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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
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真一文字に引き結んだ口元に、頬から汗が伝う。
眉間に皺を寄せ、低く唸った幸村は目の前にあるものを深刻な表情で睨み付けた。

『……………違いが全っ然わからない……』

彼を悩ませる大いなる元凶は、木の根元に生えた茸であった。
事の発端は三成と兼続に会いに行こうとしていて、手土産を考えはじめたことだったと思う。
普段はそんなに悩むこともなく適当に目についたものを持参していたのだが、酒は兼続の方が上物を持っているし、最近は魚にも飽きてきた。人間たちが短い生涯をせっせと働いて実らせた作物に手は出さないという暗黙の了解があるためその線も消え、消去法で今の時期なら山菜か茸にしようと思い立って探し始めたのだ。
そこまではよかった。しかし。

「三成殿が毒茸は下手な毒薬よりたちが悪いと言っておられたな……」

ぶつぶつと独り言を呟きながら剣呑に目を細める。
人間のように口にして命を落とすようなことはまずないだろうが、だからと言って仲間たちに毒茸を差し出すわけにはいかない。
適当に取って三成に選別してもらうのも手だが、二度手間だ。それに自分のたちを考えると、全部毒茸でしたという展開も大いにあり得る。こういうことに関してやたらと引きがいいのだ。主に悪い意味で。
そして話はどっちが毒茸かというところに戻る。
目の前にある茸は二つ。一つはかさの大きい茶褐色の茸で、見た目はいかにも食べられそうだ。もう一つは深紅色のかさに白いいぼが大量についているという、見た目からしていかにも食べられなさそうな茸である。
賭けるとするなら、前者だ。誰がどう見たって後者は危険な香りがする。まかり間違って食用だったとしても絶対に好んで食べたいとは思わない見た目ではないか。
しかし、幸村の脳裏には三成の声が甦っていた。

『良いか、見た目で判断してはいかんぞ。地味な毒茸は意外と多い』

これが正しいとすると、前者が危険ということになる。ここは三成の言葉を信じて後者を取るべきだろうか。しかし前者が危険だからといって後者が安全ということにはならない。例によって両方毒茸かもしれないではないか。
わからないのなら茸は諦めて別のものにすればいいという考えは最早浮かばない。ここまで来たら意地だ。
そういえば、ついこの間三成と左近が何気なく交わしていた会話の中でも茸の話題が出ていたような。

『縦に裂ける茸は安全、とか聞きますけどねぇ』

はっとした幸村は目の前にある茶褐色の方の茸を摘み取った。
ここでもし片方が縦に裂けないようだったら、そちらが毒茸という左近の言葉を信じてみることにしよう。人間たちの知識というのもなかなか馬鹿にできないものなのだ。
鋭い爪で引っ掻いてしまわないよう、慎重に縦に裂いてみる。茸は筋が走る方に従ってきれいに裂けた。
恐る恐る、深紅色の方の茸も取ってみる。そして前者と同じようにしてみると。
やはりきれいに裂けた。
がくりと肩を落とし、両手を地面に突いて項垂れる。そういえば左近がそう言ったあとで三成が慌てて「馬鹿者、そんなものは迷信だ。絶対に信じるなよ」とか言っていたような。
完全に路頭に迷った幸村は眉間に皺を寄せて茸を見比べる。ここは敗北を認めてさっさと諦めるべきか。いやいやしかし、それは矜持が許さない。
三成か兼続がいれば何の矜持だと諭してくれたかもしれないが、残念ながら今はふたりともここにはいなかった。
いっそ一口齧ってみるという最終手段を思いついたところで、高い女の声が響く。

「幸村様!」

「うわあ?!」

突然名を呼ばれて、幸村は飛び上がらんばかりに驚いた。その背後に前触れもなく鬼火が吹き上がる。
炎の中から姿を現したのは甲斐だった。物も言わずにずかずかと幸村に歩み寄ると、力任せにその両肩を掴む。

「幸村様、ずっと現世にいました?!黄泉には来てないですよね?!」

「は、はい?!ええと、ひと月ほど戻っておりませんが……」

茸を手にしたまま何事かと困惑気味に答える幸村の目を真っ直ぐに見据える。
地獄の鬼たちの前では、たとえ誰であろうと一遍の嘘すら見抜かれてしまうのだ。相手が同じ鬼だとしても。
彼が偽りを口にしていないことを確認すると、甲斐は安心した様子で深々と息を吐き出した。途端に力が抜けてずるずると座り込む。
ただならぬ様子を悟った幸村は怪訝そうに甲斐を見やった。そして、その背に未だ癒えていない巨大な傷があることを見留めて仰天する。

「これは…?!甲斐殿、どうなさったのですか?!」

大事無いと答えようとした甲斐は突如襲ってきた痛みに思わず呻いた。
感情が昂ぶって痛覚が麻痺していたのが、幸村の顔を見たら緊張が緩んでしまったようだ。氏康のおかげで出血こそ止まったものの、傷が完全に治ったわけではない。
膝を折った幸村はなんとか激痛をやり過ごそうと呼吸を整える甲斐の肩にそっと手を添えた。
失血のためか、力が相当削がれているように見える。妖気を分けてやれば多少楽になるだろう。
添えられた手の平から暖かい妖気が流れ込んできて、少しだけ痛みが和らいだ。短く息を吐き、甲斐は幸村の顔を見上げる。

「幸村様、一大事です。閻魔王様と司録と司命が何者かに襲撃されました」

一瞬時が止まったような気がしたのは、目の前にいる鬼の顔が硬直したからだろう。
無理もない。知らせに来た本人とて、未だに信じられないような状況だ。
数拍の鼓動を数えた後で、やっと幸村の口が動き出す。

「何、故……どういう…?!誰が……!」

混乱しているためか途切れ途切れに言葉が発されたが、あまりのことに声が掠れている。内容が衝撃的すぎてうまく頭に入っていかないのだろう。
甲斐は苦々しげに唇を噛みしめた。

「下手人はわかってません。けど、くのいちとあたしはそれらしき妖を見ました」

くのいちは重傷を負ったため動けず、その代理で来たのだと告げると、幸村は愕然として声も無く口を開閉させた。
なんとか衝撃から立ち直って、震える喉から声を振り絞る。

「して……お館様は…?!御無事なのですか?!」

肩に置かれていた手に力が籠もり、甲斐は思わず顔を顰めた。だがこの切迫した状況で、幸村に彼女を気遣う余裕はなくなってしまっている。
その気持ちも大いにわかる。甲斐はなんとか痛み堪え、焦燥しきっている幸村の腕にそっと手を添えた。

「状況はまだ、あたしたちも把握しきれてなくて……ただ」

一瞬、言葉を詰まらせる。これを言うべきか否か、ずっと迷っていたのだ。
だが幸村ならば全てを知りたいと思うだろう。下手に濁したところで混乱を招くだけだ。
意を決して顔を上げ、大きく息を吸い込む。

「――敵は、昔の……まだ黄泉にいた頃の幸村様のような姿をしていたんです」

その瞬間、大きく目を見開いて幸村の表情が凍りついた。
彼の脳裏に甦る光景がある。久しく忘れていた、妖の感覚でも随分昔の出来事だ。
明らかに雰囲気が変わったことを不思議に思い、甲斐は眉を顰める。幸村の胸元に下がる宝玉が微かに輝いたような気がした。
肩を掴んでいた手から力が抜けていき、知らず息を吐く。恐る恐る覗き込んだ幸村の顔は、まるで表情がごっそり抜け落ちてしまったかのようであった。
ゆっくりと立ち上がった幸村は甲斐に背を向ける。

「……甲斐殿。この件、私に任せていただきたい」

予想外の言葉に瞠目し、甲斐は広い背を見上げる。刹那、辺りにただならぬ妖気が渦巻き始め、心の臓が大きく跳ねた。
珍しく、幸村が激昂している。肌を刺すようなぴりぴりとした空気が満ち、同族の甲斐ですら恐怖のようなものを感じた。
この様子では、彼は何か心当たりがあったようだ。咄嗟に甲斐が言い募る。

「何か知ってるんですか?!あの、あたしの予想では相手は鏡じゃないかって思って……」

「……仰る通り」

幸村の右手に朱塗りの十文字槍が顕現する。軽く振るったその切っ先から僅かに鬼火が零れた。
肩越しに甲斐を振り返った幸村の瞳が苛烈に燃え上がる。

「名は照魔鏡。昔、私の妖気と命を狙ってきた、妖です」




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あきゅろす。
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