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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
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安芸灘に浮かぶ小さな島。海岸に立つこれまた小さな鳥居の奥から、涼やかな三味線の音色が響いてくる。
京で人間がうだるような暑さに辟易している中、周囲を木で覆われた社には直射日光が届かず風通しはよく、実に過ごしやすい。
ゆったりとした調子の中に夏らしい爽やかさを感じる曲の合間に、うーんと悩ましげな声も聞こえていた。

「ん〜……こうじゃないなぁ……こっちをこうして…うん…ああしかし、こうすると伏線が……」

ぶつぶつとひとしきり独り言を呟いてからぐしゃぐしゃと料紙を丸め、背後に放る。男は癖の強い短髪を掻き毟り、再び筆を手に取って唸り始めた。
部屋の隅で静かに三味線を弾き鳴らしているのは蛟、元親だ。彼の奏でる音色に誘われて、階の手摺には何羽もの海鳥たちが集まってきて心地よさそうに寝息を立てている。木々の合間からは、波が打ち寄せる音が僅かに聞こえてきていた。
都とは違い、海に囲まれたこの島は年中それなりに温暖な気候で雨も少ない。人外のものたちにとって天気や気温などは影響を及ぼす代物ではないが、それでも過ごしやすい気候というものがある。
実に穏やかな風景の中で半刻も経ったかと思った頃、文机に向かっていた男が嬉々として顔を上げた。

「できた!どうだい元親、今回は結構良い出来だと思うんだけど」

閉ざされていた瞼が上がり、涼やかな青海の瞳が姿を現した。
元親は自分の頬を指差して墨が付いていることを指摘してやる。「え、本当かい?」などと言いながら手拭を濡らすべく立ち上がり、男は元親に長い長い巻物の端を手渡すと社を出て行った。
三味線を脇に退けて理路整然と並ぶ文字列を追う。音が止んだことで数羽の鳥たちが飛び立っていったが、そんな音は気にならなかった。
出て行った男はすぐに顔を拭いながら戻ってくる。

「いやあ参ったよ、顔だけじゃなく手も墨だらけだ。書の達人はいくら文字を書いても手が汚れないと聞く。私もまだまだ修行不足だね……あ、どうだい?読んだかい?」

期待の籠もった眼差しを向けてくる水神、元就に、元親は半分ほど流し読みした巻物を軽く持ち上げながら答えた。

「お前の魂は伝わってくる。物語の入りと、話の展開は興味深い。繊細かつ丁寧な描写は感服すべきものだ。が、ギン千代風に言えば、冗長」

そう言って最後まで一応目を通してからくるくると巻物をまとめる元親に、元就は板張りの床に両膝をついてがっくりと項垂れた。

「うう、これでも冗長かい…?かなり端折ったつもりなんだけど」

「同じ表現を二重三重に重ねるから長くなる。少しならば効果的だろうが、文末全てこの調子では鬱陶しい。最後まで読む気にはならん」

助言がぐさぐさと矢の如く突き刺さってくる。歯に衣着せぬ物言いに、今度こそ元就は撃沈した。一応彼は配下なのだが、こういうときは全く容赦がない。
人間たちの生みだした物語というものを初めて見たときに感動し、是非自分でもやってみようと筆を取ったのはいいが、なかなか上手くいかないものだ。他の神使達には見放され、今や付き合ってくれるのは元親のみ。
ギン千代に見せると何を書いても「冗長」と切り捨てられるので元親に切り替えたのが発端だったが、その元親でさえも「冗長」と言い切るのだ。こうなったら自分の文が悪いと認めるしかないだろう。
とはいえ彼の指摘は実に的確なので、大変重宝している。普段は抽象的な言い回しが多いくせに何故指摘するときだけいやにまともなことを言うのだろうと疑問に思ったりもしたが、それも昔の話だ。
悄然と肩を落としていた元就は、毅然として顔を上げると拳を握りしめる。

「くっ、でも私は諦めないよ。きっと元親が認めるようなものを書くからね!君が納得してくれたらギン千代にも見せようと思っているんだ!」

「楽しみにしている」

薄く笑った元親が蔀戸の方に手を差し伸べると、手摺にいた海鳥のうちの一羽が舞い降りてきた。優雅に羽を広げるその背を撫でてやると、気持ちよさそうに目を閉じる。
毎日のようにここで三味線を弾き鳴らしていたら、すっかり懐かれてしまった。竜神である元就やその使いである元親は、蛇神にも通ずる。本来彼らの天敵ともいえる存在だと言うのに。
微笑ましくその様を見守っていた元就は返された巻物に丁寧に紐を巻いた。

「悪かったね。帰ってきて早々に付き合ってもらって」

配下とはいえ、元親は常に元就のいるこの島にいるというわけではない。元々一所に留まるような男ではないのだ。水があればどこにでも移動できるという水神の力を遺憾無く発揮して、日々あちこちを放浪している。
元就ですら彼の居所はほとんど把握できていないが、呼べばどこからだろうとすぐに戻ってくるため苦言を呈したことはない。こんなところで年寄りの世話だけしているようではさぞ退屈だろう。元就自身も一人でのんびり過ごしているから、別に構わないのだ。たまに前触れもなく戻ってきては気まぐれに鳴らしていく三味線を聞いて、毎回癒されている。
朝方取ってきた木の実を海鳥たちに与えていた元就は、あっと声を上げて手を打った。

「そうだ元親!君がいない間にもう一つ書いたものがあるんだけど、それも読んでくれるかい?ちょっと待ってくれ、たしかこの辺りに……」

唐櫃をひっくり返して巻物を放り出す元就の姿を見やっていた元親は、ふと思い出したように視線を海の方へと泳がせる。

「いないと言えば元就、ギン千代と宗茂が出て行ってからもう一月になるな」

「えっ?!」

素っ頓狂な声を上げて顔を上げると、その衝撃で横に積み上げてあった巻物が崩れて元就の頭を唐櫃の中へと埋めた。いつものことなので元親は別に助けには行かない。
もがもがと声を上げていた元就はやっとのことで抜け出し、頭から落ちそうになっていた頭巾を元の位置に押し上げる。

「もうそんなに経ったかい?え、ていうかじゃあなんであの子たちは帰ってこないんだろう……」

元就は安芸灘を中心として、播磨、備後、和泉灘を守護する水神だ。その強力な加護を外れた筑紫洲を守るのが宗茂とギン千代夫婦である。
口喧嘩はよくしているようだが、それこそ喧嘩するほど何とやら。傍から見れば実に微笑ましいのだが、問題は宗茂が時折ふらりといなくなってそれを追いかけてギン千代までもが姿を消してしまうことだった。元親とは違い、彼は国を守護する要そのものだというのに。その間は元就が守護の範囲を広げてやっているのだが、本来の守護領域ではないため万全とはいえない。
手にした巻物を弄びながら元就は頬杖をつく。

「あのふたりがいないとこの海も静かだけれど、元気な声が聞こえないのは寂しいものがあるね」

動物好きのギン千代には島の生き物たちも懐いており、彼らもどことなく消沈しているようだった。
腕組みをしていた元就ははっとして顔を上げる。

「もしかして私の文章が成長しないのは、筑紫の守護に力を注いでいるからなんじゃないだろうか?」

「それはないな」

「そんなに即答しなくても……」

冗談のつもりだったのに。わかりきったことを他人に指摘されるのは何とも悲しい。
嘆息した元就は胡坐をかいて元親に向き直る。

「で、結局今回の発端は何だったのかな?また宗茂の気まぐれかい?」

「そんなところだろう。奴は風だ。自由気儘な、何者にも縛られぬ風。フ……奴の反骨の精神はなかなか凄絶だ」

「感心している場合じゃないよ」

彼らの夫婦喧嘩に直接は巻き込まれずとも、大きな目で見れば被害を被っているのだ。元就は謙遜するが、彼の神気ならば本来の守護領域に加えて筑紫を守ったところで外部からの影響はほとんど無いと言っていいだろう。それだけの力を注ぐのだから、それなりに力を使っているのだ。
とはいえ、もう代理で守るのはやめるから君たちも喧嘩をやめなさいと叱って素直にやめるくらいなら苦労はしない。というか、実践したこともあるのだが結局気になって彼らが帰って来るまで守ってあげてしまったため、もうこの脅しは使えない。
その時の様子を思い出して重々しいため息を吐く元就を見やり、内心を読んだ元親がくつくつと笑う。

「強固に放置しておけばよかったものを」

「そういうわけにはいかない。私たちは一応人の子の想いによって産み出された神だからね」

人の心に神が在って、それを崇め祀られている間は、神も人間に相応の恩恵を与える。八百万の神が存在するこの国に於いて、人間たちに忘れ去られていないだけいいのだろうと思うのだ。人の心にいられなくなった神は、荒魂となって災厄をもたらすのみ。
伊都岐島神社の女神たちが気まぐれな以上、この辺り一帯くらいは守ってやろうではないかと元就は思っているのだ。そこに多少他の神の領域が混じったところで、変わりはしない。
ぐしゃぐしゃと頭を掻き回し、元就は巻物に半分埋もれたような状態で開けっ放しの唐櫃に凭れ掛かった。

「しかし、あの子たちにも困ったものだね……迎えに行った方がいいと思うかい?」

「その判断はお前がすることだ。が、奴らはどうやら都にいる」

都と聞いて、元就の上半身がさらにずるずると滑り落ちた。

「なんでまたそんな所に……参ったな、あそこで四神の機嫌を損ねると少々厄介だ」

京の都の中枢には天照大神の後継、更にその周囲には日本でも有力な神々が集っている。文字通り都を守る四つの神もいるため、責任逃れは大変難しい。
元親は腕に止まっていた海鳥を階の方へと放つと、脇に放っておいた三味線に手を掛ける。静かに弦を鳴らすと、辺りの空気が凪いだように感じた。

「変事が起きれば兆しがあろう。その時は俺も尽力する。今は下手に動かぬ方が賢明だ」

「……うん、そうかもしれない」

余計なところで仲裁して下手に関わりがあると思われる方が面倒だ。となれば、事態を収拾するためだけに動いた方が効率的である。恩も売れる。一石二鳥だ。
崩れかけた巻物を器用に掴み、元就は満足げな表情で体を起こす。

「君の言うとおりだよ、元親。ところでさっき弾いていた曲、新しく作ったのかい?とてもいい曲だね。もう一度聴きたいな」

「心得た、元就」

試す様に三本の弦を軽く爪弾いてから、元親は再び三味線の音色を奏で始めた。




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