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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
10

隣で正則が自ら抱えていた箱に縋って起き上がる。こちらは後頭部を強打したらしい

「いってててて……おい佐吉、何だよアレ、どしたんだよ」

「……馬鹿には説明するだけ無駄だと思うが」

「ンだとぉ?!」

喧嘩腰にがなりたてる正則を片手で耳から遠ざけ、三成は深々と嘆息した。単に妖気を抜かれただけなのだが、一気に大量に失ったためかまだ頭がくらくらする。
彼の妖気が妙に弱々しいことに気付いた正則は訝しげに眉をひそめた。

「あれ、お前こんな妖気弱っちかったっけ?ちょっと強ぇ雑鬼並みになってね?うわっ、つーか血やべえぞ!」

慌てた様子で声を上げる正則を怪訝そうに見やると、ここだここ、と腹の辺りを指差される。億劫そうにしながらも見下ろせば、白い狩衣が盛大に血で汚れていた。
多分、幸村の頭を抱えたときに付いてしまったのだろう。だいぶ血を吐いていたようだから、それも致し方あるまい。

「大事無い。俺の血ではないからな」

「そ、そか?じゃあいいけどよ…あーびびった」

ほっと胸をなでおろす正則を見やって一つ息を吐き、腰を落ち着けて鬱陶しげに前髪を掻き上げる。正則もその隣にやってきていそいそと座るとにんまりと笑った。

「つかよ、めっちゃ久しぶりじゃね?八百年ぶりくれえ?お前あんま変わってねーのな!」

「貴様も相変わらず喧しい馬鹿だな」

「褒めんなよー照れるじゃねえか!」

ばしばしと背中を叩かれる。ただでさえ気が滅入っているのがどんどん落ち込んでいく気がした。
そもそも、まさかこんなところで旧知の者に会うとは思いもよらなかった。頭痛を堪えるようにして額を押さえながら隣を見やる。

「何故貴様が冥界にいる?いつの間に死んだのだ」

「ああ?!勝手に殺すんじゃねーよ!…へへ、俺よぉ、閻魔王に…えーと、すかうと?されてよ、獄吏共の滑車作ったりしてんだぜ」

ごそごそと箱を漁っていたかと思うとずいっと目の前に手を差し出され、三成は思わず眉を顰めてのけ反った。
その手には甲斐やくのいちが空を翔けるときに使う滑車がある。正則が力を込めると、中心の軸に鬼火が灯った。ふわりと浮きあがり、猛烈な勢いで回転しはじめる。
珍しく感心した様子で三成が滑車を受け取ったので、正則も機嫌がよくなったらしい。そして彼の脳内からは、鬼たちに起きた変事はどこかへすっ飛んでしまっているようだ。

「移動が楽だから使い方教えろって言われてよ。まさか閻魔王から声かかるなんて思わなかったからさすがの俺もびびっちまってさー。そういや虎とも五百年くらい会ってねえなあ。あいつ大陸行っちまったし……」

「奴なら少し前から都にいるが」

「えっマジで!」

いちいち大仰に反応していた正則はなんだよいるなら教えてくれよ、とかぶつぶつ言っている。ちなみに彼が言う虎というのは虎之助、つまり清正のことだ。
清正は元々日本にいて、大陸に渡る前に少しだけ三成と正則と面識があったのだ。短い間ではあったが、幼少期の記憶なためか妙に印象深い。
その後清正が大陸に渡り、正則とも疎遠になったきり会っていなかったのだが。
はあ、と溜息をついて目の前にある扉を見やった正則は漸く当初の目的を思い出した。

「あ、そーだよアレ!じょーきょーせつめーしろよ!なんであいつらあんなやられ方してたんだ?」

正則から見れば鬼たちは広義でいう眷属に当たるが、彼らの力は朧車など比にならないほど強力である。長生きと言う意味では正則の方が上かもしれないが、真っ向勝負とかはできれば避けたいところだ。
それが、あのような重傷を負うなどと。こんなことは今までにはなかった。
少し妖気が戻るまでは自分も動けないので、三成はぽつぽつと今までの経緯を話して聞かせてやった。脳筋にはわからんだろうというところは適当に省いたのでかなり大雑把な説明になってはいたが、簡単に纏めた方が理解しやすかろう。
何やら難しげな顔をして話を整理しているらしい正則は暫くうんうんと唸っていたが、やがて閃いたと言わんばかりにぱっと顔を輝かせた。

「よーするに、鬼の力取り込んだ妖怪がガチでやべーって話だよな!」

「………………………まぁ、それでいい」

何がいいのか三成にもよくわからなかったが、これ以上説明するのも面倒なので首肯しておく。
千年近く時が経過したはずなのに、正則は全く変わっていないらしい。妖など大概そんなものだが、溜息も兼ねて大きく深呼吸をした。
冥界の空気が陰の気に満ちているためか三成の妖気が回復するのも思いの外早いようで、いつの間にやら眩暈のようなものは全く無くなっている。立ち上がってみるとまだ少しふらついたが、これくらいならばなんとか歩けそうだ。
正則は腰を下ろしたまま斜め下から三成を見上げる。

「お?その照魔鏡ってヤツぶん殴りに行くのか?やっぱダチがやられてんのに黙ってるとか男じゃねーよな!」

「……そういうことになるな」

違和感があるのは言い方の問題だろうが、大筋は正しい。
前にあの妖と対峙したときには三成はまだ山に封じられていたから、最後まで手伝ってやることができなかった。だが、今は違う。自分はもう自由の身だし、何より幸村に怪我を負わせた礼はたっぷりと返さなければ。
おそらく兼続も同じことを考えているだろう。事ここに至っては売られた喧嘩は買うのみである。
三成が物騒に拳をぱきぱきと鳴らしていると、徐に背後の扉が再び開いた。
驚いて三成と正則が同時に振り返る。視線の先にあったのは、得物に縋りながらも自分の足で歩を進める幸村の姿だった。

「幸村?!」

仰天した三成は跳躍してその隣に降り立つ。緩慢に首を巡らせた幸村は、三成を視界に捉えると笑みを浮かべた。

「三成殿……、御心配を、おかけしました。あとは、私が……!」

「っ、馬鹿を言うな!そんな体で何をする気だ!」

怒号した三成はよろめきかけた幸村の腕を咄嗟に掴むと肩に回す。法廷を振り返れば、そこには既に小鬼たちの姿はなくなっていて、信玄と氏康も諦めたように首を横に振っていた。
槍を握る幸村の手に力が籠もる。胸元の傷には薄く膜が張っているのみで、完全に本調子に戻ったわけではないことは明白だった。

「あの妖だけは……、倒さねば、なりません…!私の…鬼の力を、悪用させるわけにはいかない…!」

「だからと言って今のお前に何ができる?!後のことは俺と兼続に任せろ!」

「できません!」

激しい口調で言い返されて、思わず三成は言葉に詰まった。続けようとした幸村はその瞬間咳込み、二の句が継げなくなる。
見たことかと言いたげな三成には気づかないふりをして、なんとか呼吸を整えた。

「人界に、屍鬼たちが湧き出ています……あまり時間はありません」

黄泉路と人界を繋ごうとしているのは恐らく照魔鏡だ。放っておけば、屍鬼たちは生きている魂を求めて現世を彷徨い、人々を襲うだろう。
それは、一度は己が徳川家康に対して執行しかけた禁忌。あの時は、ぎりぎりのところで周りにいた友が止めてくれた。
あの妖を止めるとしたら、自分しかいない。なんとかしなくては。

「幸い…ではないですが…宝玉が壊されたおかげで、制御もなくなりました。今なら……存分に戦える」

傷は表面上だけとはいえ塞がった。三成から借りたらしい妖気も少しずつ戻って行っている。あとは全力を賭して戦うのみだ。
もっとも、全てを出しきって敵わなければ、今度こそ助からないだろうが。
黙っていた三成が幸村を支える腕に力を込める。幸村の目は真っ直ぐ黄泉比良坂の方を見据えていて、三成の姿は映っていないようだった。

「……お前はいつもそうだな」

ひとの厄介事には首を突っ込んで尽力するわりに、自分のこととなると何も言わずにひとりで行ってしまうのだ。
三成と兼続がそのことに苦言を呈しても、申し訳ありませんと笑うばかりで。大したことはないと言いながら実は気づかぬ間に傷を作っていたりと、そんなことばかりだった。
力が籠もりすぎて震える三成の拳に気付き、幸村は困ったように笑う。

「これは…私の意地ですから。……三成殿や兼続殿に、ご迷惑をおかけするわけにはいきません」

それを聞いた三成は、思わず力任せに幸村の腕を掴むと、開いたままだった巨大な扉にその体を叩きつけた。

「…っ!」

背中を打ちつけて傷に響いたのか、幸村の顔が僅かに歪む。が、変わったのは表情だけで呻き声一つ漏らさない。
ずるずると沈みかけた幸村に詰め寄った三成は着物の胸倉を掴み上げ、鋭い眼光で睨み付けた。突然の行動に驚いたのか、幸村の目が見開かれる。

「ふざけるな!何が迷惑だ、俺達はお前の友ではないのか?!お前の力になりたいと思う俺達の心はどうなる?!俺がっ…俺達が、どれほど…っ!」

どす黒い血の海に倒れ伏した幸村の姿を見たとき、それこそ心臓が止まるのではないかというほど衝撃を受けた。永い生涯の中で、血の気の引く音をあそこまではっきりと聞いたのは初めてだったと思う。
もし、もっと早くに駆けつけていたら。このまま幸村が目を覚まさないなどということになったら、後悔してもしきれない。そんなことすら考えたふたりが、幸村が目を開けて名を呼んでくれたときにどんなに安堵したか、本人だけが知らないのだろう。
項垂れた三成は幸村の胸元に額を押し付けた。獣の耳と尾も、彼の心情を表して力なく垂れ下がっている。

「頼むから、もっと自分を大事にしてくれ、幸村……!」

「三成…殿……」

普段の三成からは想像もつかないくらい弱々しい声音に、さすがに言い返すことはできなかった。事の成り行きを見守っていた正則も、腕組みをしてうんうんと頷いている。微妙に鼻を啜るような音がしたのは気のせいだろうか。
唇を噛み締めた幸村は、そっと三成の肩を押し返す。
彼の心は、嬉しい。だが、自分が蒔いた種は自分で何とかすると決めたのだ。

「三成殿……御免」

瞬間、凄まじい量の妖気と瘴気が爆発し、勢いのままに三成は弾き飛ばされた。咄嗟に滑車を疾駆した正則が跳躍して三成の背後に回り込み、建物に激突しそうになるのを回避する。
正則に支えられてゆっくりと地面に戻ることができた三成は慌てて視線を巡らせたが、幸村は既に神速で駆けていってしまった後だった。

「あの大馬鹿者めが…ッ!」

三成の周囲に青白い狐火が顕現し、凄まじい妖気が迸ったかと思うと巨大な天狐が姿を現した。
恐らく幸村は人界へ向かったのだろう。だが、あんな状態で敵と相対するなど無謀にも程がある。
威嚇の唸りを上げて牙を剥き、天狐は幸村の気配を追おうとする。が。

「おい!佐吉!」

粗野な声に呼び止められ、思わず振り返る。目の前に飛んできたのは鬼たちが使う滑車だ。
咄嗟に口に銜えて受け取ってしまってから声の方を見下ろせば、滑車を投擲したらしい正則がこちらに向けて親指を立てていた。

「なんかよくわかんねーけど、餞別!それお前の狐火でも使えっからよ、狐火つきで幸村に渡してやれよ」

『市松……』

驚いたような声音に、正則はにっと笑った。

「それと俺、もう市松じゃねーかんな。正則だ!がんばれよ三成!虎之助連れてお前んとこ行ってやっから、それまでに片づけとけよ!」

唖然とした様子で目を瞬かせていた三成は、金の瞳を優しく細める。

『虎之助ではない、清正だ。……礼を言う、正則』

そう言い残して、三成は幸村の後を追って神速で駆け出した。
天狐の後ろ姿を見送っていた正則の横に氏康が並ぶ。

「ったく、ほんっとに暑苦しい奴等だぜ。なんだかんだ言って結局手ェ貸すんじゃねえか」

「佐吉……じゃねーや、三成は頭デッカチでめんどくせーけど、マブダチ見捨てるような奴じゃねーっスよ」

決して長い付き合いではないが、それくらいはわかる。幅広く色々難しいことを考えていそうに見えて、三成は自分の手の届く範囲にしか興味を持たないし、それを守ろうとしているだけなのだ。
どこか誇らしげに言う正則を見下ろし、氏康は嘆息して煙管をふかした。

「こっちもできるだけ人界に被害が出ねえようにしてるが、屍鬼共の習性だけはどうにもならねえ。てめえも気ィ付けるこったな」

「うっす!」

気合を入れて敬礼と共に返答する正則の頭に、氏康は「声がでけえ」という一言と共に再び拳骨を振り下ろした。






「は…、はぁっ…!」

少し神速を使っただけだというのに、息が乱れる。塞がったはずの傷がじくじくと痛み出し、体内で熱を持っているようだ。
塞がったとは言っても、薄い膜が張っていて出血が止まったというだけのこと。砕けていた胸骨も一応は治っているはずだが、完全に元に戻ったわけではないためかみしみしと音を立てている。傷つけられた内腑を治すのが最優先だったから、それ以外はあくまで応急処置なのだ。
額に脂汗が浮かび、視界がぼやける。妖気が多少補完されたから何とかなると思ったが、甘かったか。
痛みを堪え、何とか顔を上げる。その瞬間、軽く襟首を掴まれ、浮遊感と共に宙に放り上げられた。
落ちる、と思い落下に備えて目を瞑ったものの、衝撃がいつまでも襲って来ない。その代わり、柔らかな毛並が手に触れた。
驚いて目を開けると、白銀の天狐の後ろ頭が見える。周囲の景色は凄まじい速度で動いていて、どうやら神速で駆ける天狐の背に乗っているらしいと気づいた。

「っ、三成殿?!どうして……!」

『お前のことだ、無理やり連れ戻したところで脱走するのは目に見えている』

ならば、さっさと決着をつけさせてさっさと静養させる。正直に言えば絶対に取りたくない手段だったが、こうでもしなければ幸村も納得しないだろう。
自分がなんとかすると言ったのにとでも言いたげな幸村を、三成はぎらりと睨み付けた。

『これ以上は譲歩せぬぞ。これが嫌なら、今この場でお前をその辺の岩戸に封印してやる』

「そ、それは嫌です!」

慌てて言い返すと、先ほどの息の乱れも手伝ってごほごほと咳込んだ。その衝撃が肋骨に響いて鈍痛が襲ってくるが、何とか三成に気付かれまいとする。
勘付かれたら本当にその辺に封印されてしまいそうな気がした。それくらい三成の目は本気だ。
先ほどの三成の懇願を思い出し、幸村は眉尻を下げると切なげに笑う。

「……申し訳ありません、三成殿。感謝いたします」

まだ溜飲が下がらないらしい三成は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、速度を速めて黄泉比良坂へと向かって行った。




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