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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
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「はぁっ!すごいのう!」

満開の桜の木の下で、ガラシャは両手を広げてくるくると回り、桜吹雪を全身に浴びた。こんなにたくさん花びらが舞っているというのに、掌を上向けて待っていてもほとんど手に乗ってくることがないのが不思議だ。
べべべん、と響く三味線の音色。振り返った先では元親が桜の季節に似合うゆるやかな音色の曲を奏でている。
その音色に合わせるかのように、一度散ったはずの桜の花から再び花びらが芽吹いた。

「教えよ!元親殿、何故この桜は無くならぬのじゃ?」

「フッ、教えてやろう。それは反骨の精神。桜に宿った熱き魂が、こんなものでは終わらぬと叫んでいるのだ!」

「ほむ!凄絶に、というやつじゃな?!」

ここに誰か一人でも第三者がいれば訂正なり何なりしてくれただろうが、残念ながら今この場には元親とガラシャしかいなかった。ガラシャは元親の言葉を疑う様子など微塵もなく、きらきらと目を輝かせている。
都にある邸の庭にも立派な桜の木があり、ガラシャは毎年そこで光秀と一緒に花見をするのが恒例だった。しかし、少し前に女の怨霊が宿って季節外れに花を付けたこともあり、今年も無事咲くだろうか、と心配していたら、元親が安芸灘周辺は今が見頃だと教えてくれたのだ。
あの一件以来、光秀はガラシャの外出に対し少しだけだが譲歩することにしたらしい。以前は同伴なしで遠出するなど絶対に認めてはくれなかったのだが、今回は元親が同行を申し出たこともあってか渋々ながらも許してくれたのである。

――私は今内裏での役目が立て込んでいるので一緒には行けませんが、元親殿にご迷惑をおかけしないようにするのですよ。

耳に胼胝ができるかと思うほど言われた言葉はしっかり脳裏に刻まれている。出立直前にも繰り返していたら、当の元親からもう少し娘を信用したらどうだ、と言い返されて言葉に詰まっていたが。
光秀とて娘を信用していないわけではない。ただ心配で心配でどうしようもないだけだ。それはよくわかっているので、ガラシャは優しい父に心配をかけずに済むように、早く一人前の妖として自立できるようになりたいと思っている。
多分その胸中を光秀に話したならば胃痛のあまり膝から崩れ落ちるだろうが、そこまではガラシャの考えも及んでいなかった。親心も色々と複雑なのである。
ふう、と息をつき、小走りで元親の隣に駆け寄るとそのまま腰を下ろす。暫し三味線の音色に耳を傾けた。

「元親殿の楽の音はいつ聴いてもよいのう。天下一品じゃ」

「俺はお前のいつ聞いても片言にしか聞こえぬ敬称呼びを聞いている方がよほど面白いがな」

笑みを含んだ声音に、ガラシャはむうと頬を膨らませた。

「わ、わらわとて元親殿に畏敬の念を抱いておるからこそじゃ!父上も年長者は敬うものだと言うておったぞ!」

「妖に上下関係も年長も年少もあるまい。地獄の餓鬼共の中には俺よりも長く生きているものもいる。光秀の言葉を実行するのなら、俺はただ本能の向くまま人魂を貪るだけのあれらを敬わねばなるまいな」

世間一般ではこれを「極論」という。
ガラシャは可憐な面差しの眉間に皺を寄せてうんうんと考え込んでしまった。うむ、じゃが、しかし、とか端々に聞こえてくる。
元親は三味線を奏でていた手を止め、糸巻きを握って調律を整えた。

「光秀の心持ちが心配か?なかなか親思いの娘だ。ならば俺に呼べと言われたとでも言っておけ」

「まことか?!」

「まことだ」

悩ましげだった表情が一瞬で輝きを放つ。

「ならば遠慮なくそうさせてもらうぞ、元親!」

言ってから、一瞬の沈黙を経てガラシャが顔を赤くした。

「な、なんだか改めて呼ぶと照れるものじゃのう」

名は言霊である。同じ名前でも、心を込めて呼ぶのとそうでないのとでは格段に差がある。大好きな父の、大事な友達である元親はガラシャにとっても大切なひとだから、心がこもるのは当然のことだ。
口の中で呼ぶことを許された名を繰り返しながらひとりで百面相しているガラシャの頭を軽く撫でた元親は、調律を変えた三味線で先ほどとは少し違った調子の曲を弾き始めた。
桜の花弁は、拍動を刻むようにして規則正しく咲いては散り、咲いては散ることを繰り返している。それに合わせて元親はゆるやかだが流れのある曲を奏でた。
ガラシャをここへ連れてきたとき、既に桜吹雪の状態だったのだ。見頃だと言って連れてきたのに少し遅かったかと内心舌打ちしたのだが、それから三日が経過した今も花の嵐は収まる気配を見せない。それどころか、八分咲きだった木までもが満開になり、散らす花弁はどんどん増えている。最初は好都合だと思っていたその様は、美しいとも言えるがどう見ても異常だった。
普通、桜は満開になると同時にその花弁を散らし、散った後は葉桜となる。しかし今は、花弁を失ったはずの花托から新たな花びらが生まれ続けているのだ。
この辺りの桜だけが奇妙な時空に巻き込まれ、時間が早回しになっているのではとも考えた。しかしそれならば、葉をつけたり休眠したりといったことをしなければ辻褄が合わない。どちらかというと、同じ時間をただひたすらに繰り返し続けていると言った方がいい。これもまた時空の歪みという点では同じだが、そんな芸当ができるものにはさっぱり心当たりがなかった。

『木花咲耶姫は、何処だ』

元親は今のところ、元就、宗茂、?千代以外の大自然に宿る神には会ったことがない。しかし桜の神の存在くらいは知っている。
この異常事態が桜にだけ起こっている以上、それを正して安寧を保つのは彼女の役目のはずだ。一介の神使である元親は元就の許可がなければ自然の理に干渉することは許されない。それに、この件に関してはたとえ元就の力でも是正は難しいだろう。彼は水神だ。
その元就がまぁそのうちなんとかなるだろう、とあんまり気にしていない様子だったので、そこまで心配はしていないのだが。
思考の間にも続いていた曲に聞き入っていたガラシャが、ふと視線を巡らせて元親の背後に目をやり、元々大きな瞳を更に大きく見開いた。
一瞬で表情が険しくなったのを見て取り、さすがの元親も何事かと顔を上げる。

「も、元親ッ!大変じゃ、空からおなごが降ってきたぞ!!」

滅多なことでは眉ひとつ動かさない元親が、怪訝そうに片目を眇める。上じゃ上!と慌てて叫ぶガラシャにつられて顔を上げると、ふっと視界が翳った。
あ、ほんとだ、と実に普通な感想を思い浮かべたところで、頭に盛大な衝撃を喰らって目の前に火花が散った。





 

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