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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
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じっとりと体にへばりつくような瘴気に、三成は不機嫌そうに体を震わせる。前方を歩く阿修羅王は一度も後ろを振り返ったり辺りを見回すそぶりは見せず、まったくの暗闇の中を迷うことなく進んでいた。
時折実体のない亡者の腕が伸ばされるが、氏康の神気や三成の妖気に触れると火傷をしたかのように腕を引っ込め、恨みがましい声を上げながら消えていく。幸村の身体から未だ滴っている鮮血などは彼らの絶好の餌になりそうなものだが、氏康の力なのか下に落ちる前に蒸発するような音を立てて消えていた。
三成が思いのほか大人しくついてくることが意外だったのか、氏康はちらりと肩越しに振り向いた。美しい尾がゆらりと靡き、金色の瞳が細められる。

『何か言いたいことがおありか、阿修羅王よ』

こちらに興味を向ける暇があるならさっさと黄泉の国に戻って幸村を介抱しろと言ってやりたいのを堪えたため、自然と語調に険が籠もる。
氏康も三成の心情はわかっているのか、それに関しては大して気にした様子はない。煙管を銜えたまま口の端から紫煙を吐き出した。

「随分素直な天狐もいたもんだと思ってな。俺がてめえの命と引き換えにこいつを助けてやる、とか言い出すんじゃねえかって考えなかったのか?」

命を繋ぐという行為はそう簡単なことではなく、相応の対価を必要とする。
死なせないと言った言葉に二言がないならついてこいと言った、その言葉の裏を何故取らなかったのか。少し考えれば、自分の命と秤に掛けろと言われたようなものだと気付いただろうに。
呆れたような口調に、三成はぱちりと一つ瞬きをした。それでも歩みを止めることはせず、黙って氏康の後ろに従っていく。
そして、双眸を伏せたままの幸村の面差しをじっと見つめた。いつもならば快活に輝く瞳はその光を消し、そのことで胸が締め付けられるような心地がする。
兼続と比べれば、幸村との付き合いはそんなに長くはない。出会ったのも、永い永い妖たちの生涯からすればほんの昨日のことに感じるほど最近だ。
突然空間の裂け目から現れたと思ったら怒涛の勢いで謝罪をしていた姿が鮮やかに思い出される。既知だった兼続から紹介されて、ついでに少し困っていたのを手伝ってやって。それがどうしてここまで絆が深まったのかは三成にもよくわからなかったが、気が付けば幸村も、兼続と同じようにして当たり前のように隣にいた。
用もないのに揃って三成の元へとやって来ては酒を酌み交わし、呆れたようにして暇なのかと尋ねれば、一人でいれば暇ですがおふたりと共にいれば有意義ですと笑う。妖たちの日常にそうそう面白いことがあるわけもなく、話が続かず無言で一晩飲んでいたようなときもよくあった。しかしそれも気まずい沈黙ではなく、妙に居心地の良さを覚えるもので。
何と言うことはない、退屈で平和すぎる日々。それでも三成の狭い世界の中では、幸村と兼続こそが世界の全てで、それで十分だと思えたのだ。

『……我が身可愛さに友を見捨てるほど、俺は落ちぶれてはおらぬ。それに、我ら天狐は貴殿が思っているよりもしぶといぞ』

三成はそう言って不敵に笑った。
天狐が死ぬと、一度ただの狐に戻る。野を駆ける獣として生き、それがまた何百年も生きることができたなら、再び妖気を得て天狐となるのだ。
兼続も幸村も、三成とは違って気が長い。これから彼らも何百年も生きるのだから、その間くらいは待っていてくれるだろうという確信もあるし、意地でも天狐に戻ってくれようという自信もある。だから、例えお前の命を寄越せと言われても三成は構わなかった。
大切なふたりの友。どちらかひとつでも欠けた世界になど、それこそ生きる価値はない。
迷うことなく言い切った三成に、氏康は深々と溜息をついた。

「類は友を呼ぶたぁ言ったもんだぜ。ったく……よくもまぁここまで暑苦しいのが集まったもんだ」

近くに兼続がいたせいもあってか、今までの生涯で「暑苦しい」などとはついぞ言われたことがなかった三成は反論しようとしたものの、突然視界が開けたために口を閉ざした。完全なる暗闇にいたせいで、目が慣れるのに少し時間がかかる。
降り立った場所は荘厳な雰囲気の建物の中のようで、てっきり異界の地以上に荒涼な黄泉の国に出るものだと思っていた三成は虚を衝かれた。
きょろきょろと辺りを見渡していると、前方から見覚えのある小鬼がふたり駆け寄って来る。

「お館様、幸村様っ!」

氏康の姿を見留めて手を貸そうとした甲斐だったが、幸村の大量の出血と痛ましい傷を見てどこに手を添えたらいいかわからず狼狽する。その少し後ろで足を止めたくのいちは、口元を両手で覆って声もなく幸村を見つめていて、華奢な膝が僅かに震えているのがわかった。
とにかくこっちに、と案内された先では、未だに目覚めぬ司録と司命が横たわっている。
ばさり、と翼が羽ばたく音に顔を向けた氏康は、深紅の翼を広げた謙信が信玄を支えていることに気付き、瞠目して怒声を上げた。

「信玄!まだ動くんじゃねえよ病み上がりが!」

「何、大したことはないよ」

信玄は何でもないとでも言うように笑みを浮かべ、謙信の手を振り払うようにして歩を進めた。一体何の為に任せたと思っているのかと氏康が謙信を睨むも、諦めた様子で無言で首を横に振られる。
大方、彼は氏康に言われた通り信玄を見張る役目を全うしようとしたのだろう。部下を案じた信玄に押し切られたらしい。甲斐とくのいちが走れるくらいまで回復しているのがその証拠だ。
ある意味では予想していた事態だったため、氏康は深々と嘆息するとその場に幸村を下ろした。血を流しすぎたのか、蒼白な面差しからは生気が感じられない。
くのいちが恐る恐る手を伸ばして幸村に触れる。力なく投げ出された手は驚くほど冷たかった。

「幸村様…お願い、死なないで…!」

彼女の声が幸村に届いたかどうかはわからない。叫ぶような懇願に反応が返ってくることはなかった。
揺れる寸前の瞳に見上げられ、信玄は安心させるようにくのいちの頭を一つ撫でる。それから胸元の傷に手を添え、難しげな表情で唸った。

「傷は治るじゃろうが…このままではなんとも言えんね」

出血量と体力の消耗が激しい。宝玉の制御を失って、妖気もほとんど溢れ出てしまったようだ。幸村でなければ、ここへ戻ってくる間もなく絶命していたかもしれない。
氏康は苛立った様子で煙管を外して舌打ちする。

「弱気なこと言ってんじゃねえよ、閻魔王が。そんなに大事な部下なら地獄の理捻じ曲げてでも助けてやりゃいいだろうが」

「六道の主とは思えん言葉じゃのう」

不機嫌そうな氏康を見やって、信玄は困ったように笑った。
この世の全ての「死」に関与することができる唯一の存在が閻魔王だ。彼の力を以てすれば、一度川を渡った魂を現世に甦らせることすら可能である。
それがたとえ眷属たる鬼であったとしても、だ。しかし、理を捻じ曲げればどこかに歪みが生じる。いくら閻魔王といえど、好き勝手に死者を蘇らせることなど許されはしない。
信玄は幸村を見下ろしてその頭を撫で、表情を引き締めた。

「理は曲げぬ。――じゃが、幸村を死なせるつもりもないよ」

こんなに優秀な部下をそうそう簡単に失うわけにはいかない。信玄が謙信を見やると、彼は諒解したというように重々しく頷き、巨大な翼をはためかせてその場から掻き消えた。
氏康も深々と紫煙を吐き出す。

「当然だろ。そのためにこいつ連れてきたんだ」

隣に黙って佇んでいた九尾の狐をぽんと叩く。そこで漸く信玄は三成の存在に気付いたようで、感嘆した風情でその姿を見上げた。

「おお、もしやおことは三成かね?幸村が世話になっとるのう。……なるほど、美しい天狐じゃな」

『お初にお目にかかる、閻魔王』

三成は静かに前足を折ると頭を垂れた。仮にも地獄の王の御前、いくら軽い口調でもさすがに威圧感がある。
脳裏に直接響く声に、甲斐は思わず振り返ると一瞬状況も忘れて九尾の狐をまじまじと見やった。

「え、この声……幸村様とよく一緒にいるあの超性格悪い化け狐?!嘘っ?!こんなキレイな天狐だったの?!ほんとに?!何この毛並ふわふわ…!あいたたたたっ」

吸い寄せられるようにして三成に手を伸ばした途端、まだ完全には塞がっていない背中の傷が引き攣れて痛み出す。氏康は呆れた様子で眉を顰めると、呻いている甲斐の頭を小気味よく引っ叩いた。

「いったーい!!何すんですかお館様!」

「ド阿呆。遊んでる場合じゃねーんだよ」

主に凄まれて、甲斐はそうでした、と小さな声で謝った。
未だ幸村の傍から離れないくのいちをちらりと見やってから、三成は黄泉の王たちを順に睥睨する。

『で、俺は何をすればいい?この心臓を抉り出して幸村の傷を塞ぎでもするつもりか?』

信玄は面の奥で驚いたように目を瞬かせると、全く感情の籠もらない声で淡々と物騒なことを言い出す天狐を凝視した。
少しの沈黙の後で、場にそぐわぬほど愉快そうに声を上げて笑う。怪訝そうに目を眇める三成を見やって眉尻を下げた。

「やれやれ、道中氏康に脅されでもしたのかね?氏康、おことの言う冗談は冗談に聞こえないことをそろそろ自覚した方がいいよ」

「……まさか本気にするとは思わなかったんだよ」

苦々しげな顔でぶっきらぼうに言い放ち、氏康は後頭部を掻いた。何故か嬉しそうな信玄は少し足を引きずりながらも三成の傍にやってくると、よしよしとその体を撫でる。

「命に代えても友を救おうという心掛けは立派じゃが、そんなことは幸村も望まんよ。あやつは良い友に恵まれておるようじゃな」

『では、何を……!』

声を荒げて言い募ろうとする狐を片手で遮り、信玄は表情を引き締めた。

「借りたいのはおことの妖気じゃよ。随分力が削がれたようじゃから、傷を治すにしろ体力を回復するにしろ、残された妖気が少なすぎるのでな」

本来なら同族である鬼たちがやるべきなのかもしれないが、甲斐もくのいちも今はひとに分け与えるほど力が有り余っているとは言い難い。餓鬼たちでは数百匹使ったところで幸村の妖気全てを補うには足りないだろうし、信玄たちは神格であるから、彼らが持つのは神気であって妖気とは異なる。
できるなら同一の陰の気を持つ妖から、できるだけ多くの妖気を貰ったほうがいい。そう判断して氏康は三成を連れてきたのだ。五行属性は異なるものの、土と火ならば相性は悪くない。
そんなことならいくらでも持っていけとばかりに躊躇いもせず頷く三成に、信玄は優しい笑みを向ける。

「幸村の力が戻れば、おことの妖気も戻るじゃろう。暫し、辛抱してくれ」

その瞬間、信玄が触れさせていた手の平から一気に何かが吸い出されるような感覚があった。
ふっと体から力が抜け、三成は咄嗟に力の消耗を減らすためにいつもの青年の姿へと戻った。が、力の抜けた膝が折れて蹲ると、そのまま立ち上がることができなくなる。
文字通り妖気を抜かれたらしいが、思った以上に遠慮がない。

「ふむ、これだけあれば十分かね。かなり貰っちゃったから、ちょっと動かない方がいいよ」

かなりというかほとんどである。文句を言うべく顔を上げようとしたが、その瞬間盛大に眩暈を起こして視界が揺れた。低く呻いて額を押さえる。
地に付いた手が歪んでぼやけて見える。これくらいで幸村が助かるなら安いものだと自分に言い聞かせるが、奇妙に揺れる視界に気分が悪くなるのはどうしようもない。
満足げに言う信玄の背後で、突然巨大な扉が重々しい音と共に開かれた。
きぃきぃと鳴き声を上げて扉を開く餓鬼たちの背後から、別の妖気が現れる。
重そうな木箱を抱えて法廷へと足を踏み入れた正則は上機嫌に片手を上げた。

「うす!閻魔王殿!滑車の修理完了したぜえ!」

快活な声を響かせた瞬間、氏康と甲斐とくのいちに凄まじい眼光で睨み付けられる。突然睨まれた正則はわけもわからずひいっと息を呑んだ。
まだ何もしていないのに、と思ったものの、場の空気がかつてないほど重々しいことに、鈍い正則でもさすがに気が付く。

「あ、あれ……?もしかしてお邪魔っスか?!すんませんっ!」

もしかしなくても明らかにそうだろうと言いたげな視線を受けて、引き攣った笑みを浮かべてそろそろと後退する。そのまま退散しようとしたが、一つ見慣れない姿があることに気付いて足を止めた。
ゆっくりと顔を上げた三成と正則の目が合った途端、二か所で同時に声が上がる。

「佐吉?!」

「市松……?」

驚きに固まるふたりを見比べ、氏康は二度ほど瞬きをした。

「何だお前ら、知り合いか?」

「いや、知り合いっつーか……」

恐る恐る近づいてきた正則は、足元に残る血痕と満身創痍の鬼たちに気付いて大仰に飛び上がる。

「え゙えええっ?!幸村ぁ?!オイどーしたんだよっ!つか、皆怪我してんじゃないスか!阿修羅王殿、何かあったんスか?!」

「声がでけーんだよてめーは!」

ごん、と盛大な拳骨を喰らわされ、舌を噛んだ正則は無言で頭を押さえるとその場に撃沈した。
冷めた目でそれを見ていた三成の「馬鹿が」という小さな声は正則には届かない。だが、耳ざとくそれを聞きとめた氏康は良いことを思いついたとばかりにぽんと手を打った。

「ちょうどいい。おい狐、お前こいつと知り合いなんだろ。状況説明してやれ」

「は?!」

言い終わるが早いか、三成と正則は見えない力に押し出されるようにして、ひとりでに開いた巨大な扉から外に弾き飛ばされた。
図ったかのようにして、餓鬼たちが重い扉を静かに元に戻す。強打した腰を擦っていた三成は恨みがましげに音を立てて閉ざされた扉を見つめた。


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