でも屈指の腕を持つ彼がいながら討ちそびれるとは、やはりかの妖達は侮れない。
加えて気になったのは、終始何か言いたげだった狐の様子だ。疑念というか、不可思議というか、何事が起きたのかわからない、というような表情。今まで人間を見たことがなかったのだろうか。そんな馬鹿な。
それに、気のせいでなければ、消える直前に左近の名を呼んだような気がしたのだ。声は聞こえなかったが、口の形がそう見えた。

『……まさか、ね』

自分の考えながら馬鹿馬鹿しくなってすぐに打ち消した。どうして名乗ってもいない名を知っているというのだろう。都に戻って依頼主である秀吉に対する言い訳でも考えた方が余程建設的だ。
一人納得すると、少し行軍から遅れてしまったことに気付いて駆け足で仲間の背を追った。





****





人界から隔絶された空間に降り立って、幸村は重々しい溜息をついた。少し遅れて三成も姿を見せる。
目の傷以外に真新しい怪我はなさそうなのが不幸中の幸いといったところか。まさか三成の目が見えないときにこんなことになろうとは。
とにかく、間に合ってよかった。
安堵している幸村とは対照的に、三成はきつく握った拳を震わせると苛立ちに任せて近くにあった大岩に叩きつけた。
身の丈を越えるほどの岩に盛大な罅が入る。

「何故だ!どうなっている!何が起こっているのだ!」

響き渡った怒声に応える声はない。
小さく唇を噛んだ幸村は、三成の背中に控えめに声を掛けた。

「……私のところへも、慶次殿が。久しぶりに刃を交えました」

三成は驚いた様子で幸村を振り返る。

「三成殿や兼続殿のように熟達してはおりませんが、悟りで視たところどうやら記憶の一部が失われている様子。おそらく、左近殿も」

「そんなことはわかっている!」

口で言うのは簡単だが、記憶を失うなどただ事ではない。どうしてそんなことになっているのか、三成の知りたいことはその先だ。
反射的に言い返してしまってからはっとして、三成は一度深呼吸をした。

「……すまぬ。お前に当たるのは筋違いだな」

「いえ」

気にしていないといった様子で首を横に振る幸村だが、彼もどことなく疲れているように見える。慶次と刃を交えたとなればそれも道理だろう。相手の強さはともかくとして、怪我を負わせないように気を付けながら戦うというのは猛烈に体力を消耗するのだ。
感情に任せて怒りをぶつけてしまったことを三成は深く反省した。状況がわからず混乱しているのは幸村とて同じだというのに。むしろ、そんな中でも助けに来てくれたことに対して礼を述べるのが先ではないか。
そのとき、すぐ傍に馴染みの妖気が顕現したためふたりの注意はそちらへと向かった。ぱさ、と力ない羽ばたきが聞こえて、いち早く烏の姿を見つけた幸村は息を呑む。
三成も、姿は見えないものの鼻を突く鉄錆の匂いに気付いて仰天した。

「兼続?!」

「これは……!」

落下する直前の烏を受け止めた幸村は、左の羽を貫いている矢を見て瞠目する。一瞬躊躇ったが、小刻みに震える翼を見止めると矢を掴んで一気に引き抜いた。
白い羽毛に零れ落ちる血に兼続が呻いたものの、幾分か楽になったらしい。嘆息してから幸村の腕を抜け出し、そのまま妖の姿へと成り代わった。
尻餅をつくようにして腰を下ろすと、確かめるようにして黒翼をはためかせる。痛みがあるのか少し顔を顰め、鬱陶しげに髪を掻き上げた。

「すまん幸村、助かった」

「何があったのだ」

「この矢は…」

見覚えのある形状。普通の弓矢で使うものよりもかなり短いそれは、孫市が石弓に番えて使用するものだ。
焦燥した様子のふたりを見比べ、兼続も察した。

「まさか……お前達も…」

どうやらここに揃い踏みしてしまったことも偶然ではなかったらしい。
誰ともなしに嘆息し、そのまま押し黙ってしまった。こんなに気まずい沈黙は珍しい。
悄然と肩を落としていた幸村がようやっと口火を切った。

「……こんなことが、あるのでしょうか?記憶が無くなってしまうなど」

「あるのだろうな。現に起こっているのだから」

それも、兼続の見立てでは都中の人間がいっぺんに、だ。何か作為的な力が働いたとしか考えられない。
だとすれば、一体何が原因だろう。人間の力で都にいる全ての人間の記憶を弄るなどという真似ができるとは思えない。だが、人の記憶に干渉できる妖、というのも全く見当がつかなかった。
三成は岩に背を預けてずるずると腰を下ろす。
今更ながら、目の周りの傷がずきずきと引き攣れたような痛みを訴えてきていた。元々痛みはあったのだが、それどころではなくてすっかり感覚が鈍っていたらしい。

「何かないのか、奴等を元に戻す方法は……」

「…難しいかもしれん」

悟りの力で視ても、孫市や政宗の心の中からは記憶そのものが消えてしまっていた。
どこかに記憶を封じられて思い出せないというだけなら、その箍を外してやれば自然と戻るかもしれない。しかし、消えてしまったものを元に戻すなど、どうすればいいかわからなかった。
再び、沈黙が訪れる。必死で策を考えるものの、今回ばかりは長く生きてきたゆえの経験や知識がまるで役に立ちそうにない。
このまま、人間たちは三大妖のことを忘れたままになってしまうのだろうか。
厳密に言えば、「三大妖」のことを丸々忘れてしまったというわけではない。都に仇なす悪しき存在として、彼らは昔から人間に怖れられてきた。その認識自体は消えていないのだから。
だが、三大妖と特別な絆で結ばれた者達がいる。一度は刃を交え、それでもなんとか和解し、一人は式にまで下すことに成功したのだ。妖と人間という枠を超えて酒を酌み交わしたこともあった。
日常と化しつつあったそんな平和な光景が、もうずいぶん昔のことのように感じる。
二度と、あのような関わりを持つことはできないのか。
途方に暮れる三妖の耳に、ちりん、という涼やかな鈴の音が届いた。
素早く反応した幸村が、槍を携えて三成と兼続を背後に庇うようにして立ち塞がる。近づいてくるのは強大な妖気だ。
だが、忽然と姿を現したそれを見て拍子抜けした。

「……猫?」

全身を純白の体毛で覆われた猫は、人界でも見かける野良猫とほぼ同じような見た目だ。しかし、揺らめく尻尾の先が二又に分かれている。
値踏みするように三妖を順繰りに眺めていた猫又は、徐に口を開いた。

『初めまして、三大妖の皆さん』

脳裏に直接響く声は、声変わりする前の少年のようだ。だが内包する妖気と泰然とした態度はどことなく威厳があり、相当な力を持つ妖だとわかる。
初めましてと言われたものの、幸村たちにはこの妖気に覚えがあった。

「たしか…内裏で…」

記憶を手繰りながら呟く幸村に、三成と兼続もやっと妖気の正体に思い当たった。
時折、内裏の奥に感じていた強大な妖気。最初は何事かと思っていたそれが、蔵人頭の黒田官兵衛とかいう人間に付き従っていることに気付いて大層驚いた覚えがある。
妖の目からしても薄ぼんやりとした影でしか視認できなかったのだが、あれは猫又だったのか。
正体を察した様子の三妖を見ても、猫又は特に驚いた様子は見せなかった。

『あ、やっぱ気づいてた?結構注意深く隠れてたんだけどなあ〜…じゃ、初めましてってのは語弊があるね』

体を揺すって笑う猫の動きに合わせて、首元の鈴がちりちりと音を立てる。
その瞬間、白猫の姿は三大妖と同じように青年の姿へと変化した。
あまり日本では見慣れない形状の衣は、どちらかというと清正が元いた大陸のそれに近い。左右で異なる瞳の色は、どちらも鮮やかな色彩を放っていた。

「ま、気付いてたのはこっちも同じだけどね。感謝してよ?時々鬼が都の修繕作業に紛れ込んでたり、時々九尾の狐が中庭我が物顔で歩いてたり、時々八咫烏が新人陰陽生の肩に止まったりしてたの、ぜーんぶ気づいてたけど気づかないふりして黙っててあげたんだからさ」

見事に行動を言い当てられ、うぐ、と呻き声が三つ同時に上がる。気まずそうに視線を逸らされ、猫又――半兵衛はくすくすと笑った。

「そんなに心配しなくてもいーよ。迷惑かけないんなら、俺も干渉するつもりないし。その代わり、俺のことも他の人間には黙っといてね?これでおあいこ。どう?」

にこりと笑みを向けられ、幸村は返す言葉を探しあぐねて言い澱んだ。他の人間には黙っていろと言われて、もう人間と関わることはないかもしれないのだということを改めて実感してしまったからだ。
腰を下ろしたまま不機嫌そうに腕組みをしていた三成は見えない目を開くと、半兵衛がいるであろう方向を剣呑に睨む。

「……何用だ。冷やかしに来たのなら早々に立ち去れ」

後頭部で手を組んでいた半兵衛は、うん?と首を傾げ、三成に初めて気づいたとでもいうように首を巡らせた。
そして驚いた様子で目を見開く。

「うわっ、その顔どしたの?!すっごい痛そ〜……それ、目見えてる?見えてないよねぇ?大変〜」

「…………」

実にわざとらしく大仰な言い方をする猫又に対して三成の額にぴきぴきと青筋が浮かんだので、兼続はさりげなく三成の傍に移動すると袴を踏んで押さえつけた。
飄々とした態度と口調で隠してはいるが、見たところあの猫又はここにいる誰よりも格上だ。下手にかかっていくと返り討ちに逢う。
意図に気付いたらしい三成にぎろりと睨まれたが、兼続からすればこれくらいは慣れっこなので怯みもしない。
これまたさりげなく三成の姿を半兵衛から隠すようにして移動した幸村だったが、半兵衛はそんなことなどお構いなしに横をすり抜け、三成の横にしゃがみこんだ。

「ね、治してあげよっか。見えないと不便じゃない?」

「結構だ!余計な真似を…!」

するな、と言い切る前に、端から話など半分くらいしか聞いていなかった半兵衛は三成の目元を手の平で覆った。
唖然とする三妖にも、半兵衛の腕全体から霊力が流れ出ているのが伝わってくる。
目元が仄かな暖かさに包まれたと思った途端、はい、と軽く言って半兵衛はあっさりと手を退けた。
驚いてその姿を見上げた三成は思わず、あ、と声を上げる。

「………………………見える……」

光すらも遮断して、今が昼なのか夜なのかも目だけでは判断できなかったというのに。
何でもなさそうに笑う猫又の顔も、口を半開きにしてこちらをまじまじと見つめている幸村と兼続の顔も判別することができた。

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