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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
7

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「あ…」

声が出なかった。
やっと応えたな、とか。何故今まで返事をしなかったのか、とか。
会ったら言ってやろうと思っていたことは山ほどあったはずなのに、何一つ音になってくれない。
ただ、今自分の顔にかかったのが雨の飛沫ではなく、目の前で噴き出した鮮血だということだけは理解できた。
真ん中で真っ二つに折れた錫杖が、天狗の手を離れて地面に落下し、泥に突き刺さる。がくりと膝を折りながらも、渾身の力で羽扇を顕現させた兼続は霊力を振り絞って水虎を弾き飛ばした。

「うおっ?!」

さすがに驚いた様子の水虎は勢いのまま吹っ飛ばされ、轟音を上げる川に呑まれて姿を消す。
一つ息を吐き出した兼続は、肩越しに政宗を振り返って不敵に笑うとそのまま泥の中にくずおれた。元々白い肌は更に血の気を無くしていて、その体を猛烈な雨が叩く。

「政宗!」

川獺を一掃した慶次が戻ってくると、足元に広がる血だまりを見て絶句した。雨に流され、どんどん広がるそれはどれほどの出血量になるのかもわからない。

「兼、続…?」

震える声をなんとか絞り出した政宗が恐る恐る手を伸ばして肩に触れても、兼続は微動だにしない。焦れた様子で慶次がその体を仰向けにさせると、肩口から脇腹までを抉る深い傷が刻まれていた。肉と内腑が覗くほどの傷からは絶えず鮮血が流れ続けている。かろうじて呼吸はあるようだが、それも相当弱々しい。
咄嗟に政宗は懐から止痛と止血の符を取り出し、傷口に押し当てた。だが溢れる血の量が多すぎるのかあっさり文字が掻き消され、意味を成すのかどうかわからない。

「おい、兼続……、兼続、頼む!起きろ!兼続っ!」

耳元で大声で叫んでも閉ざされた瞼が上がることはなく、政宗に対しては嫌味以外ほとんど紡がない口元も全く動く気配は無かった。
政宗より体格もよく、完全に力の抜けた体は軽くはなかったが、構わず両肩を掴んで揺さぶる。

「兼続!目を開けろ!」

「やめな政宗!」

空気を震わせる一喝に、政宗の肩がびくりと跳ねた。険しい表情の慶次が政宗の腕を掴んでいる。

「動かしちゃいけねえ。傷に障るぜ」

ただでさえ出血量が多いのだ。これ以上は、いくら頑丈な妖といえど命に関わる。彼らは長命だが不死ではない。
その時、川の流れを裂いて再び水虎が姿を現した。鎌を一振りし、低い姿勢で身構える。

「ふざけやがって…!妖なんて使役してたのか」

慶次は一度呼吸を整えてから水虎に矛の先を向けた。雨に打たれ続けて残された体力は多くないが、そんなことも言っていられない。
しかし、水虎に従う川獺たちも散り散りになって辺りを包囲していた。今の政宗は戦えるような状態ではないから、ふたりを守りながらとなるとかなり厳しい。
そう思った途端、頭上に凄まじい妖気が二つ現れた。

「伏せてください!」

鋭い声が響いて、咄嗟に慶次は言われた通りに姿勢を低くした。
政宗の傍らに降り立った鬼から凄まじい炎が迸る。巨大な槍の形を成したそれを鬼の手が掴み、身体ごと遠心力を使って振り回した。
周囲を取り囲んでいた川獺たちが、悲鳴を上げることすらなく一瞬で灰になる。怒りで燃え盛る瞳が川の中の水虎に向けられた。
水虎の背にぞくりと怖気が走る。あの鬼の力は先ほどの天狗よりもかなり強い。顔に浮かぶ炎のような模様が表情に凄みを与え、それだけでかなりの威圧感があった。
だが、見たところ彼は火の性を持つ妖だ。火剋水の法則に則れば、こちらが圧倒的に有利のはず。
勝機を見出して武器を構え直した水虎が飛び掛かろうと身構えた瞬間、ばきん、という音と共に身の丈ほどもある得物が半分からへし折れる。

「あ?!」

驚きに思わず声を上げると、目の前に別の妖が降り立った。金の瞳と目が合ったと思った途端、肩に重い衝撃を受けて背後に吹っ飛ばされる。
反転してすぐさま起き上がった水虎は、乱入した二匹の妖を見比べて眉を顰めた。最初のは鬼で、たった今対峙したのは狐らしい。
そして、水虎は再度驚きに見舞われて目を見開いた。

「佐吉…?!」

「…久しいな、虎之助」

その会話は人間たちには届いていなかったが、幸村にははっきりと聞こえている。
名を呼ばれた水虎は、狐が相手では分が悪いと判断したのか忌々しげに舌打ちすると川獺たちに何事か合図し、そのまま川の中へと消えていく。追うべく駆けだそうとした慶次を、三成が片手で制した。

「やめておけ。あれは貴様には手に余る」

淡々と言われて慶次は思わず狐を睨んだが、対する三成は水虎が去っていった方を見やったまま小揺るぎもしない。
だが巡らせた視線の先には、水虎の姿も川獺の姿も見いだせなかった。

「う、わ…っ」

突然、背後から狼狽した声音が聞こえた。二人が同時に振り向くと、兼続の傍に仁王立ちした幸村が政宗の首に得物の先を向けている。
思わず止めようとする慶次だが、その気配を察したかのように鬼が振り返った。ぎらりと光る瞳は金の煌めきを放ち、それと目が合った途端、本能的な恐怖を感じて足が竦んでその場に踏み留まらせられる。全身を巡る寒気は雨のせいではあるまい。
身軽に跳躍した三成が兼続の傍に膝をつき、口元に手を当てた。微かだが呼吸はある。しかし鼻をつく鉄錆の匂いは濃厚で、油断ならない出血量だということはわかった。
これだけの怪我になると、三成の治癒の力では気休めにもならない。生気の感じられない面差しに手を添え、三成は僅かに唇を噛みしめた。

「……黙って見ていただけか、人の子よ」

普段は穏やかな幸村の声音が、いつになく厳しい。気迫に呑まれ、政宗は短く息を吸い込んだきり何も言い返すことができなかった。
陽炎のように立ち昇る妖気で、鬼の腕に絡む絹がゆらゆらとたなびく。

「式の力は主たる術者の力に比例する。兼続殿は本来の力の十分の一も発揮できない状態だった。主である貴殿ならわかっていたはず。それでも何もしなかったのか?……その結果が、これか」

槍を握る手にぐっと力が籠められた。表情を憎悪に染め、幸村は得物を頭上に振り上げる。

「無力な術者に従ったがゆえに、兼続殿は…っ!」

「幸村!」

今までに聞いたことがないほど鋭い一喝が三成から発された。振り下ろされる寸前だった幸村の腕が、ぴたりと制止する。その腕は小刻みに震えていた。
ぐっと唇を噛みしめ、幸村は射殺しそうな視線で三成を見やる。だが、言霊ひとつで幸村を制した三成の双眸はどこまでも静かなままで。
ぴりぴりと張りつめる緊張感の中、三成は瞑目して静かに言った。

「奴が自分で選んだ結果だ。控えよ」

「しかし!」

「……控えよ、幸村」

あくまで口調は冷静だが、その奥に抑え込んだ激情が見え隠れする。背くことは許さないという強い意志も。
それを悟った幸村は逡巡してから深々と息を吐き出し、漸く得物を収めると無言で兼続を抱き上げた。一度瞬きをすると、顔の模様が消えて怒りで煌めいていた金の瞳が紅に転じる。

「……我々では手に余るかと。先に参ります」

「ああ」

政宗には一度も目をくれず、幸村は兼続を連れて何処かへと消えた。その瞬間体に圧し掛かっていた視えない重圧が掻き消えて、政宗は荒い呼吸をつく。なんだか長いこと息をしていなかったような心地だ。
茫然と幸村を見送った政宗を、三成は冷ややかな目で振り返る。

「幸村の温情に感謝するのだな。あの場で殺されても、貴様に文句を言う資格などなかったぞ」

静かな口調に滲むのは、確かな怒りだ。その証拠に、政宗は威圧されてその場から動けない。ざあざあと降り続く雨と川の音が妙に遠くて、狐の声だけが頭に直接響いているように鮮明に聞こえた。

「……さっきは止めたが、俺は幸村の言に異を唱えるつもりはない。全く同意見だ。というわけで、自分を押し込めて貴様を救ってやったこの俺にも感謝するのだな」

「そ…っ!」

言い返すつもりで開いた口は、何度か開閉して結局閉ざされる。
わかっていた。今の己の力では、三大妖が持つ強大な力を全て操ることはできない。そうなれば、自然と兼続の力は抑圧される。主たる政宗が、強すぎる力に呑み込まれないように。
政宗とて、いざというときの盾にするために兼続を使役に下したかったわけではない。陰陽師として、強い式を持つことには勿論憧れた。だが、それが理由でもない。
三成は狐火を顕現させ、ふわりと中空に浮き上がった。

「伊達政宗、貴様に従うことを決めたのは我等が同胞の意思。あれが一度決めたことを違えることはない」

はっとした政宗が狐を見上げる。三成の声音は静かでありながら、弾劾するような厳しい響きを孕んでいた。

「今の貴様では力不足だ。もっとましな術者になれ。それができぬのならば、兼続を式の任から解放しろ。……兼続のためにも、貴様のためにもな」

政宗の瞳が凍りつくが、その言葉に言い返すことはどうしてもできなかった。
ふと、ばしゃばしゃと水を跳ね上げる音と共に何かが近づいてくる。

「ああ、やっと見つけた」

ほっとした表情を覗かせたのは、斬馬刀を肩に担いだ左近だ。
一歩踏み出したところで、辺りに残る濃厚な妖気の残滓と足元に広がる血だまり、その傍で座り込んでいる政宗と片膝をついている慶次を順繰りに見やり、最後に中空に浮かぶ狐に気付いて目を瞬かせる。

「殿?何故こんなところに…何事ですか」

状況が掴めず首を傾げる左近を横目で見やった三成は、何も言わずにその場から掻き消えた。
だが、耳打ちするかのような距離で小さな声が響く。

「……左近、急ぎ都に戻った方がよいやもしれぬ」

それは確かに三成の声で。
え、と思わず声を上げて視線を巡らせたが、そこには既に狐の姿はなかった。
一度周囲をぐるりと見回してから改めて向き直る。やっと立ちあがった慶次は相当疲労した様子だった。

「どうせならもう少し早く来てもらいたかったんだがねえ」

「こりゃ失礼。誰かさんに馬鹿でかい荷物押し付けられなきゃ、もう少し早く来られたんですが」

非難めいた声音に飄々と返せば、自覚がある慶次はばつが悪そうな顔をしてふいと顔を背けた。
少しばかりの意趣晴らしに成功して満足し、改めて左近が表情を引き締める。

「で、大元の犯人は見つかりましたか」

「ああ、多分な」

ほう、と感嘆の声を上げる左近である。本当に辿り着いていたとは。
どこから話そうかと逡巡している慶次を見やって、話が長くなりそうだと判断した。

「それじゃ、事の顛末は都への道中に聞かせてもらえますかね。狐にも早く戻れと言われましたし」

「戻れだって?」

最後の声はどうやら左近にだけ聞こえていたようで、慶次は胡乱げに眉を顰める。
だがまた水虎が戻ってこないという保証もないし、こんなところで濡れっぱなしでは体を壊してしまう。都へ戻ること自体は大賛成だ。
未だ放心した様子の政宗を見やった慶次は、得物を左近に預けて己よりも一回り小さな体を軽々と背負った。
突然の浮遊感に驚いたのか、政宗が隻眼を見開く。

「な、何じゃ」

「帰るんだよ。ちゃんと掴まってな」

二人分の巨大な武器の重さに苦戦している左近の脇をすり抜け、慶次は足早に都へと足を向けた。

 

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