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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
9

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「鬼じゃと……?」

「らしいよ」

「視えた奴がおったのか」

「さぁねぇ」

目撃談が出たんだからいたんじゃないのか。
なんとも判然としない情報に政宗が片眉を吊り上げる。下手に妖に嫌疑をかけるとまた三大妖の逆鱗に触れかねない。
政宗の危惧を察したらしい慶次がからからと笑う。

「内裏で火事なんざ一大事だ。人災を隠蔽するために誰かが咄嗟についた虚言ってことも無いとは言い切れねえ」

「視えぬ者が視えざる者に責任を押し付け保身に走るなどと卑劣な」

「可能性の話をしただけさ」

この世の悪しきことは全て妖の所業。病も、悪行を犯した者も、全ては妖に取り憑かれて自失となった者なのだと信じているものはまだまだいるのだ。冤罪となればこんなに都合のいい存在はいない。妖は一ヶ所に留まっているわけではないし、ほとんどの者には視えないからだ。
陰陽師は、それが本当に妖の仕業なのか、魔が差した人間の戯言かを見極めねばならない。
ふん、と政宗が尊大に鼻を鳴らした。

「笑止。苦し紛れに口から出まかせを言ったところで容易く破綻しようぞ。そのような小心者に、秘密を生涯しまい込んで墓まで持っていくほどの気概があるとは思えんな」

『珍しくいいことを言うではないか、半人前』

上空から降ってきた声にげ、と呻く。天を仰いだ慶次は白い烏の姿を認めると、片手を挙げて目元を和ませた。

「よっ、ひと月振りだな」

『花見の約束をしたというのにちっとも来ぬからこちらから出向いてしまったぞ』

「しょうがねえだろ、咲いてねえんだから」

慶次が差し出した腕に留まった烏は丸い目を一つ瞬かせる。

『そうなのか?南殿の桜は咲いていたというのに』

「あそこは咲いてても入れねえよ」

空を自由に飛び回れるからこそ見えたのであって、あの場所は基本的には殿上人以外は立ち入ることができないのだ。
しかし、そこまで話してからん?と首を傾げた。

「南殿の桜が咲いてたって?」

『ああ、見事な花をつけておったぞ。山の桜が咲かぬから妙だとは思っていたが……そうか、あそこ以外は咲いていないのか』

首を傾げて考え込む兼続に向かって、それまで黙っていた政宗が徐に腕を伸ばした。
がし、と首根っこを掴むと、ぐえ、という呻き声が上がる。
そのまま烏を手元に引き寄せた政宗は自分の頬がひくひくと引き攣るのを感じた。

「貴様……突然いなくなって以来音沙汰がなくなりこちらの呼びかけに返事もせぬと思っていたら何?こやつとは花見の約束じゃと?わしを馬鹿にしておるのか!!」

『ああ、している』

「即答やめいッ!!」

「おいおいおい馬上で暴れんじゃねえよ!」

兼続の姿は只人には視えないのだ。今この状況を誰かに見られでもしたら完全に不審者である。
幸い辺りに人はいなかったので、慶次は一つ嘆息すると松風の首筋をぽんぽんと叩いた。後ろがこれだけ騒がしいというのに全く動じないあたりはさすが相棒だ。
政宗の手から逃れた兼続はくるりと反転して空へ舞い上がった。怒りが収まらないらしい政宗は握り締めた拳を震わせている。その手が届かぬように松風の頭に降り立った兼続は両翼を広げて人間のような動作で肩を竦めた。

『全く乱暴な。それにしても……内裏で火事があったらしいが、お前たちこんなところでのんびりしていていいのか?』

「なんだ、それも知ってたのかい。耳が早いねえ」
そして実はこんなところでのんびりしていてはいけないのである。
手綱を手繰ると、松風は少し足を速めた。あまり遅くなっては利家から大目玉をくらってしまう。個人的に説教されるくらいならなんでもないが、利家の評価を貶めるのはいただけない。
慶次の肩越しに身を乗り出した政宗は兼続をぎろりと睨んだ。

「そこまで掴んでおるのなら話が早い。火事現場となった内裏で目撃されたという赤鬼を知らんか」

『赤鬼?』

怪訝そうに声を上げた兼続が片目を眇めた。人間たちの噂に上る赤鬼といえば嫌でも同胞の姿が思い浮かぶ。

『幸村がそのような無意味な真似をするものか。大体、あれが都にいたのなら妖気を感知できぬ半人前陰陽師の不徳だろう』

「そんなことは百も承知じゃ、幸村以外に赤鬼はおらぬのかと聞いている」

すると兼続は小馬鹿にしたような調子で嘲笑した。

『では無知な上に自ら調べようという気もないらしい我が主様のために人の子の解釈に合わせて解説してやろう。人間から見れば黄泉の住人は須らく「鬼」で一括りにされているのだろうがな、幸村は赤い衣を着ているだけで「赤鬼」という妖ではない。あれは真なる「鬼」だ。「赤鬼」というのは肌からして赤いもの。青いのは「青鬼」だな。そういう意味で述べるのであれば、「赤鬼」など山ほどいる。人界に人魂を回収しに現れる餓鬼の中にもいるくらいだからな』

「へぇー」

普通に感心してしまった慶次は後ろから政宗に手刀で殴られた。
いてえな、と抗議するが政宗はそれを無視して更に身を乗り出す。

「それくらいのことは貴様に解説されるまでもなく知っておるわ!!その通り、人間から見れば鬼は全て鬼!赤い衣を纏っておれば餓鬼だろうが何だろうが全て「赤鬼」よ!それを踏まえた上で、内裏に火を放つような芸当ができ、かつ「赤鬼」と呼ばれそうな見てくれの鬼が幸村以外に心当たりがあるのか否かを聞いておるのじゃ!」

『できる者ならいるだろうが、やりそうな不届き者はおらんな』

「おらんのかい!!」

「良い三段落ちだねぇ」

けらけらと笑う慶次に言い返す気力もなく、どっと疲れた政宗はずるずると元いた場所に腰を落ち着けた。ああもうなんでこいつと喋ってると無駄に話が長くなるのか。「心当たりはあるか」「ないな」「そうか」で済む話だったではないか。遊ばれているのか。成程。
片翼で片耳を塞いでいた兼続は羽をもとに戻して軽く羽繕いをした。

『大体、内裏に火を放って我らに何の得があるというのだ』

「わかってるよ。確認だ、確認」

都修繕の手伝いまでしてくれた律儀な幸村がそんなことをするとは露程も思っていなかったから、本当に赤鬼が出たのだとしても別の鬼だったのだろう。それを兼続が知っていればと思ったのだが残念ながら手がかりはなさそうだった。
とりあえず、又聞きを又聞きした者から遣わされた使者、くらいの立ち位置の者からの情報では何一つ当てにならない。まずは出仕し、直接情報を集めた方が早いだろう。

「ようし、ちょいと飛ばすぜ。政宗、しっかり掴まって……」

駆け出そうとした刹那、耳を劈くような悲鳴が辺りに響き渡った。
次いで漂ってくる、焦げたような匂い。声の方角からは真っ黒な煙が上がっている。
近くに寄るまでもない。火事だ。

『む……?』

不意に兼続が黒煙が上がる方角とは別方向へと首を巡らせる。何事かと政宗と慶次がその視線を追えば、太陽を背に家々の合間から飛び出す影があった。
見覚えのあるその形。視線に気づいたのか、影がこちらに顔を向けるのがわかる。
その顔は、この場にいる全員が慣れ親しんだもの。

「天狐…?!」

三成と瓜二つの顔が驚いた様子で大きく歪む。慌てた様子で走り去るその影に、烏が警戒心も露わに羽毛をぶわりと膨らませた。

『三成ではないな…?!貴様何者だ!』

「あっ、待て、兼続!」

凄まじい速度で飛び出した兼続を追って、政宗も松風の背から飛び降りるとその後ろを駆けて行ってしまう。
とりあえず消火に向かおうとした慶次は、思わずその場で硬直した。
目の前に人影が一つある。しかしその足元に影はない。逆光で顔は見えないものの、見目形から間違えるはずのない相手だ。

「幸村、か?」

右手に握られた朱塗りの槍が太陽を反射してぎらりと光る。
だが、何かがおかしい。こんなに接近されていたのに気づかないなんて。いくら慶次が見鬼の力が大したことはないといえど、三大妖ほどの妖気の持ち主が姿が視えるほど妖気を強めているのに何も感じないなどありえない。
ゆっくりと、人影が戦闘の構えを取った。背筋に怖気が走る。まさか、いやそんなはずは。

「……戦う相手、間違えたとかじゃねえかい?」

冗談交じりの問いかけに返事はなかった。妖が地面を蹴ったのを見て取り、反射的に得物を前に翳した。
吹っ飛ばされそうな風圧と、襲い掛かる衝撃。びりびりと手が痺れる感覚を味わうのは久しぶりで、思わず舌打ちをする。しかし、本気になったときの攻撃には程遠い威力だった。
声を発する様子はなく、その表情は鬼の面に隠されて窺い知れない。面の奥の瞳を見据えた慶次は若干の違和感を覚えつつも怒号した。

「こりゃ一体なんのつもりだ?!」

裂帛の気合いと共に槍を弾くと、鬼は低く呻いて驚くほどあっさり後退する。
その隙に、慶次は松風の背から飛び降りて身構えた。馬上のまま勝てる相手ではない。
反転した鬼は膝をばねに高く跳躍する。慶次は腰を落として衝撃に備えた。山中での戦いと違い、整備された都の道ならば踏ん張りも効きやすい。
しかし、直接攻撃してくるかと思われた鬼は中空で鬼火を放った。雨のように降り注ぐ炎の礫に驚いて身を躱す。
おかしい。幸村とは刃を交えたこともあるし、客観的に彼の戦いぶりを目にしたこともあるが、こんな攻撃をするだろうか。抑々、あの程度の反撃で呻き声を上げるなんて。
更に、慶次の耳に嫌な音が届く。ぱちぱちと弾ける音は聞き覚えのあるもので、はっとして音の方に顔を向ければ先ほどの鬼火が飛び火したらしい民家の庭木から火の手が上がっていた。
咄嗟に足もとの砂を蹴り上げて、火の勢いを弱めると、着火してしまった枝を斬り落とす。落ちてきたそれを踏みつけて消火しながら、ぎろりと鬼を睨んだ。

「……らしくないねえ。何がしてえんだ」

いかなる戦いにおいてもできる限り周辺には被害を出さぬようにと細心の注意を払う幸村が、鬼火の暴発で火事を起こしかけるなど。
相変わらず言葉を発しない鬼に、慶次は苛立ちを覚えつつも妙な違和感がどんどん広がっていくのを感じたが、その正体は残念ながらわからなかった。政宗がいれば少しは違っただろうか。
不意に鬼が掲げた左手に鬼火が宿る。反射的に得物を構え直した慶次だったが、鬼火はゆっくりと渦を巻いたかと思うと蛇のように細長く伸び、あっという間に慶次の退路を囲って激しく燃え上がった。
じりじりと髪が炎に炙られて慌てて一歩前に出る。それと同時に、鬼火が再び放たれたことに気付いた。

「しまっ……!」

まずい。この状況では避けようがない。
鬼火の礫など武器で叩き切れるものなのだろうかと一瞬迷ったが、これしかあるまいと二叉鉾を振り翳す。しかし、礫が慶次に届く直前、辺りを冷気が満たした。
激しく燃え上がる鬼火を、氷があっという間に覆い尽す。通常ではありえない光景に、慶次も鬼も驚いて目を剥いた。
伸びあがった氷柱に軽やかに着地する姿。銀の髪が翻り、口元に鮮やかな笑みが浮かぶ。

「ご無事ですか、慶次殿」

「信之か?!」

軽く頷いた信之は音もなく慶次と鬼との間に飛び降りる。体重を感じさせない動作だ。
未だ戦闘の残滓渦巻く真っ只中にいるとは思えないほど爽やかな笑顔である。

「火の手が上がったようでしたので、何事かと思い参上した次第。まさか慶次殿にお会いできるとは。ご無沙汰しております」

「挨拶もいいが…ああ、ちょうどいいや、あんたの弟どうにかしてくれよ」

「弟……?」

怪訝そうに首を傾げた信之に、後ろ後ろ、と慶次が指で指し示す。
言われるがまま素直に振り返った信之はそこに立っていた鬼の姿を目にすると、軽く目を見開いた後で表情を大きく歪めた。
ざわり、と妖気が流れたのを感じる。同時に何かが割れるような乾いた音が微かに聞こえ、どこに隠していたのかというほど膨大な妖気が辺りを満たした。
対峙していた鬼がびくりと肩を竦めて一歩後退する。それに合わせ、信之は一歩前へと踏み出した。

「貴様のようなものが幸村だと…?」

信之とは付き合いが長い、とはお世辞にも言えないものの、一度刃も杯も交わした仲である。
慶次の印象では、戦闘時でない彼の語り口は弟同様実に穏やかであり、あまり自分から話題を出すことはないが聞き上手で、沈黙に気まずさを感じさせない優しさのようなものを纏っている。人界に慣れていない為に妖気の抑制が上手くできていないらしく、隠しきれないほど強大な妖気はさすがは幸村の兄、といったところだが、それでも炎の気とは違って少しだけ穏やかにも感じられるのだ。
兄弟揃って鬼としてはどうなんだ、とも思わないでもないが。とにかく怒らせさえしなければ実に印象のよい好青年である。
そんな信之の、初対面の時とはまた違ったおどろおどろしさを纏った声に、慶次も思わず一歩下がった。
喉を震わせるようにして笑っていた信之がふと顔を上げ、口元にだけ笑みを湛えたまま鋭い爪を備えた指で相手の目を指差した。目が全然笑っていない。

「ハッ、笑わせてくれる。我が弟、幸村の瞳はもっと澄んだ美しい深緋だ。髪も黒すぎる。光に当たって茶色がかるくらいで、もう少し長い。右腕は左腕より少し逞しい。槍を振るからな。爪はもう少し短い。腹筋はもっと引き締まっている。胸と腹の模様は全体的にもっと上だ。脹脛も筋肉が足りぬな。及第点は衣装くらいか?ああ、その腰布はもう少し破けている。左腕と足の環も一番上にあるものの真ん中あたりに傷が付いているのが正解だ。……その程度でこの私の目を欺こうなどとは五万年早い!変化の術の修行からやり直せッ!!」

一息で一喝した信之に、対峙していた鬼がびくっと首を竦めて小さく悲鳴を上げた。慶次も別の意味でちょっと怖かった。ついこの間百年ぶりに弟と再会したとか言ってなかったか、この男。なんという観察眼と記憶力。いや、そういう問題でもないような。

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