[携帯モード] [URL送信]

なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
7

****






慣れというのは恐ろしいもので、目の光を失ってから一日も経てば三成は以前と同じように周囲を歩き回り、目の前で話している相手の表情すらも簡単に読み取ることができるようになっていた。
そして、更に三日もすれば自分の周りで幸村と兼続があれこれと世話を焼こうとする状況にも慣れる――と思っていたのだが、あまりの過保護さに元々そんなに頑丈ではない三成の堪忍袋の緒はあっさりと切れた。

「いい加減にしろーっ!!」

という怒号とともにふたりを堂の外に放り出したのが今朝方のこと。三日ぶりに訪れた静寂に、三成はうとうとと微睡みに身を任せているところだった。
ちなみに放り出された側はというと、暫く外をうろついていたようだがさすがに諦めたらしく、今は山中に彼らの気配はない。
勿論あのふたりに他意はなく、ただ純粋に心配してくれているということはわかっている。ついこの間幸村が生死の境を彷徨っていたとき、三成も気が気ではなかった。
だがしかし、それとこれとでは怪我の程度の差というものが存在するのである。別に目が見えないだけで普通にしている分には何の問題もなく、痛みもほとんどない。命が危険にさらされるような重傷というわけではないのだ。
自分では見ることができないが相当傷の範囲が広いようで、それが心配の度合いを助長させているらしい。獣の姿を取っていれば体毛に覆われて傷も見えないということに早々に気付いたため、三日前に左近が立ち去って以降はずっと子狐の姿のままだ。
本人が大丈夫だと言っているのだから放っておいてくれというのが三成の言い分である。全く聞く耳を持たれなかったが。

「奴等にも困ったものなのだよ……」

大欠伸をしながらぶちぶちと文句を垂れる。ここにふたりがいたら口々に異議申し立てが来たことだろうが、三成にとっては幸いなことに今ここにいるのは彼ひとりである。
心配してくれることは素直にありがたい。しかし、何かと熱いところのある友たちは何事にも全力投球すぎるきらいがある。普段はそんなところも含めて好ましく思っているが、何事も限度というものは大切だと改めて実感した。
これでやっと気兼ねなく休むことができると、本格的に寝入ろうとしていた三成の耳がぴくりと動いた。
山の中に人間が入ってくる気配がある。それも一人ではなく、かなりの人数だ。山に入った辺りから、それらの気配はあちこちに散り散りになっていく。
皆が皆どこかぴりぴりとして、緊張したような空気を纏っていた。その中の一つには覚えがある。

「……左近?」

胡乱げに声を上げ、三成は体を起こした。
まさかもう薬草を見つけてきたのかと思ったが、どうにも様子がおかしい。
普段彼がここへやってくるときは大体一人だ。たまに慶次や孫市が一緒にいることもあるが、それ以外の人間が共にいることはなかった。
最初の邂逅の折、三成を討ちにきた大軍以外では。
不穏な気配を感じながら堂の外へ出る。そういえば、牛鬼が大量発生していてその駆除を頼まれているとか言っていたような。しかしもうこの山にはいないと教えてやったはずだが。
狐火に包まれた獣の姿が一瞬で青年のそれへと変わる。その気配を察知してか、何かを探している様子だった左近が真っ直ぐこちらへ向かってくるのがわかった。
生い茂る草木を掻き分ける音が少しずつ近づいてくる。山中の他の人間が三成の気配に気づいた様子はない。
暫くすると、三成の鋭い聴覚には走っているせいで荒れた息遣いが届くくらいになっていた。それからまた少しして、すぐ傍の茂みを掻き分けて現れた男が息を呑む気配が伝わってくる。

「そんなに急いでどうしたのだ」

少し驚きながら声をかけるが、返事は無い。その時点で、少しだけ違和感があった。
三成の目に左近の姿は映ってはいないため、僅かな動きでも逃すまいと獣の耳が注意深く辺りを探るように動く。
ふたりの間を緩やかに吹き抜けていた風が、唐突に止んだ。

「佐和山の化け狐ってのは、あんたかい?」

無機質な左近の声がいやに響いたような気がする。
何を言われたのか理解するまで、かなりの時間を要した。
今しがた放たれた言葉と全く同じ言葉を、前にも一度聞いたことがある。

――佐和山の化け狐ってのは、あんたかい?

――その呼び方は非常に不本意だが……いかにも

左近が初めて三成の前に現れたときだ。優秀な退治屋として帝の直轄軍に取り立てられ、三大妖討伐の任を負って。
少し苛立って答えた自分の声も、はっきりと覚えている。
しかし、妙だ。あれ以来左近が三成のことを「佐和山の化け狐」などと呼んだことはただの一度も無い。教えてやった真の名を、他者の前では気遣いながらもてらいもなく呼んでいたのに。
何が起こったのかわからず硬直していた三成は、すぐそばで風を切る音がしたのを察知して我に返ると素早くその場から飛び退った。
金属の刃が地面を抉る鈍い音。左近があの巨大な斬馬刀を振るったのだと気づいた瞬間、笑みを含んだ声が三成の耳に届いた。

「俺個人としてはあんたに恨みはないが……仕事なんでね。一戦お相手願いますよ、三大妖さん」

言うが早いか、左近の霊力が辺りを取り巻いて結界を成し、三成を絡め取った。

「さ……!」

これは、何の冗談だ。
声を失ったかのように口を開閉させる三成に、裂帛の気合と共に鈍く光る刃が振り下ろされた。






「はぁああ……」

三成に一喝されて山を追い出された幸村は、人界での拠点にしている山に戻って山道脇の巨大な岩に腰を下ろし、抱えた片膝に額を押し当てながら深い溜息を零していた。
太陽はだいぶ前に上り、今はそれなりに高い位置にある。本来なら三成のところで護衛をしているはずだったのだが、手持無沙汰になってしまった。
妖の本分である「昼間は寝る」を実行しようという発想には今のところ至っていない。放り出された後で何だが、三成のことが心配でそれどころではないのだ。
何が気に入らなかったのだろうと考えれば、思い当たる節は山ほどある。要は過干渉というやつだろう。
だが友の怪我を心配することの何が悪いのだろう。というか、ごくごく当たり前のことではないか。何も放り出されるほどのことではないはずだ。ひとを異界の地で監禁までしてくれたことは棚に上げてなんたる暴挙。
三成が元気なことはわかっている。嗅覚と聴覚があれば普通にしている分には何の支障もないことも知っている。
しかし、もしこのまま彼の目に光が戻らなかったらと考えると気が気ではない。
幸村や兼続の姿を映すと、僅かにだが優しい色に染まる三成の金の瞳。その目が向けられる瞬間がたまらなく好きだったのに、二度と見られないかもしれないなどとは考えたくもなかった。
妖の治癒力はとても高いから、時間はかかってもいつかは戻ると信じるしかない。治ると言い切ってくれたなら何十年先でも待てる。
そんなことまで考えていた幸村とは違い、兼続の方は表面上はあっさりしたもので、追い出されてすぐに立ち直ると都の方へ空の散歩をしに飛び立っていってしまった。おそらく、どこからか手土産を携えてきて今晩には三成の元へ戻るつもりだろう。
友への義に準ずる行動を兼続が恥じることなどあるわけがない。真っ直ぐな目で「あれは照れているだけだ!」と大上段に言い切っていたくらいだ。
たしかに言われてみれば、三成の性格上素直に世話を焼かれるわけがない。となると。

「…もしや三成殿は鰡はお嫌いだったか!私としたことが……!」

愕然と呻いて必死に記憶を辿る。前に鮭を取ってきたときは喜んで口にしていたような気がするから、やはり海より川の魚の方が食べ慣れているし、そっちの方がよかったのかもしれない。次は鯉にしてみよう。
何やら斜め上にずれ始めた幸村の思考を正す者は残念ながらいなかった。
暫く考え込んでいた幸村だったが、多数の足音と人間の気配を感じて首を巡らせる。すぐに身を隠すべく辺りに霧を発生させようとしたが、先頭を歩いているらしき人間の気配は覚えのあるものだった。

「慶次殿……?」

はて、彼がここを訪ねてくるとは実に珍しい。それに一人ではないようだ。
そういえば、左近が三成に牛鬼退治がどうこうという話をしていたような記憶がある。慶次も退治屋なのだから同じような依頼があったとしても不思議ではない。
幸村の知る範囲ではこの山に牛鬼はいなかったはずなので、もしそうなら隙を見て教えてやろう。無駄足を踏むだけだ。
何なら自分の姿を視て慶次以外の人間は怯んでさっさと逃げ帰ってくれないだろうかと期待を込め、少しだけ放つ妖気を強めた。これくらいならよほど鈍くない限り視えるだろう。
案の定、幸村の妖気が届く範囲に入ってきた人間のほとんどが足を止めるのが伝わってきた。情けない悲鳴も聞こえてくる。こちらが敵意を向けているわけでもないというのに、ここまで怖れられるのが今更ながらに少し可笑しかった。

『そういえば、慶次殿たちは無意味に我々を怖れるようなことはなかったな……』

三大妖を討伐するという名目で彼らが最初にここを訪れたとき。牽制に放った幸村の一撃を見てなお、慶次は勝負を挑んできた。
あのときは幸村にも家康との約定があったから本気ではなく、殺意も持っていなかった。とはいえ、あれができたのは慶次の強靭な心胆故だろう。
多分、三大妖の妖気に触れたら腰を抜かすくらいが正常な反応なのだ。
ついこの間の出来事だというのに、あれからいろいろなことが起こったせいで随分昔のことのように感じられた。彼らと出会ってから、本当に退屈しない。
大勢の人間たちの気配の中から、突出してきたものが一つ。期待通り慶次だけがこちらへ向かってきたようだ。
響いてくるのは規則的な馬の蹄の音。松風も一緒らしい。
笑みを向けようとして顔を上げた幸村だったが、少し手前で慶次が松風の足を留めさせたことに気付いて首を傾げた。
見れば、慶次は剣呑な表情を浮かべている。心なしか、こちらを睨んでいるような。

「……?おはようございます、慶次殿」

不思議に思いながらも声を掛けてみると、慶次は明らかに動揺したようだった。
一体どうしたのだろう。こんな反応は珍しいを通り越しておかしい。
得物を担いだまま松風から降りて、その首を軽く叩く。主の意図を汲んでか、松風は大人しく下がって行った。
巨大な二又鉾が一閃し、その切っ先はぴたりと幸村に向けられた。
呆気にとられる鬼の顔を慶次は真っ直ぐに見据える。

「探したぜ、三大妖」

言うが早いか、慶次は猛烈な勢いで肉迫した。
動揺のため幸村の反応が一瞬遅れる。寸での所で立ち上がり、跳躍して刃の攻撃をなんとか避けた。
刃先が翳した腕を掠め、僅かに鮮血が散る。慶次が幸村に向けているのは紛れもない殺意だ。

「な…っ?!」

「逃げんなよ、死合おうぜ!」

丸腰のところへ追撃をかけられ、仕方なく腕飾りのある左腕で刃を受け止めた。金属同士が擦れる音と共に、装身具に僅かに罅が入ったのがわかる。
絶え間なく繰り出される攻撃を躱しながら、幸村は混乱する頭を必死で整理しようとした。
どうして再び刃を向けてきたのだろう。目の前にいるのは本当に慶次なのか。しかしかつて刃を交え、和解した後は友誼とも呼べる絆を結んだ相手を間違えることなどあるわけがない。三大妖と呼ばれる三妖には人間に対する隔意など無いと伝えたはずではないか。
それが何故。どうして今更。

「慶次殿、これは一体……!」

向けられる敵意の理由が知りたかった。互いに歩み寄り、酒盛りまでしたではないか。風神によって滅茶苦茶になってしまった都の修繕を共にしたことも記憶に新しい。
あのとき彼らが見せてくれていた笑顔が、全て偽りだったとでも言うのか。

「そらあっ!」

勢いに任せて振るわれた刃は胴――そのまま横薙ぎに払えば心の臓を引き裂く位置を確実に狙ってきている。
奥歯を噛み締めた幸村は仕方なく槍を顕現させ、重い一撃を受け止めた。





[*前へ][次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!