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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
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空を駆けるものを地上から追いかけるのは困難を極める。いくら神速で駆けようと相手も神速であれば条件は同じだし、障害物のない空中と地上とでは初めから勝負にならない。
そんなことはわかりきっていたはずだったが、荒い息を吐きながら辺りを見回した幸村は忌々しげに槍の柄を地に打ち据えた。途中まではなんとか姿を追っていたものの、完全に見失ってしまったようだ。
人魂と九十九神の気配は完全に消え失せている。あの謎の風と雷雲も同様だ。
あの子供の人魂は悪霊化しかかっていた。悪しきものの手に渡ってしまうとかなりまずいことになる。早く川を渡らせてやらなければ。

「幸村様!」

空から降ってきた声に顔を上げる。焦燥が滲むくのいちの顔の後ろに、もう一つ気配があった。
たちまち燃え上がった鬼火の中からもうひとりの鬼が姿を現す。くのいちと似たような出で立ちだが、角と足の滑車の位置が彼女とは逆だ。その姿を見て、幸村は軽く瞠目した。

「これは、甲斐殿!」

「暇してたんで引っ張ってきました」

「失礼ね!」

牙を剥いて吠えてから、はっとした様子で幸村を見やった甲斐は慌てて首を振って笑みを浮かべる。

「幸村様、お困りみたいですね。助太刀に来ました」

「しかし、甲斐殿の管轄はこちらでは……」

幸村とくのいちは閻魔王に仕え、人道に在って人魂を導くのが役割だが、彼女は阿修羅王に仕える修羅道の監視役である。したがって、此岸に出てくることはほとんどない。
今回は色々な要因があるとはいえ完全に幸村たちの失態であるし、わざわざ彼女の手を借りるのはあまりに申し訳ない話だ。
心配そうな様子を見てとり、甲斐は片目を瞑って肩を竦めて見せた。

「別に貸しだとかそういうんじゃないですから、あんまり深く考えないでください。お館様から許可も貰ってますし」

「ですが……」

尚も渋る幸村だが、彼には空を翔ける術はない。兼続に運んでもらえば話は別だが、さすがにそれは無理だ。それなら兼続に直接探してもらった方が早い。
対して彼女たちは足に備わった滑車のおかげで、地上と変わらないように空を飛びまわることができる。この状況ではかなりの戦力だろう。事態は早く収束すればするほどいい。
少し考え混んでから、幸村は渋々ながらも頷いた。

「……かたじけない。感謝いたします」

頭を下げる幸村に軽く頷いて踵を返し、くのいちの首根っこをがしりと掴んだ。

「人魂探せばいいんですよね?ほら、あんたもさっさと行くわよ」

「あいたたたた…っ、甲斐ちん〜、いたいけな乙女に乱暴はなしですぜ」

「どこにいたいけな乙女がいんのよ!」

ぎゃいぎゃいと言い争いをしながらも、鬼火と共に姿を眩ましたふたり分の妖気が凄まじい速度で空を駆けていく。ある程度の高さまで一気に上った妖気が二つに割れ、別々の方向へと飛び去っていった。
あのふたりに任せておけば、捜索にさほど時間はかからないだろう。問題は見つけてからどうするかだが。
ただ風に吹っ飛ばされて、強い霊力に引き寄せられてしまっただけならいいのだ。普通に回収して、普通に川岸に連れて行けばいい。だがもし妖怪に取り込まれたりしていたら。人魂はただでさえ妖たちの好物だ。しかも子供となればなおさらのこと。
得物に縋ってずるずるとしゃがみこんだ幸村は深刻な表情で額を押さえた。見知った顔を見つけて、つい寄り道してしまったことがただただ悔やまれる。あのままさっさと彼岸に戻ってさえいれば、こんな面倒なことにはならなかったものを。

「お館様に何と申し上げればよいか……」

快活に笑う閻魔王信玄の顔が脳裏に浮かんで、更に罪悪感に打ちひしがれた幸村は低く呻いて頭を抱えた。お館様、その笑顔が今は辛うございます。

「幸村!」

突然頭上から声が降ってきて、幸村の肩がびくりと跳ねた。顔を上げた視線の先で白い烏が一つ羽ばたき、巻き起こった旋風の中で妖の姿に転じる。
ゆっくりと舞い降りてきた兼続はしゃがみこんで頭を抱えるという実に珍しい格好をしていた鬼を見下ろし、首を傾げた。

「どうした?怪我……ではなさそうだが」

「は、いえ、すみません」

慌てて立ち上がると誤魔化すように一つ咳払いをする。

「何故ここに?」

「政宗の所に向かっていたのだが、先ほどのお前の様子が気になったのでな」

あの幸村が三成と兼続の言を遮るなど。それにあれだけ必死な形相をしていれば心配にもなる。
余程のことに違いあるまいと追ってきてみたら、あまり馴染みのない妖気が二つほど飛び出して行ったところだった。何事かと降りてみた先に幸村がいたのだ。
立ち上がった幸村は、人魂を彼岸へ連れていくはずだったことと、その途中で慶次たちと出くわしたこと、彼らが持っていた櫛笥に憑いていた九十九神などなど、ここへ至るまでの経緯を話して聞かせた。
やっと事情を把握した兼続が、思慮深げな様子で腕組みをする。幸村も口元に手をやった。

「それにしても、あの風は一体……天狗族の操る風とは違いました」

その言葉を聞いた兼続は瞠目した。様子の変化に気付かずに思案している幸村の頭を、わしわしと撫でまわす。突然のことに驚いたのか、幸村は首を竦めた。

「な、何ですか?!」

「幸村、お前は本当にいい子だなぁ」

「はい……?」

頭上に疑問符を浮かべている幸村を横目に、兼続は着物の袖で目元を拭った。
政宗と三成など、事情も聞かずに風といえばお前だろうみたいな決めつけでひとを疑ってきたというのに。何気に一番大事に巻き込まれている感のある幸村のこの冷静な判断力を見習ってほしい。
されるがままになっていた幸村は紅潮しかかった頬を隠すように兼続の手を控えめに掴んだ。三成もだが、どうしてこのふたりはいつまでたっても自分を子ども扱いするのか。

「かっ、兼続殿っ!政宗殿の元へ行かれるのではないのですか?!」

「おお、そうだった」

仕上げとばかりにぽんぽんと二度ほど頭を叩き、そのままがっしりと肩を組む。

「では共に行くぞ!きっと慶次あたりがお前を心配している!」






「……というわけで、来るのに時間がかかった」

「だからといって四半刻も待たせる奴があるか馬鹿めっ!!」

軽く片手を挙げた兼続は悪びれる様子もなく言ってのける。ぎゃんぎゃんと吠える政宗の声など聞こえないと片手で耳を塞ぎ、掴み掛ってきそうな様子の主の頭をもう一方の手で押さえつけた。
兼続は目を眇めると、無い牙を剥く政宗を睥睨する。

「それより梵、根拠もないのにこの私を疑うとはどういう了見だ?不義の極みだぞ」

「敵を疑うならまず味方からと言うではないか。無関係ならば否定すればよいだけの話よ」

「貴様仮にも式を信じられぬのか!」

「いだだだだだだだっ!」

両頬を抓られた政宗が涙目になりながら反撃しようとし、取っ組み合いでも始めそうな様子のふたりを見やった慶次はやれやれと肩を竦めた。仲がいいのは構わないが、そういうことは暇なときにでもやってほしい。

「で、あんたの方はどうなったんだい?」

「人魂も九十九神も行方が知れず……申し訳ありません」

「……いいや、あんたに非はねえよ」

消沈している様子の幸村を慰めるように肩を叩きながらも、慶次は深々と嘆息する。こうなったら本格的に利家への言い訳を考えなくてはならない。
しばらく喧嘩は止みそうにないと見てとった孫市が眉を顰めた。

「政宗の奴もお前に言われてあの風の正体、急ごしらえでさっき探ってたんだけどよ。結局成果なしってとこだ」

ここには占を行うための道具もない。また精進潔斎をしてからの本格的なものもすぐにはできないため、可能性に賭けて一度行き会ったのだからと痕跡を追ってみた。結果はというと特に情報は得られず、行方すらも見失ってしまう始末だ。
まぁ、三大妖のひとりが全力で追いかけて取り逃がしたものを、人間である政宗に術で追えというのは少々酷だったかもしれない。
所在なさげな様子の幸村を見やり、慶次は腕組みをして唸った。

「だが、このまま放っとくわけにもいかないねえ。幸村は人魂を追うんだろう?」

「はい、勿論」

しっかりと頷いて応じる。幸村とてくのいちたちに任せきりにするつもりは毛頭ない。こちらにも情報がないとわかった今、すぐにでも探しに行きたいところだ。
現世に在ることを理由に滑車を手放したことが今更ながら悔やまれる。だが今更嘆いたところでどうしようもない。
しかし最終目的は違うとはいえ、追っている対象物がまとまっていることを思えば彼らと協力した方が効率はよさそうである。都合よく術者もいるのだから。

「……政宗殿に少々お願いが」

「にゃに?」

頬を摘まんでいる兼続の手をやっとのことで振りほどき、政宗が腫れた頬を擦りながら幸村に向き直った。ふたりともあちこちに引っ掻き傷ができているのはこの際見ないふりをする。
幸村が翳した手に小さな鬼火が灯った。

「これに同調し、気配を追っていただけますか?私の同胞が人魂たちの後を追っておりますので、闇雲に探すよりは早いかと」

きっと彼女たちも幸村が追ってくると見て足跡を残しているに違いない。それを探しに行ってもいいが、どうせなら術で行先を探ってそこを目指して行ったほうが確実だ。

「む……やってみよう」

一つ咳払いをして、拍手を打つ。瞑目し深呼吸をしてから静かに印を組んだ。

「ナウマクソロバヤタ、タァギャタヤタニャタ……」

ざわりと風が動き、四名は静かに様子を見守る。研ぎ澄まされた霊力が辺りに糸のように張り巡らされるのが伝わってきた。
政宗の閉ざされた瞼の裏で、景色が激しく移り変わる。まず見えたのは空。かなり高い位置から、山を見下ろしているようだ。時折凄まじい勢いで駆け出しては、木の間をすり抜けるように疾駆していく。あまりの速さに目が回りそうだが、これが神速というものだろう。
なんとか堪えて更に先を視る。今度は開けた場所に出た。見やった先に風を伴う白い雲と、雷を纏う黒い雲が渦巻いている。そしてその下にあるのは、理路整然と立ち並ぶ街並み――。
はっと目を開け、政宗は愕然とした表情で一同を見渡した。

「まずいぞ、奴らの行先は都じゃ!」


 

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あきゅろす。
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