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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
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まだ夜も明けきらぬ時分に都を出た左近は、太陽が山間から顔を出す頃になって三成のいる山へと足を踏み入れた。
今日は別に三大妖に用があるわけではない。最近都で大量発生している妖の駆除を命じられ、陰陽寮の占に出た場所の中からここを選んでやってきたのだ。
占の場所はかなりの広範囲に及んでいたため、都の退治屋や祓い屋たちは各地に散っている。左近はあんまり遠くに飛ばされたくないという思いもあって近場に行こうしていたのだが、他の退治屋たちが佐和山の化け狐を怖れてこの山を遠巻きにしていたのを知って自ら進み出たのだ。
事情を察した政宗が陰陽寮に話を通してくれたので、無事に今日出立してきたのである。おかげで希望通りの近場だし、他の退治屋たちからは「佐和山の化け狐に一度は返り討ちにされながらも怖れぬとは島左近侮れんな」と畏怖の眼差しを向けられることとなった。後者は若干不本意である。
よって、任へ向かうにしては左近の足取りは実に軽かった。朝なのでもう大半の妖たちの活動時間は終わっていると思うが、三成ならば左近の気配を察知して顔を見せてくれるかもしれない。彼の前で妖退治をするのはちょっと怖いので、機嫌が良さそうだったら説得してくれるように頼んでみよう。
そんなことを考えながらもしっかり三大妖達への差し入れまで用意して中腹辺りまでやってきたわけだが、山の結界の境目だった石碑から一歩進んだ瞬間からずっと、奇妙な違和感を覚えていた。
いつもならば山頂付近から三成の強すぎるほどの妖気を感じるのだが、それが何故か乱れているというか、不安定な感じがしたのだ。
しかも、山中にいるのは三成だけではないような。
まぁあの川の畔に三大妖が集っていること自体は珍しい事ではないので、後者に関しては大体予想はつく。問題は今が朝で、それらの妖気が山のあちこちに点在しているということだった。

「……何かあったのかねえ」

怪訝そうに呟きながらも足は止めない。最初はただの違和感だったので気のせいかとも思ったが、進むごとにそれは確信に変わりつつあった。
木々の隙間から、三成がねぐらにしている堂の屋根が見えてくる。一度倒壊したのを修繕してもらったとかで、以前は大量に草が生えていた屋根もきれいなものだった。
堂の中から天狐の妖気は感じないが、すぐ近くにいる。まだ昼寝をしていなかったようだ。

「三成さ……」

草を掻き分けながら声を掛ければ、案の定そこに三成はいた。だがその顔が左近に向けられた瞬間、声を無くして硬直する。
ぴくりと獣の耳が揺れ、三成は少し首を傾げた。

「こんなに朝早く来るとは珍しいな、左近」

いつもと変わらぬ調子で言う三成だが、それどころではない。ぽかんと開いたままになってしまった口を慌てて塞いだ左近は、衝撃のあまり棒のようになっていた足を叱咤すると急いで三成に駆け寄った。

「三成さんどうしたんですかその顔!」

「ひとの顔を見るなりうるさい奴だな……」

三成は不機嫌そうに言って眉間に皺を寄せる。尻尾が責めるように腕を叩いてきたが、左近は気にせずにその頬を両の手で包み込んだ。
目を中心にして、広範囲に広がる痛々しい火傷のような痕。血は出ていないものの相当新しい傷だとわかった。元の顔が整っている分、怪我の酷さが強調されてしまっている。

「これは……」

「何のことはない。少し油断しただけだ」

誰も彼も大仰すぎるのだよと三成は呆れ気味に嘆息したが、こんな顔を見せられて心配しない方がおかしい。山のあちこちから感じた鬼と天狗の妖気が動揺しているような気がしたのは、もしかしなくてもこのせいか。
絶句して固まってしまった左近に、三成は少し困った様子でこめかみを掻いた。

「そんなに見ていても何も変わらぬぞ。さっさと離せ」

その瞬間、左近の背後に殺気を帯びた強大な妖気が顕現した。

「曲者ォォォォ!!」

「どあああああああっ?!」

力いっぱい横に一閃された十文字槍を間一髪のところで躱し、左近は咄嗟にその場から飛び退った。
三成を守るようにして、全身から闘志を漲らせて戦闘態勢を取った鬼が立ち塞がる。

「何者だ!三成殿に手出しをするのならばこの幸村が相手に……って、あれ?」

青い顔をして尻餅をついている人間の顔を見た幸村は、毒気を抜かれた様子で目を瞬かせる。
そこにいるのが見知った者だと気づいて慌てて槍を引いた。

「も、申し訳ありません!左近殿でしたか!」

『あぶねええええ……!』

気づくのが一瞬遅れていたら首が飛んでいたかもしれないと、左近はばくばくと全力疾走する心臓を必死に宥めた。こんなに肝が冷えたのは久しぶりだ。
ぺこぺこと頭を下げる幸村に、三成が呆れたような溜息をつく。

「全くお前は……何回同じ過ちを繰り返すのだ。狸と兎の次は左近か。別に俺は動けぬわけではないのだから相手を見てから襲いかかれと言っただろう」

「いや、ていうか襲いかかるのを止めてくださいよ!!」

危なく任務全然関係ないことで死ぬところだった。
しゅんと肩を落として謝り続けている幸村と先ほどの三成の言葉から察するに、恐らく心配のあまり気が立っていて、何度か同じようなことをやらかしているらしい。やらかされた方はたまったものではないが。とりあえず話に出てきた狸と兎に全力で同情する。
暫く謝罪の嵐だった幸村だが、ふと沈黙して三成の横にしゃがみこむと一転して責めるような視線を向けた。

「三成殿、炎症を抑える薬草ですから使ってくださいと申し上げたではありませんか」

「毒茸と食用茸の区別もつかぬ奴が取ってきた薬草なんぞ危なくて使えん」

「き、茸はわかりませんけど之布岐くらいはわかりますよっ!」

ぷいっとそっぽを向く三成に、顔を赤くした幸村が反論する。一つ瞬きをした左近はふたりの傍へと歩み寄った。
なるほど、幸村の言うとおり彼の手にあるのは人間でも使うことのある薬草、之布岐の葉だ。すり潰して塗布するとかぶれなどを治す効果がある。特徴的な見た目だし独特の強い匂いもあるから、まず間違えることは少ないだろう。
しかし薬草というのは妖にも効果があるのか。新発見だ。

「幸村は正しいですよ。間違いなく之布岐です。酷い傷ですし、使ったらどうですか?」

「!ほら、左近殿もこう仰っています!」

助け舟を出された幸村は顔を輝かせて言い募った。臭いが嫌だなどともごもごと言い訳がましく呟いていた三成だったが、二対一になって不利を悟ったらしく眉間に皺を寄せる。が、力を入れたら傷が痛むのか僅かに呻いて指で瞼をおさえた。
それを見た幸村が慌てて近くに置いてあった薬研で之布岐をひきはじめたので、左近は小川まで歩いて行って自前の手拭を水に浸して絞った。
すぐに戻ってきて一言断りを入れてから、水気を切った手拭を三成の目元に当ててやる。逆の手で後頭部を支えるようにしてやると、心地よかったのか三成の尾が一つ揺れた。

「で、いつこんな怪我を?何があったんです?油断したとは?」

三成ほどの妖が手傷を負わされるなど、滅多にない。よほどのことがあったのだろうか。
半ば諦めが入った声音で三成は口を開いた。

「昨晩、堂の中に牛鬼の群れが迷い込んでいたらしくてな。道に迷ったのかと聞いたら何故か逆上されて、この様だ。毒気に当たったのか治せぬので少々困っている」

「牛鬼?」

三成としてはあんな雑魚妖怪に後れを取ってしまったということ自体が恥ずべきことで、そこに加えて幸村と兼続に世話を焼かれているという現状は大変に不本意である。
だが、左近はそれよりも三成の口から出た妖の名に食いついた。陰陽寮から駆除を依頼された妖というのが、その牛鬼だったからだ。
そのことを告げると、三成は少し驚いた様子でぴくりと耳を立てた。

「ほう、それで朝から出向いてきたわけか。残念ながら牛鬼共は俺の狐火に驚いて散って行ったようだから、もうこの山にはおらぬ。無駄足だったな」

多分、残っていたとしても三成に傷を負わせたとあっては幸村に燃やし尽くされるか兼続に切り刻まれるかのどちらかの運命を辿ったことだろう。いくら同じ妖とはいえ、彼らは友を傷つけるものには容赦がない。
しかし、任務でやってきたのが無駄足になったことなど今の左近にはどうでもいいことだった。

「怪我をしたのは目だけですか?開くことはできます?」

三成が肯定したのでそっと手拭をどけると、瞼が僅かに震えてゆっくりと上がった。傷が膿んで上下の瞼が張り付いていたらしく、小さくぱりぱりと剥がれる音がする。
その奥から覗いた強い光を放つはずの金の瞳は、今は濁っていてどこを見ているのかわからない。

「一応開くが見えなくてな。まぁ、耳も聞こえて鼻も利くから特に困らんよ。お前が来たのも山に入ったときからわかっていた」

「そういう問題じゃないでしょう」

いくらなんでも視力を失ったら支障が出るだろう。そもそもこんな怪我をしている時点で、綺麗な顔と目が台無しだ。
何故か自分以上に消沈しているらしい左近の姿は見えないので、いるだろうと予想をつけた辺りに顔を向けて三成は不思議そうに首を傾げた。

「お前だって頬に古傷があるではないか。似たようなものだろう」

「どこが似てんですか。俺の顔面に傷があるのと三成さんの顔に傷が付くのじゃ根本的に話が違います」

なんだか妙に深刻な、ついでに怒ったような声音できっぱりと言われたので、三成は「そうか」とだけ返して再び瞼を下ろした。瞬きができないので、意識して閉じておかないと目が乾いてしまうのだ。
慣れない手つきでやっと之布岐をひき終えたらしい幸村は、薬研を抱えて三成に向き直った。

「さあ三成殿、こちらを向いてください」

しかし、珍しく幸村の言葉に抗った三成はあさっての方向を見やる。

「断る。いらん。そんなものを塗ったら鼻が利かなくなるだろうが。その方が困る」

「でも、傷が残ってしまいますよ」

「別に問題なかろう、それくらい」

「大いにあります!」

異口同音に喰い気味で即答されて、三成はああもう煩い、と眉を顰めると耳を伏せて音を遮断した。気遣いはいらないと何度言えばわかってくれるのだろう、こいつらは。そして何故自分以上にそんなにひとの顔を気にするのか。
三成と幸村による押し問答の途中、そういえば、と左近は徐に幸村を見やった。

「あんたの傷はどうなったんだ?」

前に見たのは異界の地で石牢の奥から助けを求めていた姿だったが。いつの間に人界に戻ってきたのだろう。
ぱちりと一つ瞬きした幸村は、思い当たった様子で首飾りを退けて胸元を晒した。風穴が穿たれていたはずのそこはすっかり綺麗になっていて、それらしき痕も見当たらない。

「御心配をおかけしました。この通りです」

「そりゃあよかった」

あの石牢からどうやって脱出したのかという点については大いに気になったが、なんとなく藪蛇になりそうな予感がしたのであまり深くは追及しないことにする。
すると、再び左近の背後に凄まじい妖気が顕現した。

「不義の輩めがァァァァ!!」

「またぁぁぁぁ?!」

放たれた風刃を間一髪避ける。その軌道の先にいた三成は、視力を失っているにも関わらずひょいと首を動かして何事もなかったかのようにやり過ごした。
しゃん、と遊環の音が鳴り響く。

「我らが友に手出しをしようとは無礼千万、不義の極み!!どうしてもと言うならこの私を倒してから……ん?なんだ、左近ではないか」

「時間差で全く同じことやらかすのやめてもらえます?!」

きょとんとしている天狗を指差して思わず左近は叫んだ。幸村といい兼続といい、三成が怪我をして動転しているらしいのはわかったから、相手も見ずに襲いかかるのは勘弁してほしい。
はあ、と大きなため息が聞こえ、皆の視線が三成に集まった。

「とにかく、貴様らは大騒ぎしすぎだ。俺はなんともない。少なくとも首めがけて飛んできた兼続の風刃を避けられるくらいには元気だからな」

図らずも実証することになったため、兼続は反論の言葉を探してぐうと呻いた。三成に向けたつもりはなかったのだが、ついうっかり。避けてくれて本当によかった。
ついうっかりで首めがけて攻撃されてはたまらないが。
少し考え込んでいた左近は良い事を思いついたとばかりに声を上げる。

「三成さん、鼻が利かないのが嫌だってことは、要は臭いがしない薬草ならいいんですよね?」

「……まぁ、そういうことになるな」

三成とてわざわざ傷を残したいわけではないので、嗅覚を邪魔しない範囲で効く薬草があるのならそれに越したことはない。
が、良薬口に苦しというか、薬効がある草というのは総じて匂いがきついものが多いのだ。
一つ頷いた左近は再び小川で手拭を絞ると、三成の手にそれを握らせて立ち上がった。

「じゃ、都で左大臣様辺りに良い薬師紹介してもらって相談してみますよ」

尤も、妖たちの瘴傷になど効くかどうかはわからないが。
だが炎症に薬効があるものであれば、少なくとも表面上の傷には効くように思われる。何せ之布岐を使おうとしていたくらいだ。
思い立ったが吉日とばかりに踵を返した左近の姿は、三成が何か言い返す前に消えていた。
そもそも天狐である三成の嗅覚を阻害しないものなどほとんど存在しないと言っていい。ただの水でさえわかってしまうのだ。
途中乱入した兼続は話が見えずに首を傾げる。

「あれは何をしに来たのだ?」

「退治屋の任務が空振りしたらしい」

三成は肩を竦めると左近が置いていった手拭を目元に押し当てた。今のところ一番ありがたい差し入れがこれというのが何とも言えない。
納得した様子の兼続は三成の肩に手を置いて隣にしゃがみ込んだ。

「腹は減っておらんか?山菜を取ってきた。食いたいものがあればちょっと飛んで行ってくるぞ」

それこそ海の幸が食いたいとか言われたとしても、兼続が空を翔けて行けばあっという間だ。幸村もいることだし、熊肉でも鹿肉でも何でも調達できる。
しかし三成は軽く首を横に振ると小さく欠伸をした。

「そろそろ日が高くなってきたからな。寝る」

立ち上がる三成に幸村と兼続もならい、肩を貸そうとしたら断られたので仕方なく先導して歩き、足元に気を付けろだのあと三歩で階があるだのと口を出しながら扉を開けておく。
呆れ半分感心半分で乾いた笑みを浮かべた三成は、ふたりがいるであろう方に当たりをつけて交互に見やった。

「本気でずっと俺についている気か?」

「勿論だ!」

自信満々に言い切る兼続である。見えはしないが、幸村が大きく頷いた気配も伝わってきた。
多分断ったところで無駄だろう。

「……もう勝手にしてくれ」

「はい、勝手にします」

面倒くさそうな声音にも、幸村は嬉しそうに返す。獣の姿に転じた三成は堂の奥へと向かうと、いつもの寝床に丸くなった。






三大妖たちの前から去った左近は、来たときよりもかなり急いで山を下りていた。
まさか三成があのような怪我を負っていようとは。彼の言動を見る限り大した怪我ではないのかもしれないが、あの綺麗な顔にあんな醜い傷が残ってしまうのは我慢がならない。
良い薬師がいるといいが、などと考えながら山を下っていた左近は、ふと荷物の中に入れっぱなしになっていた握り飯の存在を思い出した。
自分の昼飯も兼ねて三成への手土産に持ってきたのを、それどころではなくなって色々混乱しているうちにすっかりと忘れ去ってしまっていた。ちょうど四つあったから、幸村と兼続がいても足りたというのに。せめて置いてくればよかったかもしれない。
まぁ、どうせ良い薬が見つかったらまた来ることになるのだから、その時にまた作ればいいだろう。
そう考えて再び足を速めた左近は、山を出たところでふと立ち止まった。
何か、感じたことのない妖気が近くにあるような。
首を巡らせた先に、巨大な妖の存在を確認する。
何故今まで気づかなかったのかと不思議に思うほどの巨体だ。のそり、と動くそれは見たことのない姿をしていた。
異様に長い鼻と、見慣れぬ形状の頭。だが、体は黒い体毛に覆われていて熊のようにも見える。尻尾は都でもしょっちゅう見かける牛のもので、足は以前に遭遇した水虎と同じような模様があるからおそらく虎だろう。
左近に気付いたそれが、ゆっくりと首を巡らせる。数珠を引き抜いて身構える左近と、妖の目が合った。
その瞬間、すう、と体を寒気が襲う。危険を感じて術を放たねばと思うのに、体がうまく動かない。
激しい耳鳴りがしたと思った後で、何かが抜け出ていくような感覚。一瞬意識が途切れかけるが、左近は激しく頭を左右に振ってそれを堪えた。その隙に、妖は溶けるようにして消えていく。
再び顔を上げたとき、そこにあったはずの巨体はどこにも見出せなかった。
緩慢に辺りを見回していた左近は眉を顰める。

――俺は、何を警戒している?何故こんなところにいる?

都から少し離れた山中で、何を怖れているというのか。
ふと、その手が荷物の中の握り飯に触れる。不思議に思って取り出した左近は、中を見て更に不審げに首を傾げた。

「握り飯が……四つ…?」

はて、いつもなら二つしか用意していないのだが、何故倍の数用意してしまったのだろう。
しかも、こんな早朝から。
内心の問いに答えるものはない。左近はしばらくその場から動くことをしなかった。




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