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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
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降りしきる雨の中、増水した鴨川を眺めやった政宗は一つ息を吐く。被いた衣は多量の雨を吸ってずっしり重くなっていたが、今の気分はそれ以上に重たい気がした。
大事な日に遅刻した罰に謹慎を命じられ、自邸待機を言い渡されたのは今朝のことだった。だが、参内した折に孫市から陰陽師がまた襲撃されたという話を聞いていた政宗が大人しく待機などするわけがない。
そして都の内外を問わず、今回の事件現場となっている水場を片っ端から見て回っているのだが、特におかしなものは見受けられなかった。神経を研ぎ澄まして探ってみても、感じるのは雑鬼たちの微弱な妖気ばかり。犯人と思しき妖が残した痕跡などはどこにもない。ここも無駄足だったようだ。
ちなみに今いる鴨川は、三人目の被害者が出た場所だ。被害に遭ったのは陰陽師ではなく、行きずりの祓い屋だった。噂では二、三日で体力もほぼ回復して、既に仕事に復帰しているという。
今日は朝から雨足が強く、水量の増加も著しい。轟々と唸りを上げながら激しく波打つ川は近寄りすぎると危険なので、今もかなり遠巻きにしている状態だ。
これから巨椋池にも足を運ぼうかと思っていたのだが、今日はやめておいた方がいいかもしれない。あの辺りは氾濫すると一発で水没するのだ。
睨むようにして川面を見つめていた政宗は、呼吸を十ほど数えたところで深々と溜息を零した。

「…次行くか」

荒れる川に背を向け、一歩踏み出す。
瞬間、首筋に何かがちくりと刺さるような感覚がした。
何かがいる。
考えるより早く、咄嗟にその場にしゃがみこんだ。被いていた衣だけが取り残されると、何かが絡みついてそれを素早く川へと引き摺りこんでいく。
背後で水飛沫が上がる音がした。泥が跳ねるのも構わず、素早く身を翻して印を組む。雨に直接叩かれて瞬く間に濡れ鼠になったが、そんなことは気にしていられない。
波打つ水面に、ぼんやりと影が見える。それを視認した途端、再び川から何かが飛び出してきた。まっすぐに向かってくるものを見据え、素早く五芒星を描く。

「封禁!」

破裂音と共に、何かが弾き返される。耳障りな悲鳴が辺りを劈いた。
ぎいぎいと叫びながら政宗に向かって牙を剥くのは、川獺。鋭い爪で何度も空を掻いているが、結界によってそれ以上は近寄ってこられない。

「オンボビバンバダバリバシャリダラ…」

真言を唱え終わる前に、川から更に数匹の川獺が飛び出してきて襲いかかってくる。仕方なく詠唱を中断してその場から飛び退き、何とか躱すことに成功した。
先ほど衣が持って行かれたことを考えれば、今までの事件の犯人はこいつらだと見てほぼ間違いないだろう。なるほど、この素早い動きと不意打ちによって、術者を引きずり込んでいたのか。政宗は何か起こるかもしれないと相当警戒していたからなんとか凌いだものの、油断していたらどうなっていたかわからない。
奇襲に失敗した川獺たちはぐるぐると警戒の唸りを上げながらも、政宗の周囲を取り囲みつつある。一匹一匹は大した力もない妖だが、一斉にかかってこられたら厄介だ。
仕方なくぬかるんだ地面に梵字を書き、印を翳す。

「我が身は我にあらじ、神の御盾を翳すものなり」

文字を中心にして霊力が広がり、障壁を織り成した。川獺たちは甲高い鳴き声を上げながら飛び掛かってくるが、結界はそう簡単には破れない。
顔を上げた政宗は鴨川を睨み付けて神経を尖らせた。
この妖たちは団結して動いている。きっと親玉がいるはずだ。今姿を見せているものたちに妖気の差は感じられないから、おそらく別の場所に強い妖気を持つものがいる。
だが、いくら探っても妖気は感じられない。そういえば川獺が飛び出してくる前もおかしな妖気は感じなかった。

「水に同化しておるのか…!」

盛大に舌打ちしてから手印を組み替える。政宗は見鬼の力はかなり強い。その政宗でも妖の存在を感知できないのは、妖たちが水に同化して完全に妖気を消しているからだ。
だが、こんな雑鬼のような妖たちにそんな大層な力があるわけがない。やはりどこかに、彼らを操っているものがいるのだ。
何度も川獺の体当たりをくらった障壁が大きくたわむ。ぎょっとした政宗が結界を張り直そうとするが、寸前で障壁が砕けて術の反動を喰らった体が盛大に吹っ飛んだ。
歓喜にも聞こえる声を上げて川獺たちが踊りかかってくる。尻餅をついたまま、咄嗟に政宗は腕で顔を覆った。

「形なき弓よ、ちはやぶる神の生弓、放つ生弓よ、妖気を的と為せ!!」

刹那、鋭く響いた真言と同時に霊力が迸り、煽りを受けた妖は跡形もなく消え去った。残った数匹も驚いた様子で辺りを見渡す。かくいう政宗も何が起きたのかわからず、肘をついて上体を何とか起こした。

「政宗、頭下げな!」

びり、と空気を震わせる声に、思わず言うとおりに姿勢を低くする。空気を裂く音がして、頭上を巨大な矛が一閃した。
形勢不利を悟ったのか、残った川獺たちは這う這うの体で川へと引き返していく。軽い水飛沫を上げてその姿が水の中に消えると、辺りには唸りを上げる川の音が響くのみとなった。

「無事ですかい?」

はっとして顔を上げれば、中腰でこちらを見下ろす左近の姿があった。先ほどの邪気払いの術は彼が放ったものらしい。
しかし何故彼は巨大な鮭を二匹も担いでいるのだろう。釣りでもしてきたのだろうか。
政宗に背を向けていた慶次も肩越しに振り返る。

「危なかったねえ。多勢に無勢たぁ卑怯な奴らだ」

差しのべられた手を取って立ち上がり、泥だらけになってしまった狩衣を摘まむ。これは新調するしかなさそうだ。
突然乱入してきた二人が雨の防備を何もしていないのを不思議に思って辺りを見回すと、少し遠くに打ち捨てられた唐傘が無残な姿で転がっているのが見えた。
政宗の頭を見下ろして、慶次は不思議そうに首を傾げる。

「一人でこんなとこで何してんだい。烏帽子も被らねえで…そもそも今は出仕中の時間だと思うが」

「……………まぁ、のっぴきならない事情というやつじゃ」

少し長めの沈黙の後に早口に言うと、慶次は興味も無さそうにふーんとだけ言って辺りを警戒しはじめた。
相手がこの二人なら謹慎中のところを抜け出して近頃の事件について探ってましたと正直に言っても大丈夫だとは思うが、謹慎くらった理由が理由なので黙っておくことにする。

「さっきのは、川獺ですな。何で襲われてたんです?むやみに人間を襲ったりはしないはずだ」

怪訝そうな左近の声を聞いて、政宗はがばっと顔を上げた。質問には答えずに川に意識を集中して印を組む。

「ノウボクアラタンノウ、タラヤアヤサラバラタサタナン」

追跡の術を唱えてみたが、妖たちは最初と同じように水に同化して逃げ去ってしまったようでどこにも妖気の片鱗を掴むことができない。
絶好の機会だったというのになんということだ。結局奴らを操っていた妖の正体も掴めずじまいになってしまった。
政宗は悔しげに歯噛みし、拳をきつく握りしめる。慶次は矛を地面に突き立てて寄り掛かった。

「状況がよくわからねえんだが、説明してもらいたいね」

正直なところ、一刻も早く川に沿ってあの妖たちを探したいくらいだったが、追跡の術も躱されてしまったし二人には助けられた恩もある。話してやるのが筋だろう。
口の中で呪を唱え、雨を避ける結界を張った政宗は嘆息して腕を組んだ。

「ここ最近、術者が襲撃される事件が頻発しておるのは知っておるな?」

「ええ、勿論」

軽く首肯され、政宗も頷き返す。

「ならば話は早い。その原因を調査しておったのじゃ。不可解な事件ゆえな…事件現場を端から当たっていたんじゃが、目に見えた成果はなかった。巨椋池に向かおうとしたところで、奴等に襲われた。多分、今まで術者どもを襲っていたのはあの川獺たちじゃろう」

川を振り返った慶次が何事か考え込む風情で顎に手をやり、喉の奥で唸った。

「雑鬼上がりの川獺風情が団結してまで術者を襲うなんざ、妙だねえ…」

これには二人も同意見だ。
川獺は見鬼の力がそれなりにあるものでないと姿を見ることも難しいくらいの弱々しい存在だ。稀に悪戯をすることもあるが、その内容も夜道を歩く人間の持つ提灯の炎を消したり、人を化かして面白がったり、言葉を操って歩いている人を意味もなく呼び止めるくらいの可愛いもので、実際の被害はほとんどないのである。
どちらかといえば、自分たちの姿を視ることができる人間などそれなりの術者か何かだろうと知っているので、出会い頭に一目散に逃げ去るのが普通だ。それなりに経験値のある術者なら、五匹くらいならまとめてかかってこられても撃退できる。先ほどの政宗のように十数匹も相手取ってしまうとすばしっこいのも相まってさすがに手に余るが。
そんな妖が、あそこまで凶暴化して次々と術者を襲うというのはにわかには信じがたい。
極稀に、普段はおとなしい妖が凶暴化して人を襲うようになる例もある。だが、そういう場合は更なる力を求めて捕えた人間を喰い殺すのが普通だ。今回はそれもない。

「川獺を操ってた大元がいると考えても、逃げられちまいましたし…今のところは、如何ともし難いですな」

そう言って肩を竦めた左近は、ぼろぼろになってしまった傘を拾って嘆息した。急いでいたので咄嗟に傘を放り投げて術を放ったが、こんなに穴だらけになられるとさすがに申し訳ない気分になる。
まぁ、その甲斐あって政宗も無事だったのだからいいことにしよう。傘くらいまた買えばいい。

「で?貴様らこそ何をしておる。釣りの帰りか?」

左近が肩に担いだままの巨大な鮭をちらりと見やりながら問うと、二人は目を瞬かせた。
ああ、と思い出したように肩越しに目を向け、左近は口の端に笑みを乗せる。

「物忌みで暇だったので、ちょっと三大妖に会いにね。これは手土産です」

「何っ?!三大妖?!」

物忌みで暇だったという落ち着いて考えればおかしな発言は華麗に流された。
愕然とした政宗が思わず左近の胸倉を掴んで詰め寄ると、面食らった左近は一歩後退する。

「山城は…天狗は何か言うておらなんだか!奴め、わしの呼びかけにまったく応じぬのじゃ!」

孫市は理由があって返事ができないのではないかとか言っていたが、会った者がいるなら話は早い。何か起きたならそれなりに心配なのだが。
だが、それに応じる慶次は実に軽い調子で。

「天狗なら、鬼と手合せしてたぜ?だいぶ激しかったがね」

「ぴんぴんしておるではいか!!おのれ…!」

ぎりぎりと歯軋りする政宗を見やった慶次と左近は、こっそり顔を見合わせる。
山城が政宗の占の結果を聞いて嘲笑していたことを報告してやってもいいが、これは黙っておいた方がいい気がする。火に油を注ぐどころか噴火させそうだ。
しかし、なんだかんだと言いつつも一応式と主という関係は保っている。山城は何を考えているのだろうか。
油を注ぐ前から爆発しそうな様子の政宗の肩を、左近は軽く叩いた。

「まぁまぁ。とにかく、ここを離れましょう。あんたは妖共に目を付けられたようだ、長居するのは危険です」

彼らがどれほど一人の人間に執着するかはわからないし、最初に標的を決めているのか突発的に動いているのかも不明だが、用心に越したことはないだろう。
一度内裏へ行って、陰陽寮に報告して然るべきだ。が、そこまで考えたところで政宗の思考は停止した。
政宗は今謹慎中の身である。しかも自邸待機を命じられていた。報告しようにも、その状況で出歩いていたことをどう説明するのか。確実に説教をくらうことは火を見るより明らかだ。下手をしたら謹慎期間が延びてしまう。
冗談ではない。せっかく事件の手掛かりになりそうなものに遭遇したというのに、ここで蚊帳の外に放り出されてたまるか。

「…わしは川を辿ってみる。何か掴めるかもしれん」

思いがけない言葉に、都へ向いていた慶次と左近の足もぴたりと止まった。
一人で行くつもりなのだろうか。それはさすがに危険だ。政宗の実力を知らないわけではない二人だが、先ほどのような状況に陥ったらどうするつもりなのか。

「今日はやめといたほうがいいと思うぜ?雨もひでえし」

慶次の言葉に応じるように、雨に濡れてすっかり形が崩れてしまった髪が顔にかかる。
その言葉には本心からの心配が含まれていた。見るからに水嵩の増した鴨川はどう見ても危険である。妖に襲われるよりも、この水量で攫われたらまず助からない。
とはいえそれくらいで引き下がる政宗ではなく、説得する時間も惜しいと判断したのかその場で踵を返して駆けだしてしまう。残された二人は思わず唖然としてその背を見送ってしまった。
行動力は認めるが、あまりに後先考えないのはどうにかならないだろうか。
一つ嘆息した慶次は左近を見やり、ぐっと右手の親指を立ててみせる。

「よし、左近、その魚あんたにくれてやるよ。大事に食いな」

「うん?」

了承の返事も待たず、爽やかな笑みを残した慶次は得物を担ぎ上げると政宗の背を追いかけて木々の合間に消えていってしまった。
数拍置いてから我に返った左近は慌てて手を伸ばす。

「……えっ、ちょっ、待っ、慶っ」

突然のことに動揺したせいか言いたいことが何一つ出てこない。虚しく空を掴んだ手を何度か開閉させ、その場で硬直する左近の全身を土砂降りの雨が叩き続けていた。




 

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