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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
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あんまり話しかけたくない感じだったが、引っかかる台詞が聞こえて思わず聞き返す。

「変化の術?」

「何、皮一枚剥げば正体もわかるでしょう」

爽やかな笑みを浮かべたまま物騒な台詞を吐いた信之が得物を構えたが、相手はもう完全に戦意を喪失している。
助けてもらったもののこれは止めた方がいいんじゃないかと思い始めたが、慶次が声を掛けるより早く信之は得物を振り上げた。
刃がぎらりと太陽の光を反射し、幸村の姿をした妖は腰を抜かした様子でその場に尻餅をつく。本人だったら絶対にありえないだろう光景を見るに、やはり先ほどの言葉通りこれは幸村ではないのだろう。
やっぱ止めた方が、と思った次の瞬間、得物を取り落とした信之が突然その場に膝から崩れ落ち、地に両手をついて頭を左右に打ち振った。

「駄目だ…ッ!如何に瞳の色や筋の付き方や服装や装飾の細部に至るまで全ての完成度が低い偽物とはいえ一応仮にも幸村に似た姿を傷つけることなど私にはできないっ!!」

「……難儀な御仁だねえ、あんた」

最早突っ込むのも面倒だが、百年ぶりに再会した弟と不本意ではあるものの初手から刃を交えたのを忘れたのだろうか。
その時、視界の端の景色がぐにゃりと不自然に歪んだ。
ぽん、と軽い音を立てて現れたのは狐火だ。大きく燃え上がったその中心から三成が飛び出してくる。慶次と、項垂れたままの信之と、幸村の姿の妖を順繰りに見やってから深々と溜息をついた。
そして信之の背後に回り込むと、後ろから尻を蹴り飛ばす。

「うわっ?!」

予想外の攻撃を喰らった信之は前につんのめり、そのまま地面に額を打ち付けた。

「おい、落ち着け木花咲耶姫」

「え、なん、は?三成?何故…え、木花…何?」

さっぱりわけがわからないといった様子で目を白黒させている信之を尻目に、三成はずかずかと歩を進めて尻餅をついたままの妖の前に仁王立ちになる。

「いつまでその姿をしている。不愉快だ。さっさと本性を現せ」

「いっ?!」

言うが早いか指弾を喰らわされた妖が、先ほど三成が現れた時のような軽い音を立てると、その姿は煙に巻かれて見えなくなった。
顔の前で軽く手を払って土煙を遠ざけていると、徐に三成が小脇に何か抱えていたらしい右手を突き出す。その手には何やら毛むくじゃらの物体が握られていた。かたかた震えているように見えるがあれはもしかしなくても怯えているのだろうか。

「天狐、それ何持ってんだ」

「この馬鹿騒ぎの元凶だ」

ぱ、と三成が手を開くと、毛玉は地面に落下して転がった。そして別の毛玉にぶつかって静止する。
二つ並んだ毛玉からふさふさした尻尾らしきものが飛び出し、前転したかと思うと更に三角の物体が二つ飛び出した。耳があるということはそこが頭か。

「いてててて…二郎、大丈夫か?」

「うん……ごめん壱助、すぐばれちゃった」

「いいよ…おれもだし」

しゅん、と耳が垂れる。甲高い子供のような声で会話する二匹の妖を見た慶次は思わず目を瞬かせた。見たことのない妖だ。まさかこれがさっきの幸村に化けていたのだろうか。
不機嫌さを剥き出しにした三成の周囲で狐火が燃え上がる。ひいっと悲鳴を上げた獣二匹は互いを護るようにしてひしと抱き合った。狐火の中に阿修羅の面でも見えたのかもしれない。
三成の怒気で逆に冷静さを取り戻したらしい信之は腰を下ろしたままで片膝を立てた。

「お前達、一体何が目的で…」

その時、旋風が巻き起こったかと思うと政宗を小脇に抱えた兼続が顕現する。高下駄が軽く地面を鳴らした。

「そら、もう一匹」

「わぁっ三太!」

目を回したまま放り投げられた毛玉を、もう二つの毛玉がはっしと掴んだ。その頭には頭よりでかそうなたんこぶができている。
どうやらこれで全部のようなので、慶次は改めて獣たちを見つめた。鼻先は細長いが、狐ではない。もっと面長だ。色は狸のようだが細身で、全身が薄汚れた単色の茶色い毛で覆われている。毛並みも短くごわごわしていそうだ。三成が獣の姿になるとそれはそれは美しい毛並みの子狐なのだが、それを見慣れているせいで下級妖のこれらがやけに貧相に思えた。
しゃがみこんで顎を指先で擦りながら、慶次は軽く首を傾げる。

「見たことねえ妖だな」

「貉という妖です。人を化かして楽しむだけの無害な連中ですよ。今は我らに正体を見破られたので視えていますが、普段ならば妖気が微弱すぎて視えないでしょう」

「俺ならそうだろうなぁ。しっかし無害、ねえ?」

ちら、と周囲の邸を見渡して思わず瞬きを繰り返す。
火の手が上がっていたはずの邸は静まり返っている。煙どころか、焦げ跡一つついていない。何より先ほどまで恐慌状態だった住人たちの姿が一人も見えないではないか。
慌てて他の邸も見やったが、どこにも異常は見られない。鬼火に炙られたはずの塀でさえ綺麗なままだ。
射殺しそうな目で貉たちを睨んでいた三成が小ばかにした調子で鼻を鳴らす。

「火事などどこにも起きておらぬ。こやつらの幻覚だ。人間共は騙せても俺達の目は誤魔化されんぞ」

「ごめんなさいっ!」

小さな獣たちは居住まいを正すと、三匹揃って額を地面に擦りつけた。
壱助、と呼ばれた貉がおそるおそる顔を上げる。

「迷惑をかけるつもりはなかったんです。都で事件が起きれば、幸村さまも三成さまも兼続さまも無碍にはしないだろうと思って……」

「我らを釣り上げるためにわざわざあのような変化の術まで使ったのか…?」

再び三成の背後で狐火が燃え上がり、貉たちは恐怖のあまり飛び上がった。天狐は狸狐妖怪の中で最上位だ。端くれ程度の妖が脅されたらそりゃあ怖いだろう。
これでは埒が明かないと、兼続は小脇に抱えていた政宗を横に放り投げて三成の肩をぽんと叩いた。ちなみに政宗は目を回しているようで投げ捨てられても起き上がる気配がない。

「まぁそう怒るな三成、話くらい聞いてやれ。何故わざわざ私達が気づくようにしたかったのだ?」

穏やかな声音に促されて聊か緊張が緩んだのか、貉たちは顔を見合わせる。一番小さい三太と呼ばれていた貉が上目遣いで兼続を見上げた。

「…さくらが、さかなくて」

「桜?」

怪訝そうに聞き返した兼続が首を傾げる。話の繋がりが全く見えない。
真ん中にいた二郎と呼ばれた貉が口を開く。

「おいらたち、毎年人間たちが開く花見の宴にこっそり紛れ込んでるんだ。花もきれいだし、ごちそうもあるし、みんな楽しそうで……どうせおいらたちのこと視えないから勝手に遊んでても誰も怒らない。だから毎年楽しみにしてるんだけど」

「…成程、桜が咲かねば花見の宴も開かれん。が、何故花が咲かないのかを調べる術はないから、三成たちの注意を都に向けて桜の異変に気付いてほしかったというところか?」

信之が続きを引き継ぐと、三匹は大きく頷いた。
誰ともなしにため息が零れる。それにしても、こんな端妖怪にまで三大妖が都に入り浸っていることが知れ渡っているとは。短期間で随分有名になったものだ。
悪戯の動機としては実に下らない話ではあるものの、その本質は実は深刻であった。季節に咲くはずの花が咲かないということは、何らかの原因で時の流れが滞っていることを意味する。
しかも桜は、冬を終わらせて春を告げる花。作物の実りのない季節から、新たな命を芽吹かせる季節へと変わっていくための大切な花である。食べ物が実らなければ人間だけでなく動物たちとて飢え死にしてしまう。その上、陰の気が強い冬から陽の気が満ちる春への移り変わりが上手く行われずに陰陽の調和が崩れれば妖たちにも影響が及ぶ。このままでは陽の気を持つ兼続などは調子を崩す可能性もあるし、陰の気が満ちればよくないものが目覚めることもありうる。どちらが多すぎても少なすぎても立ち行かないのが世の理だ。
だが。

「俺たちは便利屋ではないのだよ。貉風情が簡単に動かせると思ったか?身の程を知れ馬鹿共が」

天狐の辛辣な言葉と絶対零度の視線で、貉たちは再び竦み上がった。一笑に付してくれた方がまだましだったかもしれない。
震えている小動物たちを見ていたら少し可哀想になってきて、信之は腕組みをしたまま佇立している三成を見上げた。

「助けてやったらどうだ、減るものでもあるまいし」

「お前がやればいいだろう、木花咲耶姫」

「あっ、それ、さっきからなんなのだ。どういう意味だ」

有耶無耶になりかけていた台詞を蒸し返されたついでに尋ねてみる。信之からすれば疑問は膨らむばかりだ。
三成はずっと険しかった表情を少しだけ緩めると、ふ、と笑って口元で人差し指を立てた。

「お前、さっき内裏で人間に姿を見せただろう」

「!あ、あれは仕方なくというか、不慮の事故というか……!」

別に見せようと思って見せたわけではない。まさか妖気を隠した自分の姿を捉えられるほどの見鬼の力を持つ人間がいるとは思わなかったので、つい油断したのである。
わたわたと大げさな身振りで言い訳をする信之を見やり、三成がにやりと笑う。

「で、その人間がだな、木花咲耶姫は実は男らしい、とな」

「……え?」

信之の顔がびきっと強張る。あの人間は三成の知り合いだったのか。否、重要なのはそこではなく。
話を黙って聞いていた兼続と慶次とついでに貉たちも何やら面白そうだと耳を傾けた。三成の話は更に続く。

「曰く、風に靡く尾長の銀髪、澄んだ青い瞳、金を散らした黒と赤の美しい装束を纏い、桜の花弁を纏って舞い踊っていたとか」

「舞い踊…っ?!」

「随分上機嫌だったようだな?ついでに言うと、さっきからずっと髪に桜の花弁がついているぞ」

青ざめていた顔を真っ赤に染めた信之が慌てて頭を払ったのを見て、堪えきれなくなった三成はつい吹き出してけらけらと笑声を上げた。
愉快そうに笑っている狐に文句の一つでも言ってくれようと思った信之だったが、証言が見事に事実そのままだったため反論の言葉も出てこない。なんてことだ。人間に目撃された上に木花咲耶姫に間違われるなど、鬼の威厳はどこへ。
快活に笑った兼続が信之の肩をぽんと叩いた。

「なんだそんなことか、微笑ましいではないか!信之殿もなかなか可愛らしいところがあるのだな!」

「やめてくれ兼続…!」

「というか、お前どうやってあそこまで完璧に隠れていたんだ?全く妖気を感じなかったぞ」

膝を抱えて縮こまっている信之にそもそもの疑問を投げかけてみる。吉継に信之の姿が視えて、三成や兼続が全く気付かなかったのはどう考えてもおかしい。
慶次もそれについては同じ疑問を抱いていた。何せ目の前に出てくるまで気配を感じなかったのだ。激昂した瞬間に溢れ出た妖気はそうそう隠しきれるとは思えないほど強力だったというのに。
信之は恨みがましげに三成と兼続を睨んだが、小さく溜息をついたのみでそれ以上文句を言おうとはしなかった。

「…閻魔王様がたまには息抜きをした方がいい、時期も時期だから人界で花見でもしてこい、と仰られてな。妖気を隠す宝玉を頂いたのだ」

信玄がその宝玉を作るに至った経緯は黙っておくことにした。内輪の話だ。
一応その説明で皆納得したらしい。閻魔王が云々と言われれば何でもありな気がしてくるというものである。だが、慶次が何か思いだした様子でぽんと手を打った。

「そういやさっき、なんか割れたみてえな音がしたぜ?」

「え?あっ?!」

慌てて肩越しに振り向いた信之が目を剥く。彼の腰帯から下がる二本の飾り帯の先。一方には紅玉が嵌っているのだが、もう一方の水晶の玉が無残に罅割れていた。
手に取ってみるが、どうやっても直せそうにない。ちょうどその中に封じられていた通力が抜け落ち、水晶玉は元々そこに嵌め込まれていた紅玉へと変化した。
水晶が完全に効力を無くしたせいか、周囲にあっという間に冷気が立ち込める。信之は眉を八の字にして頭を抱えた。

「あぁぁ……お館様にどう申し開きをすれば……」

「おい雪、雪降ってきた」

急落した鬼の心境を映したかのように、上空から大粒の雪が舞い落ちてくる。あっという間に地面が白く覆われ、寒さに耐えかねた三成が獣の姿に戻って兼続の腕の中に飛び込んだ。
ふさふさとした尻尾を懐炉代わりに自ら抱えて牙を剥く。

『寒い、やめろ』

「なんかこう、私の気分が上がること言ってくれ……」

『幸村』

ちょっとだけ雪の粒が小さくなった気がしたが、止みはしなかった。


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