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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
1
日はとうの昔に暮れ、辺りは闇と静寂に支配されている。鬱蒼と茂る森の木々は昼でさえも不気味だというのに、夜になって更に恐怖が増したような気がした。
木々の間を、幼子が二人歩いている。不安げに周りをきょろきょろと眺めながら、二人でしっかりと手を取り合って歩を進めていた。
背の低い方の子供が、目に涙を溜めながら傍らの少年を見上げる。

「にいちゃん、どうしよう…」

今にも泣き出しそうな弟の声に、少年はぐっと唇を噛み締めて気丈に応えた。

「泣くなよ。大丈夫だ、歩いてればきっと帰れる」

半分本当で、半分嘘だった。少年は自分たちが元来た道などとうに見失っていたし、ここがどこなのかもわからない。ただ、幼い弟をこれ以上不安にさせることはできなかった。
ほら歩け、と促され、幼子は一度ぎゅっと目を瞑ると手の甲で乱暴に涙を拭って顔を上げる。
それを見てふっと笑った少年も、再び前を見据えた。――こちらが前だとは、限らないが。
そうして更に進んでみるが、どんどん森は深くなって暗い方へ進んでしまっているように感じた。まるで森に喰われてしまうかのような錯覚。嫌な想像を振り払うように、少年はふるふると頭を振った。
弟がいなかったら、泣き出していたかもしれない。だが、少年は両親と約束をしたのだ。必ず守ると。
だから、こんなところで泣いているわけにはいかない。なんとしても帰らなければ。
眉間に皺を寄せて涙を堪えながら、それでも足は止めない。しかしいつまで経っても、彼らが住み慣れた村も家も見えくる気配すらなかった。
とうとう体力の限界に達した弟がその場にしゃがみこむ。励まそうとした少年は、ふと誰かに見られているような視線を感じた。
黙って辺りを見渡す少年につられ、幼子の方ものろのろと視線を巡らせる。ゆっくりと動いた視線がある一点で止まり、息を呑む音が辺りに響いた。
弟の視線を追った少年は目を見開いた。木々の間に、何か光っている。
咄嗟に弟の前に出て、守るように腕を広げた。ぼんやりと浮かんでいるように見えた青白い光は、行灯のようだった。しかし、炎とはあんな色をしていただろうか。その行灯を手にし、照らし出されているのは長身の男。六尺はありそうだ。胸元に下がる見たことのない装飾に嵌め込まれた宝玉が、炎を反射して妖しく煌めいている。
ふと、男はくるりと少年たちに背を向けた。恐怖で動けない二人を肩越しに振り返り、ゆっくりと歩き出す。手にした行灯の中で、青白い炎がちらちらと揺らめいた。
ついてこい、ということだろうか。
少年は唇を噛みしめて弟を立ち上がらせると、男の後ろについて歩き出した。
幼子がふらふらしているのを支えているのでその歩みは蝸牛のようだったが、前を行く男は二人に合わせるようにして時折振り返りながら進んでいく。
この男は人間ではないものなのかもしれない。少年は何度かそう思った。しかし、深く考えるほどの余裕はなく、直感のままに男の後を歩く。
ふと、青白い光が掻き消えて、男も木々の間の闇に溶けるようにして姿が見えなくなった。少年は瞠目する。ここで迷ってしまったら、もう、本当に。

「にいちゃん、村だ!」

弟の声に弾かれたように顔をあげる。先ほどまで男が立っていた場所の少し先。巨大な焚火が煌々と燃え、炎に照らされて赤く染まった集落が見える。
松明を手にして何か叫びながらこちらへ駆けてくる二人の人影は、会いたくて会いたくてたまらなかった両親。
少年の頬に、静かに涙が伝った。





抱き合い、大声で泣きながら再会を喜ぶ四人の人影を、森の中から鬼が見ていた。
彼が集落まで送り届けてやった少年たちは気づいていなかったが、その頭からは細長い角が二本伸びている。装束から覗く四肢も、人間のそれとはまったく違う邪悪さを感じさせるもの。軽装だというのに全身に鎧を纏ったような出で立ちを見れば常人が卒倒しそうなものだが、人間たちはこちらには気づいていないようだ。
手にしている行灯の中で僅かに燃えていた狐火が掻き消えると、その口許にうっすらと笑みが浮かぶ。
その背後から微かな羽音が響いてきて、すぐ傍の木の枝に降り立った。ふわりと舞い落ちてきた白い羽を、鬼は指先で捉えてくるりと弄ぶ。

『人の子を助けるとは酔狂なことだな、幸村』

白い烏から面白がっているような声音が発された。幸村と呼ばれた鬼は、柔和な笑みのまま木の枝を見上げる。

「この山で命を落とすものあらば、それが何であれ三成殿が悲しまれますゆえ」

『違いない』

くくっと喉の奥で笑う烏に、幸村は首を傾げた。

「兼続殿は、何故ここに?」

『お前を探しにきた。三成が心配していたぞ』

ぶわりと風が吹き、幸村が目を眇める。烏の姿に代わり、木の枝に片膝を立てて腰かける天狗が姿を見せた。風に煽られた装飾がきゃらきゃらと音を立てる。

「あまり人間と関わるのは感心せぬな」

そう言いながら、天狗――兼続の口調は何やら楽しそうだ。
幸村は丁寧に頭を下げる。

「申し訳ありません。戻りましょう」

幸村が片手を差し出すと、兼続は再び烏の姿へと転じてその腕に降り立ち、てくてくと歩いて肩に落ち着いた。
最後にもう一度だけ人間の親子を振り返り、今度こそ二匹の妖の姿は闇に溶け、消えた。



****





時は平安。魑魅魍魎が跳梁跋扈する京の都では、人間と妖たちが共存し、ときに衝突しながらも日々を送っていた。
都に住む妖は、どれも雑鬼と呼ぶべきものたち。時折強大な力を持つ妖がどこからともなく現れることもあったが、陰陽師や退治屋たちの力によってなんとか均衡が保たれている。
そんな京の都で、まことしやかに囁かれる噂がある。
この国の全ての妖は、三匹の大妖に従っている。神にも通ずる力を持ちながら人間との干渉を嫌い、均衡を望みながら妖たちの過度な台頭を抑えているのだと。
その三匹の妖は鬼、天狗、狐であるとされ、都の遠く離れた場所でこの国の行く末を見守っているという。





「――とまぁ、噂が噂を呼んで尾鰭足鰭、ついでに胸鰭まで付いたというところだな」

呆れたような口調で言い、兼続は快活に笑った。
彼が腰を下ろしているのはひときわ背の高い木の枝で、その根元にある巨大な岩には幸村が腰かけている。ふたりの視線の先には緩やかに流れる川があって、その水面に一人の男が佇立していた。
水の中ではなく上に立っているため、足が濡れている様子はない。その背ではふさふさとした狐の尾が揺れていた。
苦笑した幸村が腕組みをして、兼続に視線を向ける。

「この国の行く末など…我等にとっては詮無きことですね」

「まったくだ。そもそもいつから私たちは全ての妖の頂点などという偉い立場になったのやら」

ぶつぶつと文句を言いながら、ここ最近なんだか兼続の機嫌がいい。その理由は先日聞いた。

「今日もあの子どものところへ?」

「ああ。見立て通り、見鬼の才と天性の勘、内包する力は相当なものだ。我等の驚異となるほどではないが、先はわからぬな」

人々が噂している内容とは対照的に兼続は人間にかなり興味を持っていて、しょっちゅう都に下りて烏の姿であちこちを飛び回っている。相当な力を持つものでなければ視えないように妖気を巧みに隠しているので、普通の人間たちは気づかない。陰陽寮の官人でさえ気づいていないようだ。
その兼続に、気づいた子供がいたのだという。しかも妙に気に入られたとかで、兼続は面白がって連日その子供の元へ出向いては遊び相手になっているらしい。無論、仮の姿である烏の姿を取って。
この前などは妖に襲われていたところを間一髪助け、翼を隠した兼続の姿を遠目に見て陰陽師と勘違いした子供が「将来はあの者のような陰陽師になるぞ!」と息巻いていたとか。

「私に警告しておきながら…人の子と関わっているのはどちらです?」

「なに、気付かれなければ問題なかろう。お前は私や三成と違って人間が見慣れた獣や人の姿を持たぬからな。うっかり祓われたらどうするのだ」

飄々と言う兼続に、幸村はぷっと吹き出した。さすがに妖たちの頂点に立ってはいないが、その辺にいる陰陽師にうっかり祓われるほど無力でもない。
楽しげに言い合いをする二人を、水面に立っていた男はゆっくりと振り返った。呆れたような溜息が響く。

「呑気なものだな」

「退屈しているだろうお前を思って土産話をしてやっているのだぞ?」

ふん、と鼻を鳴らして男が一歩踏み出す。水面に紋が広がるが、やはりその足が沈むことはない。川べりまでやってくると、重さのないもののようにふわりと草地に着地した。

「人間共との共存……さて、いつまで安定が保たれるのやら」

「人嫌いは変わらぬか、三成」

名を呼ばれた狐が剣呑な目で木の上を睨む。音もなく彼の周囲に狐火が出現し、身軽な動作でその上に腰かけた。狐――三成はしかつめらしい表情で腕を組む。

「俺が嫌っているのではない。人は己と違う風体をしたものを恐れ、並外れた力を嫌悪する生き物だ。いつか、我等を恐れて共存が崩壊する日が来るだろう」

容赦のない言葉に、兼続は考え込む姿勢を見せた。
それは三人がずっと考えていることだった。この危うい関係は長くは続かない。均衡はいつか崩れる。そのとき、どうするべきなのか。
不意に幸村が右手を閃かせる。その手の中に細長い朱塗りの槍が顕現した。槍の柄を岩に立て、三成を真っ直ぐに見据える。

「そのような暁には、我等は全力を以てして同胞を守るだけのこと。我等の誇り、人間如きに踏み躙らせは致しませぬ」

「先ほどの行動と矛盾を感じるな、幸村?」

三成の金の瞳が木の上から下へ移動する。鋭い眼光を前に肯定も否定もせずに苦笑する幸村に、三成は嘆息した。

「お前は優しい。だが、甘い。人は我等などよりも余程、相手の心の隙間に付け込むのが上手い。そして実に巧妙に嘘を重ねて生きている。お前のその心根を逆手に取られぬよう、気を付けることだな」

静かに三成が瞑目すると、狐火が強く燃え上がってその姿を覆い隠し、消えた。その場でひらひらと葉っぱが一枚舞って、川面に落ちるとゆっくりと流れていく。

「…確と、心に留め置きます。三成殿」

そう呟きを残して幸村の姿は闇に溶けた。黙ってその様子を見守っていた兼続は、空を仰ぐ。あと一刻もすれば朝になるだろう。
あの二人は人間との共存よりも、同胞の存続を重んじている。勿論兼続もそうだが、こうも思うのだ。今のようにして双方が平和に暮らしていられる時間が、永劫続けばいいと。
だが三成の言った言葉に異を唱えるつもりはない。そう遠くない先、この共存は崩れてしまうだろう。それまでは。

「人間たちがどう動くか…見定めてからでも遅くはない」

誰にともなく言うと、突風が吹いて森の木々が大きく揺れる。静かだった水面さえも波立たせた風は唐突に止み、その時には兼続の姿もその場から消えていた。



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