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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
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胡坐をかいた左近の足の中にお座りをした狐は、機嫌よさげに尻尾を左右に振っている。手触りの良い毛並を梳いてやると、前足を折って伏せの姿勢になった。
しなやかな背筋に沿って背中を撫ぜれば静かに目を閉じて足を投げ出す。半分晒された腹もわしわしと撫でてやると、気持ちが良かったのか三成は左近の手に頭を摺り寄せた。
複雑そうな面持ちで一連の動作を見つめていた孫市は、乾いた笑みを浮かべる。

「そーしてると、お前が三大妖だなんて多分都の誰も信じねえだろうなぁ」

『ふん』

そっぽを向きながら、狐の尾が畳をぴしりと叩く。
初対面の折に左近が半殺しの目に遭わされたと思うと色々と複雑だが――というか、その状況から何がどうしてここまで親密になったのかも甚だ疑問だったが、面倒なので余計なことは考えないことにした。当の本人である左近がこれでいいと思っているなら、孫市が横から口を出すことではない。
無駄に思考を働かせたら、二日酔いが響いて頭ががんがん鳴り出す。孫市は眉根を寄せて茶碗から白湯を煽った。
狐を撫でる手は止めず、左近は孫市をじとっと睨めつける。

「どうでもいいですけど、いい加減飲み明かし避難所に俺のところへ来るのはやめてもらいたいんですがね」

「俺んちより近いし広いし別にいいだろー?烏と狐が一匹いるとこに俺が一人くらい増えたって大差なくね?」

「大いにあります」

左近が憮然とした声を上げると、縁側で日向ぼっこをしていた白い烏がくわっと大きな欠伸をした。
この烏と狐が突然蔀戸から邸に上がり込んできたのは今朝方のことである。物の弾みでいつでも来いとは言ったが、本当に来るとは思っていなかったので大層驚いた。
とはいえ大量の茸を手土産に貰い、食糧がだいぶ潤ったのはありがたい。まぁ茶でも飲んでゆっくりしていけと話していたら、徹夜で仲間と飲んでいたらしい孫市まで転がり込んできて今に至る。おかげで、普段は空間を持て余している邸も今は随分と賑やかだった。
今日は一日休みなので誰が邸にいようが別に構わないのだが、孫市に関して言えば最近は三日に一度くらいやってくるのを勘弁してもらいたい。
くちばしで器用に羽を整えていた烏が瞬きをし、辺りを見回した。

『そういえば、慶次が都にいないようだな』

「おや、よくおわかりで」

左近は感心して声を上げた。
四日前に都を発った慶次は、陰陽師たちの護衛の任についている。今日には戻ってくる予定になっていたはずだった。
しかし、ずっと邸の中にいながら慶次の不在を察するとは、兼続は千里眼でも持っているのだろうか。三大妖の妖力ほか諸々の事情を考えればありえないことではないが。
羽繕いに満足したらしい兼続は両翼を大きく広げると二、三度羽ばたいた。

『ふむ。戻るのであれば、出迎えにでも行ってやるとするか』

そう言うと、左近の足の上で完全にくつろいでいた狐が尻尾をぱたぱたと数回振った。一気に上空へ舞い上がり、あっという間に小さくなった都の家々の屋根を見下ろす。
この景色も、以前から空の散策が趣味だった兼続にとっては見慣れたものだ。一つ違うのは、三成が共に都を訪れるようになったこと。
十年前の自分たちに、あと十年経ったら三成が人間と友好関係を築いているぞなどと言おうものなら、間違いなく一笑に付されたことだろう。心変わりというものは人だろうが妖だろうが関係なく起こり得るものらしい。
数百年間頑なだった三成を人間が懐柔してしまったというのは、ちょっと悔しかったりもするのだが。
都上空で何度か旋回し、一つ羽ばたいて大きく方向を転換する。
暫く飛んで京の街並みが遠のいた頃、山中の細い道を見下ろせば、そこには愛馬の背に寝転がってのんびりと都を目指しているらしい巨漢の姿があった。

『慶次!』

滑らかに降下して呼びかけると、慶次はすぐに気づいて目を開けて視線を彷徨わせた。
舞い降りてきた白い烏を眩しげに見上げ、嬉しそうに相好を崩す。

「よお山城、散歩かい?」

辺りを旋回する烏を警戒し、松風が小さく嘶いた。が、慶次が数回首を叩いてやるとすぐに大人しくなる。
それに気づいた兼続は黒馬の眼前に滞空するとその目をじっと見つめた。射干玉のような瞳が烏を品定めするかのように見返してきて、ゆっくりと瞬きを繰り返す。
暫く目で会話をしていた二匹だったが、突然松風が静かに頭を差し出した。
躊躇いもせずに兼続は馬の頭に降りてくると、そのまま羽を畳む。松風は機嫌の良さそうな様子で鼻を鳴らした。
何やら人間のわからない領域で通じ合ったらしい二匹を交互に見やって、慶次は目を丸くした。兼続は立派な鬣を絡ませてしまわないように注意を払いながらも、何故か満足げに胸を張る。

『主思いの良い馬を持っているな。下手な妖を指揮下に置くよりもよほど頼りになろう』

予想外の言葉に虚をつかれ、軽く瞠目する。
元より慶次は松風に全幅の信頼を置いているし、松風もその上で慶次に背を許してくれているのだとは思っていた。
だが、動物と人間が直接意思を疎通することはかなわない。動物たちは人の言葉を解せず、殊の外人間というのは言葉の通じないものとはわかりあえないものだ。
しかし、どうやら妖はそうではないらしい。兼続は世辞を言うような性質ではないから、先ほどの言葉は本心から出たものだろう。改めて言われるとむず痒いような気もするが、悪い気はまったくしない。
暫く松風の顔の方に耳を傾けていた兼続は、うんうんと何やら頷いて慶次に向き直る。

『なるほど、護衛任務のあとで一仕事といったところか。それにしても、陰陽師ともあろう者が退治屋に護衛を頼もうとはなんと情けない』

小ばかにしたような口調は都の陰陽師全てに向けたものだろうか。
兼続が陰陽師に対して当たりがきついのはいつものことなので、慶次は豪快に笑う。

「まぁ、おかげで俺は臨時収入も出て助かってるぜ。……そういや、今日はあんたひとりか?珍しいな」

きょろきょろと辺りを見回しながら気配を探っても、鬼と狐の妖気は感じない。彼らの力は強大なため、本気で隠れられなければ慶次でも察知できるのだが。
兼続は片翼を広げて片目を瞑る。

『三成が都に行くというので、私もついてきたのだ。お前が都にいないようなので様子を見に来た。幸村は……ん?昨日から姿を見ていないな』

ふと思い出したように言い、兼続は軽く首を傾げた。
長い年月を生きていると、一日や二日会わなくてもさして気にはならないものだ。最近は人間たちの時間を身近に感じるようになったので一日前くらいのことにも気が付くようになったものの、以前は気づいたら最後に顔を合わせてからひと月経過していたなんてことも珍しくはなかった。
昨日からねぇ、と口の中で反芻して、慶次は思考を巡らせる。思い出されるのは任務で訪れたあの里のことだ。

「そういやあ、護衛してった先で鬼退治の伝承を聞いたんだが」

『ほう?』

兼続の目が面白そうに細められる。

『鬼退治か。悪辣な鬼が出てきてか弱い人間を嬲り殺しでもしたかな』

人間たちの伝える話は大体そんなものだろうと言いたげな口調だ。実際この手の話にそのような内容は少なくないので、真っ向からそんなわけがあるかと否定はできない。
慶次は苦笑して烏の頭をぽんぽんと叩く。

「いや、そうじゃねえ。鬼を退治した神器を祀ってる里だったのさ。そうそう、なんだか知らねえが、妙に幸村に似て……」

言葉が不自然に途切れ、慣れない気配を察知した三対の瞳が同時に上空に向けられた。
今日の空はまさに雲一つない快晴である。目に飛び込んでくるのは清々しいまでの青空だ。
その青空の真ん中に、ぽつりと黒い点が生じた。瞬く間に肥大化したそれを起点に空間が裂け、中から凄まじい神気が顕現する。
尋常ではない様子で松風が鳴き声を上げ、数歩後退する。驚いた慶次が急いで手綱を引くものの、恐慌状態に陥ってしまいなかなか手に負えない。今まで慶次と共に何度も死線を潜り抜け、どんな強大な妖気と対峙してもこのような状態になることはなかったのだが、一体どうしたというのか。
振り落とされないようになんとか体勢を維持する慶次の目の前で、飛び立った烏が一瞬で妖の姿に成り代わる。慶次と松風を守るように翼を広げて顔を上げた兼続は、顕現させた錫杖を手にして空間の裂け目を見据えた。
神気の渦の中から太い杖が現れ、ごつりと重々しい音を立てて地面を叩く。その瞬間、慶次は思わず目を剥いた。
あの兼続が、膝を地に着いて跪くような姿勢を取ったのだ。

「氏康公!」

霧散する神気の中でようやく実体を取って姿を現したのは、壮年の鬼であった。顔に刻まれた向こう傷と、立派な体躯を備えた長身が威厳を感じさせる。
銜えていた煙管を口から離し、深々と紫煙を吐き出す。視線を下げて兼続に気付くと目を細めた。

「おう、謙信とこのヒヨコか。相変わらず声でけーな」

松風を宥めるのに必死だった慶次だが、状況も忘れて顔を引き攣らせた。
天より高い矜持を持つ鴉天狗に対して「ヒヨコ」とは、なんと命知らずな物言いだろうか。先ほどの凄まじい力から察するに神格を持つもののようだが、兼続はついこの間、某風神を相手に大立ち回りを演じたところである。逆鱗に触れれば相手が何だろうと容赦はしないだろう。突然飛び掛かっていったりしたらどうやって止めようか。
だが慶次の不安は杞憂に終わった。怒るどころか、兼続は更に深々と頭を垂れたのだ。
二重の意味で驚かされる。

「お目にかかり、光栄にございまする。何故人界になどおいでになられたのですか?」

兼続の問いに応えようと口を開きかけた氏康だったが、不意に視線を巡らせて未だ暴れている松風とその背で奮闘している慶次を見やる。
くすんだ金の瞳に射抜かれると、松風はびくりと身を竦ませて今までの恐慌が嘘だったかのように静まった。拍子抜けして唖然とする慶次から目を逸らし、氏康は辺りを見渡す。

「ちょっとな。うちの小僧見なかったか?こっちに来てるはずなんだが」

「甲斐殿が…?」

怪訝そうに言いながら兼続が顔を上げる。
修羅道の主とその部下が揃って人界を訪れるとは、一体何事だろう。甲斐の方はともかく、氏康が黄泉を離れるなど今までになかったことだ。
答えあぐねている兼続を見やった氏康の眉間の皺が深くなる。

「それと、いっつもつるんでる赤ぇのはどこ行きやがった」

「は、幸村でしたら、昨日から姿を見ておりませぬ」

それを聞いた氏康は瞠目し、忌々しげに舌打ちした。
妙な偶然が重なっている。信玄の襲撃に始まり、黄泉にいる手練れの小鬼たちも揃って戦闘不能状態。怪我をおして人界に下りたはずの甲斐がなかなか戻ってこないので様子を見に来てみれば、頼みの綱であった人界に留まっているはずの幸村も見つからない。
嫌な予感がした。

「氏康公、どうなさったと仰るのです?」

兼続の声音には微かだが問い詰めるような響きがあった。この際隠しても仕方がない。事情を話して手駒は増やしておいた方がいいだろうと思い、事の次第を順に話していく。
神気に圧倒されてしまったこともあって蚊帳の外だった慶次にも氏康の声は聞こえており、耳慣れぬ単語も多かったもののなんとか状況は理解できた。死後の世界である黄泉の国で、何やらただならぬ事態が発生しているようだ。
全て聞き終えた兼続の顔色が変わる。明らかに狼狽した様子に、氏康は表情を険しくした。

「心当たりがありそうだな。話が早ぇ。こっちのことはお前らに任せる。……本当なら俺がやるべきなんだろうが、信玄があの状態じゃあんまり長々黄泉から離れてもいられねえ」

敵の正体は未だはっきりしないが、三度目の襲撃が起きないとも限らない。
信玄の力が弱まっている今、彼に代わって誰かが冥界を守る必要があるのだ。
兼続は力強く頷いて見せる。

「承知致しました。氏康公も用心めされよ」

「けっ、お前に心配されるたぁ世も末だ」

尊大に鼻を鳴らし、現れたときと同じく唐突に神気が消え去った。
見えない圧迫から解放され、慶次は思わず息を吐く。そしていつになく焦燥感を募らせているらしい天狗を見やった。

「山城、今のは……」

「話は後だ。都に戻らねばならぬ。お前も行先は同じだろう?」

ぶわりと周囲で風が渦巻き、慶次の頬が引き攣る。まさか、と思ったときには既に地面が遠く離れていた。
運んでくれるのはありがたいが、どうもこの移動法には慣れそうにない。
三半規管の無事を祈りつつ、慶次と松風を巻き込んだ兼続の風は猛烈な勢いで都へと進んで行った。




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