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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
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今日の雨は、いっそうひどい。
ぶわりと巻き起こった風に地面が抉られ、雨のせいで弛んだ土が泥飛沫となって跳ね上がる。顔面に飛んできたそれを、三成は大岩に腰を下ろしたままひょいと躱して眉を顰めた。
先ほど見つけた蓮の葉を傘にしているため雨は防いでいるが、横からの飛沫はどうしようもない。しかも泥で汚れるとなれば最悪だ。
そんなことを思いながら上を見上げると、幸村が槍を構え直して兼続に突進するところだった。槍の一閃を錫杖で受け止めたかに見えた兼続だが、一瞬目を見開くと勢いに押されて得物を弾かれ、そのまま凄まじい勢いで地面に墜落する。盛大な音と泥の飛沫が上がった。
鈍い音を立てて錫杖が地面に転がる。

「も、申し訳ありません兼続殿!」

着地した幸村は大慌てで落下地点に駆け寄った。妖気を纏ったその全身は雨滴を弾いていて、この土砂降りの中でも全く濡れていない。
呻きながら起き上がる兼続の白い着物は、泥で汚れて悲惨なことになっている。強打したらしい腰を擦りながらも差し出された手に縋って立ち上がり、己の手に付いた泥を払った。
不安げに眉尻を下げた幸村がおろおろと着物の汚れを払おうとする。だが泥汚れは手で払ったぐらいで落ちるものではない。

「大丈夫ですか…?」

「ああ。大事無い」

どう見ても大事あるだろうと思った三成だが、敢えて突っ込まないことにした。
最近、兼続の霊力と体力は目に見えて弱まっているのだ。雨続きで天照大神の力が地上に届いていないことも一因だが、それだけではない。
式となった妖の力は、主である人間の力に比例する。半ば無理矢理とはいえ兼続は陰陽師に下った。彼の主たる政宗が、持ちうる力を完全に操って制御できるようにならなければ、兼続も本来の力を発揮することはできないのである。
以前は幸村と手合せすればほぼ拮抗していたのだ。しかし今回に関してはぎりぎりの差とかではなく、完膚なきまでに叩きのめされている。
というのも。

「お前はまだ力有り余ってるのか…」

「はい!」

満面の笑みで明るく答える幸村は、あれだけ戦った後だというのにかなりの余力を残している。火の性を持つ彼は本来ならばこの雨で力が弱まってもおかしくはないのだが、今は朔日が近い。朔日は鬼の妖気が強まる日であるため、最近は力を持て余し気味だ。
三大妖が都での騒ぎに巻き込まれてからおよそふた月。幸村の協力もあって内裏再建も早々に終了し、元の居場所に戻った三匹にもようやく元通りの日常が訪れたところである。
暇を持て余した三成と兼続が幸村を訪ねたところ、何故か敵もいないのに一人で全力で槍を振り回している場面に出くわしてしまい、事情を聞いてみたら朔日が近づいたら力が余ってどうしようもないと打ち明けられたため、兼続が相手を申し出て現在に至る。
ちなみに三成の妖力は朔日に弱まって満月に強くなる。雨の影響はどちらかといえば良い方向に働くので、現状は果てしなく通常運転といったところだ。
不意に、元々薄暗かった視界に更に影が差した。

「こんなとこにいたんですか」

低く落ち着いた声音が投げかけられる。おや、と目を瞬かせた三成が顔を上げると、笑みを浮かべて唐傘を差し掛ける左近と目が合った。隣には慶次の姿もある。
慶次は相変わらず派手な衣装に身を包んでいるが、左近は武装しておらず着流しに羽織を引っかけただけの服装だ。

「随分激しい手合せだねえ。さすがは三大妖」

快活な笑声が聞こえたのか、幸村と兼続も何事かと視線を巡らせる。その姿を視界に捉えると、幸村の目があからさまに輝いた。
ぺこりと頭を下げる鬼に、慶次はてらいもなく歩み寄っていく。三成はそれまで傘代わりにしていた蓮の葉を放り投げて改めて左近を見やった。

「よくここがわかったな」

「あんだけでかい妖気がぶつかってりゃ誰でもわかりますって。傘もなしじゃ風邪ひきますよ?」

「ふん、貴様ら人間とは体のつくりが違うのだよ」

唇を尖らせてそっぽを向くが、背中で揺れている尻尾が見事に表情を裏切ってしまっている。
毎回思うが、実に素直に感情を伝えてしまっていることには自覚がないのだろうか。
吹き出しそうになるのを堪えつつ手土産に持ってきた袋を差し出した。不思議そうな顔をされたので、干し杏ですよ、と伝えると興味深そうに中を漁り始める。

「今日、たまたま慶次殿と物忌みが被りましてね。ご無沙汰でしたし、会いに来ちゃいました」

「このような悪天候時に出歩くなど物好きなことだな」

憎まれ口を叩きながらも干し杏を口に運ぶと、もごもごと頬張る。干し桃と迷ったのだが、桃は破邪退魔の力を持つ果実なので杏にしたのだ。
手が止まらないところを見ると気に入ったらしい。
ひと月前。内裏の再建が終わり、幸村が内裏を引き上げたのと同時に三成と兼続も内裏を去った。最初出くわしたときはそれはそれは驚いたものだったが、孫市も呼んで六人で酒盛りをしたりとそれなりに楽しく過ごしていたので、いなくなってしまうとなんとなく物足りない気分だった。ちなみにその時幸村が、政宗は誘わなくていいのかとずっと心配していたのだが、兼続が拒否したのと陰陽師は職業上基本的に酒は飲まないということで声をかけなかったのだ。
そんなことを考えていたのは慶次も同じだったようで、軽く誘ってみたら軽く了承されたため二人で出向いてきたわけである。
ちなみに左近は、あの事件以来は秀吉の元で軍属の退治屋として動いている。ふらふらしていると気は楽なのだが、何しろ待遇がいいので少し生活を潤すにはちょうどよかった。
そして、参内していれば必ず突き当たる物忌みというものに今回当てはまったのだ。本来、「邸に籠もって精進潔斎する」のが目的なのだが、二人にとっては都合の良い休みの言い訳にぴったりだった。
孫市も一応誘ったら「俺今日物忌みじゃねーよ!」と書簡を投げつけられたので華麗に躱し、都を出てきたのが二刻前の話。今頃、宿直を終えた孫市は帰路についているか邸に戻って爆睡しているだろう。

「変わりないか?左近」

「おかげさまでね。三成さんも元気そうで」

三成は人差し指と親指で作った円に干し杏を乗せ、軽く弾く。左近は目の前に飛んできたそれを口で受け取って頬張った。仄かな甘味が広がる。なかなか美味だ。
暫く何か言葉を交わしていたらしい慶次たちもこちらへ戻ってくる。兼続は泥で汚れてしまった髪を解いて、手拭でわしわしと拭っていた。
だが降り続く雨は全く止む気配はなく、兼続の髪を濡らし続けている。空を仰いだ幸村が、徐に槍の柄でぬかるんだ地面に何やら文字を書くと、暖かい風が吹き抜けて五人の周囲を不可視の壁が取り囲んだ。
雨滴が弾かれて落ちてこなくなったので、左近と慶次は傘を畳むと感心した風情で頷く。

「便利なもんだなぁ。助かるぜ」

「こうも雨続きでは、人間たちは気が滅入ってしまうのではありませんか?」

「まぁな」

水を含んでしまったせいか、獅子の鬣のような慶次の髪も少し乱れている。
頭を振った兼続は一つ嘆息し、烏に変化すると幸村の頭に降り立って羽を繕い始めた。

「そうそう、この雨のことちょっと聞こうと思ってたんです」

ぽんと手を打った左近が切り出すと、四対の視線が同時に動く。

「もうすぐ冬に入ろうかって時期に、ひと月も止まない雨ってのはさすがにおかしい。今までは霧雨みたいなもんでしたけど、今日みたいな降り方で続かれたらそろそろ川が氾濫しちまいますよ」

左近の言葉に応じるかのように、雨が少しだけ勢いを増す。言外の何か事情を知らないかという問いに、妖達は顔を見合わせた。
彼らの中に水の性を持つものはいない。であれば、水神に通ずるでもなければ空の動きを知る術は全くなかった。
妖たちと人間では時間の流れの感覚が違うので、ひと月などという時間は妖からすれば瞬きよりも短いくらいだ。だからそこまで心配はしていなかったのだが、そうか、人の子からすればひと月というのは結構長い時間なのか。
毛づくろいをやめた烏から怪訝そうな声が発される。

「陰陽師共は何をしているのだ?占なり雨止めなり、いくらでもやりようはあるだろう」

「雨止めの儀式は今日やるって話だったな。占には特に異常はねえらしい」

妖たちの表情は更に不思議そうなものに変わった。
この状況で異常はない、というのはおかしい。少しは何かあるはずだろう。
苦笑した左近が腕を組んだ。

「陰陽寮の占術の目的は、基本的には帝やその周囲に害を及ぼすものが存在するかどうかっていう点に絞られてくるんです。何か出たところで、それが帝に関係ないものだったら余計な混乱を避けるために「異常なし」って言われることも多いんですよ」

「なんだ、それは」

呆れた様子の三成は膝に肘を乗せて頬杖をついた。
人間たちが天照大神の末裔たる帝に奉仕しているというのは、ひと月前に内裏での様子を見て知った。内裏というのは国の為、ひいては帝のために存在する。陰陽寮とて勿論そうなのだろう。しかし、あまりに非合理的な話ではないか。占の結果を公表してさっさと解決策を講じてしまえば良いものを。
表情には出さずとも、四人とも三成の意見には大いに賛同だ。だがそれに対してここで文句を言っても仕方のないことである。

「政宗は個人的に占もやってみたとか言ってたがねえ」

なんだったか、と額に手を当てた慶次は少し考え込んでから顔を上げた。

「探し物がどうとか言ってたな。曖昧な結果しか出なくてよくわからねえらしい」

「ふん、山犬らしい無様な結果だ」

尊大に言い捨て、兼続は再び毛繕いをし始めた。ちらりと頭上に視線を動かした幸村は苦笑して肩を揺らす。

「政宗殿は将来有望な陰陽師です。占の結果にも、きっと何か意味があるのでしょう。探し物…でしたか。心に留め置いても損はないと思いますよ、兼続殿」

「どうだかな。ただの見間違いかもしれんぞ」

にべもないとはまさにこのことである。三成はやれやれと肩を竦めた。妙な意地を張っているようだが、それでは双方とも損をするばかりだと気づいているのだろうか、こいつは。それでも見捨てる気はないようだし、時々兼続の考えていることはわからない。
不意に脳裏に三味線の音が響いたような気がした。ついでに、今朝方遭遇した蛟の姿がよぎる。
あ、という気のない声が上がり、左近は視線を斜め下に動かした。

「どうしました?」

「いや、そういえば今朝元親が訪ねてきたのだったと思ってな」

「元親?」

慶次と左近の頭上に疑問符が浮かんでいるのを見て、幸村が補足する。

「三成殿のご友人の蛟ですよ。水神の眷属です」

「待て幸村、勝手にあれを俺の友人にするな」

びしっと指を差され、幸村は首を傾げた。友達ではなかったのか。
一つ咳払いをした三成が腕組みをして続ける。

「妙だと言っていた。意にそぐわぬ雨とかなんとか。要は忠告しに来たらしいが、俺にもよくわからん」

「随分と曖昧な言い方をする御仁ですねえ」

「これでも実際よりは十倍くらいわかりやすく言ったつもりだ」

何しろ彼の言動は大変に本意がわかりにくい。だが直訳すればこういうことだろう。
それでも、たまたま都から左近たちが訪ねてくる頃合いを見計らったかのように突然現れたということは、何か伝えたかったのだろう。もしかしたら左近たちの物忌みも元親が仕向けたのかもしれないが、そこまでするなら端的かつ丁寧に用件を伝えればいいではないかと思わないでもない。
ついでに呼び出し方法も聞いておけばよかった。今更だが。
皆思うところがあるのか、暫く沈黙が続く。少し悩みながらも、慶次がその沈黙を破った。

「それと、雨とは別件で最近都でちょっとした騒動が起きてるんだがね…」

 

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