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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
3

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ひょこ、と草むらの中から獣の耳が飛び出した。
小刻みに動いてあちこちを探っていた耳が一度引っ込み、葉が擦れてがさりと音を立て、小さな獣が顔を覗かせる。
辺りを慎重に見渡していた子狐――三成は、辺りに変わった気配がないことを確認すると漸く草むらから飛び出した。
ぶるぶると体を震わせて付着していた葉を払う。ついでに体毛が乱れている箇所を発見し、眉根を寄せて身繕いをした。
彼の目と鼻の先には、普段彼自身がねぐらにしている堂があった。何故三成がこの堂の中から出てこなかったのかというと、話は前日に遡る。
三成が棲む山には、以前は強力な結界が張られていた。三成自身を封じ込めるための結界は人払いの力を兼ね備えていたらしく、時折人間が迷い込むことはあっても山頂付近に近寄ることは千年近くの間全くなかったのである。
その結界が色々な事情によって壊れたのはつい最近のこと。それによって結界に込められていた念も消え去ったのか、近頃では旅人が三成のねぐらである古い堂の近くを通ることも珍しくなくなった。
それだけなら別に問題はない。だが、本当に時々だが真夜中近くにこの堂を見つけた人間が一晩の宿にと転がり込んでくることがあるのだ。
昨日もまた、修行僧らしき男が夜半に現れて、ふらふらとした足取りで堂の中にやってくると力尽きて倒れ込んだのである。
冬が近いこの季節、雪が降ることはなくとも山頂付近はかなり寒い。しかもここは、長い間人間たちが近寄りもしなかった山。道が整備されているわけもなく、三成や山にいる小動物たちからすれば何ともないが、平らな地面に慣れている人間からするととてつもなく歩きづらく方向も把握できないという大変厄介な山なのだった。
人間たちの足元事情は三成の知り及ぶところではなかったが、野垂れ死にされても寝覚めが悪いので修行僧に宿を提供し、居場所がなくなってしまったので昨晩は幸村と兼続を訪ねて行った。
ちなみに先の一件で負った傷が癒えるまでと異界で軟禁されていた幸村は、課された仕打ちが余程腹に据えかねたのか、同胞たちが目を丸くするほどの驚異の回復力を見せて先日自力で石牢を破壊し脱出してきたところである。
狭苦しい空間に押し込められた元凶……というか閉じ込めた張本人である三成と兼続に文句の一つでも言おうとしていたらしくすっ飛んできて姿を見せたものの、もう傷は大丈夫か体に不調はないかと逆に質問攻めに遭ううちに怒る気も失せたらしく、その件に関しては何も言わなかった。
三成や兼続とて幸村が憎くてあのような暴挙に出たわけではないのだ。そのあたりの心境はわかってもらいたい。
何はともあれ三妖が揃い踏みし、平穏が戻ったのだからそれでいい。というわけで昨晩、三成はねぐらを人間に明け渡すといつものように彼らを訪ね、いつものように他愛ない会話を交わし、いつものように日が昇る頃に合わせて戻ってきた。
しかしそこで問題が発生した。件の修行僧は余程疲れていたのか朝日が昇っても起きる気配はなく、健やかな眠りについている。どうせ朝早く出発するのだろうから夜くらいは場所を譲ってやってもいいかと高をくくっていた三成は、予想が外れて少々慌てた。
だが無理矢理叩き起こして追い出すのも気が引けたため、堂に戻るのは諦めて山を歩き回り、大きめの木の洞を見つけてそこに潜りこんで眠りについた。これが今朝の出来事である。
人間に対して随分寛容になったものだと我ながら感心したのはここだけの話。
そして快適に安眠を貪っていたら夜が巡ってきて、つい先ほど目を覚ました。さすがにあの人間ももういないだろうと戻ってきてみれば、案の定今度こそ堂は無人となっていた。今日はここで寝られそうだ。
しかも気のせいでなければ、堂の床が少し綺麗になっているような。宿の恩義を感じてあの修行僧が軽く掃除でもして行ったのかもしれない。人間にしては良い心掛けだ。
とはいえ眠りにつくのは朝。今は夜になったばかりなので、妖たちはこれからが活動時間である。
快眠だったと思ったのだが、慣れないところで寝ていたせいか微妙に節々が痛いような気がする。三成は乾いた喉を潤そうと小川に近づいた。
一口水を口にしたところで、水面に不自然な波紋が浮かび上がった。

『ん?』

自分の体毛が水面に触れて妙な波が立ったのかと思ったが、そういうわけではないらしい。波紋の中心は三成がいる場所ではなく小川の真ん中辺りだ。
最初は小石が落ちた程度の小さな波だったのが、さざめきの音と共に大きくなっていく。この光景に、三成は見覚えがあった。
水の性を持つ妖たちが現れるときの予兆だ。
相手が水に同化している間は何者が出てくるのかも予想ができないため、三成は素早く川から離れた。辺りに狐火が浮かび上がり、子狐は青年の姿へと変化する。
警戒心を露わにする三成の目の前で、水面から水滴が浮かび上がり始める。溜まった雨水が木の葉から零れ落ちるのを逆さまにして見ているような光景は自然ではありえないもので、呼応するように周囲の空気も張り詰めていた。
小さかった水滴は次第に集まり、やがて大の大人が一人くらい入れそうなくらい巨大な水球になる。その中にぼんやりと影が浮かび上がった。
ぱしん、と音がして水球が弾ける。飛散した飛沫が土砂降りの雨のように降り注ぎ、辺りはあっという間に水浸しになった。
頭から水を被って濡れ鼠となった三成は、ふつふつとこみ上げる怒りを抑えながら顔に張り付いた髪を掻き上げ、川面を睨み付ける。
地面に立つのと同じようにして水面に佇んでいる影が二つ。そのうちの一つが騒がしい声を上げた。

「おおっスゲーな清正!マジで佐吉だ!……あれ、なんかめっちゃ濡れてね?」

「水浴びでもしてたんじゃねーの」

ぶんぶんと手を振って歓声を上げるそれと、無気力な声で応じる妖には勿論覚えがある。三成は腕を下ろすと不機嫌そうに尻尾を一つ振った。
冬が近いこの寒空の下、誰が好き好んで水浴びなどするというのか。
妖気を集めて水気を弾き飛ばす。そこで漸く自分たちが出てきたせいで三成が水を被ったことに気付いたらしい清正は気まずそうに目を斜め上に逸らした。
未だ状況がわかっていない様子の正則と清正を交互に睨み付けながら三成は不遜に腕を組む。

「言うに事欠いて第一声がそれとは、貴様らの馬鹿さ加減は千年経っても変わらんらしい」

それと佐吉ではなく三成だこの鶏頭、という抗議の声は川から上がってきて早々に辺りを物色しはじめた正則には届かない。ので、三成は彼の保護者もといここへ連れてきた張本人である水虎を見やった。

「何用だ」

剣呑な声を投げかけられたところで怯む清正ではない。最早開き直りだ。

「別に。正則の奴が黄泉でお前に会ったが居場所がわからんと騒いでたから連れてきた。昔馴染みのよしみだろ」

「普通に迷惑なのだよ」

三成の様子が普段と違ったためか、山に棲む他の動物たちが何事かと顔を覗かせる。それらと戯れはじめた正則を見やって、三成は大仰に溜息を吐いた。
そういえば、別れ際に餞別だと滑車を投げつけられた後に何か言っていたような気もする。急いでいたため適当に返事をした記憶もあるが、本気だったとは。
彼らが出会ったのは三成が既に山に封じられた後だったので、昔の記憶を頼りにやってきたのだろう。
手近にいた狸を抱えて肩車をするようにして両手で支えた正則はきょろきょろと辺りを見回した。

「はー、あんま変わってねーなーこの辺」

「貴様に九百年も前の記憶があったことに俺は今大変驚いている」

「あぁん?!」

心底感心した様子の三成に、正則は額に青筋を浮かべた。

「馬鹿にすんなよ頭デッカチ!」

「ま、ここの場所忘れてた時点で馬鹿は馬鹿だな」

清正が冷静に追い打ちをかけたため、反論を見失った正則はぐうと呻いて言葉を濁した。
その様子を見ていた三成は最初の怒りもどこへやら、堪えきれずに小さく吹き出すと肩を揺らして笑い出す。
怪訝そうに正則が首を傾げると、肩車されたままの狸も一緒になって体を傾けた。

「?おい、何がおもしれーんだよ」

「…っ、いや、何でもない」

軽く手を振る三成の思うところに気が付いたのか、つられたように清正も少しだけ笑った。
数百年越しに揃って再会したというのに、会話内容が全く変わっていない。正則の発言に三成が斜め上から横やりを入れ、そこから口喧嘩に発展する。何とも成長がないと、自分たちのことながら呆れたのだ。
心なしか機嫌が良さそうな三成と清正を正則は暫く見比べていたが、まぁいいか、と判断してくるりと踵を返す。

「うーし!んじゃあ再会のアイサツも済んだっつーことで!三成、清正にこの辺案内すっから付き合えよ!」

「断る」

「えーっ!」

即答され、足を滑らせそうになった正則は何とかそれを堪えて三成に向き直った。
大声に驚いたのか肩に乗っていた狸がどこかへ走り去って行ったが、そんなことは問題ではない。ずんずんと詰め寄って上から狐の頭を見下ろす。

「なんでだよ!どうせ暇だろー?!」

「生憎俺は貴様らと違ってそれなりに忙しい。これから幸村の快気祝いをせねばならぬ」

涼しい顔でさも当然とばかりに言い切る三成である。いっそ清々しい態度に、正則は無言で口を開閉させた。
清正は呆れたように肩を竦める。

「ああ、そういや何か色々あったらしいな。しかしあんだけいつもつるんでてよく飽きねーな、お前ら」

内裏で秀吉に付き従っている清正は、時々三成や兼続が無害な妖のふりをして都に入り込んでいることを知っているのだ。最初は驚いたものの、どうやら彼らと交流があるらしい人間たちが平然としているのを見てからはこんなものかと納得している。
あの三成が人間と交流を持っている、という点に関してはもっと驚いたが。
昼間から狐と烏が揃って内裏の庭を闊歩している姿を見かけたし、清正が兼続を襲撃したときも残りのふたりが揃って報復しに来た辺りからして、彼らの結びつきが強固であると察するには十分だった。

「まぁそういうわけでな、これから奴らが来ることになっているので貴様らは早々に帰るがいい」

しっしっと手で払うようなしぐさをする三成の背では、獣の尻尾が機嫌良さそうに左右に揺れていた。
この様子では「何か色々あった」部分の詳細を聞くことはできなさそうである。正則のよくわからない説明を聞いただけなので細かい事情は全くわからないが、とりあえず幸村は怪我をしていたらしいから快気祝いとやらもその辺が起因しているのだろう。
これ以上長居して機嫌を損ねるのも面倒だ。納得はしていないが了承したらしい正則は眉間に皺を寄せて大仰に溜息をつく。

「ちぇー、何だよ付き合いわりーな!」

べ、と舌を出した正則の足の滑車に鬼火が宿り、ふわりと体が滞空した。それにならって清正が手を翳すと、小川の水が盛り上がって巨大な虎が躍り出る。身軽な動作でその背に跨った。
先ほどと同じように虎が咆哮するのを合図に、ふたりが同時に夜闇へと駆け上がる。

「んじゃなー三成!次は引っ張ってでも連れてくかんな!」

「またな」

口々に言うふたりに対して三成は何も言わなかったが、その口元に薄く笑みが湛えられる。
意外にも気を使って退散してくれた旧友たちの背が見えなくなるまで、その姿を見送っていた。




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