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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
5
馬上で辺りを見回していた孫市は、ちらりと視線を下に移した。
小柄な人影がすぐ横を歩いている。大の大人が早くもばてているというのに、元気なものだ。

「政宗、気合入れんのは天狗見つけてからでも遅くねえと思うぜ?」

「ふん、言うておれ。腑抜けていて首を掻かれても知らぬぞ」

肩を怒らせて孫市の馬よりも前に出て、辺りに注意を配る。その背を見て孫市は首を傾げた。

「なぁ、何そんな必死になってんだ?今回の遠征だって、お前の地位にゃあ見合わねえはずだ。そこまでして天狗を討ちたい理由でもあんのかよ?」

興味本位な声音を聞いた政宗は肩ごしに孫市を睨んだが、その後ろの兵たちが疲れて遅れていて、話し声が聞こえる距離にはいないことを確認して視線を前に戻す。
暫く無言で歩いていたので返答はなしかと孫市が諦めた頃、独り言のような呟きが零れた。

「別に相手が天狗でなくとも、帝直々に声をかけていただけたならば参じておったわ」

不意に政宗が頭上を見上げた。葉が擦れる音がしたのだが、野鳥が飛び立っただけだったようだ。
少し肩を落としながら政宗は続ける。

「わしは伊達家からは初出となる陰陽師じゃ。陰陽寮での後ろ盾は何もない。ここからのし上がるならば、手柄を上げてわしの力を周りに認めさせるのが一番手っ取り早かろう。これはまさに絶好の機会じゃ」

予想外の言葉に孫市は目を瞬かせた。まさかこんな野望を持っていようとは。
彼は見鬼の才があるのだと聞いたことがある。伊達家はそういう家系ではなかったはずだから、もしかしたら昔からいろいろ苦労してきたのだろうか。
見鬼の才を持つ者が疎んじられるということはままある。望み如何に関わらず常人には視えないものが視えてしまうので、それを指摘することで気味悪がられるというのが一番多いだろう。実の親が我が子を恐れて出家させることもあるほどだ。苦労してこなかった者の方が少ないと言っていいかもしれない。
もし政宗にもそんな経験があるのなら、陰陽師となった彼の覚悟は相当なものだろうと思われた。面白い子供に出会ったかもしれない。
不意に孫市は後ろを振り返った。政宗に合わせて歩いていたため、軍の列は相当遠くなってしまっている。

「おい待て。ちったぁ後ろの奴らにも気ィ使ってやらねえと」

そう言った瞬間、突風が吹きぬける。ひと一人くらいならあっさりと吹き飛ばしてしまいそうな風に驚いた馬が嘶き、孫市は慌ててその手綱を握り直した。後ろの方で兵たちの叫び声が上がる。
ここは狭い山道で、しかも片方は崖だ。木があるため一気に下まで転がり落ちることはないだろうが、かなり危険である。
風が収まったところで再び振り返ると、案の定崖から転げ落ちそうになった兵を周りの兵が引き上げようとしてちょっとした騒ぎになっていた。
戻るべきかと思案した孫市の耳に鋭い声が突き刺さる。

「あっちじゃ!」

「ちょ、こら!一人で行くんじゃねえ!」

突然駆けだした政宗を、少し迷ってから馬を駆って追いかけた。兵たちは協力しあえば無事に済むだろう。一人での行動の方が危険だ。だが先の道はかなり狭くなっていて、馬では進めそうにない。舌打ちした孫市は馬を下り、ちらりと崖下を見やってから走り出す。
子供ゆえの身軽さでひょいひょい先に進んでしまう政宗をなんとか追いかけ、暫く進むと突然道が開けた。息を切らせながらも小柄な背中を見つけて駆け寄る。

「なぁ政宗、何が……」

周囲を警戒していた孫市ははたと足を止めた。政宗の視線が、かなり高い位置を見据えている。
それを追って上を見上げた孫市は瞠目した。周囲よりも一際高い杉の木の上。片胡坐を組んだ影が見える。その背に二つの翼があるのを見れば、一目で人ではないとわかった。顔は上半分だけを鼻の高い仮面で覆われているため、表情はわからない。しかし醸し出す雰囲気は、明らかにこちらの様子を窺って楽しんでいる。

「よくぞここまで参ったな。褒めてやろう」

尊大な口ぶりで口元を歪める。辺りを渦巻く風が彼に向かって集まっていくのを見て、すぐにこれが標的の天狗だと察した。
孫市の経験上、これほどの妖気を持つ妖には出会ったことがない。見る限りでは、彼はまだまだ本気ではないだろう。ということは今辺りに漂っている以上の妖気を持っていることになる。
どうしたものかと動向を探る孫市の横で、政宗が印を組んだ。

「縛!」

「?!待て待て待て!!」

慌てて止めようとするが、描き出された五芒星は真っ直ぐ天狗へ向かって飛んでいく。意表を突かれたような顔をした天狗は、動く気配を見せなかった。
きん、と空気が張りつめる音がする。まさかこれで捕えたのかと思ったが、直後に羽ばたきの音がして上を見上げた。羽団扇を手にした天狗が、こちらを呆れた様子で見下ろしている。

「ふん、いきなり縛魔術とは無策な」

思わず同意しかける孫市である。思い切り舌打ちした政宗をぎろっと睨んだ。

「お前な、相手の器見てから攻撃しかけろよ!あんなの俺らじゃ太刀打ちできねえぜ?!」

「そちらの人間はよくわかっているではないか」

感心したようにうんうんと天狗が頷く。嬉しくはないが、二人で戦うには分が悪すぎた。なんとか思いとどまらせようとする孫市を、政宗の鋭い視線が射抜く。

「怖気づいたならば一人で戻るがよい!わしは陰陽師ぞ!逃げも隠れもせぬ!」

別の印を組む政宗を見た天狗が首を傾げた。明らかに面白がっている。

「この悪霊を絡め取れ、絡め取り給わずは、不動明王の御不覚、これに過ぎず!」

先ほどより光を増した五芒星が放たれる。身軽に避けた天狗が羽団扇を一扇ぎすると、五芒星が五つに割れて霧散した。唇を噛みしめる政宗を見下ろし、天狗が肩を竦める。

「わからぬ奴だな。それに言霊も間違っている。私は霊ではないぞ」

「いちいちやかましいわ!」

がおうと吠える政宗に対し、この距離でもわかるほど大きなため息が聞こえた。天狗は頭を押さえて左右に振っている。

「まったく話にならん。人のなりをしておるくせに人の言葉を解せぬのか?」

「なんじゃと!」

「一回落ち着け政宗!」

再び印を組もうとした手を捉え、ついでに口を塞いで黙らせる。それでももがもがと喚いている政宗を抑え込み、孫市は天狗を見やった。

「おいお前、三大妖の天狗か?」

「そうだ。我が名は山城」

あっさりと名を明かした天狗は羽団扇を掲げる。瞬間的に妖気が集まるのを感じたと同時に腕が振り下ろされた。孫市は咄嗟に政宗を抱えて横に飛び退る。
轟音が響き、暴風に煽られて背中を強打した。思わず呻きながらも顔を上げると、さっきまで立っていた場所が鋭い軌跡で抉れているのがわかる。
羽団扇の一振りであの威力。やはり内包している力は計り知れなかった。本気を出される前に撤退したいところだが、政宗は逃げるつもりなど毛頭ないだろう。
一瞬でいろいろなことが頭を巡って、どうしたものかとその場で逡巡する。体を起こした政宗が上を睨みあげると、天狗――山城は実に楽しそうに笑った。





山に入ったのが宵の口で、そろそろ丑の刻になろうかという刻限だ。休まず捜索にあたっていた軍は、さすがに兵の疲労を無視できなくなって歩みを止めている。随従している陰陽師たちの疲労が濃いというのもあるが、その陰陽師たちは気力を奮い立たせて、兵たちがいる一帯を結界で囲って休憩の陣を整えていた。
今のところ捜索に進展はない。行けども行けども獣道で、化け狐どころか普通の獣にすら出会わない。夜だというのにここまで何もいないというのは異様だった。
ただ、なんとなく気配を感じてはいる。常に見張られているような。とはいえ、ただでさえ緊張している兵たちの不安をこれ以上煽る必要もないので誰にも言ってはいない。
疲れたというわけではないが、左近は気分転換のためにそっと列を離れた。気ままに牢人暮らしをしているのが常なので、こういう規律のある行動は少し疲れるのだ。
声が聞こえなくなる辺りまで歩くと、森が開けて視野が広がる。視線の先には静かに流れる川があった。
喉が渇いていたのもあり、左近は足取りも軽く水辺に近づく。膝をついて水を掬おうとすると、不意に背後に立つ気配を感じた。
途端、ぞわりと肌が泡立つ。背筋に冷たいものが滑り落ちたような感覚がして、ざっと血の気が引いた。
体が硬直して振り返ることができない。今まで出会ったことのない強力な妖気の前に萎縮してしまったのだ。
一体なんだ、この妖は。まさかこれを退治しろというのか。
額から嫌な汗が伝う。無意識に握り拳に力が籠もった。
いつ殺されてもおかしくはない。ここまでは陰陽師たちの結界も届いていないし、自分は今この妖に対抗できるような武器は何一つ持っていないのだから。
その時、背後から呆れたような溜息が聞こえてきた。

「こんな山奥にいながら丸腰で何をしているのだ、人間」

ふっと体にかかっていた重圧が和らぐ。咄嗟に後ろを振り返って身構えた左近は、思わず目を瞬かせた。
そこにいたのは容姿端麗な若い男。見た目は人間とほぼ変わらない。体格も小柄で、身にまとっている狩衣も都にいる人々のそれと同じようなもの。では先ほどの妖気と霊力はどこから来たのかと辺りを見回すが、見えるのは鬱蒼と茂る木々だけでここには左近と目の前の男しかいない。
ならば先ほどの力は間違いなくこの男のものだ。信じられない。
不躾な視線を涼しい顔で受け流していた男は、にやりと口の端を釣り上げる。

「ひとを見かけで判断すると痛い目を見るぞ」

その言葉が終わるや否や、唐突に空気が重くなる。再び左近は戦慄した。強大な妖気に包まれると、頭半分ほども低いはずの背丈がやけに巨大に感じ、その背後で妖しく揺らめく九つの狐の尾が見えた気がした。
一瞬で放たれた妖気は一瞬で離散する。可笑しそうにこちらを眺めている妖に、左近は一度深呼吸をしてから問いかけた。

「佐和山の化け狐ってのは、あんたかい?」

「その呼び方は非常に不本意だが……いかにも」

やはりそうかと左近は内心で頷いた。それならばあの霊力にも納得がいく。帝がわざわざ軍を動かしたのにも。
そして酒の席での孫市の戯言も半分正しかった。確かに狐は美人に化けている。だが目の前にいるのはどう見ても男だ。一番大事なところが間違っているではないか。
そこまで考えて、漸く自分が現実逃避をしていることに気付く。これは普通の人間の手には負えるものではない。討伐軍の兵たちが束になってかかったとして、敵うかどうか。
平静を装い、左近は表情筋を総動員してなんとか狐に笑みを向ける。

「不本意ですか。じゃあ名前を教えてくれます?」

後ろ手に組んでいた印に力を込める。名を聞いたら、すぐにでも術を発動できるように。
だが狐は尊大に鼻を鳴らした。

「相手に名を訊ねるときはまず自分が名乗るものだ、島左近」

どくんと鼓動が跳ねる。島左近。己の名だ。何故。
絶句する左近を見てにやにやと余裕そうに笑う狐。悟りか、と推察する。言霊を操る狐に名を知られるなど大失態だ。が、何にせよこんな強大な霊力を持つ妖に一人で立ち向かって勝ち目はないことを思い出す。言霊など、気休めにしかならない。
そう考えると、急に気が楽になった。そういえば、狐は先ほどから妖気は放っていても殺気は全く見せていない。
もしかして敵意はないのか。
少し逡巡したが、左近は組んでいた印を解いた。すると、辺りに満ちていた妖気は完全に霧散する。ここにきて漸く安堵の息をついた。これを警戒していたのか。
満足げな様子を見せた狐は、左近に歩み寄ってじろじろと全身を眺めまわす。思わず一歩後ずさるが、狐は少し鼻を動かして首を傾げた。

「何やら美味そうな匂いがするな」

まさか俺を食う気か。
一瞬思ったが、普通妖が食うといったら若い女や子供だ。どう考えても己のような男を食って美味いとは思えない。
ふと、腹ごしらえ用に用意していた握り飯の存在を思い出す。懐から取り出すと、狐の目が僅かに輝いた。

「……食べますか?」

遠慮がちに尋ねると、狐は満足げに笑って一つ頷いた。



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