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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
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獣の姿へと転じた三成は、幸村たちが来るまでの時間を潰すべく堂へと足を踏み入れた。
どうやらあの修行僧は本当に掃除をしていったらしい。中は床だけでなく壁や柱も埃が払われていて、見違えるほどであった。
水神元就のおかげで倒壊寸前のあばら家状態は脱出したものの(その前に一回完全に倒壊したが)、少し放置していれば汚れるし埃が溜まるのは当然のことだ。天気が良くなったら自分でやろうと思っていたのだが、手間が省けた。
その時、堂の奥で黒い影が徐にぞわりと立ち上がる。それに気づいて素早く飛び退り、全身の毛を逆立てた。
辺りに狐火が浮かび上がり、収束したかと思うと獣の姿が再び青年のそれへと変化する。
気配を探り、相手が大した力を持たぬ妖だと気づくと少しだけ肩の力を抜いた。

「…ふむ、牛鬼か」

牛の頭に蜘蛛の身体という特徴的な見目形。それは、都で正則が散らした妖の群れだった。
清正と正則の気配を追って、ここまでついてきたのである。仕返しをしてやろうと目論んでいたものの、予想以上に彼らが強力な妖だったことと、天狐まで合流されては出ていったところで一瞬で消されるのは目に見えていたのもあり、ここに潜んでいたのだ。
しかし、三成はそんなことを知る由もない。
どこから迷い込んだのかはわからないが、ひとの棲家に勝手に上がり込んで随分堂々としたものだ。
まぁ、勝手に棲家だと言い張っているだけで別に三成のものではないのだが。綺麗に建て直してもらってからはそれなりに気に入っているのだ。しかも掃除までしてもらった直後である。
別に敵意はないので、狐火を収めて近づく。

「どこかへ行きたいのか?この山の地理ならそれなりに詳しいが……」

声を掛けながら一歩足を進めた瞬間、三成の妖気に触れた牛鬼の群れは恐れをなしたようで甲高い悲鳴を上げた。
それに呼応して、天井から数匹の牛鬼が降ってくる。

「なっ?!」

周囲を囲みながら牙を鳴らして威嚇する牛鬼にはさすがに驚き、思わず三成は狐火を放った。
炎に晒され、数匹は恐れをなして逃げ出す。触れてしまった数匹はその場で炎に包まれて消えた。
すると、逆上した一匹が三成に向けて白い蜘蛛の糸を吐き出す。背を向けていた三成はそれに気づくのが一瞬遅れた。
振り返った瞬間、じゅ、という嫌な音と共に視界が闇に閉ざされる。

「うわっ?!」

驚いたのと突然目を襲った鋭い痛みとで、咄嗟に放った狐火は思ったよりも大きかったらしく、辺りにいた牛鬼たちは耳障りな悲鳴を上げて一斉に逃げ去ったようだった。
狐火を収めた三成はきつく閉ざした両目を手で押さえてその場に膝をつく。
じりじりと焼け付くように痛む目元からは白い煙が上がっていた。

「ぐ、ぅ…!おのれ…!」

低く呻いて目を擦り、ゆっくりと瞼を上げる。少し動かしただけで痛みが走り、なかなか開くことができないのを何とかこじ開けた。
だが、堂の中はいつまで経っても見えてこない。完全な暗闇でも見通すはずの彼の瞳に像が結ばれることはなかった。




****




神速で駆けていた影が、勢いを付けると大きく跳躍する。着地した木の幹をばねにして、更に高所へと飛び上がった。
その肩に乗っていた白い烏は、夜風を受けて鼻歌などを歌っている。

「兼続殿、ご機嫌ですねぇ」

そう声をかける幸村の顔にも柔和な笑みが浮かんでいる。彼の手には手土産で持参した酒の徳利があった。
照魔鏡を討ち果たした労いにと信玄から直々に賜った酒だ。仰天した幸村だったが、別に自分ひとりで貰うことはない、周囲にも迷惑をかけた分ちょうどいい謝礼の品になるだろうと考えて平身低頭しつつありがたく受け取った。
一応人間たちの分は別で用意してある。彼らにも随分助けられた。ただ、人間たちには少々強すぎるかもしれないという心配もあるので、自分たちで飲んでみてから確かめることにしようと考えているためまだ手つかずだ。
そして昨日、三成と兼続が快気祝いをしようと発案してくれたので、これ幸いと持参してきたのである。
ちらりと徳利を見下ろした兼続は苦笑して羽を広げると、幸村の頭を軽く叩く。

『全く……私と三成がお前の快気祝いをしてやるのだというのに、お前が一番上等なものを持ってきてどうする』

「良いのです!それにこれは私がいただいたのですから、どうしようと私の自由ではありませんか」

幸村としては兼続と三成の気持ちだけで十分嬉しかったので、この酒はせめてものお返しのつもりであった。
しかし快気祝いなど関係なしに、どの道彼らの口に入ることになったであろうことは想像に難くない。

「三成殿も喜んで下さるでしょうか」

『そりゃあ喜ぶだろう。お前が用意したものをあれが喜ばぬはずがない』

からからと笑う烏に、だと良いのですが、と返す。最初はそんな上等なものは自分で飲めとかなんとか兼続と似たようなことを言われる可能性も高いが、まぁ飲んでいればそんなことは忘れるだろう。
ついでに昼間、海まで足を延ばして鰡を取ってきたのだ。少し旬の時期からは外れるが、塩焼きにすると酒の肴には実に良いのである。
ばたばたしていて最近はあまり酒盛りもできなかったから、ずっと楽しみにしていたのだ。兼続が上機嫌な理由もそこにあるのだろう。
少しすると、三成がねぐらにしている堂が見えてきた。
だが妙に昏い気が澱んでいる気がして、幸村と兼続は揃って首を傾げる。
はて、三成の機嫌が悪いのだろうか。だとすれば一体何故。
音もなく堂の前に降り立つと、幸村の肩から飛び立った兼続は先んじて窓から中を覗き込んだ。

『三成ー、いるのか?』

幸村が階に足を掛けた途端、兼続が息を呑んだ気配が伝わってくる。何事かと顔を上げるより早く、兼続は堂の中へと飛び込んでいった。

『三成!おい、どうした!』

尋常ではない叫び声に、軽く目を剥いた幸村は素早く堂の扉に駆け寄って開け放った。
がらんとして殺風景な堂の中。いつもと変わらぬ景色の真ん中で蹲っている三成と、その横で青年の姿へと戻っている兼続。俯いた三成の目元からは白煙が上がっていて、口元から微かに呻き声が零れていた。

「三成殿?!」

仰天する幸村の声に応じて三成が顔を上げる。その顔を見た幸村と兼続は絶句した。
整いすぎるとかつて兼続が称した三成の端正な面差し。その目元が、火傷をしたかのように酷く爛れてしまっている。意志の強い金の瞳は、閉ざされた瞼の奥に隠れていた。
言葉を無くしていたふたりだったが、三成が微かに首を巡らせたことではっと我に返る。徳利と魚を放り出した幸村は思わず三成の肩を掴んだ。

「これは一体…?!三成殿、どうなされたのですか!」

「兼続…と、幸村か」

瞼を閉ざしたまま、三成が眉を顰める。声の主を確認すると、安心した様子で一つ息を吐き出した。

「いや、大したことはない。牛鬼の糸を目に喰らってしまっただけだ。もう追い払った」

「何ィ?!」

怒声を上げた兼続が辺りを探る。たしかに、堂のあちこちにかなりの数の妖がいたらしい気配が残されていた。
追い払ったという三成の言葉通りその姿はどこにも見えない。拳を震わせていた兼続は近くにあった柱を殴りつけてやり場のない怒りをぶつけた。

「雑魚妖怪の分際で我らが友に顔射だと?!おのれ牛鬼め、不義の極み!」

「おいこら、誤解を招く言い方はよせ」

頭に血が上っておかしなことを口走っている兼続を見る――ことは敵わないので、不機嫌そうに眉根を寄せながらそちらに首を巡らせた。
瞼を上げようとすると、じんじんと痛む。それを堪えて開いてみたところで何も見えないことは把握済みなので、無理をするのはやめた。
ただの蜘蛛の糸ならば視力まで奪われることなどなかっただろうが、牛鬼の糸は毒と瘴気を撒き散らす。皮膚が焼け爛れてしまったのもそのせいだ。妖気を注いで治癒する試みもやってみたが、残念ながら上手くいかなかった。
肩に置かれていた幸村の手に力が籠もったのを感じ、三成は幸村がいるであろう方に顔を向けて首を傾げた。

「幸村、どうした?」

「どうしたもこうしたもありませぬ!なんとおいたわしい…!」

悲痛さを声音に滲ませ、恐る恐るといった手つきで目元に触れてくる。幸村の指が当たったところからぴりりと鋭い痛みが走り、三成が僅かに身を竦めた。それに気づいた幸村が慌てて手を引っ込める。
顔を見ることはできないが、自分が怪我をしたとき以上に痛みを堪えるような表情をしているのだろう。そんな様子が容易に想像できて、三成は少し焦って顔の前で手を振って見せた。

「いや、その、大仰に見えるかもしれんが別に困ることでもない。この山の中ならば目を瞑っていてもわかるしな。耳と鼻があればほぼいつも通りに動ける」

風の動きを感じ、音を耳で捉え、幽かな匂いを感じ取れば目が見えるのと同じように生活できるだろう。一日もすれば慣れるだろうとも思うので、今のところ不便も不安も感じてはいない。
だが、そんな三成の言葉は幸村と兼続の耳には全く届かなかったようだ。先ほどまで憤然と肩を怒らせていた兼続だったが、一転して声色を明るくした。

「目が見えぬのでは不便もあろう!安心しろ三成、我らのどちらかが必ず傍にいるからな!何か用があったらすぐに言え、何でもしてやるぞ!」

「それは良い考えですね!三成殿、何か欲しいものはありませんか?喉が渇いているとか……そうだ、食べられるようでしたら何か腹に入れた方がいいかもしれませんね。手土産に鰡をお持ちしたのですが、いかがですか?傷に効く薬草はすぐに探して参りますので、それ以外で!」

「うん、強いて言うならひとの話を聞いてくれる友が欲しい」

怒涛の如く言い募りながら何やら盛り上がっているふたりに、諦めたように溜息をつく。今一番言いたいのは「とりあえず落ち着け」だったが、多分言ったところで聞きやしないだろう。
どうやら周囲がしばらくやかましいことになりそうだった。




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