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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
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ぱちぱちと時折弾けながら燃える炎の音は、耳に心地いい。
仄かな暖かさに眠気を誘発された三成は小さく欠伸をした。腹も膨れたし、実に良い気分だ。
相変わらず雨は降り続いているが、この一帯にだけ障壁を築いて雨を防いでいるので今は地面も乾いている。火にも影響はない。
正面に腰を下ろしている幸村が焚火に木を投げ入れた。その横にはきれいに頭と骨だけ残された魚の残骸が転がっている。
絶対食いきれないと思っていた三成だったが、案外いけるものである。とても美味だった。

「お二人は都に無事帰られたでしょうか」

「この程度の距離なら、そう時間もかからんだろう」

笑みを含ませた声音で応じる兼続は、今は木の上にいてその幹に体を預けてくつろいでいる。片手に持った土器は少し前に空になったまま満たされていない。
天狗の酒は悪酔いしそうなほど強いと聞き、実際兼続自身も酒に弱くはない。こんな状態は珍しかった。
三成が片手で徳利を掲げて見せるが、一つ首を横に振って彼方を見やる。仕方なしに幸村に視線を向けると、こちらはにこりと笑って盃を受けた。
なみなみと酒を注いでやってから、再び視線を上向ける。

「腹の具合でも悪いのか、兼続」

「いや?すこぶる好調だ」

気落ちでもしているのかと思ったが、揶揄に冗談で返すくらいの調子ではあるようだ。
幸村は後ろ手をついて兼続を見上げた。

「では、政宗殿を心配しておられるのですね」

今度は返答がない。
無言の肯定を受けた三成は驚いた。まさか兼続がそこまであの人間を気にかけているとは思っていなかったからだ。
ここのところ兼続の纏う妖気が妙にぴりぴりしているのは、元を正せば政宗が原因だった。だがもしかしたら、そんな短絡的な問題ではなかったのかもしれないと今更ながらに思う。
三成は土器に口をつけてから大仰に溜息をついた。

「突き放すでも従うでもなく、お前は一体何がしたいのだ」

幾度となく繰り返された問い。聞きようによっては残酷にも思えるそれは、日に日に弱まっていく兼続の力を心配した三成の心の現れだ。
友が弱っていく姿など見たくはない。その気持ちは幸村も同じだが、彼は兼続の決めたことに口は出すまいと黙っている。本心は、三成を応援したいくらいだ。
兼続とてわかっている。そして、その気持ちは嬉しい。だが譲れないものもある。

「……、待っているのだ」

ぼそりと零れた呟きは、三成と幸村の耳にもはっきりと届いた。
意図を掴みあぐねて三成は怪訝そうに眉を顰める。どういう意味だと返そうとしたが、その時兼続が突然立ち上がって東の空を見やった。

「兼続殿?」

驚いた様子で幸村が声を上げる。風が巻き起こって兼続の体を包んだかと思うと、その背に二対の黒翼が顕現した。

「少し出る」

返事も聞かず、兼続は火球となって一瞬でその場から飛び去ってしまった。
天狗たちが移動するときの一番早い方法だ。普段、彼はあの方法は滅多に使わない。何かあったのだろうか。
唖然としてそれを見送ってしまった幸村は、頭上からひらひらと落ちてきた羽を手に乗せて立ち上がる。
兼続が消えて行った方角を見やって、肩越しに三成を振り返った。

「三成殿、如何致しますか」

「放っておけ」

「しかし…」

言い募ろうとした幸村はぐっと押し黙る。残された羽からは妖気の残滓がほとんど感じられず、追跡は難しいと判断したからだ。それに、神速で駆けたところであの速度で空を駆ける兼続には追いつけまい。
どちらからともなく、深いため息が零れる。お互いにちらりと相手を見やれば思うところは同じだったようで、顔を見合わせて少し笑った。
先ほどのお返しにと、今度は幸村が跪くような姿勢で三成の土器に酒を注ぐ。

「兼続殿は、実は結構頑固でいらっしゃいますよね」

「実は結構どころか正真正銘根っからの頑固者の石頭だ、あれは」

ぐいっと酒を煽って、三成は緩やかに燃え盛る炎を見るともなしに見つめた。
兼続の意思を尊重してやりたいとも思うが、何となく嫌な予感がするのだ。こういう漠然とした不安を感じているときは、あとになってあああれかと思うことが多くて困る。しかも大半はよくない方向で。先見の明がありすぎるのも考えものだ。
内心で考えを巡らせていると、隣に片膝をついたままの幸村がくすりと笑った気配がした。

「なんだ?」

急にどうしたのかと目を瞬かせるが、幸村は軽く首を横に振って目元を和ませる。

「こうして三成殿と二人きりで盃を交わすことは、あまりなかったなぁと思いまして」

三成は虚をつかれた顔をして、幸村の顔をまじまじと見つめた。
言われて記憶を手繰ってみるが、たしかに記憶にない状況だ。三成はついこの間まで棲家にしている山から出ることはできなかったから、自主的にふたりに会いに行くことは叶わなかった。逆に会いに来てくれるときは、ほぼ必ずふたり揃って訪れてくれていた。ひとりでやって来るのは大体兼続だったと思い出す。
別に彼を邪魔者扱いしたいわけではないが。三成の背中で狐の尾がゆらりと揺れた。
兼続とは七百年ほど前から面識があり、百五十年前に幸村と出会うまではふたりで過ごす時間がとても長かったのだ。勿論、それだけの時間一緒にいれば仲違いも数え切れないくらいしたが、それはお互い言いたいことを言える仲だからこそである。
幸村が仲間になってからは、だいぶその回数も減った。友との仲違いは不本意なので、それはありがたい変化だ。
それは置いておくとして、やはり何度考えても幸村とふたりきりになるという状況はとても珍しいと思った。
勿論、悪くない。だが幸村は、その表情に苦笑を乗せた。

「……たまに、羨ましくなることがあるのです」

伏し目がちになりながら呟く顔は炎に照らされ、少しだけ影が差しているように見える。

「私と出会う前に、御二方は無二の友情を築いておられた。その輪の中に私を加えてくださったことには、心から感謝しています。しかし……五百五十年の溝が、時々とても深く感じてしまう」

たとえこれからの五百年を彼らと共に過ごしたとしても、幸村がこの世に生を受ける前にふたりが過ごした時間と同じ時間は過ごせない。何千年経っても、この差は絶対に埋まらないのだ。
疎外感とは少し違う。ただ、その時間が無性に悔しく、口惜しい。
そう言って笑う幸村の表情は、どことなく寂しそうだった。
三成は少しだけむっとして、徐に腕を伸ばすと幸村の額を指弾し、そのまま頭をぐりぐりと撫でまわした。
首が動くくらい乱暴にかいぐり回されて、慌てて制止しようと手を伸ばす。

「痛った!み、三成殿?」

「言っておくがな、幸村」

じとっとした目で睨むようにすると、幸村は少し怯んだ様子で口を噤んだ。
驚きの色を浮かべる双眸を見据えたまま、三成が口を開く。

「俺はお前を親友だと思っている。無論、兼続もな。お前たち二人の間に、過ごした時間による差異などありはせぬ。それに、百五十年も一緒にいればお前のことだって兼続に引けを取らんくらいよく知っているぞ、俺は。五百年がなんだ、そんなもの瞬き一つではないか。わかったらくだらん心配は金輪際やめろ。……というか、こんなことをわざわざ言わせるな」

幸村の頭を強めに押しやって、三成は腕組みをすると拗ねたように顔を背けた。微妙に頬が染まっているのは酒のせいではあるまい。自分で言ったくせに途中で恥ずかしくなったらしい。
三成にとってはあの閉じ込められていた山という狭い空間が世界の全てで、そこにわざわざ訪れてまで友情を築いてくれた幸村と兼続はかけがえのない存在だった。そのひとりである幸村が、こんなことで悩んでいようとは。
言ってくれれば、ふたりきりだろうが何だろうがいくらでも酒盛りくらい付き合うというのに。彼らに残された時間は、たっぷりある。幸村が感じている溝を埋めてやる時間など、余るほどあるのだ。気遣いができるのは彼の美徳でもあるのだが、もう少し気を許してもらいたいとも思う。
驚いて固まっていた幸村は、少し考えて三成の言葉を一つ一つ反芻する。そうしていたら、ゆっくりと喜びが湧き上がってきた。まさかあの三成の口からこんな言葉を聞けるとは思ってもいなかったからである。
小さなことで嫉妬心を芽生えさせたことが馬鹿馬鹿しくなってしまった。意図せず頬が緩み、そのままにっこりと笑う。

「ありがとうございます、三成殿。嬉しいです」

「ふん」

照れた顔を隠したいのか、三成は小さな狐の姿に変化してしまった。腰を落ち着けた幸村が胡坐をかくと、その足の間に入り込んで居心地のいい場所を探し始める。
この行動も慣れたものだ。別に寝場所くらい提供してやっても減るものでもないので、幸村も好きにさせている。
妖たちには寒暖差というのは大して問題ではないが、冬になると狐の姿を取った三成がとても暖かくて足に乗せていると温石のようになるのだ。それが結構気に入っていたりする。
幸村の含み笑いに気付いたのか、三成が怪訝そうに見上げてきた。

「……何か俺に対して大変に失礼なことを考えていないか、幸村」

「ふふ、秘密です」

秘密ということは考えているのではないか。
責めるように尻尾で幸村の腕を叩くが、勿論大して痛がりもしない。むしろ笑みを深められて終わる。
憮然とした表情で寝る体勢に入ろうとしていた三成だったが、直後目を見開いた。
幸村の足から飛び降りて、警戒を露わに体毛を逆立てる。同時に幸村も気づいたようで、中腰の体勢になると片手に得物を顕現させた。
ふたりが見据えるのは、先ほど兼続が飛んでいった方角の空。

「これは…!」

「三成殿、参りましょう」

途端に障壁が掻き消えて、土砂降りの雨が二人の身体を叩く。燃え盛っていた焚火は白煙を上げて一瞬で掻き消えた。
火種を残すまいと燃え滓を踏んで完全に消火する。狐の身体を片手で掬い上げた幸村は、凄まじい勢いで駆け出した。




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