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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
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地獄には、四季というものが存在しない。
八大地獄ならば、煮えたぎる溶岩やら血の池やら噴出する炎やらで常時高温であり、根の国と言われるほど深いこの地に天照大神の光は届かない。よって晴れることもないが、雨や雪が降ることもない。
一方、信之が常駐している八寒地獄はその逆で、常に極寒の世界であり通常であれば目を開けていられないほどの猛吹雪が吹き荒れている。元が人間である亡者たちは一歩足を踏み入れた瞬間から氷漬けとなってしまう。
地獄の景色はいつでも変わらないのだ。
なので、人界には四季というものがあり、季節ごとに自然が異なる姿を見せるのだと知ったときはそれなりに衝撃を受けた。咲く花や色づく木々によって山の色すら違って見えるなど、にわかには信じ難いほどだった。
まぁ、それもこれも妖である身には何の影響も及ぼさないことではあるのだが。
信之にとって景色の移り変わりとは八大八寒地獄それぞれの特色であり、色とりどりの花は天界の穏やかさを象徴するものであって、それ以外の区別は特になく、更に自分には縁のないものだと思っていたし、実際その通りだった。二百と十年ほど生きてきて特に不自由もなかった。
ついこの間、弟が人界に咲く花の美しさを語る姿を見るまでは。

『花とは天界の象徴と思っておりましたが、人界にはそれ以上にたくさんの花があるのですね。果実が食べられるものもあるんですよ。兼続殿が特にお詳しい。あ、でも茸や山菜は三成殿ですね。私は未だに毒草や毒茸と区別がさっぱりつかなくて……見ていて美しいのはなんといっても桜でしょう。春先に咲くのですが、可愛らしい薄桃色の花をつけるのです。人間たちの花見の宴にならって、最近は私もおふたりと桜を愛でつつ酒を酌み交わすのが恒例なのですよ』

是非兄上も一緒に見ましょう、と満面の笑みを向けられて矢も楯もたまらず大きく頷きそうになってから、いやまて、お館様の許可も得ずにそんなことを勝手に決めていいのか、となんとか踏みとどまった。
お許しをいただけば大丈夫ですと無駄に自信満々に言い切っていた幸村だったが、いつの間にあんなに遊び癖がついてしまったのか。多分狐と天狗のせいだ。
さすがに兄として一言物申すべきだろう。鬼の本懐は閻魔王に仕えて亡者たちを呵責することにある。人界で呑気に人間と戯れているなど本来はありえないのだ。
しかし、当の閻魔王は。

「えー別にいいんじゃないの。幸村楽しそうじゃし」

ほけほけと笑いながらそんなことを言われては信之に反論できるはずもなかった。横で氏康が「いいのかおい」とか言っていたが、それについても信玄は全く気にしていなかった。しかも「おことは少し羽目を外すことを覚えた方がいいよ」と逆に指摘される始末である。
羽目を外せと言われても、昔から幸村以上に「真面目すぎる」と周囲から散々評されてきた信之である。命令には絶対服従し、自らの役割は何があっても遂行する。勿論他の鬼たちも基本はそうなのだが、百年かけて八寒地獄を最深部まで往復するような芸当は彼でなくては到底務まらない。
たとえば、だ。盆に亡者たちが人界へ里帰りをするときには地獄はがら空きになり、鬼たちも短い間ではあるが役目から解放される。皆がのびのびと羽を伸ばすのだが、信之はそういうときは逆に何をしていいかわからなくなってしまうのだ。
多分、信玄はそんな部分を見抜いていて心配してくれているのだろう。
幸村はというと、昔は信之と一緒に過ごしていることが多かったように思うが、三成と兼続に出会ってからは少しずつふたりに会いに行くことが増え、今では盆でなくともすっかり人界に常駐する鬼のようになっている。
本来なら人界に留まって彷徨っている魂を回収するのは餓鬼のような下位の鬼たちの仕事だ。逆に獄吏の役割は餓鬼たちには務まらない。上位の鬼が下位の鬼の役目を代わることはできても、幸村の代わりはいないのだからやはり本来は地獄にいるべきなのでは。
思考が堂々巡りに入ってしまった信之ははっと我に返って頭を振った。こんなことだから信玄に余計な心配をかけてしまうのだ。
さて、何を考えていたのだったか。そう、桜だ。
幸村に言われてから、少しだけ気になってはいる。妖たちの審美眼は鋭い。特に天狗や狐は美しいものには目が肥えている。それが、毎年花を愛でるほどとなれば相当なものに違いない。
だが、八寒地獄の最深部から戻ってきてすぐ人界に降りたときのことを思い出して嘆息した。
久しぶりだったこともあり妖気を抑制すべき加減がわからず、人界を一面雪景色にしてしまったのだ。ただ、あの時は鎌鼬の高虎が自分の身を隠すために降らせた分もあったので信之ひとりのせいというわけではない。
ないのだが、本人的には大問題なのであった。地獄の鬼が人界に、しかも人間たちの生活に影響を及ぼしてしまったなどと大失態である。
三成にも妖気が零れ出すぎて寒いと指摘されてしまったし、幸村も同意してそれ以降は気遣って自分の炎の気で信之の冷気を相殺してくれていた。信之がそのことに気付いたのはこちらに戻ってきてからだったが。
妖たちの横で寒さに二の腕を擦っていた人間――左近の姿が甦る。あの程度で人間は歯の根が噛みあわぬほど寒さを感じるものなのか。それにしてもよく幸村は平気な顔で人間たちに合わせて妖気を抑えこんでいるものだ。昔からそういう芸当についてはあまり器用ではなかったように記憶しているから、多分今身に着けている装飾品の類が封印の役割を果たしているのだろう。
幸村は一緒に花見をしようと言ってくれた。しかし。

「………無理だろうなぁ…」

苦々しい声音で呟いて嘆息する。
花というのは春の暖気に反応して芽吹くのだ。自分が行って気温を下げてしまったらきっと、せっかく咲いた花が枯れてしまう。
そうなれば、幸村たちは元より人間たちとて悲しむだろう。百年すら生きられない人間たちの年に一度の楽しみを、私利私欲のために邪魔するわけにはいかない。
いざとなれば三途の川の水鏡を通じて人界を映せばいい。幸村に聞けば土産話もしてくれるだろう。それで十分ではないか。
自分で自分に言い聞かせ、そろそろ見回りに行こうと立ち上がりかけた刹那。

『――信之』

脳裏に直接声が響いて、無意識に背筋が伸びる。足元に宿った鬼火の中から滑車が現れ、信之が地面を蹴ると同時に激しく回転して青白い炎を撒き散らした。
凄まじい速度で進んだ先には荘厳な神殿。ちょうど裁定を終えた亡者が獄吏に引き摺られて出ていくところで門が開いていたため、その隙間から中へと滑り込んだ。

「お呼びでしょうか、お館様」

「おお、早いね」

頭を垂れる信之を見やった信玄が破顔する。ひらひらと手を振ると、横に控えていた司録と司命がふっと姿を消した。
改めて信玄が椅子に座り直して此方を見下ろしてきた為、信之は更に深々と頭を下げる。なので、直後に信玄がにっこりと笑ったことに彼は気づかなかった。

「いいものあげようと思って」

「…………………………………………は?」

予想外の言葉に思わず顔を上げてすっとぼけた返事をしてしまい、信之は慌てて謝罪した。閻魔王に対して「は?」はないだろう。
しかし信玄は全く気にする様子もなく、体の前に翳した手の平を天井へと向けた。そこへ光の粒が集まったかと思うと、球形となったそれがゆっくりと浮遊して信之の目の前にやってくる。困惑しながら見つめていると、信玄に促された為恐る恐る手に取った。
光が弾け、その中から現れたのは透明な玉石であった。水晶か何かだろうか。

「あの、お館様、これは」

わけもわからず尋ねてみると、信玄はにこにこと笑った。

「ちょーっと気分転換しようとしただけなのにここ抜け出すとすぐ氏康に見つかっちゃうから、あれに見つからないようにしようと思って作った妖気を消す水晶。どう?すごいじゃろ?」

「は、素晴らしいと思います」

いや、素晴らしいのか?閻魔王に抜け出されると困るではないか。しかしすごいだろうと言われてそうでもありませんとも言えない。
信之の葛藤を知ってか知らずか信玄は上機嫌のまま続ける。

「しばらくは結構いい感じに効いてたみたいなんだけど、なんか最近使っても見つかっちゃってねー」

「さすがは阿修羅王様」

「で、いらなくなったから信之、これ貰ってくれんかね?」

思わず信之は水晶と信玄を見比べて小首を傾げた。

「それは、悪用されぬよう処分をせよ、とのご命令でしょうか」

「じゃ、なくて」

どこまでも真面目な信之に信玄は苦笑を零す。そこで片付けろという風に解釈してしまう辺りが彼らしいというかなんというか。
本気でわからなさそうな顔をしている信之に、信玄は喉の奥で笑った。

「この前、幸村と人界の花見の話をしとったじゃろう?幸村が一緒にどうかと誘ってくれてた時の」

「ああ……戯言を聞かせてしまい申し訳ありませぬ。そのことでしたら、ご心配には及びません。この信之、不肖の弟の分まで役目を果たす所存」

「じゃ、なくてね」

どんどん信之の眉尻が下がっていく。信玄が何を言いたいのか見当もつかず、その意を汲めない自分が情けないと言わんばかりだ。
なので、信玄は単刀直入に伝えることにした。

「本当は行きたいじゃろ?幸村と一緒に花見。桜の花は綺麗じゃよ〜」

「そ、それはっ…その……」

反射的に否定の言葉が出てこなかったのは、頭では納得したつもりでも本心ではそうは思っていない証拠に他ならない。
言葉を濁して唸っている信之に、信玄は可笑しそうに笑った。

「おことはこの百年、実によくやってくれた。摩訶鉢特摩地獄の様子について、仔細がわかったのはおことの功績にほかならん。それに対する褒美じゃ。人界は今頃桜が見頃のはず。その水晶があれば妖気は完璧に隠せる。人間たちに悟られることもない。ついでに幸村の顔も見ておいで」

「!」

やっと信玄の意図を理解し、信之は目を丸くした。
妖気を消して人界に行く。考えもしなかったことだ。しかし、幸村がいない分の穴埋めをせねばと思ったばかりだというのに、そんなことをしていいのだろうか。
だがここで断れば信玄の好意を無碍にすることになってしまう。信玄は信之が断りにくい状況を作る為にわざと「褒美」という言葉を使ったのだろう。もしかしたら氏康から逃げる為に云々という辺りもただのでっち上げで、信之にこの水晶をくれるための口実なのかもしれない。
恐る恐る顔色を窺うが、信玄は面の奥で目元を和ませていて、それ以上のことは読み取れなかった。
ここまでしてもらって、受け取らないのでは逆に不敬ではないか。

「では……ありがたく、頂戴致します」

「お、やっと笑ったね」

嬉しそうに指摘されて思わず口元を覆う。無意識に口端が上がっていたことに気が付いて、信之は頬を紅潮させて申し訳ありませんと小さな声で答えた。



 

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