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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
6

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大混乱に陥った内裏から人影が飛び出す。見鬼の才を持つ者が見れば、その男の隣にもう一つ影があることに気付いたことだろう。
藻壁門を抜け、中御門大路を全速力で駆け抜ける三成と左近の視線の先には、黒い雷雲と、風を孕んで渦を巻く不気味な白い雲が浮かんでいた。
時折雷鳴を轟かせる雷雲に、周囲の家々から悲鳴が上がる。

「これじゃ埒が明きませんね…!」

印を組み、左近は天を睨んだ。

「縛縛縛、風縛!」

放たれた風の刃は空中であっさりと霧散する。げ、と呻いた左近の足元に、術がそっくり返ってきた。
自らが放ったものの数倍の威力を伴う風刃をぎりぎりのところで躱し、再び走り出す。縛魔術が効かないということは、相手は妖ではないということだろうか。
その先を走っていた三成は、都を出たのを確認すると膝を曲げて低くした姿勢から一気に跳躍した。右手に青白い狐火が生じ、そのまま拳を握りしめる。

「喰らえっ!」

拳を叩き込もうとした刹那、目の前に別の影が突然現れた。
赤い影が得物を振り翳したのを見てとり、三成は瞠目すると慌てて手を引っ込める。

「幸…っ?!」

「みつな……っ?!」

地上にいた左近の耳にも、ごん、という実に痛そうな音が聞こえてきた。
全力でお互いに頭突きをかましてしまった三成と幸村は仰け反って体勢を崩し、ぽん、という軽い音と共に三成が獣の姿に戻る。ふたりが放っていた狐火と鬼火も同時に消えた。

「何してんですかちょっとォォォ!!」

左近は目を回して落下してきた狐の足元に全速力で滑り込み、なんとか地面に激突することは回避できた。

「殿、しっかり!大丈夫ですか?!」

『きゅう……』

完全に伸びてしまっている三成の頭を撫でてやると、盛大なたんこぶができているのがわかった。これは痛い。
見上げた視線の先では、同じく目を回した幸村を兼続が小脇に抱えていた。やれやれと言いたげな天狗の面差しには同情と呆れが滲んでいる。

「何をしているのだお前達は」

「め、面目次第もございませぬ……」

まさか三成が都から飛び出してくるなどとは夢にも思わなかった。気が急いていたとはいえ、妖気を察知するのが完全に遅れた。
兼続がぱちんと指を鳴らすと、左近の周囲に旋風が三つ生じる。その中から姿を見せたのは慶次、孫市、政宗で、全員揃って気分が悪そうな顔色をしていた。

「うっぷ、気持ち悪ィ……なんか俺吐きそう」

「ひ、貧弱な神経じゃな……!」

気丈に言い返す政宗だが、彼が一番青い顔をしている。
得物に縋って息をついた慶次はいち早く復活すると空を見上げた。

「山城よぉ、もうちょっと優しく運んでくれねえともたねえぜ」

「何を言う、この私が細心の心配りを以って運んでやったというのに!」

あの風と雷が都に迫っていると判明し、走って戻るよりは数倍早いだろうと兼続が風で運んでくれたのだが、これがとんでもない速度で上昇下降を繰り返すという何とも言えない代物であった。あれで「細心の心配り」があったのだと言われても信じがたい。
ちなみに兼続の言い分としては、あれ以上早くすれば鎌鼬の効果で彼らの全身がずたずたになってしまうところをぎりぎりまで速度を上げ、できる限り怪我のないように且つ素早く運んでやったのに何が不満なのだ、といったところだ。
少なくとも彼にとっては繊細な技術よりも大雑把な力技の方が向いているらしい。

「ていうか、何でまたここに?皆さんお揃いで」

左近は疑問符を浮かべて三人を眺めやった。そういえば今日は朝から一度も彼らを内裏で見かけなかったが。
息を整えた孫市が何とか立ち上がる。

「あぁくそ、話は後だ!今は……」

再び風が渦を巻き始め、辺りで猛烈な風が吹き荒れる。政宗が吹っ飛ばされそうになった瞬間、中空から遊環の音が鳴り響く。音の波動が広がり、辺りを覆う防壁を作り出した。
幸村を抱えたまま、兼続は錫杖を上手に持ち替えると雲の中へと投擲する。渦の中央に錫杖が吸い込まれたと思った途端、雲が裂けて青空が覗く。その中心で、兼続の錫杖を手にして一人の男が立っていた。
軽そうな茶色の髪がふわふわと風に靡いて、優男風の顔を時折隠す。

「何者だ」

剣呑に尋ねる声音にも男は動じない。口元に笑みを乗せ、品定めするように兼続を眺めやった。

「なかなか良い風を使うな。だが、少々鋭すぎる」

男が手にした錫杖を取り巻くように風が生じる。身構えもせずに、男は錫杖を兼続へと投げ返した。
兼続の手に触れるかと思った刹那、緩やかに吹いていた風が爆風となって荒れ狂う。突然のことに、兼続と幸村は揃って吹き飛ばされて地上へと落下した。

「兼続っ!」

息を呑んだ政宗が咄嗟に印を組む。が、空中で体勢を立て直した兼続は一つ羽ばたくと上空の男を睨んだ。幸村も地面すれすれで鬼火を放ち、衝撃を和らげる。
笑みを深める男の目の前で、突如渦を巻く鬼火が二つ現れた。瘴気と共に姿を見せたのはくのいちと甲斐で、足に備わった滑車が火を噴く。

「よくも散々振り回してくれたわよね!ちょっと顔が良いからって調子乗るんじゃないわよ!」

翳した手に蛇腹剣が生じ、鬼火と共に放たれた仕込刃が男を絡め取るかに見えた。
だが男の姿は煙のように消え、甲斐の真後ろに姿を現す。二人の間に滑り込んだくのいちがくないを構えて突進するが、たしかに姿を捉えたはずのそれも空振りに終わった。

「ありゃりゃ?」

「ちょろちょろ鬱陶しいわね…っ!」

身構える二人よりもかなり高い位置に再び現れた男は淡い微笑を湛えて口を開く。

「俺は風神、宗茂。俺は風だ。風はなにものにも囚われない」

「では、これはどうだ?」

宗茂と名乗った男は振り返るが早いか素早く上昇した。今まで彼がいた場所に特大の竜巻が叩きこまれる。風圧により地上では大量の土埃が巻き上がった。
顔を守ってげほげほと咳込みながら、政宗は背後の大路を見やる。

「このままでは都に被害が出る……!」

政宗と左近が目を見合わせ、同時に印を組むと静かに詠唱を始める。半円状の結界が都を綺麗に覆い尽くした頃、空中で空気の塊が激しくぶつかり合った。

『ぬぅぅぅぅ、おのれ……!』

「あ、殿、よく御無事で。無理しない方がいいですよ」

腕の中から上がった呻き声の主を、左近は心配そうに見下ろす。いくら妖の治癒力が高いとはいえ、あの巨大なたんこぶがこの短時間で治ったとは思えない。
びきびきと青筋を立てた三成は天を仰いで牙を剥いた。辺りにいくつも狐火が現れ、妙な冷気に覆われる。

『この恨み晴らさでおくものかっ!ええい離せ左近、俺は行く!』

「ちょちょちょっと待って危ないですって!行くったって空中戦ですよ?!」

「三成殿!」

結界をすり抜けて飛び込んできた幸村が人間たちを守るように立ちはだかり、肩越しに三成を振り向く。

「先ほどは申し訳ありませんでした!大丈夫ですか?」

『大事無い。……というか、お前もすごいのが出来てるぞ、たんこぶ』

「うっ」

赤みが引かない額を押さえて、幸村は気まずそうに視線を上に戻した。実はここ五十年で一番じゃないかというくらい痛かったが、それは胸にしまっておくことにする。
空中では再び風が激しい音を立ててぶつかり合う。その周囲を飛び回る二つの鬼火の影は、現在行方不明の人魂を探していた。

「……!いた!」

風の中で、ぼんやりと消えかかっている光。強烈な神気と妖気により、存在そのものが消滅しかけているのだ。
擦れ違いざま、二つの視線が交錯した。

「甲斐ちん!」

「おっしゃあ!行くわよ!」

同時に迸った鬼火に押され、一瞬だけ風が弱まる。その隙に飛び込もうと滑車を駆った瞬間、滞空していた黒い雷雲から一筋の雷が放たれ、くのいちの足の滑車を直撃した。
ばきん、と音を立てて滑車が割れ、身体が中空でぐらりと傾ぐ。

「え…?」

「ちょっ…!嘘でしょ?!」

目を剥いた甲斐が後を追おうとするが間に合わない。加速して落下していくのを感じ、くのいちは思わず目を閉じた。
が、すぐに来るかと思われた衝撃がいつまでも襲ってはこない。代わりに軽い衝撃と、妙な安定感がある。恐る恐る目を開けると、目の前に幸村の顔があって仰天した。

「ゆ、ゆゆゆきっ、幸村様っ?!」

「そんなに恐ろしいものを見たような声を出さなくても……」

困ったように苦笑して、身軽に着地する。落下する前にと跳躍して抱きかかえただけなのだが、まさか悲鳴を上げられるとは。
慌てて幸村の腕から脱出したくのいちは平身低頭する。半分は謝罪だが、もう半分は赤面を隠すためだ。

「ごごごめんなさい、幸村様の手を煩わせて…っ!」

「気にするな。それより今の雷は……」

宗茂が現れた時と同じように黒い雲が裂け、今度は端正な顔立ちの女が姿を見せた。
それに気づいたようで、宗茂は兼続の風を片手でいなしながら破顔する。

「ギン千代、来ていたのか」

「来ていたのか、ではない!国の守護を放り出して何をしている!」

怒号にも全くめげた様子のない宗茂に、徐にギン千代が頭上に手を翳す。
呼応するように黒雲が輝き、いくつもの雷が地上へと放たれた。

「どわああああっ!」

轟音を立てて目の前の地面を抉る雷に、孫市は結界の中にいるにも関わらず思わず叫んだ。
ぱらぱらと飛んでくる砂礫から顔を守っていた政宗は天を見上げて怒号する。

「貴様らっ!いい加減にせぬか!どこの神か知らぬが、天照の後継たる帝の御前でこれ以上の狼藉は許されぬぞ!」

そこにきて、宗茂とギン千代は人間たちの存在に初めて気づいたとでも言いたげな様子で視線を巡らせた。
結界に護られている四名を順に眺めやり、尊大に腕を組む。

「どこの神かだと?我らは筑紫洲を守護する風神雷神。奴は宗茂、我が名はギン千代だ」

「ちなみに夫婦だ」

「余計なことを言うな貴様は!」

怒鳴り返す声が裏返っているのを聞いて、全員が目を瞬かせた。
まさかこの状況で惚気を聞かされるとは思わなかったからだ。突然のことすぎて反論が見当たらない。
据わった目をして二柱を眺めやった甲斐は右手に持った武器を握り直す。

「で、筑紫洲の神サマがこんなところで何してるわけ?新婚旅行とか言ったらぶっ飛ばすわよ」

剣呑な声音だったが、ギン千代はよくぞ聞いてくれたとばかりに甲斐に向き直る。

「こやつが突然諸国漫遊の旅に出るなどと言い出してな。全く、役目を一体何だと思っている!」

「お前がいるのだから問題ないだろう?」

「そういう問題ではない!」

「いやほんとにそういう問題じゃないわ!結局あんたら揃って守護の役目投げ出してんじゃないの!役目何だと思ってんのよ!」

甲斐の叫びはその場にいる全員の心の声を実に的確に表現していた。その通り、彼らが本当に筑紫洲を守る神なのだとしたらこんなところで大騒動を起こしている場合ではない。
不敵な笑みを浮かべた宗茂は、風を纏うとあっという間に姿をくらました。彼が隠れ蓑にしているのであろう雲が遠ざかっていくのを見て、ギン千代も黒雲と共にその後を追う。
完全に二柱の姿が見えなくなった頃、その場には妙な沈黙と晴れ渡る青空だけが残されていた。盛大に抉られた地面や未だに収まらない土埃といやに不釣り合いである。
地上に戻ってきた兼続と甲斐は自らの得物を収めた。結局人魂も九十九神も捕まらず、元凶も取り逃がしてしまった。
嘆息する兼続を後目にずかずかと歩を進めた甲斐はくのいちの腕を掴む。

「ほら、さっさと行くわよ。あの人魂、ほんとに早くなんとかしなきゃ危険だわ」

「……だね。あ、でもあたし滑車割れちったから飛べないや」

「あ」

あれって治るもんなの、知らないわよと小声で言い合っている二人の肩に幸村が手を置いた。

「ふたりとも、本当によくやってくれた。あとは私が引き受けるから、戻ってくれて構わない。甲斐殿、氏康公にどうぞよろしくお伝えください」

「え、でも幸村様……」

渋るふたりの背を軽く押すと、目配せしながらも一礼して鬼火の中に消えて行った。
妖たちの割合が増えてだいぶ濃くなっていた瘴気が和らいだので、人間一同はほっとする。害のない奴らだとはわかっているのだが、さすがにこれだけ強烈なのを浴び続けると生きた心地がしなかった。
嘆息した左近が肩を竦める。

「さて、それで?事情を説明してもらえますかね?」

「こっちだって聞きてえよ。一体何がどうなってんだ」

彼らが情報交換している間にと地面に降り立った狐が、ちょんちょんと前足の先で土を叩く。ぼこりと盛り上がった土に青白い狐火が灯り、そこから波動がゆっくりと広がった。妖気に触れると、荒れていた地面が平らになって最初と変わらぬ状態になる。
一目見ただけでは地面が抉られていたことなどわからないくらいになったことを確認して、満足げに頷いた三成は幸村の肩に飛び乗った。前足を引っ掛けてぐでんと力を抜く。

『全く……普段ならば爆睡している時間だ』

「そういえばそうですね」

ちらりと太陽を見上げ、幸村は何気なく木陰に移動した。活動できなくなるわけではないが、さすがに直射日光を浴び続けるのはよろしくない。
人間たちの様子を眺めていた兼続は横目で三成と幸村を見やった。

「お前達、怪我は大丈夫か?随分立派な瘤を作ったものだ」

ちょいちょいと自分の額を指差す天狗に、顔を見合わせた三成と幸村は同時に渋面を作った。口には出さないものの、滑稽すぎてかなり屈辱的だ。
ごほんと一つ咳払いし、話題を逸らす。

「あのふたり……いえ、二柱でしょうか。本当に風神雷神だと思いますか?」

「神気は感じた。あれほどの風や雷、妖には操れまい」

何しろ、兼続が放った竜巻を片手で撃ち砕くほどの力だ。神だと言われた方が納得がいく。
ふと思い出した様子で三成が耳をそよがせた。

『そういえば、幸村は人魂を追っていたようだな。何故だ?』

「ええと、話せば長いことながら……」

もうこの話何度目になるだろうと思いながらも事の次第を一から話しはじめる。幸村が人魂を追い、慶次たちが九十九神を追い、最終的に行きついた先があの風神雷神だったというわけだ。まさか三成までもが巻き込まれていたとは思わなかったが。
そう言うと、三成は疲れた様子で器用に前足を組んだ。

『なんとまぁ面倒な……』

要はあの二柱の神が悪いのだが、なんとも折り合いが悪い。悪いことというのは悉く重なるものだ。
揃って深々と嘆息する。兼続は手にしたままだった錫杖を収めて腕組みをした。

「嘆いていても仕方あるまい。何とか探し出さねばな」

「おーい、お前ら!」

孫市がこちらに向かって叫んでいる。どうしたのかと視線を巡らせれば、どうやらあちらも状況説明は終わっていたようだ。

「俺ら一旦都に戻るぜ。なんかあの風で内裏が吹っ飛んだらしくてよ」

「え?!」

『ああ、そういえば』

幸村が素っ頓狂な声を上げる。対する三成はのんびりとしたものだ。彼にとって人間たちの建造物が壊れたなどということは至極どうでもいいことである。
じゃあな、と言い残して足早に都の中へと消えていく人間たちを見送り、三大妖は顔を見合わせた。

「……三成殿、兼続殿」

意を決したという表情で幸村が都を見据える。この後何を言い出すのか容易に想像がついて、ふたりは再び溜息をついた。


 

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あきゅろす。
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