[携帯モード] [URL送信]

なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
9

****




夏が近いこの季節。気の早い蝉は早速元気に鳴き声を響かせているわけだが、それにしたって鳴きすぎだろう、と兼続は思った。

「暑い……」

今ばかりは自慢の羽毛が鬱陶しいことこの上ない。妖ですらうだる暑さとなればよほどのことだ。
ただ暑いだけならばまだ我慢できる。だがこの蒸し暑さはたまらない。
懐から手の平に納まるくらいの小さな袋を取り出し、その中に指を突っ込む。つまみ出したのは白い粉だった。
軽く息を吹きかけると、その粉は目の前の川に落ちた瞬間に周囲を凍り付かせた。

「おお!」

目を輝かせて手を入れてみると、さきほどまで若干ぬるかった川の水が嘘のように冷たくなっている。
いそいそと下駄を脱いで袴を捲り、足を入れてみる。生き返るような心地だ。
そのまま上体を寝かせて青空を見上げた。ああ、このまま昼寝をしてしまいたい。

「何一人で寛いでおるのだ貴様はァ……」

おどろおどろしい声に目を開けると、三成の逆さまの顔がこちらを睨み付けていた。

「おお、三成!たんこぶはすっかり治ったようだな!」

「おお三成、ではない!」

「いだだだだだっ」

ぐりぐりと額を踏みつけると抗議の声が上がった。がっしりと足首を掴まれるが、尊大な態度で腕を組んでその顔を見下ろす。

「大体こんなところで何をしている。奴らを探すのではなかったのか?」

「そうしたいがなぁ」

よいせ、と掛け声と共に体を起こす。足は川に入れたままだが。

「何も情報が無いのだ。闇雲に探したとて、あの速度では逃げられるに決まっている。この暑さで我らが参る方が先かもしれんがな」

兼続の言葉は的を射ていたが、それは実に笑えない話だ。なんとなく腑に落ちない様子で三成は腕組みをする。
そう。暑さ。何故妖である自分たちまでもが感じるほどに暑いのだろう。水無月が終わろうかというこんな時期に。本格的な夏はまだ先のはずだ。
兼続は波に乗って流れてきた氷を一つ手に取る。

「奴等は筑紫洲から来たと言っていた。大方あの風神が移動するのに合わせて南風が北上してきたのだろう。迷惑な話だ」

あの風だけで十分迷惑極まりないというのに、その更に上を行くか。
呆れて物も言えず、がくりと項垂れた三成は兼続が持っている氷を見やった。

「で?この暑いのにこの川はどうなっている?」

「よくぞ聞いてくれた!」

顔を輝かせた兼続に、三成はしまったという顔をする。これは話が長くなりそうな。
兼続は先ほどの袋を掲げて見せた。

「今朝、御前が送ってくださったのだ。京の暑さを案じておられてな」

「御前……ああ、綾御前か」

「そうだ。そういえばお前、御前にお会いしたのだったな。お美しかっただろう!」

自慢げに言われて曖昧に頷く。怜悧な美貌は印象に残っているが、どちらかというと妙な威圧感の方が強かった。なんというか、彼女には初見でもこのひとに逆らってはいけないと本能的に思わせる何かがある。
兼続が袋の中の粉に再び息を吹きかけると、空に僅かに巻き上がったそれが今度は雪となって降り注いだ。手に乗ったそれは体温であっという間に溶けてしまったが、小さな粒が乗っただけだというのに腕全体がひやりと冷たくなる。
驚いた様子の三成に対し、兼続は誇らしげに胸を張った。

「さすがは御前……!遠方にありながらも我らを心配してくださるその優しきお心はまさに愛!私は今感動にうち震えている!」

「そうか、よかったな」

文字通り拳を震わせている兼続の言葉を、三成は半分以上聞いていなかった。というか、彼女は雪女ではなかっただろうか。雪女って冬の生き物ではないのか。
延々と綾御前から受ける薫陶とその奥に見える愛の素晴らしさについて述べている兼続を無視し、三成は風神雷神たちに考えを巡らせていた。
三日前から幸村が再び人間たちに助力しに行っているため、代わりと言ってはなんだが彼らの足跡を追っている。あちこちの祠やら動物たちやらの目撃証言は山とあるのに、肝心の本人たちに全く行き会わない。
筑紫に帰ったのならそれまでだがそういうわけでもないようだ。一刻も早く帰れと一喝してやりたいのだが、会えない以上はどうしようもない。
気になっているのは彼らもだが、一緒にいるはずの人魂と九十九神だ。妙なことにならなければいいが。

「兼続、人間共は何をしている?」

「ん?」

演説を中断されたものの、兼続は目線だけ動かして三成を見やった。とにかく川から足を出したくない。冷えた分今ここから出たらぶり返して倍暑く感じそうだ。
組んだ足に肘を置いて頬杖をつき、暑さで溶けた氷が少しずつ小さくなっていくのを見つめる。

「……あの突風で都の大部分が被害を受けたからな。総出で復旧作業に当たっているが、順調とは言えぬ。忙しさにかまけて殿上人たちも原因究明まで手が回らんようだ」

結局内裏が半壊したものの、帝や皇后周辺には少し木端が飛んできたくらいで大した影響はなかった。そのため、原因や意味を探るよりもまずは平常通りに執務ができるようにすることを優先したらしい。役人から地下人まで分け隔てなく駆け回っている様子を、兼続は興味深く見守っていた。あまり見ることのできない光景だ。
重々しく嘆息した三成は兼続の隣にしゃがみこんだ。

「気に喰わん。仮にも神ともあろうものが私事に現世を巻き込むなど」

「まぁ、神というのは総じて気まぐれだ。巻き込んでいる自覚があるかどうかも微妙だな」

そんなことは何百年も昔から知っていたつもりだったが。
押し殺すことのできない溜息が同時に零れる。もう何度目か数えるのも面倒になった頃だ。
内裏などまだいい。それこそ三成にとっては全く関わりのないところだからだ。問題は辺りの山で樹齢を重ねた木が大量に折れてしまっていることである。木霊神たちの怒りは相当なものだったが、相手が風神雷神となれば祟るというわけにもいくまい。
面倒なことを起こしてくれたものだと改めて思う。溜息をついて空を見上げた途端、今まできれいに晴れていた空が突然暗くなった。
そして聞こえてくる妙な耳鳴り。咄嗟に兼続と三成がその場から飛び退ると、直後巨大な竜巻が上空から降りてきた。
臨戦態勢を取るふたりの前で、風がひとのような形を取る。一歩進み出て風を払った宗茂は、ふたりを見比べると薄く笑みを浮かべた。




****




正午を過ぎて早めに退出した利家は、自邸の門をくぐった。
今日はこれから少し休んで、夜になったらまた参内してそのまま宿直だ。本来は午前中も休んでいるはずだったのだが、この忙しい時に呑気に休んでなどいられない。体を壊さない程度に適度に休みを取りながら、できるだけ内裏に詰めている。

「殿、おかえりなさいませ」

「おう」

出迎えてくれた家人に荷物を預け、そのまま自室へと向かう。家の中に妻の姿は見えなかった。
察するに、秀吉の邸でねねと共に後片付けに追われているのだろう。昼飯を貰って皆が歓喜していたと知らせてやりたかったのだが、それは彼女が帰ってきてからでも遅くはあるまい。
そこまで考えてふと思い出した。そういえば、櫛笥を慶次に預けたままだった。
あれから音沙汰がないが、どうしたのだろう。政宗の言葉を信じるならば傷ついたり壊れてはいないと思うが。
笥が開かなくなってしまったのだと消沈した様子で告げてきたまつの様子を思い出すと胸が痛む。あれほど残念そうにしていたのだから、大切なものが入っていたに違いない。政宗もそう言っていた。
しかし彼の言葉通り外見は傷などついていなかったが、中身はどうだろう。かなり乱暴に扱っていたが、もし壊れ物だったら。大丈夫だと断言されたものの、中が見えない以上そう簡単には信じられない。
だからと言って開かずの笥のまま返されたらそれこそ万事休すだが、何も言って来ないのもどうなのだ。次に慶次に会ったら聞いてみよう。
部屋に到着して円座に腰を下ろした途端に、襖の向こうから控えめな声がかかった。

「利家様、その……少々よろしいでしょうか?」

ん、と気のない返事をすると、静かに襖が開いた。そこにいたのは古参の家人の男と、つい最近になって仕えるようになった新入りの女中だ。まつと一緒に厨に立っていた姿を見た覚えがある。
珍しい組み合わせに目を瞬かせていると、男は気まずそうな表情で隣の女中を見やった。

「この者が、利家様に申し上げたいことがあると……」

「おう、何だ?」

女中は随分と緊張している様子だったため、できる限り優しく声をかけてやる。だが、女は静かに平伏したまま小刻みに震えているだけだった。
一体どうしたのかと男の方に助けを求めても、困ったように首を横に振るだけで。結局誰も何も言わないままで数十回呼吸を数える。
さすがに再び声を掛けようとした途端、女の体から禍々しい瘴気が溢れ出した。

「な…っ?!」

あっという間に邸全体が昏い空気に覆われ、体感気温ががくっと下がる。利家の目には、女の体から零れるように出てきた黒い靄が床を覆う様が視てとれた。
常人であるはずの男も異変に気付いたのか、小さく悲鳴を上げると腰を抜かして女から遠ざかる。

「ひぃ…っ!」

「離れてろ!!」

素早く距離を取ってから、槍を構えて女に突きつける。一瞬何が起こったかわからないといった様子だった女は、目の前でぎらりと煌めく刃に悲鳴を上げて震え出した。
利家は警戒を露わに怒号する。

「てめぇ一体何者だ!」

「ち、違……あ…わ、わた…わたくし…は……」

恐怖のあまり目に涙を溜めて両の手で口元を覆おうとした女は、己の手の平を見やって瞠目した。次の瞬間、その喉から引き攣れたような凄まじい叫び声が迸る。
利家も目の前の光景が信じられず、一瞬我が目を疑った。
女の手の甲。白魚のようにしなやかなその手に、ぎょろりと飛び出した巨大な目玉。見れば手の甲だけでなく、袿で見えなかった腕にも無数の目が存在していた。見ている間にも、ふつりとその頬に赤い筋が走ったかと思うと、ぼこりと盛り上がった皮膚が瞼のようになり別の目玉が現れる。
全身に現れた目玉は、それぞれが意思を持っているかのようにあちこちを見回していた。女はもはや声も出せないほど怯えきっている。
全ての赤い瞳孔が利家に向いた瞬間、彼は床を蹴っていた。構えた槍を裂帛の気合と共に女に向かって振り下ろす。
だが、一瞬迷いが生じた。恐怖で見開かれた女の本物の目に気を取られた一瞬、槍の動きが鈍る。
そこを見逃さず人間とは思えぬような速さで利家の一閃を躱した女は、一目散に駆けだすとふわりと跳躍して塀に飛び乗った。

「野郎、逃がすか!」

「利家様っ!!」

追おうとした利家に追い縋るようにして、初老の男が足にしがみ付く。その隙に女の姿は壁の向こうに見えなくなり、邸に漂っていた瘴気も消えた。むせ返るような暑さが一気に戻ってくる。
利家は男を振り払ってでも駆けだそうとするが、渾身の力でしがみついているのか全く離れる気配はない。そして、必死の形相で訴えた。

「お聞きください利家様!あの女は人間にございます!」

「寝ぼけてンじゃねえ!ありゃどう見たって妖だ!」

「違うのです、どうか話を!」

普段は穏やかな家人のあまりの焦燥ぶりに、利家の熱くなっていた頭が一気に冷めた。一体どうしたというのだろう。
そういえばこの部屋に現れたとき、彼らは何かを言おうとしていた。それが関係しているのか。
少し考えてから得物を収める利家を見て、男はほっと息を吐いた。膝を折って目線を合わせる。

「……何があった?」

躊躇いながらも男が語った内容に、利家は唖然として返す言葉が見つからなかった。


 

[*前へ][次へ#]

あきゅろす。
無料HPエムペ!