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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
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上がってきた書簡を眺めやりながら、官兵衛の眉間に深い皺が刻まれる。その隣で呑気に丸くなっていた猫がのそりと顔を上げ、難しげな視線を追って文字を覗き込んだ。

『どしたの?官兵衛殿』

「…読んでみろ」

目をぱちりと瞬き、言われた通りに指で示された場所を眺める。どうやら中身は報告書のようだ。
書簡を半分ほど読んだところで、半兵衛はすっと目を細めた。

『また術者襲撃、ね…これでちょうど十人目だったかな?』

二又に分かれた尾がぺしりと書簡を叩く。
十日前から、陰陽師と祓い屋が毎日のように行方不明になる事件が起こっていた。
行方不明になるとは言っても、本当に数刻だけのこと。出仕して、終業時刻に上がったはずの人物が遅くまで邸に戻っていない。どこか遊び歩いているのかと探していたら、雨の中に打ち捨てられるようにして転がっているのだ。その場所は必ず、川や池、沼などの水場である。
怪我などは特になく、ただひどく衰弱しているらしい。更に奇妙なことに、皆一様に桃源郷でも見たかのような夢見心地が抜けないのだそうだ。
不可解な事件ではあるが、陰陽師というのは元々そこまで位の高い官職ではなく、有名な貴族や帝の親族が失踪したとかいうこともないため、今はまだ一部の官吏のみが知っていること。しかし陰陽寮の中ではそれなりに大きな事件になっていた。
いくら無傷とはいえ、何者かに連れ去られて戻ってきたら心ここにあらず状態。これは紛うことなき事件であると申し立てが来ている。
官兵衛とて大事にはしたくないが、どちらにせよこういった神隠しのような案件は陰陽寮の管轄で、事件として扱うにしても陰陽寮が関与することなのだからとっとと自分たちでどうにかしろと言ってやりたい気分だ。

『うーん…』

「何か心当たりがあるのか?」

ぽん、という軽い音と共に、猫又の姿はひとのそれへと変わった。半兵衛は口元に手をやって小難しげに首を傾げる。

「まぁ、水場は妖が多いからねえ。心当たりがないわけじゃないけど、確証も全然ないし」

「ふむ。…ならばこの雨も、何か関わりがあるやもしれぬな」

どうだろうねと返した半兵衛は、官兵衛を見やって右手の人差し指を立てる。

「水場、異形、って言ったら水神とか思い浮かべるかもしれないけど、それだけじゃないからさ。たとえば、水鏡の向こうに異空間を作って、そこに潜む。そうすれば水の性を持たない妖でも水を隠れ蓑にすることは可能なんだ。もしそうだとしたら、雨とは何にも関係ない妖の仕業って可能性も高い。この雨を降らせてる元凶が一連の事件を起こしてるのかもしれないけど、何とも言えないね。目的もいまいち見えないし」

官兵衛は瞑目して唸った。
半兵衛の言う通り、この事件は目的が見えないから厄介なのだ。陰陽師や祓い屋というのは霊力を持った人間なので、彼らが狙って襲撃される場合は大抵、妖たちがその霊力を体ごと喰おうと目論んでいることが多い。強い術者では返り討ちに合う可能性も高いため、力は弱いが霊力は持っているという者が一番狙われやすいのだ。
だが、今回は誰も犠牲になっていない。死ぬどころか怪我一つ負っておらず、陰陽頭の報告では霊力が落ちた形跡もないとのこと。ただ、夢見心地になって帰ってくるだけ。日常生活には支障なく、占を行っても物忌みは長引かず最初に失踪した陰陽師などは三日前に早くも職場に復帰している。
ということは、穢れにも触れていないということなのだろうか。陰陽道は官兵衛も半兵衛も管轄外なので細かいことはよくわからないが。
半兵衛は畳の上に腹這いになって再び書簡を眺める。帽子から覗く獣の耳がぴくぴくとそよいだ。

「まぁ、後者であることを祈っといた方がいいと思うけどねえ。水鏡の奥に異界作れるような妖がいるなんてことになったらそれこそ一大事だよ」

新たな空間を作り出すなどという離れ業は、相当な力を持つ大妖でなければできない所業だ。別の空間への道を繋ぐ、というくらいならば半兵衛や都で一時話題になっていた三大妖程度でも簡単だが、新しく作るというのは全く別次元の話である。
官兵衛は深々と嘆息し、広げられた書簡を丁寧にまとめた。

「一応、秀吉様には言上申し上げることにする。その先の判断は上がなさるだろう」

「あ、官兵衛殿逃げた」

いっけないんだ〜とニヤニヤ笑う半兵衛を睨み、換気のために半開きになっていた蔀戸を閉めようと立ち上がる。空気の入れ換えは大事だが、書類が湿気てしょうがない。
雨足は朝よりもかなり強まってきていた。

「雨、止まないねえ…」

独り言のように零れた半兵衛の呟きは、いつもの笑みを含んだものとは違って妙に真剣味を帯びていて。
そのことに少しばかり不安を覚えながらも、官兵衛は静かに蔀を下ろした。




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「お前はどう思う?」

唐突に投げかけられた言葉に、兼続は首を傾げた。
ひとしきり世間話を終えて、左近たちがそろそろ戻ると言ったら幸村が今の時期なら鮭が遡上しているだろうから手土産にどうかと進言し、揃って近くの川へと出向いて行ったため、残されたふたりはどこへ行くでもなく留まっている。
三成が言っているのは、最後に慶次が言っていた事件のことだ。
都で陰陽師が一時的に神隠しのような状態で失踪し、だがすぐに戻ってくる。今のところ怪我人などはおらず、一部の者にしか知らされていない。

「人間共から霊力を奪うのが目的でないとすれば…何故わざわざ拐すような真似を」

真剣な表情で口元に手をやる三成を見て、兼続はくつくつと肩を揺らして笑った。
何がおかしい、と言いたげに眉を顰めると、笑みを滲ませたままの天狗と目が合う。

「あの人間が心配か?三成」

そう言うと、三成は意表を突かれたような顔をして目を瞬かせた。
兼続の言葉が示しているのは左近のことだ。今まで人間を毛嫌いして一切の興味を持たず、兼続が人里の話を聞かせてやっても「どうでもいいな」と数百年間切り捨て続けてきた三成が、今は都で起きている些細な事件に心を向けている。
事件に巻き込まれた人間は陰陽師だけでなく、霊力を持った祓い屋や退治屋もいたと慶次が言った途端に三成の目の色が変わったので、なんてわかりやすい男なのかと兼続は笑いを堪えていたのだが。
自覚がなかったのか、少し考えてから三成は眉間に皺を寄せてふいと顔を背ける。

「別にそういうわけではない。…何か誤解が起きて、罪もない同胞達が無意味に祓われるのは本意ではないからな。それだけだ」

「そうかそうか。うむ、そうだな」

何やら嬉しそうな様子の兼続を軽く睨んでから、三成は一つ咳払いをした。
兼続の手に羽扇が顕現し、横に一閃するとその体を取り巻くようにして緩やかな風が起こる。三成の目線と同じ高さになるくらいの位置で浮遊した兼続は、腰かけるものでもあるかのような姿勢をとって片膝を立て、ゆったりと後ろに凭れ掛かった。上体がそれ以上倒れることはない。

「まぁ、怪我人が無いというなら心配することもなかろう。被害がなければ人は動かぬ。…だが霊力を持った人間が狙われているのに喰われていないというのは解せぬな」

秀麗な面差しに険を滲ませ、三成も頷く。妖異の仕業にしては稚拙だし、雑鬼の仕業にしては大仰なのが不思議なところだ。意図もわからない。
霊力を奪うでも腹いせに殺すでもなく、連れ去る目的は何なのだろう。まるで味見でもしているかのようだ。

「お前の飼い主は何も言っていないのか?」

「その言い方はよせ」

途端に、兼続の表情が不機嫌なものになった。
都を去ってからも、時々脳裏には政宗の声が聞こえている。だがそれは本当に小さくて、水の中で陸上の音を聞こうとしているかのようにぼんやりしているのだ。
理由は簡単。政宗と兼続の霊力の均衡が取れておらず、繋がりが弱いためだ。要は兼続の霊力が強すぎて、政宗の器に収まりきっていないのである。この状況では、応えたところで政宗には届かないだろうと無視し続けている。
ふた月前のように、限界ぎりぎりのところまで追い詰められれば違うのかもしれない。火事場の馬鹿力というか、人間というのは切羽詰まれば詰まるほど実力以上の力を発揮する生き物だ。黄泉の瘴穴を塞ぐために尽力した政宗の思いはとても強いもので、だからこそ兼続も存分に力を奮うことができたし、力を貸してやることもできた。
だが今は両手足に鎖でも繋がれたかのように体が重いし、霊力もかなり抑圧されている。ただでさえ陽の気が減って力が弱まっているというのに散々なのだ。
しかも三成はなんだかんだで兼続が人間の麾下に下ったことを快く思ってはいないので、この話になると何となく刺々しい。お互いに苛々が溜まる一方なので、意識的にあまり話題にはしていなかったのだが。

「内包する霊力の量は確かなのだろう?その力を扱いきれぬとなれば、格好の餌になりそうなものだがな」

「たしかに、心配ですね」

唐突に響いた声に、ふたりが顔を巡らせる。立派に肥えた鮭を肩に担いだ幸村がこちらに歩み寄ってきていた。
一時的にぴりぴりと張りつめていた空気が和らぐ。狐の尾がひょんと揺れた。

「おかえり、幸村。あの二人はどうした?」

「森を出るところまでご一緒して、見送って参りました」

こちらは今晩酒の肴にでも、と鮭を掲げて笑って見せる幸村だが、どう見ても酒の肴に食いきれる量ではないことに気付いているだろうか、彼は。
好意を無下にするのも無粋なので勿論言わないが。
三成と兼続の顔を交互に見やって、幸村は首を傾げる。

「気がかりなら、都まで足を伸ばして様子を探りますか?お供しますよ」

「…いや、そこまではしなくてもよかろう」

少なくとも政宗も左近も只人ではないし、それなりに実力があることはわかっている。無抵抗のまま被害に遭ったりはしないだろう。それに、何の手がかりもないまま出向いたところでこちらが無駄足を踏んで終わるのはわかりきったことだ。
それに、いくら都の人間と少し交流を持つようになったとはいえ人間たちの安寧を三大妖が守ってやらなければならない義理はないのである。

「俺たちは、何かわかったことがあれば知らせてやる程度で十分だ」

幸村は少しだけ何か言いたそうな顔をしたが、それ以上食い下がることはせずに静かに頷いた。





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あきゅろす。
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