[携帯モード] [URL送信]

なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
6

****




異界の道から人界に顕現した幸村は、剣呑な表情で目の前にある祠を睨み付けた。
もう百年以上も前の話だ。大陸に伝わる妖、照魔鏡が、鬼の力を狙って黄泉の国を襲ったのである。
自らの姿を映し取ったかの妖と死闘を繰り広げたことが、まるで昨日のことのように記憶に甦ってくる。我ながらあの力は驚異だったなと今更ながらに思った。
鬼たちの力と、信玄、氏康の旧友である迦楼羅天謙信の助力により、なんとか黄泉からは追い出すことができた。その際謙信の配下にいたのが兼続で、黄泉から飛び出した場所がたまたま人界の三成が封じられていた山だったという偶然のような奇跡が重なり、それが今や三大妖と呼ばれる彼らの出会いとなったのだが、それはまた別の話だ。
昼寝を邪魔されて激怒していた三成の形相も、それを笑い飛ばした兼続の笑声もはっきりと覚えている。その後三成の力も借りてなんとか敵を打倒し、完全に消滅させることはできなかったものの都から遠く離れたこの地に照魔鏡を封じ込めた。人間たちの記憶を少し弄って、鬼退治の伝承を作り上げて鏡を祀らせるように仕向けたのは兼続だ。
瞑目し、場に残された残滓を辿る。幸村の瞼の裏には木端微塵になった祠と、その中から禍々しい妖気が解き放たれた場面が映し出されていた。
見た目だけは修復されているようだが、御神体として祀られていたはずの鏡が存在しない。どうやら悪い予感は的中してしまったようだ。
刹那、周囲の景色がぐにゃりと歪む。はっとして振り返れば周囲にあったはずの畦道や田畑は消え、荒涼とした大地が広がる薄暗闇の中に閉ざされていた。
人界から隔絶されたことに気付き、それならばと遠慮なく妖気を解放する。移動の際に使ういつもの異界とはまた違う空間のようだが、ここにいる限りどれほど暴れようと人界には何の影響もない。人間たちへの影響を心配しなくて良いことを考えれば、この状況はむしろありがたかった。
ひた、と大地を踏みしめる音が聞こえてくる。鬼火の中から槍を顕現させ、肩越しに背後を見やった。
黄泉にいた頃の幸村の姿を取った照魔鏡が、口の端を吊り上げて凄惨に嗤う。無言で威嚇していた幸村から更に妖気が迸った。

「相変わらず良質な妖気だな」

人間や都に住む無害な妖たちからすれば恐れ慄くであろう力を受けながら、妖の表情には余裕すら伺えた。遥か昔に対峙したときと、姿が重なる。
ゆっくりと振り返った幸村は槍を両手で構え直す。その面差しに炎のような赤い模様が浮かび上がった。

「……やはりあの時、粉微塵に砕いておくべきだった」

力を使い果たした幸村たちには、この妖を完全に消滅させるほどの余力はなかった。やむを得ず封印で済ませたことを心の底から後悔する。
無理にでも、あのとき決着をつけてさえいれば。こんなに長い時間を置いて、同胞たちに危害が及ぶこともなかったはずだ。
何よりも、敬愛して止まない信玄に傷を負わせてしまったことは悔やんでも悔やみきれない。今度こそ決着を付けなければ。
剣呑な声音に、照魔鏡は実に愉快そうに声を上げて笑う。その手に幸村の十文字槍と全く同じ武器が顕現した。構える姿も、左右対称で全く同じだ。
一瞬、空気が凪ぐ。異形の脚が同時に地を蹴り、甲高い金属音を立てて槍が激しくぶつかり合った。
素早く繰り出された槍の切っ先が頬を掠め、僅かに朱が散る。笑みを深める妖の持つ槍の柄を掴んで動きを止めると、幸村は右手に持った槍を横に一閃した。
跳躍した妖が放ってきた蹴りを躱して懐に飛び込む。同じ顔同士で戦っているのは傍から見たらさぞ異様だろうと頭の隅で思いながら、胸倉を掴んで地面に引き倒した。すかさず槍を振り下ろすが、間一髪で腕を弾かれ、妖はあっさり槍を手放すと素早く体を反転させる。
距離を取った妖の手には、たった今手放したはずの得物が握られていた。それに気づいた幸村は瞠目する。
照魔鏡の姿は、幸村の姿を映し取ったものだ。得物そのものも実体ではないため、何度でも顕現させられるということだろう。
更に、跳躍した妖の足元に鬼火を宿した滑車が現れた。随分と、懐かしい格好をしてくれる。
上空から飛び掛かってきた妖の槍を受け止めれば、凄まじい衝撃で腕がびりびりと痺れる。まさか自らの膂力を恨む日が来るとはついぞ思わず、幸村は小さく舌打ちした。相手はともかく、己は得物を手放してしまえばそこで終いだ。
再び離れようとするも、妖は攻撃の手を緩めない。仕方なく応戦していた幸村だったが、防戦一方は性に合わない。
体勢を低くし、槍を反転させる勢いを使って妖の足元を掬う。柄に縺れて姿勢を崩したところへ槍を振るうが、ぎりぎりのところで受け止められた。不利な体勢から幸村を力任せに押し返した妖は、裂帛の気合と共に妖気を爆発させる。
幸村は飛び散る砂塵から顔を守るように腕を翳す。不明瞭な視界の中、土埃に紛れてこちらへ肉迫してくる気配に何とか気づくことができた。
的確に眉間を狙ってくる刺突を避け、その勢いを利用して反撃に転ずる。一旦槍を引き、具現させた鬼火を左腕に纏わせて拳を強く握る。
そのまま振り抜かれるかに思われた拳は、妖に片手で受け止められた。
驚いて腕を引こうとするも、妖の手はびくともしない。その反対の手に先ほどの幸村と同じく鬼火が収束したのに気付き、咄嗟にがら空きだった妖の脇腹に渾身の蹴りを叩き込む。

「ぐ…っ!」

弾き飛ばすには至らなかったものの、妖の表情に初めて苦悶が浮かんだ。同時に辺りに鬼火が浮かび上がる。
防衛本能で無意識に発現させたのだろう。まさかこんなところまで写し取られているとはと、状況も忘れて感心してしまう。
鬼火を纏った槍の切っ先が空を裂く。はっとした幸村はすぐさま得物を構え直し、重々しい一撃を受け止める。
なんとか妖を弾き返して後退し、両者は一定の距離を保ったまま膠着状態になった。
滞空する妖を険しい表情で睨み付ける。あの滑車がある限り、速さと移動範囲の広さはあちらが圧倒的に上回るはずだ。
一瞬、幸村の手が胸元に下がる宝玉に伸びる。だが寸でのところで拳を握りしめ、深呼吸をすると再び槍を握り直した。
この宝玉は彼の力そのものであり、同時に強大すぎる妖気を封じ込める役割も果たしている。これがなければ何の制御もなく力を奮うことができるのだが、もしそれでも及ばず力を使い果たしてしまえば、待つのは死だ。
封印を施すきっかけも、この妖と対峙したことだった。妖が写し取った姿をしていた頃にはこんな制御はなかったから、相手は幸村の力を余すことなく使えるということである。
不利な条件をこれだけ揃えながらも、ここまで応戦したのだから我ながら上出来だと思った。
呼吸を整える幸村を面白そうに見やっていた照魔鏡の足の滑車から鬼火が迸り、槍を構えると昏い笑みを浮かべて突進した。あまりの速度に息を詰めた幸村もほぼ同時に動き、何合か打ち合う。一瞬の隙を突いて槍を払うが、確かに胴に当たったはずなのに手には何の感触も伝わってこない。
ぐにゃり、と妖の顔が歪み、そのまま煙のように姿が消える。

「何っ…?!」

驚いて素早く辺りを見回すが、それらしき姿はどこにも見えない。
刹那、背後になにものかが降り立つ気配がした。振り返りざまに槍を振るおうとした幸村だったが、目の前に現れた姿を見て瞠目する。

「っ!!」

腕の筋肉を総動員して、槍を留める。得物は相手の首筋から髪一筋の隙間を残して止まった。
幸村の斬撃を片手すら使わず止めた「三成」の顔が笑みに彩られる。まずいと思ったときには既に遅く、三成の姿を取った妖は身を屈め、勢いを付けて飛び出すとそのまま膝を幸村の鳩尾に叩き込んだ。
衝撃で視界が一瞬明滅し、肺の空気が無理矢理押し出される。

「かは…っ!」

盛大に吹っ飛ばされた幸村は背中を強く地面に打ち付けながらも体勢を戻し、片膝をついてなんとか倒れ込まずに済んだ。
槍の柄を地面に立てて縋りつき、激しく咳込む。呼吸がうまくできない苦しさを堪えて顔を上げれば、三成の姿のまま、尊大な態度で腕組みをした妖がこちらを見下ろしていた。
的確に急所を狙ってくる体術や、自信に満ちた立ち姿などの一つ一つは三成そのものだ。しかし、大きな違和感を感じる。幸村はぎりっと唇を噛んだ。
三成は、仲間に対してこんなに昏い笑みなど浮かべない。普段こそ仏頂面が多いが、ふとした拍子に微笑むその目はとても優しい色をしているのだ。

「…、真似事しか知らぬ妖の分際で、その姿を取るな!」

激昂した幸村の周囲を凄まじい妖気が取り巻いた。紅だった瞳の色が金に転じ、苛烈に煌めく。
三成の姿が歪んで再び幸村の姿へと戻った。妖は肌を刺すほどの妖気を受けて目を輝かせる。

「まだこれほどの力があるとは……!」

やはり、地獄で獄吏をさせておくには惜しい。人界で安穏と留まるなど以ての外だ。本人にその気がないのなら、別の誰かが有効活用すればいい。
たとえば、自分だ。
増大した幸村の妖気に応じて、妖の力も膨れ上がる。凄まじい力の奔流がぶつかり合い、暴風となって荒れ狂った。
得物を構え直した妖が歓喜の声を上げる。

「この力、やはり私が貰い受ける」

「ほざけ!」

これまでにない速さで飛び出した幸村に、妖は咄嗟に反応できない。攻撃を阻もうと得物を構えた瞬間を見計らい、幸村は槍を閃かせて素早く真上へと斬り上げた。
ぼとりと音を立てて何かが地面に転がる。しゅうしゅうと白煙を上げるそれは、照魔鏡が模していた鬼の腕だった。
切断面から鮮血が噴き出すのと、妖の絶叫が響いたのがほぼ同時だった。すかさず追撃をかけるも、その攻撃は避けられてしまう。
しかし後退する動きを読んでいた幸村は、すぐさま妖に肉迫した。驚きに目を見開く妖の首に手を掛け、そのまま地面に叩きつける。
起き上がろうとした妖の胸元を膝で踏みつけて馬乗りになると、その首を落とすべく頭上に槍を翳した。
途端に、何故か妖の表情が嬉しそうに歪む。何事かと気を取られた一瞬、幸村に隙が生まれた。
ひゅ、と空気を裂く音が耳朶に届く。
振り返ろうとした刹那、鋭い衝撃が背中から胸元を貫いた。

「…、え……?」

何が起きたのかと、声が自然と零れ落ちる。振り下ろそうとしていたはずの腕は、何故か力が全く入らず動かすことができなかった。
のろのろと顔を下に向ける。妖気の奔流を受けて妖しく煌めく宝玉を、何者かの指が掴んでいる。背後から己の胸を突き抜けたそれが、先ほど斬り落としたはずの妖の腕だと気づいた瞬間、体の熱がすべてそこから抜けていくような心地がした。
熱さを感じたのは一瞬だけだった。――寒い。

「な、ん……」

口の端から鮮血が伝って滴り落ちる。震える腕から力が抜け、握力をなくした指をすり抜けた槍が軽い音を立てて地面に転がった。




****




「?」

ぴくりと片耳をそよがせた狐が頭を持ち上げる。どうしたのかと左近が声を掛けようとした途端、猛烈な風が吹き込んできて調度品と障子と蔀戸を荒々しく弾き飛ばした。

「どわっ?!」

角を向けて眉間に飛んできた書物を間一髪受け止めて、孫市の顔が青ざめる。この間といい今日といい、都には風難の相とか出てるんじゃなかろうかと心配になった。
出て行ったときは烏だったはずなのに、いつの間にか妖の姿に戻っていた兼続が縁側からずかずかと室内に上がり込む。丸まっていた三成は怪訝そうに眉を顰めた。

『うるさいぞ兼続。何事だ』

「呑気に構えている場合ではない!緊急事態だ!」

よほど急いでいるようで、兼続はふさふさとした狐の尻尾をむんずと掴んで持ち上げるとそのまま邸を出て行こうとする。さすがに慌てた三成はその手から逃れようとするが、獣姿のまま兼続の力に敵うはずもなく。
しかし無抵抗でもいられないとぎゃいぎゃい騒ぎ始めた二匹の妖たちを見やって、孫市と左近はどうしようと言いたげに顔を見合わせた。一体何事だろう。そしてこの破壊された部屋の落とし前はどうしてくれるのか。
仲裁に入ろうにもあまりの剣幕に口を挟みかねる。ふと庭を見やれば、聊か青い顔をして得物に縋っている慶次の姿があることに気が付いた。

「あん?慶次?何でお前ここにいんだ?」

孫市が至極真っ当な問いを口にする。同調した左近は首を傾げて腕組みをした。

「たしか予定じゃ、帰参は今日の夜じゃありませんでしたか?随分と早いご到着で」

「ああ……まぁ、色々あってな」

ちらりと天狗を見やった慶次の視線を追った孫市は、すぐに彼が置かれた状況を理解した。
何せ兼続の風による移動は孫市も経験済みである。予定よりだいぶ早く戻った慶次の気分が悪そうな顔を見れば、何が起きたのかは一目瞭然だった。ご愁傷様、と言うほかない。
左近はまだ状況が理解できていなさそうだが、詳しい説明は省くことにする。
不意に、言い合っていた狐と天狗が静かになる。ぽん、という軽い音に目を向ければ、三成が妖の姿に戻ったところだった。
いつになく焦燥感を募らせた様子のふたりを見やって左近は眉を顰めた。

「どうかしたんですかい?顔色悪いですよ」

軽い口調で投げかけた問いに返事はない。代わりに三成は足早に慶次に歩み寄ると、衣を両手で掴んで縋るように声を上げる。

「祠で幸村と似た気配を感じたというのは、本当か」

孫市と左近には、唐突すぎる三成の言葉の意味は全くわからなかった。
疑問符を浮かべる二人に対し、諒解したらしい慶次は重々しく頷く。移動中にも兼続に散々間違いないだろうなと詰問されたのだ。
三成と兼続は険しい表情のまま顔を見合わせた。兼続の背に二対の黒翼が顕現し、風が巻き起こって土埃が上がる。

「では慶次、確認も兼ねてついてきてもらうぞ」

「え゙っ」

あからさまに慶次の表情が引き攣ったが、妖たちは気にも留めない。獣姿に成り代わった三成が兼続の肩に飛び乗ると、再び暴風が吹き荒れて三人の姿が掻き消えた。
取り残された二人は唖然として空を見上げる。ついさっきまでのんびりしていたはずなのに、慌ただしいことだ。それより完全に巻き込まれた形になったのが一人いたが、大丈夫だろうか。
様子から察するに、大丈夫ではなさそうだが。
二日酔いなどどこかへすっ飛んでしまい、孫市は足元に散乱している書物を一つ拾い上げた。

「……どうするよ、俺ら」

「どうと言われても」

何の説明もなしに文字通り飛んで行ってしまったのだから、どうしようもないではないか。
あの慌てようと三成の台詞から察するに、幸村に何かあったのかもしれない。あの鬼に関することとなると、三成も兼続も平静を大きく欠くきらいがある。
とはいえ、仮にも妖、しかも三大妖。よほどの大事でなければあそこまで混乱することはないだろうと思うのだが。もし「よほどの大事」だったとして、都でまたしても変事、などということにならないことを祈るばかりだ。

「なんつーか、退屈しねえよなぁ」

溜息混じりに孫市が呟く。三大妖と関わるようになってから、本当に色んなことが起こり続けだ。
左近は薄く笑みを浮かべ、まったくだと軽く頷いた。




[*前へ][次へ#]

あきゅろす。
無料HPエムペ!