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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
19




――……に……揺………魂……

突然都中に広がった瘴気と、内裏を包んだ妖気は只人たちをも恐慌状態に陥れた。
悲鳴を上げた女房たちが青ざめて気を失う。部屋を飛び出して、目の前で倒れかかった痩身を咄嗟に支えた家康は背後を振り返った。

「忠勝、帝を頼む!」

「はっ!」

鋭く返し、一礼した忠勝が右近衛府の衛士を伴って清涼殿の方へと消えていく。
その場に残った家康は辺りを見回した。恐怖のあまりに失神しているのは女だけではない。妖と対峙する力を持たない者からしてみれば、この状況は相当な恐怖だ。
不意に、内裏を満たす妖気が身に覚えのあるものだと気づく。
これは、あの鬼の。

――地に……歌…ら…、……鎖……囚…る…

ぞわりと背筋を怖気が駆け上がる。どこからともなく聴こえる、歌うような声。おぼろげだったそれはどんどん音の輪郭を持って、近づいてくる。それに伴って、涼やかに響く鈴の音も。
安心するようで、どこまでも深く昏い。そんな音色が優しく響く。

――聞…召………せ、誘……歌…

咄嗟に懐に忍ばせていた形代に手を伸ばす。
配下の忍である半蔵が、護身用にと置いて行ったものだ。使うことはあるまいと思っていたのだが。
清涼殿に背を向けて、中庭に向けて形代を放り投げた。

――見つけた……!

きゃらきゃらと耳障りな笑声がうるさいほど響いてくる。池に張った水が不自然に波立ち、どこからともなく現れた餓鬼たちが形代へと飛び付いた。





突然自分たちを守るように織り成された結界に驚いたのか、三成の頭上で耳がぴくりとそよいだ。

「慶次!左近!」

羅生門の外から響いた声に三人が振り返る。政宗を肩に担いだ孫市が息せき切って駆けてくるのが見えた。その政宗の右手が印を結んでいる。この結界は彼のものか。
驚いた様子で慶次が目を瞬かせる。

「あんたらも抜け出してたのか?」

呆れたような呟きが零れた。検非違使は一体何をしていたのだろう。誰も見咎めなかったのか。
やっと都に帰り着いた孫市は担いでいた小柄な体を放り出すが、身軽に体勢を立て直した政宗は危なげなく着地する。都を覆う瘴気を見て、その表情が愕然としたものに変わった。

「これは一体どういうことじゃ!何が起こっておる?!」

問い質そうとしたところで、人影が一つ多いことに気付く。大柄な二人の隣に、小柄なのが一つ。
視線を移した政宗と孫市は、目を瞬かせて三成の姿を上から下までまじまじと眺めた。一見すると人間だが、見慣れない狩衣と装飾、何より頭に生えている獣の耳と背中で揺れる尾が、彼が異形のものであると雄弁に語っている。
三成は何かに気付いた様子で口元に手をやった。

「……兼続の奴、こんな子どもに後れを取ったのか?情けない」

聞き覚えのある名前がその口から零れたため、政宗は瞠目した。
天狗と対峙したのは、つい先ほどの話。あの場には己と孫市と兼続の三人しかいなかったはずだが、何故この男がそんなことを知っているのか。まるで見ていたかのようだ。
警戒を強める二人に、面倒なことになる前にと慶次と左近が間に割って入る。

「俺もよくわからねえんだが、こちらの御仁が佐和山の化け狐なんだそうだ」

「詳しいことは以下省略」

「何じゃと?!」

案の定というか予想通りの反応を見せてくれた政宗だ。先ほどのやり取りを丸々再現するつもりはないので、事情はいずれ左近から詳しく聞こうではないかということでとりなそうとする。
が、ぽかんと口を開けたまま話を聞いていた孫市が突然左近に喰ってかかった。

「おい!話が違うじゃねえか!狐って美女じゃねえのかよ?!男だろこれ!」

そこか。
予想外のことに一瞬言葉を詰まらせた左近だったが、飄々として肩を竦める。

「美人だとは言いましたけど、女性だとは一言も言ってませんよ」

「あんな言い方されたら絶世の美女だったと思うだろーが!俺の期待を返せ!」

背後からびきりと何かが切れる音がした気がして、左近はひっと息を呑んだ。慌てて発言を撤回させようとしたが、少し遅い。頭上に暗雲を立ち込めさせた三成の手が素早く伸びてきて、喚く孫市の顎をがっしり掴む。
そのまま持ち上げられて孫市の顔が青ざめた。細い腕を引き剥がそうとするが、がっちりと食い込んだ指はびくともしない。顔を引き攣らせた政宗はそっと後退して慶次の影に隠れた。
据わった目で孫市を睨み付けた三成の額に青筋が浮かんでいる。慌てて左近がその肩を掴んだ。

「三成さんちょっと待って落ち着いて!」

「おい左近……何なのだこの男は。喧嘩売ってるのか?殺されたいのか?ん?」

「気持ちはわかりますけど今はそんなことしてる場合じゃないでしょう!」

舌打ちした三成は、渋々といった風情で孫市を解放した。蹲るその背中を労わるように慶次が手を添える。
鬱憤は晴れていない様子だが今はそれ以上に優先すべきことがあるのだ。周りでは狐の放つ妖気に怯えていたはずの餓鬼たちが再び集まりつつある。さきほど内裏に降り立った妖気は、間違いなく幸村のもの。その力を浴びれば餓鬼たちの力は増していく。
嘆息した慶次が姿勢を戻して得物を肩に担いだ。

「で、力を貸すのはいいが…俺達は何をすればいいんだい」

「瘴穴を閉じねばならん。黄泉への道を閉ざしてしまえば少しは時間が稼げよう。このままでは餓鬼共も無限に再生するしな」

三成の言葉が終わるや否や、先ほど狐火によって燃やし尽くされたはずの灰がぼこりと音を立てて盛り上がった。時間が経つごとに彼らの瘴気が膨れ上がっているのがわかる。
ちらりと周りを見やり、慶次は肩を揺らして笑った。

「んじゃ、俺は内裏行っておっかねぇ鬼の足止めでもしてくるとしようかぁ!」

軽い調子でとんでもない大言を吐く慶次にその場の全員が瞠目する。
都の守護をここまで弱らせる瘴気と餓鬼たちの上に君臨する妖。対峙せずともその力を推し量ることは容易い。それを一人で相手取るなど、普通の神経では考えられない。死ぬ気かと言われても当然だ。
しかし、当の本人は肩越しに振り返って悪戯っぽく片目を瞑る。

「時間稼ぎは必要だろう?それに、勝負が途中だったんでな」

その表情は僅かに緊張を滲ませながらも、どこか楽しそうで。
つい一日前に返り討ちを喰らったことを忘れたのかと思わないでもなかったが、こういうときの慶次は止めても絶対聞かない。
いつの間にか復活していた孫市が呆れた様子で肩を竦め、ぽんと政宗の肩を叩く。

「んじゃ、瘴穴とやらはお前に任せるしかねえな」

「何?!」

突然振られた政宗は思わず声を上げたが、三成以外の三人は当たり前だろうという顔をしている。反論しようとした勢いは見事に削がれた。

「瘴穴ってのはつまり黄泉への入口みてえなもんだろ?彼岸に干渉できんのは陰陽師だけだぜ。お前以外に誰がやるんだよ」

至極まっとうなことを言われ、ぐっと押し黙る。
退治屋や祓い屋の領分は、境界のこちら側。人間の生きる世界を脅かす妖共を退けるのが彼らの仕事だ。
だが、陰陽師は違う。神や妖たちの世界に交わり、時にはその力を借りて人々の安寧を守ることが陰陽師の存在意義。また、境界の向こう側に片足を踏み入れて、戻ってくることができる稀有な存在でもある。
それは勿論、修行を積んだ陰陽師であればの話だ。力に魅せられて魔怪に堕ちる者も稀にいる。そうなってしまった者は下法師や鬼と呼ばれ、人々からは異形に同じと見なされるのだ。
端的に言えば孫市はその危険を政宗に侵せと言っている。勿論、その力を見込んでそんなことにはならないと信じた上で。
先ほど天狗と対峙した時に、政宗の本気を垣間見た。そして、信ずるに値すると思った。それだけで十分だ。
真剣な眼差しを向けられた政宗はというと、覚悟が決まらず思わず視線を泳がせた。少しは霊力が回復したとはいえ万全とは言い難いし、まだそんな高度な術を扱うほどの修行は積んでいない。こういうことは、陰陽頭や博士、もしくは寮全体で行うのが普通なのだ。それを一人でやれとは。
煮え切らない態度に焦れた様子で舌打ちした三成が歩み寄り、目線を合わせると声を低める。

「どんな形にせよ、あの兼続を屈服させたのならば貴様はそれなりの術者だ。力が足りぬと思ったら式を呼べ。思いが本物ならば必ず聞こえる」

『お前が真に願えば声は届く。覚えておけ』

その声に、去り際に天狗が放った言葉が重なってはっとした。
一人前の力を付けたら式に下ってやると、彼は言った。具体的に何が足りないのかはわからない。だが、まだ使役にはならないと宣言しておきながら、わざわざあんなことを言い残したその真意は。
何も言いはしなかったが、毅然と顔を上げた政宗の表情を見て三成が一つ頷いた。

「では俺が餓鬼共を引き付けておこう。貴様らはとっとと内裏とやらへ行け」

言うが早いか、拍手の音が響き渡る。呼応するようにして三成の全身から凄まじい霊力が迸った。
餓鬼たちの顔色が変わり、一斉に狐に視線が集まる。餓えたものは、より大きな力を求めるのだ。歓喜して襲いかかってくる餓鬼を一瞥し、徐に翳した手から狐火が放たれる。鬼の囲いを破った炎が蛇のように蠢きながら一直線に進み、朱雀大路に内裏への道を作り出した。
すぐさま三人が駆け出す。その背を見送っていた三成は、背後に迫っていた餓鬼に気付くのが一瞬遅れた。
ぐわりと開いたあぎとから発される唸りに振り返ると、すぐ目の前に鋭い牙がある。瞠目した三成の目の前で、その胴体が真っ二つに裂けた。
思わず目を瞬かせていると、崩れ落ちる鬼の体の向こうで口の端を吊り上げる左近と目が合った。
困惑気味の視線を受けた左近は刀を振って瘴気を払い、三成に背中を向けて上段に構えた。

「前だけ向いて。後ろは俺が守らせてもらいますよ」

背を合わせて立ち、なんとなくつられて身構えてしまった三成は肩越しに非難めいた目を後ろに向ける。

「俺一人で十分だ。今の餓鬼とて、別に助けてもらわずとも…」

「さすがに多勢に無勢でしょう。あんたの強さは身に染みてわかってますがね、なんとなく放っとけないっていうか。まぁ拒否られても勝手に守ってますから、お気になさらず」

最後の方の言葉にかぶるようにして耳障りな絶叫が響く。再び襲いかかってきた餓鬼に、左近が手に持っていた刀を一閃したのだ。その柄にはいつも用いている数珠が巻き付いていて、これを媒体にして刀そのものに霊力を持たせている。こうすれば適当に衛士から借りた普通の刀でも対妖の武器としての役割を果たすことができるのだ。
迫ってくる餓鬼たちを狐火で阻みながら、三成はそっぽを向いた。

「物好きな人間もいたものだな…」

背中で獣の尾がゆっくりと左右に揺れる。指摘すると絶対怒るなと思い、左近はなんとか笑いを噛み殺して改めて異形たちと向き合った。



****




何かを殴ったときの鈍い音と、肉が千切れ飛ぶ嫌な音が辺りに響いている。普段ならば辺りに涼やかな音を響き渡らせるはずの錫杖の遊環は餓鬼たちの肉片や飛沫で汚れ、力なく上下に揺れてはじゃらじゃらと鈍い音を鳴らしていた。
均衡を崩し、兼続は地面に降り立つと片膝をつく。未だ自由にならない右の翼がぎしりと軋んだ。
できるだけ瘴穴からの流出を防いではいるものの、大元が存在している以上は一度顕現してしまった餓鬼たちが再生し続ける。少しずつ数を増やすそれらにさすがに疲労も濃くなってきた。

「早くなんとかしろ、三成…!」

恨みがましくここにはいない友の名を呼び、気力を奮い立たせる。苛立った様子で顔を拭うと、飛び散っていた飛沫が伸びてその顔を汚した。
三大妖の中で、陽の気を持つのは兼続のみ。黄泉の世界は陰の気が強い。その中にいるためか、普段通りの力を全く奮いきれていなかった。先ほどから呼吸を整えようとしているのだが、辺りを満たす空気までもが瘴気を帯びているためそのたびに力が削がれている。
そう考えればここに残るのは三成が妥当だっただろう。同じ気を持つ彼ならば、瘴気と同じだけ妖気も増しているはずだ。
しかし、そんなことを今更思っても仕方がない。あのときは幸村を止めなければという思いで頭が一杯で考えもしなかったし、兼続もそうだった。そこに関して責める気はない。
とはいえ、このままでは長くは持たない。妖は不死ではない上、疲れを知らないわけでもないのだ。
上半身だけになりながらも襲いかかってくる餓鬼の頭を振り向きざまに叩き潰し、上空を見上げる。多少は無理をしてでも止めておかなければならないが、瘴穴を閉じる術など兼続は知らない。
ふと脳裏に小柄な陰陽師の姿が浮かんだ。彼であればあるいは、その術を知っているだろうか。
咄嗟にそんなことを考えてしまった己を自嘲して、兼続は笑みを浮かべた。そんな術があったとして、あれでは確実に役不足だ。陰陽術を駆使するのに必要なのは霊力だけではない。知識や経験が伴わない術の行使はただの危険行為だ。
一度頭を振って深呼吸し、錫杖を構え直して再び中空へと舞い戻った。


 


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