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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
3

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実に穏やかで、空を散策していると実に良い気分だ。背後に広がる青空も実に清々しい。
そんなことを考えながら、兼続は常のように白い烏の姿をとってゆっくりと上空を旋回していた。
ばさりと一つ羽ばたくと徐々に高度を下げ、足元に佇立していた木に着地する。毛繕いをしようとして視線を巡らせると、ちょうど巣立ち前の小鳥を抱えた燕と目が合った。

『おお、精が出るな!』

明るく声をかければ、小鳥たちは驚いた様子でまじまじと見つめてきた。
妖を見るのは初めてなのだろう。だが兼続はこの辺りの鳥たちとは大抵顔見知りなので、親燕の方はさして驚いてもいないようだ。
ふと、良いことを思いついたと言いたげに兼続は顔を輝かせる。

『よしっ、私から餞別をくれてやろう』

暫し待てと言い置いて飛び立ち、少し上空へと上って眼下を見渡す。目当てのものを見つけると、真っ直ぐにそちらへと降下した。
目の前になっていた果実を一つ、くちばしで器用に摘み取ると、先ほどの燕の親子の元へと舞い戻る。親鳥の方はすぐに何か気づいた様子だったが、目配せして黙らせた。
ぽとりと果実を落としてやれば子燕たちは大喜びで群がってくる。――が、その果実を一口食べた途端に凄まじい形相で離れていった。
それを見た兼続が快活に笑う。

『はっはっは!どうだ、不味かろう?』

悪戯っぽく笑えば非難めいた眼差しと共に喧々と鳴き声を上げられたが、たかが子燕の叫びなど兼続にとっては囀りにしかならない。
ぽんぽんと宥めるように翼で子燕たちの頭を撫ぜてやる。

『このようにな、どんなに見た目が美味そうでも食ってはならんものもある。逆も然りだ。生きていれば色々なことがあるぞ。不味いものを口にすることも、大きな敵と戦わねばならんことも、全ての経験は知恵となる。よく覚えておけ』

子燕たちはわかったようなわからないような顔をして目を瞬かせていたが、隣にいる親鳥は人間でいえばやれやれと肩を竦めているといったところだろう。こういうことをこれから親として教えてやるつもりだったのに、先を越されてしまった。
にんまりと笑って片目を瞑る兼続の背後で、突如がさりと木の葉が擦れる音が響いた。
直後、木々の隙間から獣の姿が躍り出る。

『兼続ううううう!!!!』

『ぎゃああっ!!』

突然のことすぎて避け損ねた兼続の両翼を捉えた狐は、そのまま地面へと烏の身体を叩きつけた。驚きのあまりに燕の親子は文字通り飛び上がってその場を去っていったが、そんなことに気付く余裕はない。
ぽん、と軽い音と共に狐の姿が妖のそれへと変化し、地面で目を回して伸びている兼続の首をむんずと掴むと目の前にぶら下げた。
秀麗な顔に険を乗せた三成は烏に牙を剥く。

「貴様、悪ふざけも大概にしておけ。何の恨みがあってこの俺の寝床を壊した?」

『待て待て待て一体何の話…っ!とりあえず一回離せ、首が締まる…!』

「離す前にとりあえず俺に謝れ!」

だからなんでだ、という反論は言葉にならない。本気で息が止まりそうになっていることに気付いたのか、三成は僅かに手の力を緩めた。
荒い息をついた兼続はばたばたともがいて三成の手から逃れると、散ってしまった羽を痛ましげに見下ろして翼で目元を拭うような動作をする。

『ううっ、お前という奴はなんて乱暴なのだ。親友を殺す気か』

「友を暴風で吹っ飛ばすようなものは親友とは言わん」

『は?』

憤懣やる方なしと言わんばかりに腕組みをしながらこちらを睨む三成を見返し、兼続は怪訝そうな声を上げて首を傾げた。
暴風で吹っ飛ばす。一体誰がいつそんな真似をしたというのか。

『おい、何の話をしている』

「とぼけるな!さっき俺の山へ来ただろう!お前の起こした風のせいで俺のねぐらが倒壊してしまったのだぞ!」

兼続はますます不可解になる三成の言を受けて眉間に皺を寄せた。
そもそも今日はついさっき散策を始めたばかりで、三成のいる山どころか自分のいる辺りの森からすら出ていない。あまりに寝心地がよかったのですっかり寝過ごしてしまったのだ。否、今はそんなことはどうでもいい。
両の翼を使って器用に腕組みのような姿勢を取って胸を張って見せる。

『そんなもの知るわけなかろう。大体私がお前の棲家を急襲する意味がわからん』

「では貴様以外であれだけの風と雷雲を操るなど一体誰だというのだ!」

『ものすごく理不尽だな三成!』

一応兼続の霊力に関しては褒めてくれているような気もするが、こう喧嘩腰ではそんな些細なことはお互いに気付かなかった。
とりあえず一旦落ち着いてわけを話せと宥めすかすこと数十回、やっとのことで腹の虫がおさまったらしい三成の前で、漸く兼続も妖の姿に変化することができた。
要は先ほど猛烈な突風が吹いて三成の棲家が巻き込み事故により破壊され、その風が兼続のものであろうと推測してすっ飛んできたということだった。風を操るような真似はそれなりに力のある妖でなければ叶わないし、更にあれだけの暴風を意のままにできるとしたら天狗族しか思いつかなかったという。

「だからといってそれが何故私のせいになるのだ」

「俺が一番よく知っている天狗は貴様だからな」

濡れ衣を着せておきながらこの言い草である。さすがに言い返してやろうかと思った兼続だが、多分また喧嘩腰に戻るだけだと判断してそれはやめておくことにした。時間の無駄だ。
それに、天狗たちが操るほどの凄まじい突風というのは気になる。自然のものでないとなれば尚更だ。
確かに兼続たち以外にも風を操る妖はいくつか存在するが、天狗を凌ぐ力を持つものは数えるほどしかいないのである。三成に気配を察知させていないことを思えば、かなりの力の持ち主と思っていいだろう。

「とにかく、現場を見てみぬことにはなんとも……」

不意に直感の琴線を何かが引っ掻いた。
瞬間的に兼続の背中に黒翼が広がる。直後、ふたりのいる一帯で凄まじい風が吹き荒れた。

「何だ?!」

驚きに満ちた声音に、三成ははっとする。

「この風は…っ!」

先ほど俺の棲家を破壊したものと同じ。
そう告げようとしたものの更に強さを増す風に口を開くことすらままならない。兼続ですら抗うのに精一杯なのか、翼で三成を庇うようにしながらも顕現させた錫杖を地面に突き立てて踏ん張っている。一本下駄が地面に半ば食い込んでいるが、あまりの風の強さに僅かに引き摺られた。
そしてやはり、驚くほどあっさりと風が止んだ。一瞬空を覆った雷雲も今度は雷を落とすことなく通り過ぎていく。

「今のは…」

さしもの兼続も怪訝そうに呟いた。あれは天狗が操る風ではない。だが、三成はともかく兼続をも吹っ飛ばしかけるほどの凄まじい風を操れる妖など全く思いつかなかった。
ふと、何かに気付いたふたりが同時に振り返る。その視線の先から先ほどの急襲のときには存在しなかった小さな気配が躍り出て、先に通り過ぎて行った風と雷鳴を追うようにして駆け抜けた。
更に、それを追ってもう一つ別の気配がふたりの目の前を通り過ぎていく。

「……一体何だというのだ」

なんだかややこしいことが起きようとしているような、むしろもう起きているような。
心底嫌そうな三成の声に振り向き、思わず顔を見合わせる。と、少し間を置いて強大な妖気が近づいてきた。
再び振り返れば、今度の影はふたりの目に映る間もないほどの勢いで鬼火を撒き散らしながら駆け抜ける。あれは幸村のところの、と思った途端に更に強い妖気がその後ろを追いかけてきた。今度はそれこそよく知っている妖気が。

「あっ、三成殿に兼続殿!」

驚いたような声音は幸村のものだ。
ちょうどいいところへ来た。事情を聞こうではないか。

「おい幸村、一体どうし」

「申し訳ありません、急ぎますゆえ失敬!」

あの幸村がひとの質問を最後まで聞かずに途中で遮るなどということが、この長い年月の中で一度でもあっただろうか。
三成と兼続の脳裏にまず過ったのはそんなどうでもいい疑問であったが、文字通り幸村はふたりの横をすり抜けて怒涛の勢いで駆けて行ってしまった。短時間であまりに色々なことが起きすぎて、さすがのふたりも口を半分開けたまま暫し唖然とする。幸村の背が消えて行った方に向けられていた手が行き場をなくして力なく開閉した。
とにかく状況をまとめろ、と頭のどこかで冷静な声がする。兼続は数回首を振って瞑目すると、額に手を当てた。
まず、謎の突風は自分や仲間の天狗のせいではない。これは確実だ。三成の勘違いと濡れ衣の賜物である。ましてや自然の風でもない。気配を察知することは叶わなかったので操っているものが何かまではわからなかったが、あれだけの風だ。そこらの雑魚妖怪ということもないだろう。察せないということは、巧妙に姿を隠すことができるだけの力を持った者、とも言える。
そしておそらく、風と雷雲はそれぞれ別に起こっている。風が荒れれば天の気が乱れて雨雲を呼ぶことは珍しくもないが、それにしては雷雲の流れが不自然だった。
で、その二つを追いかけていたものたち。一つ目と二つ目は随分微弱な気配だったが、一体何をしていたのだろうか。気のせいでなければ一つは人魂だったような。三つ目に通り過ぎたのはたしか幸村の配下の小鬼で、四つ目が幸村本人である。
経緯は全くもって謎だが、とりあえず何やら壮大な鬼ごっこが繰り広げられているようだ。

「あの人魂は先ほどはいなかったのだが…」

漸く三成も我に返ったようで、口元に手をやって怪訝そうに呟いた。こちらも状況整理をしていたらしい。
やはりあれは人魂か、と思った途端、頭の中に声が響いた。
突然動きを止めた兼続に気付き、三成が顔を上げる。

「兼続?どうした」

「……政宗が呼んでいる」

何やら妙な風が吹いて厄介ごとが起きている。お前、何か知らぬか。
肩を竦めた兼続は大仰に溜息をついた。どうやら政宗も先ほどの風に行きあたっていたようだ。
それにしても三成といい政宗といい、何故真っ先に疑う先が自分なのか小一時間問い詰めたいところである。風を操れるというだけで疑われるとは理不尽ではないか。
人間たちがどうなろうと正直知ったことではないが、一応主である政宗が被害に遭っていたいるのなら動かないわけにはいかない。それ以上に、先ほどの幸村の必死の形相を見てしまった後では放っておくことはできなかった。
兼続の背に黒翼が広がったのを横目で一瞥した三成は、切れ長の目をすっと細めた。

「行くのか」

「情報収集くらいはしてもよかろう」

三成とふたりでここで相談していたところで打開策が見えるとは思えない。政宗が何か知っているなら好都合だ。
懐から天狗の顔を模した面を取り出して表情の半分を覆う。その隣で三成は少し考える風情を見せてから、手を伸ばして兼続の羽を鷲掴みにして徐に数本引っこ抜いた。

「痛ぁっ!!」

予期せぬことに思わず飛び上がる。振り向いて面の奥から三成を睨みつけるが、当の本人は平然としたまま黒い羽を指先で弄んだ。

「風除けに貰うぞ」

「せめて一言言ってからやらんか!」

妖たちが身に付けているものには全て力が宿っている。兼続の羽ならば確かに風から身を守る結界の役割くらいは果たすだろうが、それにしたっていきなり引っこ抜くとは何事か。ものすごく痛い。
確認するように数回羽ばたいてみる。勿論羽の一本や二本抜かれたところで問題はないのだが、気分的には大問題だ。
とはいえ当事者の狐はというと悪びれた様子もなくけろりとしている。こういう態度の時は何を言っても無駄だとわかっているので、これ以上体力の無駄遣いはしないことにした。

「三成、お前は都に行ってくれ

「は?何故だ」

これから倒壊した堂の代わりになるねぐらを探さなければならないというのに。
目線で抗議する三成だが、兼続は面の奥の瞳を剣呑に眇めた。

「理由なき天災はない。天は神、今上の帝は天照の子孫だ。帝に大事が起きて、それが反映されたのやもしれん」

仮にそうだとすれば、根本をどうにかしなくては解決にはならない。政宗たちとは会う予定だが、地下人にはわからぬことも多いのだ。
三成が反論するより早く、地を蹴った兼続は空高く飛翔してそのまま疾駆していってしまった。
天狗の姿が見えなくなるまで見送って、一つ目を瞬かせた三成は重々しい溜息をつく。人間のために動いてやるのは癪だが、友の頼みとあらば無視するわけにもいくまい。兼続だけでなく幸村も何やら巻き込まれているようだし、付き合ってやろうではないか。
青白い狐火が燃え上がって三成の姿を覆い隠す。それが収まった頃、辺りには木の葉が一枚と静寂だけが残った。


 

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