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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
10

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「はぁ〜…」

三途の川の畔で下界の様子を眺めていたくのいちが嘆息する。
橋を渡ったり川を泳いだりしながら横を通り過ぎていく亡者たちは一様に無口で、退屈極まりない。それを見張っているのが彼女の役割なのだが。
ぼんやりしていたら、人界の時間で三日が経っていた。妖たちの時間の感覚は人間たちのそれとは異なるとはいえ、さすがにこれだけの長時間何もせずぼーっとしているのは如何なものかと自分でも思う。
思いはするが、気分が浮上しないのだから致し方ない。

「落ち込んどるようじゃね」

「うぎゃあっ?!」

頭上から笑みを含んだ声音が投げかけられて思わず飛び上がった。普段ここにいるときに話しかけてくるものといえば獄吏の牛頭馬頭くらいで、それ以外ではほとんど口を利かないのだから。

「お館様〜……」

恨みがましく斜め後ろを見上げるが、当の信玄はほっほっほと呑気に笑っている。
閻魔王がこんな場末で何をしているのかと思わないでもなかったが、散歩が趣味であちこち歩き回っていることは少なくないので今更何も言わない。

「あの人魂なら、そんなに気にせんでもいいよ。まだ猶予はありそうじゃ」

列をなして歩く亡者たちを見送りながら信玄がゆったりとした口調で言う。くのいちは複雑な表情で、立てた両膝を抱え込んで顔を乗せた。

「それもそうなんですけどぉ〜……」

気落ちしている原因はそれだけではなくて。
膨れ面でごにょごにょと呟いていると、信玄はおかしそうに笑って面の奥の瞳を柔らかく細めた。

「幸村から貰った滑車を壊したのがそんなに痛手だったかね?」

図星をつかれ、思わず小さく呻く。疑問形で尋ねてはいるが、どうせ彼は全てお見通しなのだ。
雷神の雷によって貫かれ、真っ二つに割れた滑車。あれは元々幸村のもので、彼が人界に下りたときに、もう必要のないものだと自分と甲斐に片方ずつ譲ってくれたのだ。元々込められていた霊力も凄まじいものがあったため重宝していたのだが、割れてしまってはさすがに使えない。
小さな装飾一つだというのに、武器を失ったかのような喪失感だった。重要なのは、「幸村にもらった」という部分なのである。
信玄は後ろ手に手を組むと、唇を尖らせているくのいちの横から水面を覗き込んだ。そこには内裏の人間たちと幸村の姿が映し出されている。声は聞こえないが、何やら談笑しているようだ。

「ほっほ、随分馴染んどるようじゃ。まったく、鬼ながら不思議な魅力を持つ奴よのう……」

本来、人間は相容れない存在であるというのに。彼の力なのか、はたまた彼の周りにいる人間たちの度胸が据わっているだけか。
信玄の声からは剣呑さなどは微塵も感じられない。くのいちは微妙な表情でその顔を覗き込んだ。

「あたしたちが人間と関わり合いになるのっていいんですか?」

「何か問題があるかね?」

不思議そうに逆に聞き返されて、思わず言葉に詰まってしまった。
たしかに幸村ならば、彼らが川を渡る折にも親しい人間だからといって裁定を甘くするように手引きするなどという真似は絶対にしないだろう。それがわかっているから信玄も放っておいているのかもしれない。
だがくのいちとしてはやはり複雑な気分だった。苛々しているような気がしているが、自分が何に対して怒っているのかわからない。そもそもこれは怒っているのだろうか。

「呑気におしゃべりしてるとこ悪ィがな……」

不機嫌さが滲み出る声音に、信玄とくのいちは顔を見合わせて視線を巡らせた。眉間に皺を寄せた阿修羅王氏康がこちらへ向かって歩いてくる。
その姿を見やってくのいちは軽く目を見張った。

「ありゃま、氏康の旦那。こんなとこに珍しい」

「珍しいねぇ」

「ド阿呆!てめえがいねえから裁定ができなくて亡者共が行列作って待ってんだよ!さっさと戻りやがれ!」

えー、と不満げな声を上げる信玄に、氏康は呆れた様子で額を押さえた。
大慌てで牛頭馬頭が修羅道に駆け込んできたと思ったら、信玄がいないと泣きつかれた。いつものことなのだから自分らで探せと怒鳴り返したものの、いそうなところは片っ端から探したのに見つからない、なんとかしてくれと土下座されて仕方なく重い腰を上げて出てきたのだが。
まさか三途の川にいようとは。牛頭馬頭は常駐している場所ではないか。灯台下暗しとはまさにこのこと。
ちらりと川面を見やった氏康は興味深そうに二、三度瞬きをし、顎に手をやって覗き込む。

「ほー……ここんとこあんま見かけねえと思ってたが、あの小僧いつの間に人道に転生したんだ?」

「いや、してないっすから。勝手に殺さないでください」

くのいちは開いた手の甲で氏康の肩の辺りを軽く叩いた。そもそも妖に転生という概念があるのか疑問だ。
すぐさま興味を失したようで、氏康は信玄に向き直るとその肩をがしりと掴む。

「おら、けーるぞ。てめえの仕事が溜まるとしわ寄せが来るの俺らなんだからな」

「氏康は何千年経っても根が真面目じゃのー。わし、おことのそういうところ好きじゃよ」

「気色の悪ィこと言ってんじゃねえ!」

振り下ろした拳をひょいと躱され、ひくりと頬を痙攣させてから肩を怒らせて踵を返す氏康に、信玄も素直についていった。最後に軽くくのいちの頭を撫でることは忘れずに。
少し考え込んでいたくのいちは、拳を握りしめると立ち上がった。

「お館様!」

ふたりが同時に振り返る。くのいちが差し出した手のひらに、真っ二つになった滑車が現れた。
ぐっと唇を噛みしめ、意を決して顔を上げる。

「あの、これ……お館様なら、直せませんか?」

死した者は全てこの彼岸に集まる。壊れたものもそうなのでは。
そして、全ての死を司る閻魔王ならば。
そんな淡い期待を込めてのことだったが、信玄は首を横に振った。

「残念じゃがね、それはわしらの領分ではないんじゃよ」

ひらりと手を振り、ふたりの姿は霞のように消えていく。残されたくのいちは川辺に立ち竦み、肩を落として落胆の溜息をついた。




****




「ようやく現れたか……」

三成の手に狐火、兼続の手に錫杖が現れ、膨大な妖気が渦を巻く。驚いた様子でゆっくりと瞬きをした宗茂は、くすりと笑うと目元を和ませた。

「ああ、お前達か。久しぶりだ。たしか以前、一緒に紅葉狩りをしたな」

「……誰なのだよそれは」

こいつもしや、三日前に邂逅した妖たちのことなど綺麗さっぱり忘却したとでも言うのか。
色々な意味で殺気立つふたりを交互に見やって、宗茂が右手を閃かせた。その手に見たことのない形の剣と、もう片方の手に丸い盾が現れる。

「面白い。やるか?言っておくが俺は強いぞ」

無言で拳を握りしめる三成の前に、兼続が宗茂と相対するようにして立ち塞がった。抗議しようと三成が声を上げる前に口を開く。

「手を出すなよ三成。――鎮西の風神よ、お相手願おう」

宗茂が更に笑みを深め、次の瞬間地を蹴った二人は同時に空へと舞いあがる。忌々しげに空を見上げた三成だったが、その足元に黒雲から落とされた雷が突き刺さった。

「ちっ、外したか……」

宗茂のいる辺りを睨みながら、ギン千代が姿を現す。完全に据わった目をした三成は、無言でギン千代に向かって狐火を放った。
かなりの勢いで飛んできたそれを難なく避けてから何事かと視線を巡らせ、三成を睨み付ける。

「なんだ。妖風情が神に牙を剥くか」

「ああ、剥こうとも」

棲家を壊されたことに始まり、三度に渡る急襲に巻き込まれ。挙句に存在すら忘れ去られたとなれば三成でなくとも怒る。
三成の金の瞳孔がすっと縦に細く伸び、剣呑に煌めく。鼻を鳴らしたギン千代の手に銀の輝きが生じ、刀の形を為した。稲妻を模したような刃を軽く払い、ギン千代は三成と向き合う。

「いいだろう。身の程を知れ、獣風情が」

「ほざけ!」

一気に肉迫してきた三成に、ギン千代は手にした刀を横薙ぎに払った。防御の姿勢を取る彼の手首を確実に捉えたと思われた一撃だったが、重い衝撃と共にぴたりと止まる。
思わぬことに瞠目すると、口の端を吊り上げる狐と目が合った。彼が纏った狐火が防壁の役割を果たしているようだ。

「この…っ!」

ギン千代が刀を引くより早く、三成の踵が刀身に落とされる。甲高い音と共に罅が入った刀身は、驚くほどあっさり根元から折れた。
脇腹に強烈な蹴りを喰らって吹っ飛ばされたギン千代は、地面に叩きつけられる寸前で体勢を立て直す。刀を一振りすると、折れたはずの刀身に光が集って再び元に戻った。
少しだけ驚いた様子の狐を見上げて再び構える。

「なかなかできるようだな。だが甘い!」

真っ直ぐに剣を向けたまま一気に跳躍し、再び突進する。鋭い爪による一撃を躱し、素早く得物を逆手に持ち替えた。
三成の肩に向かって振り下ろしてしこたま打ち据えると、その表情が歪んだ。ばつん、と音がして着物の端が焦げる。微かに震える腕には雷がまとわりついていた。
ギン千代が刀を天に掲げると、空中で渦を巻いた黒雲から大量の稲妻が放たれた。蛇行して進むそれを避け、三成は木々の隙間へと逃げ込む。
それでも後を追ってくる雷に感心したように声を上げた。

「ほう……木に引き寄せられぬか」

本来雷は高いところに落ちる。これだけの木々の隙間ならば、三成自身に落ちてくることはないだろうと思ったのだが。
声を聞き咎めたギン千代が尊大に刀の切っ先を三成に向けた。

「ふん、我が雷の剣を普通の雷と思うなよ」

「そうらしい」

一瞬三成が立ち止まった場所に雷が落ち、そのまま砕け散った。反転して再び空中に舞い戻った三成が繰り出してきた突きを避けて払いのけ、斜め上から刀を袈裟がけに振り下ろす。尖った刃が肩から脇腹までを抉る感触が腕に伝わってきた。そのまま腹に刀を突き立てる。
あっけないと思った瞬間、目を見開いた狐の顔がぐにゃりと歪み、ぽん、と軽い音と共に消えていく。
残されたのは、刀に貫かれた木の葉が一枚。
次の瞬間、辺りを狐火が取り巻いた。

「…?!」

「まぁ、だまくらかし合いなら負けんよ」

咄嗟に振り向いた先で、手の人差し指と小指を立てて狐に見立てた三成が不敵に笑う。
一閃した刃は、先ほどの木の葉を起点にして完全に錆びていた。
いつのまにか前方に回り込んでいた三成が、拳を鳩尾に叩き込む。息が詰まって動きが鈍った瞬間、肩に重い衝撃が乗って今度こそ地面に叩きつけられた。

「ギン千代?!」

焦ったような声音が上空から響いてくる。顔を上げると、兼続が放った竜巻で宗茂が吹き飛ばされるところだった。

「く…っ!」

なんとか起き上がったギン千代が三成を睨む。足音も無く地面に着地し、三成はギン千代を見下ろした。

「やめておけ。貴様の負けだ」

「ふざけるな、まだ……!」

立ち上がろうとしてはっとする。いつの間にか三成の手にはギン千代の刀が握られていた。しかも先ほど完全に錆びているように見えた刀身は、見事に輝きを取り戻している。
慌てて己の右手を見下ろすと、自分の手が握っていたのは刀の柄ではなく枯れた木の枝であった。

「何…?!」

「言っただろう。俺はだまくらかし合いなら負けん」

くるりと軽く刀を回してから、柄の方をギン千代に差し出す。よく見れば先ほど雷を受けたはずの着物の焦げ目はどこにも見当たらない。一体いつから化かされていたのだろう。
暫く得物と三成を見比べていたギン千代だったが、諦めたように溜息をついて刀の柄を握った。
埃を払いながら立ち上がり、得物を収めて不遜に腕組みをする。

「何故我らに突っかかるのだ。恨みを買った覚えなどないが」

「貴様……」

この期に及んで何を言い出すのか。
そう怒鳴りつけてやりたい衝動をなんとか抑え込み、三成は今までの経緯を事細かに話してやった。主に自分の被害のところを、それはそれは悲惨に盛り込んで。その間にも上空では激しく風がぶつかり合っている。
聞き終えると、ギン千代は一転して消沈した様子になった。

「……下界でそんなことになっていたとは、全く気付かなかった。低く飛び過ぎたようだ」

「理由なんぞ知らん。貴様らの存在が迷惑極まりないということはわかったな?」

重々しく頷くギン千代に対し、三成は肩を竦めて嘆息する。

「聞いての通り、貴様らのおかげで色々と弊害が起きている。なんとかしてもらおう」

主に破壊された内裏辺りを。あそこをなんとかしないと幸村が戻ってこない。それは大変に重大な問題だ。
少し考え込み、ギン千代は三成を真っ直ぐに見据えた。

「迷惑をかけた埋め合わせはせねばなるまい」

そうして徐に宗茂を見上げる。

「宗茂、そういうわけだ!今すぐ馬鹿騒ぎをやめろ!」

刀と羽扇で拮抗していた宗茂と兼続が一旦距離を取る。視線は兼続に向けたまま、宗茂はいっそ楽しそうな声音で応じた。

「せっかく面白くなってきたのに、やめるのはもったいないな」

「そんなことはどうでもいい!人界にこれ以上損害を与えるわけにはいかぬ!」

話を聞いているのかいないのか、宗茂は再び剣を構え直して兼続に肉迫した。地上に襲ってくる戦闘の余波に舌打ちして、ギン千代が空に舞い上がる。
兼続が得物ごと弾き飛ばされるのと入れ替わりで、二柱の武器が組み合った。

「やめろと言っている!よりによって都を壊してしまったのだぞ!なんとかしなくては……」

「そうだな。考えておこう」

「考えるのではなくすぐ行動せんか!」

怒鳴り合いながらも拮抗する風神雷神を見やっていた三成は、目の前に落ちてきた烏を片手で雑に掴んだ。吹っ飛ばされた衝撃で獣の姿になってしまったらしい。
すぐさま空に戻ろうとする兼続をじとりと睨めつける。

「あの程度の風を相手に何を手間取っている」

『くっ……!』

鳥のくちばしに歯があったら、今頃歯軋りの音が聞こえていただろう。そんな声音だ。
一時期よりはましになったとはいえ、人間の麾下にいる状態では兼続の本来の力を全て出し切ることは叶わない。主にかかる負担は相当なものだ。
しかし、相手は風神。神と名がつく以上はその力は桁違いだ。三成曰くの「あの程度」とは言っても全力を出さなければ危険である。
大人しくギン千代の話を聞いていたらしい宗茂だったが、徐に地上の三成と兼続に向き直った。横に一閃された剣から風刃が放たれ、一瞬で妖の姿に戻った兼続が顕現させた錫杖を翳す。轟音と共に風刃が砕けて土が巻き上がった。
剣呑に眉間に皺を寄せる兼続に対し、宗茂は飄々としたものだ。隣でギン千代は驚きの表情を浮かべている。

「宗茂!」

「人界云々は後回しとして、あの天狗とは最後まで戦ってやらねばな。負けっぱなしではあちらも可哀想だろう?」

ぷちん、と何かが切れる音がした気がした。
兼続という男は寛容な性格をしている、と三成は心の中では思っている。口数が多くて騒がしいが、仲間たちに対して怒ることはほとんどない。よほど琴線に触れるようなことさえ言わなければ何でも一笑に付してしまう。更に、目上の者には相手が何であれ礼を尽くす。
その兼続が、格上であるはずの風神を相手に荒々しい妖気を露わにして激昂している。いつのまにか瞳の光彩は逆転しており、桁違いの霊力が迸った。
あまりに強烈な力に思わず三成が声を上げる。

「お、おい兼続……」

「――上等だ」

錫杖を握る手に力が入りすぎてぶるぶると震えていた。背中で黒翼が威嚇するように数度羽ばたく。

「負けっぱなし?可哀想?よくぞのたまった。その言葉後悔させてくれる!!」

猛烈な勢いで巻き上がった土煙に三成が顔を覆う。咳込みながら空を見上げると、風を纏った二つの影が激突したところだった。地上に戻ってきたギン千代も諦めたように空を見上げる。

「駄目だ、ああなったら気が済むまでやらせた方が早い」

「そういう問題か」

いよいよ木霊神たちの怒りも限界だ。ただでさえ面倒なことが起きているのにこれ以上誰かの怒りを買うのは御免被る。
最終手段は狐火爆発させて止めよう、などと物騒なことを考えていた三成の横を何かがすり抜ける。ふわりと飛翔した影が宗茂と兼続の間に滑り込み、水が渦を巻いて風を打ち消す。
驚く一同の目の前で、一度弾けた水が再び集まってひとの形を模った。現れた翡翠色の瞳が剣呑に宗茂を射抜く。

「秀吉様の家を壊したのは、お前か」

身の丈ほどもある片鎌槍を肩に担いだ水虎、清正がそこにいた。




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