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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
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『…ふむ、久しぶりに強烈なのが出たね』

「如何いたしましょうか、お館様」

島から少し離れた岩場で一部始終を見守っていた幸村がどこへともなく問いかける。信玄は今、黄泉にありながらにして幸村の目を通して人界の様子を視ているはずだった。
木花咲耶姫を探している途中で、信玄から少し気になるから安芸灘へ行ってもらえないかと頼まれたのだ。勿論幸村が断る理由はなく、承諾して来てみればこの有様である。桜云々など、とうに頭から吹っ飛んでいた。
あれはもはや、人魂ではない。怨嗟と怨念の成れの果て――悪霊だ。いくら都から遠い場所といえど、人界にいながら悪霊化に気付かなかったのは幸村の落ち度だ。こうなってしまうと、十王の裁量を飛ばして地獄に直接連れていくことになる。
だが、今の様子ではそれも難しい。元就のおかげで一旦は引いたようだが、悪霊本体の実像がまだ見えていない。勿論元就もそれはわかっているだろう。こちらの面目を守る為に深追いはしないことにしてくれたようだ。

『力尽くでもいいが、あんまり好まん方法じゃの。幸村、なんとかできそうか?』

「ご命令とあらば、如何様にも。失態への罰も甘んじて受ける所存にございます」

『…おこと、安芸まで行動範囲に入れておったのかね?此度の件は餓鬼たちが気づかねばならなかったことだよ。おことに非はない』

「しかし……」

言い募ろうとした瞬間にこの場にいないはずの信玄の視線を感じ、口を噤んだ。そうだ、過ぎてしまったことを悔やんでも仕方がない。これからのことを考えなくては。
今日の安芸の灘の海は穏やかで、空も青く澄み渡っている。先ほどまでの不穏な様相などどこへやらと思ってしまいそうだ。しかし、元就の神気を浴びても浄化されなかったほどの念が、今もどこかで燻っているはずである。
なんとしても見つけて、地獄へ送らねば鬼の面目が立たない。幸村の覚悟を察したらしい信玄が軽く笑声を上げた。

『じゃ、任せるとしようかね。後のことは頼む』

「承知いたしました」

その場にいない相手に向かって一礼すると、信玄の気配が遠のいた。
が、次の瞬間嫌な気配を感じて眉間に皺を寄せる。

「……?」

やけに静かだ。妙に波が凪いでいて、海のど真ん中にいるというのにほとんど潮騒が聞こえない。
いつからこんなに静かだったのだろう。つい先ほどまで違和感は感じなかったのだが。
素早く視線を辺りに巡らせる。おかしなところは何もない。――見てくれだけは。
立ち上がろうと膝に力を込めた刹那、周囲で突如湧き出した瘴気が渦となって天を衝いた。

「なっ?!」

大きく上がった水飛沫が雨のように降り注ぎ、あっという間に全方位が瘴気に覆い尽される。今幸村がいるのは海面に突き出した岩の上だ。岸からはかなり距離がある。跳躍すれば届くだろうが、この濃厚な瘴気の渦に飛び込むのはいくら妖といえど正気の沙汰ではない。
唯一の突破口だった上空で、渦を巻いた瘴気が竜巻の形を取り、細い切っ先が真っ直ぐにこちらへと向けられる。
考える間もなく竜巻が落下してくる。咄嗟に跳躍して避けると、乗っていた岩が竜巻に貫かれて無残に無砕け散った。
鬼火を放ち、瘴気の渦に穴を開けてなんとか外へと飛び出す。しかし、咄嗟のことだった為方角を見誤り、その足元は海であった。

『しまった…!』

盛大な水飛沫と共に水面に落下する。同時に、脳裏に先ほどの龍神の姿が過った。
元就とは一度会ったことがある。都に風神雷神による天災が起きたとき、後処理をしてくれたのが彼だった。先ほども、その好でこちらに花を持たせることにしてくれたのだとばかり思っていたのだが。
何のことはない。結界の内部ではなく外に格好の餌があるぞと誘導して自分の島を護っただけだったらしい。
それに関しては異存はない。元就の責務は聖域を護ることだ。だが、ちょっとくらい教えてくれてもいいんじゃないかとは思う。
どぷん、という重い音と共に幸村を追ってきた瘴気が水中へと滲み込む。鬼火を放つが、一瞬輝きを放ったものの鈍い音を立てて掻き消えた。
驚いて目を剥いた途端、どこからともなく声が響いてくる。

『やれやれ……困るなぁ。そんなところで鬼火なんて使われては、海の生き物たちが死滅してしまうよ』

『元就公?!』

どくん、と心の臓が大きく脈動するのを感じ、自らの妖気が封じ込められたらしいことに気が付いた。敵と相対している最中になんてことを。
その間にも沈み続けていたおかげで海底に足が届いたので、勢いをつけて海から飛び出すべく足に力を込める。
が、そこは水中。普段通りの動きができるわけもない。水圧に負けて全く勢いがつかなかった。思わず舌打ちしたくなったが何とか堪える。貴重な空気を無駄に吐き出すだけだ。
海を漂っていた瘴気は再び集まると幸村に標的を定める。輪をかけてまずいことに、あちらは空気中と大して変わらぬ動きだ。
迫ってきた瘴気を槍で叩き切る。が、実体を持たない瘴気に斬撃など効くはずもない。
膨れ上がって体積を増した瘴気の塊が海面に蓋をし、迫りくる瘴気の渦の中から現れた枯れ枝のような腕が幸村の首を捕え、勢いよく海底に叩きつけた。
口を開きそうになるのをぎりぎりで堪えた幸村が表情を歪める。腕の主が瘴気の中からゆっくりと顔をのぞかせた。
眼球を失い、落ち窪んだ眼窩。こけた頬は腐敗して片方が剥がれ落ち、その中から歪んだ歯列が覗いている。鬼である幸村にはこの程度見慣れた姿だが、只人が見ればさぞおぞましく映ることだろう。
悪霊は幸村の抵抗が弱いことを見て取るとにたりと嗤う。こんな細腕一つ振りほどけない鬼など恐るるに足らず。
袴のような襤褸布を纏いつかせた足が瘴気の中から現れ、ぐ、と膝を折り曲げたかと思うと、その膝を幸村の鳩尾に叩きこんだ。

「がっ…!」

堪らず呻いた幸村の口から気泡が溢れ出る。代わりに流れ込んだ海水を大量に飲み込んでしまい、噎せて吐き出そうにも口を開けば海水はどんどん入り込んでくる。
息苦しさのあまり全力で暴れるが、悪霊の腕はびくともしない。酸素を失って冷静さを欠いた頭では打開策も思いつかず、得物を握っていない左手の爪で首を捕える腕を引っ掻くくらいが精一杯だ。

『――……あれは私が手に入れる…!邪魔を……するなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』

脳裏に直接響く声。同時に膨れ上がった瘴気に体温が一気に奪われる。
いよいよ朦朧としてきた意識を無理矢理繋ぎ止め、力を振り絞って槍を握り締めた。こんなところで悪霊如きに敗北を喫するわけにはいかない。
が、その動きを読んだ悪霊が再び曲げた膝を幸村の鳩尾に蹴り入れる。一瞬握力が緩んだところで、反対の足が朱塗りの槍を幸村の手から引き剥がした。
最早無様にもがくしか手段の無くなった己の状況を鑑みながら、ふと脳裏にふたりの友の姿が過る。三成か兼続か、どちらか一方でも共にいてくれたなら状況はましだったかもしれない。
急速に視界が狭まり、四肢に力が入らなくなったのを自覚した。ちょっと、結構、かなり、まずいかもしれない。
ぐっと周囲の水温が下がったような気がした。

――否、「気がした」のではなく。

「幸村ッ!!」

響いた声は聞き慣れたもの。水温の下がった海水が見る間に凍りつく。悪霊が怨嗟の咆哮を上げたままの表情で、びしりと動きを止めた。
頭上で鋭い音が響いたと思うと、力強く腕を引っ張られる。水中から引き上げられたことに気付いた瞬間、肺に大量の空気が流れ込んできて、代わりに大量の海水を吐き出した。

「幸村、しっかりしろ!大丈夫か?!」

咳き込む合間に見上げた面差しは、冷静な普段の信之からは想像できないほど焦燥に彩られている。しかし、信之の顔を見た途端に助かった、という安堵で全身が満たされるのを感じた。
どこをどう通ったかわからないがいつの間にか地面に足が着く。が、力が入らずそのまま崩れ落ち、肘を立てた姿勢で盛大に咳き込んだ。過呼吸気味になった背を落ち着かせるようにゆっくりと信之の手が擦ってくれる。

「げほっ…!っは、っ……!」

「落ち着け、大きく息を吸ってゆっくり吐くんだ。私に合わせろ」

「も、し訳…ありませ……っ」

「無理に喋っては駄目だ」

少し経つと咳の発作が収まってきて、なんとか深呼吸ができるまでに落ち着いた。これでもう大丈夫だろう、と思った瞬間に力が抜け、信之はその場にへたりと腰を落としてしまった。

「ああ、よかった……全く、肝が冷えたなどという次元の話ではないぞ……」

まさか幸村ともあろう者が悪霊如きに命を脅かされようとは露程も思わなかった。さすがに海の中とあっては分が悪すぎたらしい。
漸く顔を上げた幸村は居住まいを正すと、信之に向かって深々と頭を下げる。

「兄上、斯様な醜態、面目次第もございませぬ…!」

「気にするな。お前が無事でよかった」

軽く手を振り、信之は自分と幸村の身体から水気を弾き飛ばした。
海を出たからか、幸村にかけられていた封も解かれたようだ。これさえなければここまで無様なことにはならなかっただろう。どちらにせよ海の中では鬼火の威力も半減だが、あの水神もなかなかえげつないことをしてくれる。
さすがに幸村も元就の暴挙に物申したい気分だったが、ぐっと抑え込んだ。神の視点から見る世界はいつでも神が中心であり、それ以外のものは全てが平等。つまり、元就からみれば幸村の命も海を泳ぐ魚の命も同じ一つの命でしかない。自分が守るべき水の眷属が戦いに巻き込まれて命を落としかけたのを救った。それだけのことだ。
信之がお咎め無しだったのは煮た魚は生魚には戻らないが凍っただけなら溶ければまた動き出すとかそんなところだろう。

「そういえば、兄上はどうしてこのような場所へ?」

「お前が桜が咲かない原因を探しに出たと聞いたのでな。追ってきたんだ」

結果、あんまり桜とは関係のなさそうなものに行きついてしまった気がするが。
海に視線を投げかけた信之が剣呑に双眸を細める。

「何にせよ、あれは我らの優先事項だな」

「はい。あのまま人界に放しておくわけにはいきません」

その言葉に応えるようにして、海面から再び瘴気の渦が吹き上がった。
何かを探すように彷徨っていた瘴気は、強烈な妖気を放つふたつの気配に反応して集まり始める。
悪霊の意識がこちらへ向いたのを確認した幸村の瞳が妖しく煌めいた。

「先ほどは不覚を取ったが……二度はない!」

鬼火を纏って大きく跳躍し、瘴気の渦の中心に槍の切っ先を定める。

「はあっ!」

一閃した槍が靄を切り裂いた。ちり、という音と共に舞った火の粉が、次の瞬間には瘴気を巻き込んで大きく燃え上がる。
焼き尽くされるかに見えた瘴気だったが、天高く昇る黒い煙から再び濃厚な死の気配が漂いだした。地獄の炎の渦の中心から、重々しい怨嗟の声が響いてくる。

『――あの女、は……私を、裏切った……は…っ、どこだあああああああああっ!!』

凄まじい風圧を伴う大音声。業火を吹き消すほどのそれに圧されて、幸村は地に筋を引きながら後退した。
入れ替わるようにして、信之の足の滑車に青白い鬼火が宿る。伸びてきた瘴気の腕を掻い潜って背後に回り込んだ信之は体の前で得物を構えた。

「情愛の成れの果て……といったところか。いつの世も人の想いは凄まじきものだな」

仲間を、家族を、他者を想う心。人間なら誰しもが持っているそれはとても強い想いで、簡単に消すことはできない、大切な感情だ。だが、時に間違った方向へと暴走してしまうこともある。
自分が想いを向けたからといって、相手から必ずしも同じ想いが返ってくるとは限らない。それを認められない人間も、少なからず、いる。
想いは力。強い力は諸刃の剣だ。良い面も、悪い面も、両方とも持っている。この瘴気の主が纏っているのは、過ぎた愛情からくる、憎悪だ。
愛したはずの女が、憎い。自分と同じ想いでないことが、もどかしい。心がここにないのならば、力づくで手に入れる。
――そんなものは、最早愛情でもなんでもない。

「少しは頭を冷やすがいい」

信之の獲物から妖気の渦が放たれると、周囲の気温が一気に低下し、海の表面を氷が覆っていく。海から伸び上がる怨霊の瘴気も、一緒に凍りつきつつあった。


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