[携帯モード] [URL送信]

なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
7

****




『なかなか捗らないねー修繕作業』

足元でごろごろと転がる猫が呑気な声を上げると、官兵衛のこめかみがぴくりと動く。
それには気づかないふりをして、半兵衛は大きな欠伸をした。
突風騒ぎから早三日。状況はというと、やっと道に散乱していた瓦礫を片づけ終わって牛車が通れるようになったといったところだ。普段徒歩で参内など絶対にしない身分の者たちも、道が無いのなら仕方がないと口々に文句を述べながら歩いていたのだが。

『これからどんどん暑くなるし?そうしたらどんどん作業効率も落ちてくよねぇ』

ばたばたと忙しなく部屋の前の廊下を足音が駆け抜ける。掛け声を合わせ、どこかで巨大な材木を引き摺る音が聞こえてきた。

『湿気があると木の寸法も変わっちゃうじゃない?それでぜーんぶ計画狂っちゃったりとかしてさぁ』

官兵衛の眉間の皺が一つ増える。

『ほんと、猫の手も借りたい!って感じだよねぇ。指揮してる官兵衛殿かわいそー』

「…………半兵衛」

むんずと猫の首の後ろを掴んで持ち上げる。にゃん、と抗議の声を上げる猫をぎろりと睨み付けた。

「私の邪魔をしたいのか?卿の言うとおり、私はこう見えて今死ぬほど忙しい。集中力を途切れさせるならどこへなりと去れ。卿がその手を貸してくれるなら話は別だが」

『やだなぁ!遠慮しなくたって、俺の手なんていくらでも貸してあげるよ』

はい、とにこにこしながら鼻先に前足を乗せられ、官兵衛は無言で猫を後ろへと放り投げた。
勿論そんなことでめげる半兵衛ではなく、きれいに放物線を描いてから前足で華麗に着地する。一連の動きを官兵衛が全く見ていないことには不満そうだ。

『官兵衛殿、苛々すると余計体力消耗しちゃうよー?』

「誰のせいだと思っている……」

疲れた様子で文机に乗っていた書簡をまとめて立ち上がる官兵衛の肩に、半兵衛は助走もつけずに飛び乗った。
普段ならばこんな書簡を届ける作業など、官兵衛は行わない。雑用係の仕事だ。しかし今はその雑用係さえも内裏の修繕作業の人数補填に充てられているため、ただでさえ忙しいところにどうでもいい雑用までもが仕事内容に加わってしまっている。
それでもじりじりと照りつける太陽の日差しを一日中浴びて作業しているよりは幾分かましだろうと自分自身に言い聞かせたこの三日間。官兵衛を始め官人たちの苛々は募る一方であった。
半兵衛の言うとおり、苛々したところで状況が改善するわけではない。むしろ悪影響だ。
廊下を渡っている官兵衛と擦れ違うたび、官人たちは丁寧に頭を下げていく。が、作業に没頭している者達はその時間すらも惜しいのかこちらに見向きもしない。官兵衛にとってはそんなことはどうでもよかった。気を散らしている暇があるなら手を動かしてもらったほうがありがたい。
鼻歌交じりに尻尾を揺らしていた半兵衛がふつりと押し黙り、庭先の一点を見つめた。屋根瓦の修繕をしている者達の中に、ひときわ目立つ長身の影が二つ。

『ねーえ官兵衛殿、あれ、いいのかなぁ?』

首は前に向けたまま、官兵衛は目線だけで半兵衛の示す先を見やった。興味もなさそうに軽く頷く。

「人手はいくらあっても足りぬ。邪魔にならぬなら、使えるものは使った方がよかろう」

『そうは言うけどねえ』

さすがに三大妖とか呼んで皆が怖がってる妖が二回も内裏に紛れ込んでるのはどうかと思うよ、俺は。
そんな半兵衛の内心が言葉になることはない。
天頂近くに上った太陽は容赦なく地上を照らし続けている。小さく溜息をついた官兵衛は書簡をさっさと届けるべく足を速めた。





下から放り投げられる瓦を危なげなく掴み、屋根に当てていく。朝から同じことの繰り返しで、この先に見える長い板張りを見ると、半永久的にこの作業をする羽目になるのではないかと感じるほどだ。
額から落ちてきそうになる汗を拭い、幸村は背筋を伸ばした。鐘鼓の音が響き渡り、正午を告げてくる。
三々五々休憩に向かう人間たちを見下ろしながら、幸村は眩しげに太陽を見上げた。
妖である以上普段ならどんなに暑くても汗などかかないが、この気温で汗一つかかないのでは怪しまれると慶次に忠告され、体温調節を人間に合わせている。しかし京の都というのは人間たちからするとこんなにも暑かったのか。山中の避暑地に彼らが訪れる理由がやっとわかった。
というか、太陽の下にいるというだけでそれなりに消耗しているのだが。背に腹は代えられない。

「幸村、休憩だぜ」

「あ、はい!」

孫市に呼びかけられて普通に屋根から飛び降りそうになり、ぎりぎりで踏み留まって梯子伝いに降りて行った。できるだけ下手な動きは避けなくては。
先に日陰に避難していた慶次と左近は参ったと言わんばかりに扇子で顔を仰いでいる。慶次に至っては裸足の足を桶の冷水に突っ込んでいた。

「いやはや、おっさんの身体には応えますねぇ孫市殿」

「何で俺に言うんだよ」

睥睨してくる孫市ににやにやと笑みを返しながら、左近は深々と息を吐き出した。
慶次も左近も、普段は半分だけ下ろしている長髪を今は一纏めにしている。この暑さの中では少しの後れ毛でさえも鬱陶しく感じるほどなのだ。汗は絶え間なく流れるしで、拭いてもきりがない。
対して幸村は元が妖だからなのかやはり元気そうに見える。最初は若さっていいなぁなどと内心思っていた三人だったが、よくよく考えれば彼は一番年上だ。桁が違う。
以前にも幸村は内裏に来ていたことがあったため、今回は言い訳が面倒だということで政宗が術をかけた。周囲の人間には、彼は近衛府でずっと働いている役人だと思わせてある。術を解けば彼の存在自体が記憶から消えるという寸法だ。

「よぉお前ら、だいぶ参ってンな」

「おう、叔父御じゃねえか」

今回も秀吉からの命で現場の指揮を執っているのは利家だ。その後ろから小柄な男が顔を出すと、慶次が僅かに瞠目する。
別段驚きもせず、孫市は口の端を吊り上げた。

「よう秀吉、左大臣閣下は日陰で執務ご苦労さん」

「辛辣じゃの〜……せっかく労りに来てやったんに」

にしし、と笑う秀吉は気分を害されたとは思っていないようだ。その背後から、内政官たちの手によって大量の重箱が運ばれてくる。
普段重労働などしないせいか、その額には玉のような汗が浮いていた。なんだなんだ、と作業に当たっていた武官たちが集まってくる。

「ねねがな、「お松ちゃんと協力して作ったからたーくさん食べてね!」っちゅーて届けてくれたんさ!皆、たらふく食ってくれな!」

「……秀吉、今のねね殿の真似か?」

「似とるじゃろ?」

「全然」

「にゃに〜?!」

異口同音に応える孫市と利家だったが、秀吉の怒声は武官たちの割れるような歓声によって掻き消されてしまった。我先にと手が伸ばされ、どんどん重箱が無くなっていく。
重箱を一つ開け、左近は感嘆の息を吐いた。形の整った握り飯が大量に並んでいる。

「こりゃ美味そうだ。ありがたく頂きますよ、秀吉様」

「おう、食え食え!ふむ、余るかと思ったが足りんかな?」

辺りを見回しながら秀吉は嬉しそうだ。愛する妻の料理が褒められればそりゃあ嬉しいだろう。
重労働の中、一人でも疲労で倒れればそれだけ作業効率は低下する。直接出向くことはできないが、何か手助けをしてやりたいというのがねねの言い分だった。

「ほれ、幸村」

「あ、私は……」

慶次から重箱を差し出されるが、足りないかという秀吉の言葉を聞いていた幸村は断ろうとする。
本来なら自分は食物を摂取する必要はない。それなら少しでも疲れている人間たちに回した方がいいだろうと思ったのだが、それを目ざとく秀吉に見つかってずいっと詰め寄られた。

「なんじゃ幸村、ねねの料理が食えんっちゅーんか?」

「い、いえ、そういうわけでは」

慌てて顔の前で手を振るが、秀吉は疑わしげな目を向けてくる。内心焦る幸村に、孫市が助け舟を出した。

「秀吉ィ、よく考えろよ。この暑さだぜ?しかも半日働き詰めじゃいきなり食欲なんて沸かねーっつの。これだから現場を知らない奴は嫌だね」

そう言いながら手の中にあった握り飯の残りを口に放り込む。目を瞬かせた秀吉は地面近くで陽炎のように立ち上っている熱気を見やって納得したようだった。

「たしかにこの暑さじゃ、体も参っちまうわな……打ち水でもしてやりてえとこなんじゃが、材木を濡らすわけにはいかんしのう」

悩ましげな様子で腕を組む。秀吉の興味が逸れた隙を見計らい、慶次は幸村に耳打ちした。

「食うふりでもいいからせめて一個貰っときな。何もなしであんだけ働かれちゃ怪しまれる」

「……それもそうですね。では」

そういえば人間の作ったものを口にするのは久しぶりだ。以前も同じようにして内裏に潜り込んでいたときに彼らと酒を飲みに行き、その時には色々食べたものだったが。普段兼続たちと口にするのはその辺で取ってきた魚だとかで、酒も妖たちが作る強いものである。
人間たちと同じように汗を掻いていたら無意識に体力を消耗していたようで、口にした握り飯は殊の外美味だった。

「まぁ、暑さの方はできるだけ対策考えんとな。そんじゃ皆!食い終わったら午後からもしっかり頼むで!」

踵を返した秀吉が角を曲がると、いつからいたのかそこには官兵衛が控えていた。

「うおう?!官兵衛?!」

「秀吉様、こちらが本日の報告書でございます」

「あ、ああ!ありがとな!」

官兵衛は見てくれがかなり迫力があるため、真夏に見ると周りの気温が一気に下がるような心地がする。が、本人には絶対言えない。
ずらずらと書かれた文字はほとんどが作業が思わしく進んでいないというものだった。やはりこの暑さは大敵だ。都のほとんどの建物が被害を受けてしまったため、できるだけ効率よくこなして次々と取り掛かりたいのだが。
書簡を眺めながら歩き出す秀吉に静かに付き従いながら、官兵衛は肩越しに作業者たちを振り返った。少し悩んでから口を開く。

「差し出たことを申すようですが……あの真田幸村と名乗る男、得体が知れませぬ」

近衛府の役人だそうだが、どうも腑に落ちない。半兵衛も何か言いたげな様子だったが、的確なことは何一つ言わないのでいまいちわからずじまいだ。そして疑惑の目を向けようとすると、何故か急な仕事が舞い込んだりしてそれどころではなくなってしまう。
今のところかなりの戦力になってくれていることを思えば歓迎すべきなのだろうが、殿上人たる秀吉を近づけるのは少し気が引けた。
だが、当の秀吉はあっけらかんとした様子だ。

「わしからすりゃ、よう働く気のいい好青年に見えるがなぁ?ねねの握り飯も美味そうに食っとったぞ」

暑さで周囲が参っている中文句も言わずに働いていて、大変に助かっている。文字通り猫の手も借りたい状況で、いっそ周囲から浪人たちでも集めてこようかと画策しているくらいなのだ。秀吉も妙な違和感を感じたことはあったが、気にしなければどうということはない。
ちらりと振り返った先では、忠勝に声をかけられたらしい幸村が律儀に頭を下げている姿が見えた。家康付きのはずの忠勝まで駆り出されるほど事態は深刻なのかと改めて考え、秀吉は小さく溜息をつく。一瞬、その目が官兵衛の肩に乗っている半兵衛の姿を通過した。

「こんな状況じゃ。害にならんもんなら、猫の手でも妖怪の足でも使っちゃるわい。のぉ?」

遠くで幸村が盛大にくしゃみをしたらしい音が聴こえたが、周囲の笑い声に呑まれて消えていった。




[*前へ][次へ#]

あきゅろす。
無料HPエムペ!