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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
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官兵衛にしてみれば、自分が妖だったら今以上に半兵衛に振り回されていただろうことは想像に難くない。今だって突き放そうと思えば簡単なはずなのに、時折鬱陶しく思いながらも使役から外すことをしていない自分の心持ちを理解はしているのだ。あまり認めたくはないが。

「……ならば、卿が人間であったとしても同じことが言えよう」

「えー、俺が人間?それはやだなあ。疲れそうだし面倒臭いし」

朝から晩まであくせく働いて、周囲にいる人間たちとも良好な関係を築くために画策して、顔を知りもせぬ帝に尽くす。ろくに昼寝もできず、身分が違えば気に入った相手と言葉を交わすことすらできない人間の生活は半兵衛にとっては理解不能で、憧れなどとは程遠かった。
それでも、官兵衛と対等な立場にいればそれなりに楽しいかもしれない、とは思うが。

「しかし卿は私の「人間らしさ」に興味を持ったのだろう。ならば私が妖であった時点で、その前提は成立しない」

「あーもー、そういうことじゃなくって……」

頭を掻いた半兵衛はずいっと官兵衛に顔を近づける。そこらの人間と比べて段違いに整った顔が目の前に来ても、官兵衛はぴくりとも動かなかった。

「たとえば、って言ったでしょ?それは要因の一つであって全てじゃない。官兵衛殿の存在そのものに興味があるわけ、俺は。どうもそこんとこが通じないんだよなあ」

小石にでも乗り上げたのか牛車が一際大きく揺れて、不安定な姿勢を取っていた半兵衛は体勢を崩して尻餅をついた。そのまま起き上がることはせず、肩を竦めると深々と溜息をつく。
何度も官兵衛に真意を問われ、その度にこの手の理由は並べ立てたのだが、なかなか伝わらないのだ。いっそのこと官兵衛の魂を取って喰いたいとかそれらしい野望っぽいものを適当にでっち上げたほうがわかってもらえる気すらしてくる。
長い間貴族たちの権力争いの只中にいて権謀術数を巡らせ過ぎたせいで、無条件に向けられる好意というものが理解できないのだろうと半兵衛は推測していた。
官兵衛はやはり納得していないようだったが、これ以上話しても平行線だと悟ったのかそれきり口を閉ざした。
物見窓の隙間から外気が入り込んでくる。あちこちで夕餉の支度でもしているのか食欲をそそる匂いを感じ取って、ふと半兵衛は思い出した様子で声を上げた。

「そういえば、おねね様の夕餉のお誘い断っちゃってよかったの?」

小食というわけではないが、それ以上に昼間働き詰めな官兵衛のことなので、ねねでなくとも心配になる。
しかし当の本人は仕事中よりも疲れた様子で嘆息するのみだ。

「食事は十分に取っている。秀吉様と北の方様の手を煩わせるまでもない」

「でもさあ、前に官兵衛殿も美味しいって言ってたじゃん。珍しく」

前というのは、初めて秀吉から夕餉に誘われたときのことだ。
食そのものへの興味が薄いのか、美味いとも不味いとも言わずに黙々と食べることの多い官兵衛が。半兵衛はそれはそれは驚いたので、そのときのことはよく覚えている。
夕方なので、牛車の中は薄暗く互いの顔を判別するのも難しい。が、夜目が効く半兵衛には官兵衛の眉間に寄った皺がはっきりと見えていた。

「それとこれとは話が別だ。……そろそろあの夫妻には、自らが下々の者たちに気軽に夕餉を振る舞うような身分ではないということを自覚していただきたいものだが」

仮にも左大臣とその正妻である。それも、正妻自らが厨に立つなど。女中たちの立場がなくなってしまうではないか。
元々の出自の身分が低いためか、秀吉はそういったことに頓着しない。そろそろ忠言を申し上げるべきかと真剣に悩みだした官兵衛を、半兵衛はにやにやと笑いながら見上げた。

「……何だ」

「官兵衛殿さぁ、俺にまで建前で喋ることないじゃん。おねね様に子供扱いされるのが恥ずかしいって素直に言いなよ」

いつもなら即座に反論するところだっただろう。それが出てこなかったのは、半ば図星だったからだろうか。恥ずかしいというのは語弊がある気がするのだが。
苦虫をかみつぶしたような顔をする官兵衛を見やって、半兵衛は声を上げて笑う。

「別にさぁ、秀吉様たちは「下々の者へ施しをしてる」とか思ってないよ?おねね様はあの通り母性本能が服着て歩いてるみたいな人だし、みんなが喜んでくれることをすることが自分の喜び、て感じ」

半兵衛の悟り能力を駆使しても、秀吉やねねからそういった下賤な感情を読み取ることはなかった。あの二人は――特にねねは、本当に心から官兵衛を心配して自慢の料理を振る舞っていたし、官兵衛から感想をもらって本当にうれしそうにしていた。
だったらそれに甘えてもいいんじゃないかと言外に言う半兵衛に、官兵衛は袂に突っ込んでいた手を額へと移動させた。

「あの御方は正直扱いに困る。どう接するのが正解なのやら」

「あはは、まぁ確かにねえ!いーんじゃない?自然にしてれば」

「左大臣様の手前そのようなことができるわけがなかろう」

このご時世で官位というものは絶対的で、参内していようとなかろうとその力関係が崩れることはない。秀吉が左大臣、官兵衛が蔵人頭という官位である以上、自然体でなどいられるわけがなかった。
官兵衛の性格をからすると、官位が下の者でも同じことのような気もするが。
がたん、と牛車が一度大きく揺れて静かになる。邸に到着したようだ。
内裏を出た時にはまだ夕日が出ていたのだが、今はほとんど沈みきっていて辺りは夜の帳に包まれつつある。
昼から夜へと変わる刻限。黄昏――逢魔ヶ刻だ。
半兵衛が獣の姿に戻ると同時に前簾が上げられる。官兵衛は居住まいを正してから牛車を降りると、そのまま自邸の門をくぐった。




****




黄昏から夜にかけての都は、小妖怪たちの格好の遊び場である。
特に彼らが好むのは、都の大半が寝静まる丑の刻だ。
人間たちの様々な思惑が渦巻く内裏や、その周辺の貴族の邸。人間たちにとっての「悪い気」が澱みやすい一帯は、妖からすれば実に過ごしやすい場所であった。
愛人の邸にでも通っているのか、時折通りかかる貴族の坊ちゃんを脅かすのを密かな楽しみにして、今日も彼らは呑気に夜を過ごしている。
しかし、その平穏は突然破られることとなった。
小さな妖が群れている場所めがけて、上空から鬼火が滑降してくる。慌てふためきながら逃げ惑う小妖怪を蹴散らした鬼火は、愉快そうにその間を駆け抜けていった。

「ぃやっほー!!!」

盛りに盛った前髪と、額から伸びる角。足元に備わった滑車には鬼火が宿る。小妖怪の平穏を乱した正体は、誰あろう朧車の正則であった。
てんやわんやで夜闇の中へと消えていく妖たちを見送り、正則は満足そうに高笑いした。

「今日も俺様いかしてるぜーっ!どうよ清正?!すごくね?!」

「………なぁ、それ楽しいのか…?」

胡乱げな声を上げるのは、最近日本に渡ってきて以来左大臣秀吉に従っている水虎、清正である。
たまっている小妖怪たちに突っ込んで離散させるだけ、という謎の遊び。清正からすると何が楽しいのか全くわからなかったが、「おうよ!」と元気に返してくる正則は随分と楽しそうなので深く詮索することはやめた。他人の趣味に口出しをしても良い事はあるまい。
数日前、正則は突然清正の前に現れたのだ。最後に会ったのは何百年前だったか、さすがに記憶からも薄れていたというのに。
聞けば、三成から清正が日本にいると聞かされて探していたのだという。三歩歩けばものを忘れる正則があの天狐のことを覚えていたことがまず驚愕の事実だったが、探し当てられたことに心底驚いた。
しかも何やら今は閻魔王の許にいるとか。長く生きていると何が起こるかわからないものである。
それ以来何かと声をかけてくるようになり、夜の散歩に付き合うのが日課になりつつある。おかげで秀吉の行動範囲以外は都の道など全く知らなかった清正も、すっかりこの辺りには詳しくなっていた。
地面に降り立った正則は後頭部で手を組むとふらふらと歩き出す。

「あーあ、しっかし三成の野郎の居所聞いとくんだったなー。まさか冥界で会うなんて思ってなかったしよ、あいつなんかばたばたしてるっぽかったから聞きそびれちまった」

「前」

「ん?おわあっ!」

がさり、と足音を立てて、足元から影が起き上がる。飛び退る正則に向かって、小妖怪が威嚇の唸りを上げて牙を剥いた。
牛の頭に、口元から覗く鋭い牙。首から下は蜘蛛という、妖の基準で見てもかなり珍妙な姿。しかも、仲間の声に反応してどこからともなく何匹も集まってくる。
一匹一匹は大した力を持たない妖であるため、警戒していた正則もにんまりと笑った。

「おっしゃ、また的がキタコレぇ!見てろよ清正!」

「ああ、見てる見てる」

気のない返事をする清正のことなど気にも留めず、正則は「っしゃあああ!」などと叫びながら妖の群れに突進していく。明後日の方向を見やった清正は大きな欠伸を一つ零した。
今日は秀吉と近しい者たちが邸に招かれ、ねねの手料理が振る舞われていたのだ。護衛の任と若干の羨望を抱きながら、招かれた中に混じっていた術者や退治屋に悟られぬように手伝いをしていたのでそれなりに精神が疲弊している。最近は秀吉たちに合わせて昼起きて夜寝る生活をしていたのもあり、若干の寝不足だ。
勿論それくらいでそこらの術者程度にやられる清正ではないが、それはそれ。
ふと、その視線の先でぼんやりとした光が浮かび上がる。眉根を寄せた清正は怪訝そうにその光源に目を凝らした。
只人には視えない類の光。ふわりふわりと浮遊していたそれは少しずつ実体を伴っていく。ゆっくりとした動きで足を進めているのは、熊のような体に長い鼻、牛のような尾と虎のような四足を持つ妖だ。

「獏……?」

軽く首を傾けながら、半分無意識に声が漏れる。その声に反応するかのように、長い鼻を持ち上げた獏が風が吹き抜けるような物悲しい鳴き声を上げた。

――……して……

――…の………

その中に紛れて、何か声が聞こえたような気がした。
だがあまりにか細く小さなそれは、はっきりとした音になって届くことはなく。ただの聞き間違いだろうと判断されても何ら不思議はないものだった。
そこへ、先ほどの妖を蹴散らしたらしい正則が戻ってくる。

「ふいー。やべえぜ、一回で散らした数新記録かもしんねー!ん?清正、どした?」

「……いや」

清正の視線を追った正則も妖に気付き、尾の先から頭の天辺までくまなく見渡してから不思議そうに首を捻った。
別に彼の記憶力が残念なわけではなく、知らぬのも無理はない。
獏は大陸に棲む妖だ。清正にとっては見慣れたものだが、日本の妖たちにとっては馴染みが薄いだろう。
しかし、今目の前にいる獏は清正の目から見てもかなり巨大な部類と言えた。体高だけでも貴族たちの邸の屋根を越えるほどもある。まるで小山だ。
そして何故、京の都にこんな妖が闊歩しているのか。
獏はちらりと正則と清正に視線をくれると、体のわりには小さな目を細めて霞のようになって掻き消えた。
唖然としていた正則ははっと我に返ると清正の肩をばしばしと叩く。

「なあなあなあ!今の何だ?!見たことねえぞあんなの!でっけぇー!」

「さあ、何だろうな」

説明するのも面倒なので、正則には適当に返しておく。
獏は悪夢を喰う妖で、基本的には大人しく害はほとんどない。大陸では獏の絵を用いて邪気祓いを行う風習さえあり、人間たちからは信仰の対象として見られることもある。
あれだけの身体の大きさがあれば、内包する妖力もそれなりだろう。いくら無害な妖とはいえ、都人たちに悪い影響が出なければいいのだが。
都人たちというか、主に秀吉とねねに、である。
だが、何もしていない妖をただ図体がでかいというだけで疑うのも馬鹿馬鹿しくなり、清正は正則に視線を戻した。

「三成がばたばたしてたって言ったよな。何かあったのか?」

話が急に転換したためか正則は不思議そうに目を瞬かせていたが、なんとか記憶を遡って自分が口に出した内容を思い出したらしい。
小難しげな表情をしてうーんと唸り、腕組みをした。

「なんかむつかしーこと言ってたからよくわかんねーんだけど、閻魔王殿とか幸村とかその辺がすんげー怪我しちまったらしくてよ。なんでか三成もブチギレててちょーおっかねえからとりあえず餞別だけ投げといた。なんつったかなぁ……なんとか鏡?」

「お前に説明を求めた俺が馬鹿だった」

ちっとも要領を得ない解説を聞いて頭痛がしてきた清正は話の途中だった正則を制して深々と溜息を吐いた。こんなことなら本人に直接聞いた方が絶対に早い。

「あいつなら昔いた山から動いてねーよ。一緒に行くか?」

「おっマジで?!」

正則の顔がぱっと輝いた。清正が足で軽く地面を叩くと、たぷん、と音がして近くの貴族の邸の池から水でできた虎が飛び出してくる。
勢いをつけて跨ると同時に、正則も滑車に鬼火を宿して滞空した。

「助かるぜ清正ぁ!やっぱ持つべきものはダチだな!」

へいへい、と適当に返して跨った虎の腹を足で蹴ると、虎は大きく咆哮して夜闇へと駆けだしていく。正則もその後を追い、その場には静寂だけが残された。



ざわ、と空気が流れる。
先ほど正則に蹴散らされていた妖の群れが再びどこからともなく集まってきて、かしゃかしゃと不穏に牙を鳴らした。
月の光を反射して不気味に光る何対もの目が、清正と正則が消えて行った空の方へと向けられる。
硝子を引っ掻いたような耳障りな声を上げ、妖たちは次々と影に紛れて消えた。




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