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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
6

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「おかしいな……」

辺りを見回した信之は小首を傾げて頬を掻く。
信玄の話では桜が見頃とのことだったのだが、どういうわけかさっぱり見当たらない。幸村から道の両脇を覆い尽す桜並木なるものがあちこちで見られると聞いていたので、すぐに見つかるだろうと高を括っていた信之は少々焦っていた。
探し方が悪いのだろうか。いやいやそんな馬鹿な。
思わず帯の先端につけた水晶玉を手に取り、不安げに眺めてしまう。ちゃんと自分の妖気が隠れているのは感じるし、冷気も出ていないはずだ。自分のせいで桜が見つからないわけではない。たぶん。
視線を巡らせ、ふと人間たちの気が多く集まる方へと向き直った。
あの方角は、たしか内裏。神事や季節の行事等も行われる場所のはず。春の訪れを告げる花の宴を開くため、桜の木が植えてあったとしても不思議ではない。
ぐっと足に力を込め、大きく跳躍する。格子状に配された都を上空から眺めていた信之は、目測をつけた方角に明らかに周囲とは違う雰囲気の薄桃色を見つけ、瞳を輝かせた。


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真冬ほどではないものの、朝の澄んだ空気は清々しい気分にさせてくれる。これから夏に向かうにつれてこの清々しさも遠のいてしまうのだろうなと思いながら、今のうちに満喫しておこうと言わんばかりに吉継は大きく息を吸いこんだ。
早めに出仕し秀吉への挨拶を済ませ、早速任せられた案件が一つ。
内容は限りなく私用に近い探し物だった。当てものをさせてとりあえず力量を測るといったところだろう。手がかりはないに等しいが、秀吉が書き損じた紙の切れ端をもらってきた。これだけ残滓が残っていれば、気配を辿ってあっさり見つかるはずだ。
回廊を渡りながらふと庭に目をやり、ぱちりと一つ瞬いた。

「あれは……」

足が自然と動き、吸い寄せられるように視線の先にあったものへと歩み寄る。
そこにあったのは見事な枝ぶりの桜であった。満天に花を咲かせ、時折吹く風に枝を躍らせる。花が散らないところを見るとまだ満開には至っていないらしい。
ということは、これだけ花をつけているというのにこれから更に花が増えるわけだ。

「音に聞く南殿の桜か。成程美しい」

吉継程度の身分では、通常このような場所に立ち入ることは許されない。面会を許可してくれた秀吉に感謝すべきだろう。惜しむらくは高虎に見せてやりたかった。
その高虎はというと、ついていくと出立ぎりぎりまで粘っていたのだが、さすがに帝の御前に近い場所まで参上するのに妖を連れていくのは駄目だと宥めすかしてなんとか置いてきた。本人は全く納得した様子がなかったので、多分ここを少しでも離れたら即座にどこかから姿を見せるだろう。
吉継とて高虎が帝に手を出すような真似をするとは思っていない。というか、高虎は基本的に吉継と長政以外の人間にはほとんど興味を持っていないので我が事ながら完全なる杞憂だと思うのだが、謂れのない罪を着せられては双方後味が悪いではないか。後顧の憂いは絶っておくに限る。
しかし、本当に美しい桜だ。言祝いでおけば少し枝を頂いても構わないだろうか。土産に持って帰り、花見酒にでも誘えば高虎の機嫌も直るだろう。
ならば善は急げと瞑目した吉継が神咒を唱え始めた瞬間。
ふわりと風が吹き抜け、驚いて目を見開いた視界に翻る銀髪が映った。


**


「おお、これが桜か!」

花弁を傷つけないよう体重をかけずに片足で木の頂上に降り立ち、信之は嬉しそうに笑う。
木の大きさと枝ぶりのわりに、花は随分と小さいのだなと驚いた。しかし、一つの枝から伸びる更に細い茎の先で咲き誇る小さな花が鞠のような形を作っている。鞠が隙間なく連なることで、一つ一つは小さいこの花がこんなにも立派な木を彩っているのだ。
春の暖かな日差しを浴びて、この間にも開きかけの蕾がいくつか開いたかのように錯覚した。さすがにそこまで早い生長はしないだろうが、そう思ってしまうほどだったのだ。
花鞠を形作る花を指先でなぞる。植物は見かけのわりに頑丈なので、少し触ったくらいでは花びらが落ちたりはしない。この小さな花も例外ではなかったらしく安心した。
そういえば、桜は満開になるとすぐ散ってしまうのだという。しかし散る様もまた美しく、桜吹雪と呼ばれ人間たちは最後の最後まで桜を楽しむことができるのだとか。
これだけ咲いているのだ。もう満開だろう。木の下に行けば桜吹雪も見られるだろうか。
嬉々として視線を巡らせた信之の心臓が、大きく跳ね上がった。
木の下に、誰かいる。否、それだけならいい。思わず硬直した信之を、その人間は真っ直ぐに見つめていた。
まさか。いやそんなはずはない。今の自分の姿を捉えられるほどの見鬼がこんなところに偶々居合わせるなどと。多分自分の背後に鳥か何かがいたのだ。あの人間はそれを見ていたのだろう。そうに違いない。
内裏に出仕しているらしいその男は、顔の大半を布で覆ってしまっている為目元しか見えず、何を考えているのか読み取れない。このままそろりと姿を消せば、あるいは。
そう思った瞬間、桜の木の下にいた男が、軽く首を傾けながらこちらへと控えめに手を振って見せたのだ。
慌てて背後を振り返る。誰もいない。鳥も勿論いない。
さぁっと信之の顔が青ざめた。

――間違いない。あの人間は私に気付いている。しかも浮かれているところを思いっきり見られた。

青ざめていた顔が一気に紅潮する。とにかくここを離れねば、と焦った信之が木の枝を蹴る。その衝撃で小さな枝が一つ折れて落下してしまったが、幸か不幸か信之がそれに気づくことはなかった。


**


ぽす、と柔らかな音と共に、手の中に桜の枝が落ちてきた。
美しく花をつけたままのそれを見つめ、更に木の上を見上げということを何往復か繰り返した吉継はゆっくりと瞬きを繰り返した。先ほどの男の姿はいつの間にか消えている。

「………………木花咲耶姫は男であったか…」

やがてぼそりと零れた呟きを拾うものは誰もいない。
その時、にわかに背後が騒がしくなった。
何事かと振り返ると、一つ回廊と庭を挟んだ奥の狭い廊を大勢の人間が足早に歩いていくのが見える。まだ始業の時間よりは少し早いはずだ。一体どうしたのだろう。

「おや?吉継さん」

人波よりもだいぶ近くから声を掛けられ、吉継は桜の枝を手にしたまま声の主を探した。手前の回廊の、階の手すりから少し身を乗り出した左近がこちらに向かって手を振っている。
さっき似たようなことをしたな、とぼんやり思った。

「随分お早いですな。そんなとこで何してらっしゃるんで?」

「いや、なんでもない。おはよう左近。天狐と同伴出勤とはなかなか良い身分だな」

『言い方』

不機嫌そうな声と共に、左近の肩の上に小狐が顕現した。更にその横にある気配に気づいて、吉継が僅かに眉を顰める。

「……何故お前がここに」

「天狐はよくて鎌鼬は駄目などという道理はあるまい?」

姿を見せた高虎は得意げに口の端を吊り上げた。まぁ遅かれ早かれこうなるような気がしてはいたのだが、これで朝の口論の時間は完全に無駄になったわけである。
吉継が見たところ、どうやら内裏には少なからず妖たちがいるようだし、今更高虎ひとりくらい増えたところでどうということもないのかもしれなかった。引き寄せられるものは、いくら優秀な陰陽師がいようとも結界一つで阻めるほど単純ではない者たちなのだろう。

「しかし……ありゃ一体どうなってるんです?」

「どう、とは?」

あれですよ、と左近が顎をしゃくる。彼が指しているのは吉継が手にしている枝の大元の桜だ。
そういえば南殿の桜は左近桜といったのだったなと思い出し、吉継は目の前の男と手の中の花を見比べた。その視線に気づいていない左近は片目を眇める。

「ご存知ありません?今年はどこも桜が咲かないってんで大騒ぎしてるんですよ」

「ああ、そういえばそうだったな」

元はと言えば吉継も、都中の桜が生気を失ったかのように動く気配を見せないというのに何故この桜だけ咲いているのだろう、と心の片隅で思ったことにより、引き寄せられるようにして魅入ってしまったのだ。
美しく花を散らす桜を見やって、左近が目を細める。その肩から飛び降りた狐が手すりに器用に着地した。

『なかなか見事な木だな』

「そうですなあ。いやはや今年初めての桜の花をこんなところで見ることになるとはね。たった今、痺れ切らした貴族連中が左大臣様に言上しに行ったとこだってのに」

「さっきの大行列はそれか」

花見の宴は花を愛でるのが目的のはずだが、権力を求める貴族たちにはそれ以上の意味合いを持つもののようで、形式上だけでも宴を開いてもらわねば困るのだろう。それにはたとえ見る気も興味もなくても桜が咲いてくれなくてはならない。
素直に桜を楽しむ心の余裕すらなくしてしまうとは、人間とはつくづく面倒だ。
あ、と声を上げた吉継が瞳を輝かせたので、急に何だと三対の視線が集まる。

「そうだ左近、聞いてくれ。俺は今しがた凄い発見をしてしまったかもしれない」

「凄い発見?」

はて。一体なんだろう。吉継はいつのまにか研究者にでも転職していたのだろうか。

「正直、俺も驚きを禁じ得なかった。良いか、聞いて驚くな」

やたらと勿体ぶってみせ、吉継は神妙な口調のまま続ける。

「木花咲耶姫は実は男らしい」

「…………………姫ってついてんのに?」

思わず聞き返した左近に三成がそこか、と突っ込んだが、吉継はいつになく真剣な眼差しをしており、人をおちょくろうとしているようにはとても見えない。とは言っても目元しか見えないので、表情を読みにくいのだが。
その真面目な顔のまま、至極真面目な声で吉継は続けた。

「俺はそれなりに見鬼の力が強いので、これまで色々な人外のものたちを見てきた。神の姿を視たのは初めてだが、それでも幻覚と本物を見間違えることはほぼ無いと言っていい。よって、確とこの眼で見た。間違いなく男だったぞ」

「……おい、本気で言っているのか吉継」

「俺が冗談を言っているように見えるのか、高虎」

また変なこと言い出した、ぐらいに思っていた高虎は言い返されて言葉に詰まる。突然何を言い出すかと思ったら木花咲耶姫の性別の話である。冗談かと思うほうが普通ではないのか。
かと言って、高虎も木花咲耶姫など見たことがないのでそんなわけあるかと一蹴することもできない。三成も左近もそれは同じで、三人で目配せしあったがうまい返事が思いつかなかった。

「風に靡く尾長の銀髪、澄んだ青い瞳、金を散らした黒と赤の装束がまた美しくてだな。桜の花弁を纏って舞い踊る姿……女神でなかったのが実に残念だ」

『………それ……』

多分、木花咲耶姫じゃない。
目を据わらせた狐が冷静に進言すると、吉継は目を瞬かせた。
その特徴にびっくりするほど合致する鬼にびっくりするほど覚えがある三成は天を仰ぐ。なんでそんなわけのわからない状況で信之の目撃談を聞かねばならんのだ。
じと、と吉継を見据える。

『お前、本当に見鬼の力があるのか?視えるだけで妖気は感じ取れんとかじゃあるまいな』

「一応今現在ここにいるお前と、高虎が実体でいるおかげで多少の息苦しさは感じている」

「なんだと吉継、そういうことは早く言え!」

慌てて高虎が妖気を抑えると、その姿は見えなくなり不自然な身体への重圧も消えた。
同じく心当たりがある左近は乾いた笑みを浮かべていたものの、ふと考えてから口元に手をやって不思議そうに首を傾げる。

「しかし、吉継さんが視たのが本当にあの雪鬼だったとしたら、ここへ来るまでの道中で殿が妖気を察知できなかったのもおかしな話ですな」

『む……それは、そうだが…』

そう、三成と左近はここへ来るまでの道中ずっと一緒にいたが、鬼の気配など微塵も感じなかった。信之は三大妖たちに負けず劣らず強い妖気の持ち主である。いくら見鬼の力が強い吉継とはいえ、人間に視えるほど妖気を放っていたのなら三成が気づかないはずがない。
雪鬼とは何のことだと吉継が首を傾げているが、その話はまた別の機会だ。都にいればいずれ会うこともあるかもしれない。
今、三成の興味は木花咲耶姫と信之が同一人物かどうかよりも、桜の木に向いていた。
じっと桜を見つめていた子狐が、やがて神妙に一つ頷く。

『……あの桜は木花咲耶姫の現身か。どうりで』

桜の女神が現れない都でも南殿の桜だけが咲いていたのは、あの木が女神の宿る神木であり日ノ本中の桜の親木である為だ。
本当ならば、都の桜は全てあの木に合わせたくらいの咲き加減でなくてはならない。この都を基点に、ここより南へいくほど早く、北へ行くほど遅く開花していく。
木花咲耶姫がいつまで経っても北上してこないから、あの桜だけが不自然に咲いているように見えるのだ。実際はあれが自然で、咲かない他の桜が不自然なのである。
多分また何かしらの面倒事だろうなと予想をつけ、願わくば自分に被害が来ないことを祈りながら後ろ足で耳を掻いていた子狐がぴたりと動きを止めた。
同時に妖気を隠して姿を消していた高虎がその場に顕現する。その手に細身の刀が現れ、ゆるりと妖気が渦を巻いた。


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