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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
3




一方その頃、徳川邸。
背筋をぴんと伸ばして正座をしていた政宗は、衣擦れの音に気付くと深々と頭を垂れた。
上座に現れた人物が慌てた様子で手を横に振った気配が伝わってくる。

「ああ政宗殿、そう畏まらんでくだされ。面を上げて」

一拍の間を置いてから、ゆっくりと顔を上げた。腰を下ろした家康が丸い顔を綻ばせている。内裏ではまずお目にかかれない、警戒心のない笑顔だ。
二人が向き合うと、周囲に控えていた家臣たちが一礼して室内から出ていった。無意識に入っていた肩の力を抜いて、政宗はそっと嘆息する。相手は右大臣なのだから警護があるのは当たり前なのだが、だからといってずっと監視されているようにして座っているのは居心地がいいとは言えない。
天下の右大臣は政宗と視線を合わせると丁寧に頭を下げた。

「いやはや改めて礼をせねばと思っていたのだが、遅くなってしまい申し訳ない。家臣たちの体調の経過もあったのでな…とは言っても、言い訳にしかならぬか。しかし時間を貰ったおかげで、我が家中はすっかり落ち着きを取り戻した。心から感謝している」

「勿体なきお言葉!」

再び政宗は平身低頭した。
二月ほど前に家康から依頼をされた瘴気を振りまく毒飯綱と飯綱使いとの攻防は、表向きは政宗が都への被害を最小限でとどめたということで報告が上がっている。狐と天狗と鎌鼬は実際解決したのは吉継だろうが、と紛糾していたが、当の大谷吉継が政宗の手柄にしておいてほしいと言ってきたのだ。
曰く、俺はたまたま大元を探り当てただけで、その奥に在る本質を見抜いてはいなかった。恐らくあの瘴気に潜む疫鬼に気付いた政宗ならば、都に毒飯綱が辿り着く前にその所在を探り当てて退治することも可能だったはず。そうなっていれば俺の出番はなかったはずだ、と、感情のこもらない淡々とした声で述べた。
それにあの時はまだ吉継は正式に秀吉に仕えることを決めていたわけではなかったから、最初からでしゃばるのが嫌だった、というのが本音のような気がしている。あくまで政宗の推測だが。こちらとしては手柄を譲ってもらえるのなら万々歳だ。
妖たちからは罵られたものの、政宗とてただ手柄を横取りしたつもりは全くなく、邸や陰陽寮にあった書物を片っ端からひっくり返したり苦手な占なんぞをしてみたりとそれなりの労力をかけ、疫鬼がもたらそうとしていた死病労咳をすんでのところで防いだ。特に最後に関しては相当な功績であると自負している。
なので、書面でことの顛末を報告し、それに簡素な文が戻ってきたときはがっくりと肩を落としたものだった。右大臣ともあろうものが、文ひとつであの依頼を終わったものとして処理するなど、と。貴族の身分を持つ者が、何事か依頼をしてきて解決したのに褒美も報酬も何もなければ政宗でなくとも不満に思ったことだろう。没落しかけの端に引っかかったような貴族でもあるまいし。
しかし、それからしばらく家康は出仕を控えていたので――抑々出仕したとしても政宗の方から殿上人である家康に面会する術はないのだが――体調でも崩しているのかと思っていた。そして昨日、久しぶりに出仕した家康から、いつでもいいので邸に顔を出してほしい、と言伝が来たのである。
政宗の内心を読んだかのように、家康は意味深な笑みを浮かべた。

「貴殿はわしが報酬も出さずに依頼を切り上げたと思ったであろう?わしもそなたの立場であったならそう思っただろうな。だが安心してくれ、そこまで礼を欠くほど落ちぶれてはおらぬよ」

その言葉を合図にして、先ほど家臣たちが退出していった襖が開く。美しい着物をまとった女房がふたり、両手で何かを捧げ持ちながら入室してきた。
さすが右大臣ともなると仕えている者も上等な衣装を着ているものだと少々ずれたところに感心していると、ふたりは手にしていたものを政宗の目の前に積み上げてしずしずと立ち去った。改めて品物を見やった政宗が大きく目を見開く。
積まれていたのは美しい絹織物であった。市で交換に出せばどれほどの価値のものが戻ってくるだろう。否、普通に出ている市に、これほど上等な絹と交換できる品物などあるのだろうか。
驚きのあまり声も出ないといった様子の政宗に、家康はますます笑みを深くする。

「褒美の品だ。遅参の詫びの上乗せとでも思って、受け取ってもらいたい。と、それともう一つ」

「………えっ、いや、あ、と、いう、ことは…」

まだ何かあるのかとつい言ってしまいそうになり、うまく舌が回らなかった。
待ってくれ。こんなものを貰ってしまったら手柄をくれた大谷吉継にそれこそ申し訳ないではないか。そうだ、せめてこの絹織物のうち一本でもいいから押し付けてこよう。なんなら半数くれてやってもいい。これを抱えて邸にたどり着くまで背後に気を付けねば。
冷や汗が出そうなほど動揺している政宗とは正反対ののんびりとした様子で、家康が口火を切った。

「我が邸では毎年、花見の時期には桜の宴を催していてな。確か秀吉殿もやっておったと思うが…まぁとにかく、どうだろう。今年はどうか貴殿にもその宴に参加してもらいたいと思っておるのだが」

頭を垂れることも忘れて、政宗はまじまじと家康の顔を見つめてしまった。
右大臣が開く桜の宴。左大臣共々毎年噂になるほどのそれは、名だたる貴族たちがこぞって顔を出したがる社交の場だ。勿論誰でも参加できるわけではなく、貴族の中でも特に高位の――それこそ殿上人たちが集まる宴である。
陰陽部の博士級の者ならば、招かれる可能性も無きにしも非ず。しかし、一介の陰陽生では邸の門をくぐることすら許されないだろう。
その宴に。右大臣自らが声をかけ、是非参加してほしい、ときた。これを断る者などいるだろうか。否。
考えるより早く、政宗は素早く頭を垂れた。

「ありがたき幸せ!是非とも参加させていただきたく!」






――という、思いもよらぬ話で舞い上がっていたのが十日ほど前の話。それから時間は流れ、もう少しで卯月の中旬に差し掛かろうとしていた。
聳え立つ木の枝を射抜くように睨んでいた政宗が喉の奥から唸りを発する。

「おかしい……」

彼の視線の先にあるのは桜の木だ。しかしまだ花をつけていない為、一見しただけでは判断が難しいかもしれない。
そう、桜が咲かないのだ。
都の桜は大抵弥生下旬頃から咲き始め、今くらいの時期には桜吹雪か、早ければ盛りが終わっていても不思議ではない。
ところが今年は、花どころか蕾をつける気配すら見せないのだ。
妙な時期に桜が咲いたり大雪が降ったりした影響かと最初はさほど気にしていなかった政宗だったが、右大臣邸での花見の宴の件もあって少々やきもきしている。よりによって今年に限って咲かないなどと運がなさすぎるではないか。
駄目元ではあるが、一つ拍手を打って精神を統一する。

「かけまくもかしこき……」

祝詞に合わせて気の巡りが政宗によって引き寄せられ、桜の木は花こそ咲かないもののどこか元気を取り戻したように見えた。
桜が咲かないというのは、政宗の個人的な問題にとどまらず実は大問題である。植物の息吹は万物の巡りの象徴であり、桜の花の綻びは冬の終わりと春の訪れを告げる。合わせて目覚めるはずの生き物たちが今年は妙に少なく見えるのは恐らく気のせいではない。
陰陽寮でもこの事態を重く見たようで、上層部は秘密裏に動き始めているようだ。
季節の廻りの停滞は天の一大事。このままでは植物が目を覚まさず、作物が実らない可能性もある。あとひと月もすれば田植えが始まってしまうのだ。

『木花咲耶姫は何をしておる?』

神に苦言を申し立てるなどあってはならないことだが、思わず心の中で呟いてしまう政宗だ。
桜の神、木花咲耶姫。木霊神に当たる。その姿はひときわ美しく、天女もかくやの美貌は咲き誇る桜の花にも全く見劣りがしないほどであるとか、ないとか。
神の姿を視るほどのものが、何故そんな抽象的かつ歯の浮くような賛辞しか出てこなかったのかとか甚だ疑問ではあるものの、とにかくかの女神は大層美しい容姿をしている、というのは古今東西神話の常識と化している。
何にせよ神というのは人の想いがあってこそ成り立つ存在でもあるので、人間たちがそうであると信じているのなら本当にそうなのかもしれない。政宗は今のところお目にかかったことがないのでよくわからないが。
それはそれとして、先ほどの政宗の祝詞は木花咲耶姫に向けたものであり、彼女が日ノ本を縦断することで桜は花をつける。もしかすると、何か理由があってどこかで足止めをくらっているのかもしれない。そんな話は聞いたことがないが、今までなかったからと言って絶対ありえないということもないだろう。
深々と溜息をついて、陰陽寮へ向かうべく歩き出すと。

「よぉ政宗、早いんだな」

豪気に笑う声に驚いて振り返れば、松風に跨る前田慶次の巨躯が朝日を遮って政宗のいる場所に影を落としていた。

「貴様こそどうした、随分真面目な時間に出仕するではないか」

「はっは!言ってくれるねえ!しかしなんだい、知らねえのか?朝っぱらからひと騒動あったらしいぜ。おかげで叔父御に叩き起こされる始末だ」

喋った拍子に息を吸いこんだからか、慶次は大きな欠伸を一つ零す。政宗は怪訝そうに眉を顰めた。
なんだ、ひと騒動というのは。全く聞いていない。しかも帝直轄軍に所属する慶次が火急に駆り出されるなど、よほどのことだったらしい。

「行き先はどうせ一緒だ。乗ってくかい?いいだろ松風」

主の言葉に応えて松風が軽く鼻を鳴らした。
言葉に甘えるべく頷いた政宗が腕を伸ばすと、慶次はその腕を掴んで軽々と馬上へと持ち上げる。
腰を落ち着けてから自分と慶次の腕を見比べて苦虫を噛み潰したような顔をしている政宗には気づかぬまま、ふたりを乗せた松風は内裏へと歩を進めた。
少し進んでから沈黙に耐えきれなくなり、政宗はわざとらしく咳払いをする。

「で、騒動というのは何じゃ」

「ん?ああ」

振り向かずとも、慶次の表情に険が乗ったのがわかって政宗は少し驚いた。
見た目も中身も豪快なこの男だが、堂々とした立ち居振る舞いは滅多に崩れず、取り乱したりということはほとんどない。こんな露骨な反応を見せるのは珍しい。もしや相当深刻な事態なのか。
慶次は眉根を寄せ、唸るように小声で呟いた。

「内裏で火が上がったんだとよ。で、それを見てた一人がこう言ったそうだ。『赤鬼が出た』ってな」





 

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