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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
7
風が奇妙な唸りを上げる。突然発生した上昇気流に驚いた左近と吉継は咄嗟に顔の前に腕を翳した。
風の流れの先に目を向けると、太陽を背にした影がひとつ。一瞬人影のように見えたが、たなびく白い衣と左右に大きく広がる翼を目にして軽く瞠目した。

「山城殿…?」

『……いや、違う』

逆光の中で目を凝らしてみれば、目元には顔の半分をう高鼻の面が見える。どう見ても既知の烏天狗なのだが、三成は即答すると全身の毛を逆立てた。
兼続に似た影は徐に右手を掲げる。その手にはやはり見覚えのある錫杖が握られており、先端で遊輪が涼やかな音色を響かせた。
しかしその直後、影の背後に突如として雲が渦を巻き、地表では旋風が巻き起こった。先ほどとは比べ物にならないほど強い風は、渦の中心が細い糸のように上へと伸びあがっていく。上空の雲の中心からも同じような細い風の渦が伸びてくるのを見て取り、その場にいた全員が戦慄した。
まずい。竜巻だ。
異変に気付いたのか、渡殿の方から騒がしい声が響いてくる。戸が軋むほどの暴風の最中、女房たちの悲鳴もどこからともなく聞こえた。
子狐の姿が狐火に包まれるが早いか、その中から飛び出した三成が大きく跳躍した。その動きを読んでいたかのように、上空の影は空いている手に握った羽扇を一閃する。
放たれたのは風の礫。うまく躱したかに見えた三成の頬に朱色の筋が一本走った。
少し遅れて飛び出した高虎は、自らが発生させた風をぶつけて礫を相殺する。だが思った以上に広範囲に飛び出していた礫全てを叩き落すことは叶わず、いくつかは盛大な音と共に地面にめり込み、あるいは建物を掠めて轟音を上げ、土煙を巻きあげた。
狐火が燃え上がり、炎の渦の中心を裂いて三成が飛び出す。狐火を纏った右手で拳を握ると、天狗の姿の妖は驚いた様子で面の奥の目を大きく見開いた。

「ひっ…!」

一瞬だけ微かに情けない悲鳴が聞こえ、その姿は煙のように掻き消える。一閃した三成の拳は空振りに終わり、あまりに呆気ない退場に待てと声を上げる暇もない。
身軽な動作で屋根に降り立った三成は上空と周辺を見渡したが、それらしき影はどこにも見当たらなかった。先ほど頬についた切り傷は一瞬で癒えて既に消えている。

「ちっ……逃げ足の早い」

「三成さん!」

土煙に噎せながらも左近が駆け寄ってくる。都随一の堅牢さを誇る大内裏の警護も空からの奇襲には備えていなかったようで、だんだんと晴れてきた視界には惨状が飛び込んできた。
風の礫が貫通したことにより、風穴の開いた瓦。室内の畳までもが捲り上がっている。血の匂いがしないから、怪我人は奇跡的に出なかったようだ。
――否、三成には、あの妖がわざと人間たちを避けるようにして攻撃してきたように思えてならない。しかし何故わざわざ兼続の姿を取っていたのだろうか。
また面倒な鏡の類ではなかろうな、と考えて自らそれを否定する。兼続を写し取ったのなら、あんなに情けない悲鳴など上げるものか。
両手を叩いて汚れを落とし、狩衣をばさばさと振った。途端に土埃が辺りに舞ったのを見て眉を顰めつつ、跳躍して左近の横に着地する。

「やはり山城殿に似ていたように見えましたな」

「言っておくが違うからな。断言する」

「わかってますよ。あんた方が内裏に騒動を起こす道理がない」

抑々、三成がいるとわかっていながら兼続が攻撃などしてくるはずがないのだ。
突如吹いた風が土煙を吹き飛ばし、視界に明瞭さが戻ってくる。高虎が風を起こしたようだ。
割れてしまった瓦の破片を拾い上げ、吉継が眉を顰める。

「ひどい有様だな」

「あーあせっかく修繕したってのに……まーたしばらく屋根修理だ」

がっくりと項垂れた左近を吉継が不思議そうに眺めた。左近が言っているのは以前風神雷神夫婦の痴話喧嘩による暴風と雷で内裏が破壊された時のことだったが、吉継がそれを知る由もない。
あの時は結局水神の手によって内裏も修復がなされ、ついでに三成が住みついている堂も真新しいかのように修繕されたわけだが今回は完全に人の手で直さねばならないだろう。
やれやれと嘆息しかけたところで、清涼殿の方角からけたたましい悲鳴が上がった。
火事だ、という叫び声を聞きとり、戦慄が走る。三成と高虎が妖気を抑えて姿を消したことを確認し、顔を見合わせた左近と吉継は一つ頷くと声の方へと駆け出した。
姿は隠したままで後を追おうとした三成はふと足を止める。そして、内裏の喧騒とは反対の方角へと視線を向けた。

『どうした、天狐』

高虎が怪訝そうに振り返りながら声を掛けてくる。人間たちからは視えないものの、妖同士であればその姿を視認することは容易い。
ちらりと高虎を見やった三成は一つ瞬きをした。確かこの鎌鼬は氷を操れる。火事の現場に行けば役に立つだろう。対して自分は、効率よく消火の手伝いができるとは思えない。
狐の尾が地面を軽く叩く。

『急用ができた』

『あっ、おい?!』

驚いたような高虎の声を背に受けながら、三成は一瞬感じた妖気を追って跳躍した。





****






ざぁざぁと響く音がある。少し遠いもののずっと聞いていたいと思えるほど心地良いそれは、波の音のようだった。
こんなにもじっくりと潮騒を聞いたのは初めてかもしれない。あまり、海には近づくことがなかったから。
その合間に、何やら聞こえてくる話し声。低く落ち着いた声音はどちらも男のものだ。
少しずつはっきりしてきた意識の中で状況を整理する。今は横になっているようだ。床が固いのが若干不満である。
身じろぎをしようとした瞬間、ずきりと頭部に痛みが走る。流血している様子ではないから強打したのだろう。あまり覚えていないが。
そういえば自分は逃亡中の身だ。どこかでへまをやらかしたところを拾われたらしい。何にせよ、お人好しに拾われたようで助かった。物好きもいたものだ。
今のところ、自分を追ってきていたものの気配は感じない。この場所は清らかすぎるほど空気が澄み渡っている。結界か何かの中だろうか。これなら悪しきものは入ることはおろか近づくことすら困難だろう。
身の安全については心配いらなさそうだと判断したところで再び話し声に耳を傾けた。聞く限りではどうやら話題に上っているのは己のことらしい。
会話をしていた声の一方が呆れたように溜息をついたのがわかる。目を閉じている為顔は見えないものの、困った様子で額を押さえたのが声音から伝わってきそうだった。

「元親……何度言えばわかるんだい。きらきらしたものを集めるのも大概にしなさいって言っているだろう?」

「何、お前に迷惑はかけぬ」

どこか飄々とした声音同士の会話だ。双方が相手の出方を窺っているらしい。しかし後者の男、きらきらしたものを集めるとは鴉か何かなのか。違ったとしても同類扱いされていることに対する不満とかないのか。
色々と突っ込みたい点はあったものの、もう少し黙っていてみようと判断して堪えておく。再び嘆息が聞こえた。

「大体君は飽きっぽいんだから。いざという時だれが世話すると思ってるの」

「……ねえちょっと、ひとを野良猫か何かと同列にして相談するのやめてもらえる?」

早くも堪え切れなくなった小少将は不機嫌そうに声を上げつつ身を起こした。
目の前にいたふたりの男は特に驚いた様子もない。上座に腰を下ろしている男が柔和な笑みを見せた。

「やあおはよう。よく眠れたかい、木花咲耶姫」

一目で正体を見破られ、思わずまじまじと男を見返す。彼の放つ気は穏やかだが、よくよく探ってみればそれは神気だった。
周囲に海もあるようだし、穏やかな気が水に通ずる点からも水神で間違いないだろう。もう一方の男からは神気は感じられない。

「察しの通り、私は水神だ。元就という。こっちは神使の蛟で、元親だ」

悟りでも使ったのか、にこにこと笑いながら言う。蛟の方は腕組みをしたまま無表情を保っていて微動だにしない。
小少将は警戒心を強めつつ強気に微笑んで見せた。

「初対面の相手にあっさり正体を明かすなんて、無防備な神様もいたものね。可愛い。嫌いじゃないわ」

「同胞相手に隠しても仕方がないだろう?それに、いざとなればこの神域からあなたを拒絶して追い出してしまうことは容易いしね」

物言いは柔らかいが、その目の奥には微かに冷酷な光が宿っている。有言実行への躊躇いは全くなさそうだ。
一瞬強張った小少将の表情を見留め、元就はぱちりと目を瞬かせると再び面差しに笑みを乗せた。

「まぁ、もしもがあれば、の話だよ。こちらも手荒な真似はしたくない。元親があなたと会った状況も興味深いしね。事情があるなら話してみてはどうかな?……何故こんな時期に木花咲耶姫がこんなところにいるのかも含めて、ね」

ここ、安芸灘は、日ノ本の地形で言うならかなり南寄りだ。春を告げる木花咲耶姫が卯月中旬にいていい場所ではない。
元就の目は問い詰めるつもりというよりは、何があったのかを詳しく聞きたいという好奇心に満ちていた。傍らの蛟は相変わらず微動だにせず、瞼も閉じている為表情は窺い知れない。
暫く沈黙した後、不意に小少将は立ち上がって踵を返した。

「少し、外に出てもいいかしら?海風に当たりたいの。……大丈夫、逃げたりしないわ」

「ご自由にどうぞ」

ひらりと手を振り、小少将は結界を抜けて社を出ていった。
やっと目を開けた元親を呆れた様子で見やった元就は頬杖をつく。

「たんこぶ見られたくないからってそんなにだんまり決め込まなくてもいいんじゃないかな」

小少将のいた位置からは見えない側頭部にある瘤は元就にはばっちり見えていた。というか、たんこぶを作った元親が小少将をここへ運んできた時点で何事かと思ったのだ。
はぁ、と溜息が漏れる。

「また一筋縄では行かない案件のようだね。あの散っても散っても咲き続ける桜の原因はわかったけれど」

元就も桜の異常には気づいていて、一体どういうことなのかと首を傾げていたところだった。何のことはない。木花咲耶姫が移動せず、一ヶ所に留まっているせいで時が停滞してしまったのだろう。きれいなのはいいが、手放しで喜べそうにない。
徐に元親が手の中に三味線を顕現させ、優雅に奏で始める。それを見た元就はむうと眉を寄せた。

「元親、ちゃんと考えてるのかい?君が面倒みるって言うから滞在を許しているんだけど」

「煮詰まったときは気分を変えて楽でも嗜むものだぞ」

「煮詰まるほど考えてから言ってほしいよ、その台詞……そこまで言うなら君には何か見えてるんだろうね」

「大凡はな」

「え、ほんとに?」

発破をかけただけだったのだがあっさり返されて元就方が驚いてしまう。
元親は三味線を弾く撥を止めると、丁寧に爪弾きながら調弦を始めた。

「あの女は空から降ってきたとき、何かに追われていたようだ。思念のようなものを感じたからな。この島の神気に阻まれて立ち入ることはできなかったらしいが、一瞬遅ければあの女も思念に囚われていたやもしれぬ。……追う側も諦めてはいまい。一歩この島を出ればどうなるか」

思念の正体まではわからなかったが、恐らくあれは人間の妄執だ。ひとの心は時に神をも脅かす。木花咲耶姫が何らかをしでかしたのか、それとも恋路実らぬ成れの果てか。いずれにせよ、嫉妬や執念というのは人間が持つ中で最も恐ろしく、強い感情である。
元就の表情から笑みが消え、瞳に鋭い光が宿る。たったそれだけで、周囲の空気が委縮して凪いだような気がした。

「…ふぅん?それは気になるね。直接話を聞いてみたい」

「問い質したところであの気位の高そうな姫が簡単に俺たちに事情を話して助けを求めるとは思えん」

それについては元就も同意だった。助けてもらったことに対する礼など口にしようとすらしていなかったし、こちらを見る目は信用しているとはお世辞にも言えないものだった。
放っておいてくれたらいいのに、余計なお世話。そんな目だ。大体、狸寝入りをしてまでこちらの会話を盗み聞きしていた時点で信用されていないことは明白である。元親の言が正しいとするならば、ここは都合のいい避難場所だったことだろう。神域に入れるのは同胞たちか、元就が許可したものだけだ。
こちらとしては厄介事を放っておくわけにもいかないのでいっそのこと頼ってくれて解決に尽力させてくれれば話は早いのだが、簡単にはいかないようだ。せめて自分がこんな場所にいるせいで人間界に影響が出ているという自覚を持ってくれていればいいのだが。
元就は社の外を見はるかして口元に手を運ぶ。

「やれやれ、長丁場を覚悟した方がよさそうかな」

「それには及ばぬ。既に手は打った」

さらりと告げた元親に更に驚きが募る。すると、社の外で一つの妖気が散策するように歩いていた神気に近づいていく気配がした。
得心が行った様子で、元就の口の端が笑みを模って吊り上がる。

「……成程、毒気を抜くにはちょうどいい。さすが私の神使」

「光栄だ」

ふ、と笑みを漏らした元親は調子を変えた三味線で再び曲を奏で始めた。

 

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