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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
2





夜が更けた頃、慶次と政宗は都を出て山の奥深くに踏み入っていた。面白そうだと同行を申し出た孫市も一緒だ。
この辺りの山道はもう慣れたものである。

「つうか、わざわざこっちから出向かなくても山城呼んだらよかったんじゃねえ?そっちのが多分はえーしよ」

荒れた獣道に不満たらたらだった孫市が今更になって尤もなことを言うが、政宗は渋面だ。その手には昼間から前田家が総出で格闘していた櫛笥がある。
隣で政宗の表情を見ていた慶次が喉の奥で笑った。

「どうでもいい用事の時は返事しねえんだとよ。あの天狗もなかなか気難しい御仁だ」

ほーとかはーとか気のない返事を返して、孫市は先を行く小柄な背中に目を向けた。
多分政宗も、先の一件以来無理に天狗を呼び出さなくとも良いではないかと考えているのだろう。孫市はどちらかというと川の氾濫に気を取られていたためあの時はあまりかかずらってやれなかったが、聞いた話では鬼と狐が大層な怒り様だったとか。あんな凄まじい霊力を持つ妖たちに本気で睨まれたらと思うと、考えただけで生きた心地がしない。
勿論、一番の要因としては山城が死にかけたというのがあるのだろうが。表には出さないものの、鬼や狐の怒りなどよりそちらの方が政宗にはよほど応えたに違いない。
お互い素直になればもうちょっと上手くいくんじゃねえかな、と孫市はずっと思っているのだが、当人たちに言ったところで解決しなさそうなので暫くは見守るべきだろう。
そのときふと政宗が足を止め、辺りをきょろきょろと見回した。

「お?山城いたか?」

「いや…」

不意にその視線が上に向けられ、宙の一点を見つめる。つられて視線を動かせば、空間が裂けてその中から凄まじい妖気が顕現した。

「御三方!」

中空に浮かび上がる鬼火の中から姿を見せたのは幸村だ。
人懐こい笑みを三人に向けて軽く会釈すると、身軽な動作で地上に降り立つ。膝をうまくばねにしているため、一見すると重さのないもののようにも見えた。
慶次が嬉しそうに顔を綻ばせる。

「元気そうだな」

「御無沙汰しております。どうされたのですか?このような刻限に……それは?」

三人の顔を順に見やってから、政宗が手にしている櫛笥に視線を向ける。さすがというか、一目で気づいたようだ。
腰を折って首を傾げる鬼に、慶次は肩を竦めてみせた。

「いやー実は色々あってな」

朝からの経緯を話しはじめる。この笥は利家の妻のもので、大切なものが入っているのだがどうも九十九神が憑いてしまったらしく開かなくなってしまい、如何ともしがたい状態なのだということを伝えると、幸村は納得した様子で頷いた。

「なるほど、九十九神でしたか」

都で過ごしていた短い間に、幸村は利家とも顔を合わせている。幸村が人間たちの作業に慣れるまで何かと気にかけてくれたこともあり、彼が困っているとなれば放ってはおけなかった。

「お前たちなら、この九十九神の声を聴いて出ていくように説得できるんじゃねえかと思って探しに来たんだぜ」

「このまま開かずの笥になっちまうと、ちいと困るんだ。幸村、なんとかならねえかい?」

孫市の言葉に首肯しながら、慶次は深刻な表情を浮かべる。困ったように眉尻を下げた幸村はちらりと背後に視線をやった。

「お力になって差し上げたいのはやまやまなのですが……」

どうしたのかと三人が不思議に思っていると、政宗が何かに気付いた様子で目を瞠る。
慶次と孫市には視えていなかったが、政宗の目には幸村の影から不安げにこちらを見上げる小柄な子供の姿がはっきりと映っていた。
三人の様子を察した幸村が、その子供を抱き上げる。すると慶次と孫市の目にもその姿は映るようになった。
目を丸くする二人の前で政宗が目を細める。

「それは、人魂か」

「此方側で道に迷っていたようで、これから連れて行くところなのです。悪霊化しかかっていたのですが、間に合ってよかった」

子どもは不安げな様子で視線を彷徨わせ、政宗に気が付くと怯えた様子で幸村の肩に顔を埋めた。陰陽師は大まかな括りで言えば彼らを祓う立場なので、恐怖を感じたのかもしれない。安心させるように幸村が小さな背をぽんぽんと撫でた。
彼が此岸のものではないということは知っていたが、こういう現場を直接見るのは初めてだ。実際に見てしまうと、やはり少し畏れのようなものを感じる。恐らく人間が持つ死への絶対的な恐怖感から来るのだろう。
だが幸村の腕の中にいる子供は、先ほどとは違って安心しきった表情をしている。
迷子になってしまった人魂を確実に彼岸へと導くのも鬼の役目だ。この子どもにとっては、幸村だけが道標である。

「というわけで、今は少々立て込んでおりまして……申し訳ありません」

「いや、訪ねてきたのはこちらゆえ、気にするな。葬送の言霊を送っておく」

印を組んで見せる政宗に、幸村は笑みを深めた。

「それはありがたい。この子も喜ぶと思います」

では、と立ち去ろうとしたとき、先ほど幸村が現れたときと同じようにして突如空間が裂けた。
ぞわりとした黄泉の気配が漏れ出してくる。驚きに固まる三人の前で、隙間からにょきっと顔を出すものがいた。

「あっ幸村様!こんなところにいたんですか!」

明るい高めの声音は女の声。姿を見せたのは小柄な少女だ。
一体何事かと事態が把握できぬまま、少女が裂け目から身を乗り出して幸村の横にふわりと滞空する。
剥き出しの四肢は華奢で寒々しいが、高く結い上げられた髪の横に大きな曲がり角が生えていて、一目で異形のものだということはわかった。左足の踝辺りには滑車のようなものが備わっており、これを使って宙に浮いているようだ。見た目からして、彼女も鬼だろう。
幸村の腕の中にいる子供を見やって少女があっと声を上げる。

「その子!探してたんですよう!幸村様が見つけちゃったのかぁ…もう、こういう雑用はしなくていいですって」

「いつもそなたらに任せてばかりでは、お館様にも申し分が立たぬからな。だが、ちょうど良いところへ来てくれた」

うん?と首を傾げた少女はそこでやっと三人の人間に気付いたらしく、肩を跳ねさせて大仰に飛び退った。

「げっ、何で人間が三人もいるんです?!あ、殺っちゃいますか?」

笑顔でさらりと物騒な発言をかまし、その手に脇差ほどの長さがあるくないが顕現した。同時に辺りが瘴気に満ちはじめる。
咄嗟に戦闘態勢を取る人間たちと少女の間に素早く幸村が割って入った。

「手出しはならぬ。彼らは私の友人だ」

「ほえ?友人?」

きょとんとしている少女に背を向け、幸村は政宗たちに頭を下げる。

「失礼を致しました。これは私の部下の小鬼で……」

「幸村様の麗しの影、くのいちだよ!よろしくねん♪」

先ほどまでの空気はどこへやら、幸村の横から顔を覗かせたくのいちは軽い調子で言うと片目を瞑って手を振る。警戒態勢を取らされたと思ったら突然雰囲気を壊され、政宗と慶次は毒気を抜かれた顔で思わず顔を見合わせた。
不穏な空気は一瞬で消え去ったが、先ほどの彼女の眼は本気だった。幸村がいなければくのいちは迷わず「殺っちゃいますか」を言葉通り実行していただろう。
否、どちらかと言えばそれは正常な反応であると言っていい。人間を守ろうとまでしてくれる幸村が例外なのだ。
が、何を思ったか、突然孫市が前に進み出てくのいちの手を取った。

「なんて可憐なお嬢さんだ……鬼より天女の方がふさわしい。貴方のようなひとに黄泉まで連れてってもらえるなんて本望だぜ」

「………幸村様、これほんとにお友達なんですか」

怪訝そうな声を上げる配下に、幸村は笑顔のまま軽く頷いて見せる。すぱあんと小気味良い音を立てて孫市の頭を引っぱたいた政宗がその腕を引き戻した。

「阿呆か貴様は!鬼を口説く奴がどこにおるんじゃ馬鹿め!本当に連れて行かれるぞ!」

「ああ、大丈夫大丈夫。あたしそういうサムい男好きじゃないから。にゃはは」

笑顔のままばっさりと切り捨て、くのいちは人間たちへの興味を失した様子で幸村に向き直った。

「それで、ちょうどいいところへって?」

「ああ」

幸村は抱えたままの子どもを一瞥してから政宗の手元にある櫛笥へと視線を移し、少しだけ目を細めてくのいちに向き直った。

「この子を連れて行ってもらいたい。少し用事ができてしまった」

「合点!お安い御用ですぜい!」

元々くのいちは幸村に先んじて人魂を回収すべく人界にやってきたのである。お安い御用どころかこれが目的だった。
これでお館様にどやされずに済む、と内心息を吐いたくのいちが人魂を受け取ろうとした途端、一帯を凄まじい突風が吹き抜けた。

「どわあっ!」

「政宗?!」

一番小柄な人間である政宗が足元を掬われて尻餅をつく。驚いた孫市と慶次が手を貸そうとするが、風が強すぎて二人でも踏ん張るのが精一杯だ。
すぐさま障壁を築こうとした幸村の腕から一瞬力が抜ける。すると、その途端に腕の中にいたはずの人魂が風にさらわれてしまった。

「あっ?!」

「しまっ…!」

後を追おうとしたくのいちだが、あまりの強風に立つこともままならずに逆に吹き飛ばされそうになってしまう。咄嗟にその腕を幸村が掴んで風から庇ったが、風は四方から吹き荒れていてどこを盾にすればいいやら全くわからなかった。
がこん、と突然大きな音がして、全員の視線がそちらへと動く。政宗の手から離れた櫛笥が風に煽られて転がった音だ。その途端に櫛笥からぼんやりとした影のようなものが立ち昇り、獣のような姿を模ると驚く一同に牙を剥くようにして唸り、笥ごと空へと飛翔していってしまう。
吹き始めたときと同じようにして、唐突に風は止んだ。何事も無かったかのように静まり返る一帯を眺めやった鬼たちが剣呑に空を睨む。

「幸村様…!」

「急ぎあの人魂を追ってくれ。私もすぐに行く」

「承知!」

くのいちの右足の滑車から鬼火が迸ったかと思うと、閃光のような勢いで空へと駆け上がる。豆粒ほどの大きさになったその姿はあっという間に見えなくなった。

「な、何だったんだ今の……」

茫然としていた孫市が思わず口を開く。自然の風では到底ありえないような凄まじい暴風だった。小柄な政宗はともかく、異形である幸村やくのいちの動きすらも封じるなど並みの風ではない。
忌々しげに舌打ちした政宗が袴についた土を払いながら立ち上がる。

「そんなことより、まずいことになったぞ。九十九神を怒らせた」

焦燥が滲む声音に、孫市と慶次が瞠目する。
笥が消えてしまう直前、こちらに牙を剥いた謎の影は彼らの目にも映っていた。それが何かはわからなかったが、政宗の言葉から察するにあれが笥に憑いたという九十九神なのだろう。
だが、怒らせたとはどういうことか。
空を睨む政宗の横で、幸村も目元に険を滲ませている。

「あの九十九神は笥を守っておりました。先ほどの衝撃で箍が外れてしまったようです。放っておけば悪しきものへと変貌してしまうかもしれません」

幸村は袖を持ち上げている襷をきつく結び直した。

「私は人魂と九十九神の後を追います。あの風の正体は貴殿に任せますよ、政宗殿」

「なっ?!おい、待て!」

政宗の制止も全く聞かず、人ならざる異形の足が強烈に地を抉ったかと思うと、凄まじい勢いで駆け出した幸村の姿もくのいちと同じように一瞬で見えなくなった。色々聞きたいことはあったのになんて速いのだ。
行き場を無くした手を開閉させる政宗の横に、慶次と孫市が並ぶ。

「また妙なことになっちまったな」

「叔父御にどう言い訳しようかねえ……」

深刻な声音で言う慶次の眉間には、かつてないほど深い皺が刻まれていた。

 

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