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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
8
突然の事態に唖然としていた慶次に気付き、兼続は目を瞬かせる。

「そうか、あれの本性を見るのは初めてだったな」

普段の青年や子狐の姿は、三成が自らの妖気を抑制するために取っている仮の姿だ。あの甚大な力を纏う九尾の狐こそ、彼の本当の姿である。もしあれがそのまま人界に在ったなら、それこそ神にでも祀り上げられそうだ。
強すぎる力は災厄を招く。面倒事を起こすのが嫌だという理由で、三成は滅多なことでは本性には戻らないのだった。
彼が自分の力を誇示し、無作法に振る舞うような性格でなくてよかったと思わずにはいられない慶次である。

「……で、さっきの幸村にそっくりなのが、あんたが言ってた照魔鏡ってやつかい?」

慶次の問いかけに兼続が無言で頷く。
都からここへやってくるまでの道中で、此度の件の発端になったであろう出来事をなんとか聞き出すことができた。まさか百年以上も昔の話が絡んでくるとは予想外だったが。

「聞くまでもないとは思うが、お前が護衛で訪れたというのはあの里だな?」

兼続が指差した先にあるのは、つい二日前に訪れて出立したばかりの里だ。離れにある祠も、修祓が行われてからは何も起こっていないように見える。今はこの周囲一帯を兼続が結界で覆っているせいか、誰ひとりとして慶次の存在に気付くことはない。
首肯する慶次に対し、兼続は深々と溜息をつくと祠を見やった。

「まさか、私の封印が破られるとは思わなんだ」

「天狗の霊力を凌駕しちまうたぁ、あんまり戦いたくない相手だねえ」

三大妖たちの力を知っているだけに本心からそう零す慶次だったが、兼続は眉間に皺を寄せる。

「元々照魔鏡は大した力を持たぬ。精々姿を映したものの正体を暴く程度だ。誰かが外側から封印を破ったとしか……」

ふつりと兼続の声が途切れる。
どうしたのかと聞くより早く、羽扇を顕現させた右腕が一閃した。
風刃が放たれ、甲高い悲鳴が辺りに響く。反射的に振り返った慶次は、灰のようにぼろぼろと崩れ落ちる白い妖の姿を視た。

「気付くのが遅いな、三大妖」

愉しげに嗤う声に、二人が同時に戦闘態勢を取る。
いつのまに接近していたのか、そこに立っていたのは長身の男だった。慶次と同じくらいはあるかもしれない。燃えるように赤い髪と白い面、青い隈取りに三白眼とくればどう頑張っても人間には見えないが、妖気のようなものは全く感じなかった。
男が指の間に挟んでいる筒から、細長い獣が姿を見せる。それを見た慶次はあっと声を上げた。
以前、都で暴れていた管狐ではないか。どうしてここに。

「……ふん、飯綱使いか。私が視えるのか?」

兼続が羽扇を構えると、風魔は愉しくてたまらないというように笑声を上げた。

「ああ、視えるとも。姦しく囀る小鳥が一羽」

兼続の目がぎらりと邪悪に光る。不穏な妖気に、辺りの木々の葉が擦れてざわざわと音を立てた。
その渦中にいながら、ただの人間であるはずの風魔は未だ余裕を滲ませている。きぃきぃと威嚇の声を上げる管狐を指先で撫で、両目を眇めた。

「あの鬼、また壊しそびれたか。なかなかにしぶとい」

心底残念そうな声音を聞いた慶次と兼続は息を呑んで男を見つめた。
もしや照魔鏡の封印を解き、野に放ったのはこの飯綱使いか。
無言だが明らかに警戒を強める二人を見やり、風魔はふたりの考えを読んだかのようにくつくつと喉の奥で笑う。

「百年余の眠りに退屈していたようなのでな。……鬼の力を取り込めば照魔鏡程度の妖でも、人の世を混沌に陥れることは難しくはない。まぁ、思った通りにはいかなかったようだがな」

「貴様っ……!」

瞬間、兼続の瞳の光彩が反転して凄まじい妖気が迸った。顕現した錫杖を掴み取り、怒りに任せてそのまま風魔に向かって突進する。
眉間に突き出された錫杖の先端は、あっさりと片手で阻まれた。力尽くで押し切ろうとしても全く動かず、さしもの兼続も瞠目する。

「っ?!」

「クク、弱いな。人の子の麾下に収まるようでは器も知れるというものよ」

風魔の周囲を取り巻いていた管狐達が、一斉に兼続に飛び掛かる。首に巻き付いて気道を締め上げ、反射的に引き剥がそうとした手が錫杖から離れた途端、数匹の管狐が束になってその胴体に体当たりをした。

「兼続!」

慶次は吹っ飛ばされた天狗の背後に回り込み、地面に叩きつけられかけた肢体をなんとか受け止める。踏ん張った足が地面に長い筋を刻んだ。
顔をしかめて咳込む兼続の首筋には、管狐に巻き付かれたためにうっすらと帯状の痣が残っている。
管狐たちがきゃらきゃらと耳障りな鳴き声を上げた。笑っているらしいそれらに釣られ、風魔はますます笑みを深めると手にしていた錫杖を打ち捨てる。

「内裏の権力争いの折には惜しい所で邪魔をされたが、さて今度はどうなるか」

その言葉を聞き、慶次の脳裏に閃くものがあった。
彼らが三大妖に出会うに至った経緯。それは都に現れた管狐を殲滅し、平穏を取り戻すことから始まった。全ての妖を統べる存在であるとされていた三大妖を討てば、この騒ぎも収まるに違いないと信じて。
結果は見事なまでの返り討ち。しかし、管狐騒ぎは無事に収束した。そのときに自ら仮定を立てたではないか。
――あの管狐を操ってたのは家康。本人じゃなけりゃ、徳川方に与する飯綱使いか何か。

「…以前、都に管狐を放って三大妖を討伐する気風に仕向けたのは、あんたかい」

静かな問いに、風魔は薄く笑みを浮かべただけで応えはしなかった。
この場合の無言は、肯定だろう。

「混沌の風は止まぬ。黄泉の鬼共が軍勢となって現世に押し寄せるとなれば、此岸はただでは済むまいな。精々足掻くことだ」

そう言い残し、男の姿は黒い霞となって溶けるように消えていった。
静寂が残され、漸く顔を上げた兼続は辺りを見回すと苛立った様子で拳を地面に叩きつける。ひとつ瞬きをすると、瞳の色はいつもの落ち着いた暗色へと変化した。
まだ微かに呼吸が乱れているのを見て、慶次は眉を顰める。

「大丈夫か?」

「ああ。……無様なところを見せたな」

まさか人間に後れを取るとは。三成にでも知られたら何を言われるかわかったものではない。
立ち上がって着物に付いた土汚れを払う。去り際に風魔が残した言葉が気にかかった。

「都の騒ぎの元凶はあの男だったのか。あの時幸村が禁忌を犯していたら、それも奴の思う壺だったというわけだな」

誤算は、幸村が周囲の人間を巻き込むまいとしたことだろう。端から都の人間を襲うのではなく、標的となった家康ただ一人を狙っていたのだから。何にせよ、寸前で踏み留まったが。
慶次は思慮深げな様子で腕組みをした。

「あの飯綱使い、幸村がやらなかったことを照魔鏡にやらせるつもりなのかねえ」

「……かもしれぬな」

今のところ周囲で異変は感じられないが、そうだとしたら一大事だ。黄泉の鬼たちが現世に押し寄せるなど、考えたくもない。
そもそも何故そんなことをする必要があるのか、慶次には見当もつかないが。
そう告げると兼続は軽く肩を竦めて見せる。

「さて。私には人の子の考えることは今一つ理解が及ばぬ」

だが、彼を始めとしていくらかの妖は悟りの能力を持つ。思考回路はわからずとも、その時何を考えているかはわかるのだ。
あの飯綱使いの心には迷いや恐れといった複雑な感情は一切感じられなかった。つまり、ただこの状況を楽しんでいるということだ。

「人の道を外れた外道め。とはいえ幸村の力を取り込んだ妖と、鬼の軍勢の奇襲か……あまり笑えんな」

兼続は苦々しげに唇を噛むと、剣呑な表情で空を見はるかした。思案している風情の背中を見つめ、慶次は気まずそうに後頭部を掻く。

「あー……山城、さっきは悪かったな。急だったんで、ちょいと呼び間違えちまった」

知ってはいたものの普段は真名の方では呼ばないようにしていたのだが、咄嗟に口をついて出てしまったのだ。
慶次にしては珍しくもごもごと言い澱む口ぶりに、兼続は目を瞬かせて振り返ると首を傾げた。
そして一連の行動を思い出し、ああと気のない声を上げる。

「別に構わんさ、好きに呼べ。……政宗はあまり快くは思わんだろうが」

貴様人前では真名を呼ぶなとあれほど口煩く言いおったではないか、と叫ぶ姿が容易に想像できる。
いい気味だとばかりに笑う兼続を見やった慶次は、政宗のいる前では絶対に呼ばないように気を付けようと心に決めた。からかって楽しむのもいいが、さすがに少し可哀想だ。
さて、と声を上げて背筋を伸ばした兼続の背で黒翼が羽ばたく。

「あの飯綱使いも気がかりだが、とりあえずは照魔鏡を探すとしよう」

氏康も言っていたが、あれで諦めるとは思えない。何せ百年越しの恨みが募っている。
こちらとしても、大事な友を傷つけられて黙ってはいられない。

「では、今度こそ都に戻るとするか」

「……………………………おうよ」

ここから都までは徒歩だと二日はかかる。さすがにあの風は勘弁してくれとは言えずに頷く慶次を、凄まじい突風が包み込んで空へと舞い上がった。





****





「伊達殿、随分具合が悪そうだが大丈夫か?季節の変わり目だし、体調が悪いなら早退して体を休めた方が……」

「だ、大事ありませぬゆえ……」

書物を届けてくれた先輩陰陽生が心配そうに覗き込んでくるのに、引き攣った愛想笑いを返す。それでもめげずに二、三言声をかけてくれた陰陽生だったが、そこまで言うならと諦めて自分の持ち場へと戻って行った。
ちょうど寮内に人の気配が無くなったのを確認し、政宗は深々と息を吐き出すと文机に突っ伏した。
先ほど、何もしていないのに凄まじい勢いで霊力が削られた。おそらくどこかで兼続が力を解放したのだろう。
憎まれ口ばかり叩く式だが、滅多なことでは政宗の負担になるようなことはしない。何かあったのだろうか。
ちらりと外を見やるが、まだ太陽が沈むまでにはかなり時間がある。こんな真昼間は妖たちの活動時間ではないはず。しかし先ほどから、妙に近くにいるような、かと思えば凄まじい勢いで都を出たり入ったりしているようなおかしな感覚はあったのだ。
今は都からは出て行っているらしいが、絶対にさっきまではいたはず。というか、来たなら来たで主に顔くらいは見せるのが筋ではなかろうかと思わないでもない。

「……まぁ、陰陽寮に妖が入り込むのも問題か」

しかも、内部の人間が招き入れたなどと。
陰陽寮では穢れを寄せ付けないように、式を持っていても連れてはこないのが暗黙の了解だ。見鬼の才が強い者も少なくないため、うっかり攻撃されても文句は言えない。大半の者は式を下すために大変な苦労を強いられているので、そんな危険を冒そうとはしない。
あの兼続がうっかり陰陽師の攻撃を受けるほど油断するとも思えないが、人間風情が何をするかと逆上されると面倒である。危ない橋は渡らない方が賢明だ。
読み終えた書を纏めると、塗込へ戻すべく立ち上がろうとする。が、くらりとした眩暈に襲われて慌てて座り直した。
自分が転ぶ分にはただの自己責任だが、寮から借りている書物を傷つけるわけにはいかない。仕方なく、息を整える意味も兼ねて既に用意を終えていた墨をごりごりとすり始めた。
これでも最初の頃よりは、だいぶましになったと思う。兼続も十回に一回くらいなら呼びかけに応じるようになってきた。返事があるだけ御の字だと思っていたことを考えれば見事な進歩である。
そこへ、出張で出かけていたはずの陰陽生が数日ぶりに戻ってきたため、政宗は姿勢を正すと静かに一礼した。

「ああ、伊達殿。只今戻りました。博士はいらっしゃいますか?」

「はっ。先ほど近衛府から呼び出しがあり、今はそちらへ」

軽く頷いた陰陽生は踵を返して室を出て行く。
たしか、どこぞの里で祠が破壊され、その再建のための修祓に向かっていたはずだった。慶次が護衛につくとか言っていたから、恐らく彼も戻ってきたのだろう。
それにしても、兼続が通力を使っているだけでなく、先ほどから妙に胸騒ぎがする。一体何事だろう。
頭を下げたまま陰陽生を見送っていた政宗は、いつの間にか眩暈が収まっていたことに気付いて今度こそ書物を戻しに行くべく立ち上がった。




都上空にぽつりと黒い影が浮かび上がる。音もなく現れたそれは、誰にも気づかれることなくゆっくりと広がって空を覆い始めていた。




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あきゅろす。
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