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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
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「――……物言わぬ骸と、赤く染まった主の部屋と、一枚の桜の花弁だったあーっ!」

「きゃーっ!!」

おどろおどろしい声で語り終えた途端、聞いていた女たちが甲高い悲鳴を上げた。それを聞いて目を瞬かせた男は快活に笑う。

「はっはっはっは!少々脅かしすぎたかな?これは面目ない」

「もう、お話がお上手なんだもの。怖い話を聞かせて楽しむなんていじわるね。お団子おまけしたげようと思ったけど、やめたわ」

「あっひでえ!」

情けない声を上げた男がわざとらしく腕を伸ばすと、女たちは楽しそうにきゃっきゃっと笑った。
背中越しにその語りを聞くともなしに聞いていた慶次は、串に刺さった団子を三つまとめて頬張る。

「あっちは随分華やいでるねえ」

馴染みの店の娘に言うと、彼女はくすくすと笑って、空になった茶碗と持ってきたおかわりの茶碗とを取り替えた。

「旅の商人さんなんです。よく京にもいらしてて、そのたびにここへ寄って、ああしてお団子食べながら面白い話をしてくださるんですよ。それを聞きに来るお客さんまでいるものだから、おかげで店では大人気。今日の怖いお話は不評みたいですけど」

肩を竦めた娘はちらりとそちらを見やったが、輪に加わろうとする様子が見えないので慶次は不思議に思った。

「あんたは聞きに行かなくていいのかい?俺に気を遣ってくれる必要はないんだぜ。別嬪さんが運んでくれる茶はそりゃあ別格の美味さだが、おっさんに持ってこられたって怒りゃしねえよ」

「おっさんで悪かったな!」

店の奥から怒鳴り声が聞こえてくる。この店の主のものだ。おっと失敬、とわざとらしくしまったという顔をして見せると、娘は口元を袂で押さえて吹き出した。

「慶次様もあの旅人さんに劣らず口がお上手。わたし、怨霊とか悪霊とか、そういうお話はちょっと苦手なんです。慶次様が教えてくださる三大妖のお話の方が楽しいわ」

「嬉しいこと言ってくれるねえ。そんじゃ、団子もう一つくれるかい」

「はーい」

小走りで店内へと駆けていく娘の背を見送ってから、慶次は視線を巡らせて先ほどの旅人を見やった。
一時の気の迷いで正気を失った男が、気の迷いの元凶である周囲の者には視えぬ「女」に執心し、家臣も自らの立場も全て失い、最後には命を落とす。どこにでもありそうな話ではあるものの、「周囲の者には視えぬ女」というのが引っかかる。悪鬼か、もののけか。それとも別の何かか。
勿論本当のことかどうかはわからない。単なる作り話かもしれないし、本当だとしても話を盛り上げるために多少の脚色がされていても不思議ではない。
突っ込むのも野暮だが、そもそも家臣に見放されて主ひとりきりになった邸で起きた出来事を誰が伝えたのかということになる。可能性があるとすれば家主を殺した兇手だろうが、それはほぼないだろう。兇手が人前に出て自らの武勇伝を語るというのもおかしな話だ。
旅の商人は物語をやめ、今は荷物を広げてこれはどこそこの名物だの都ではなかなかお目にかかれない逸品だのと吹聴し、上手い具合に客の財布の紐を手繰り寄せている。
目の肥えた慶次から見ればどれも男が言うほどの価値があるものとは思えなかったが、聴衆は目を輝かせて話に聞き入っていた。なかなか口が達者らしい。
今ここで本来の価値を大声で言ってやるのは簡単だが、それは筋が通らないだろう。彼の商売を邪魔したところで、慶次には一文の得にもならないのだから。
ふと、以前幸村を市に案内してやった時の彼の言葉が脳裏を過った。

『人間は汗水垂らして働き、時には命を危険に晒してまで得た金を、生きるための食糧や娯楽に使う。上等な絹織物や高価な芸術品……興味のない者から見れば何の価値もない品物も、それを欲する者が相応の対価を払ってでも手にしたいと思ったのならば、その品物にはそれだけの価値があるということなのでしょう』

どこか悟ったような人ならざる者の言葉には妙に説得力があって、慶次は見た目だけは自分よりも年若く見える鬼をまじまじと見つめてしまったのだった。
ものの価値を決めるのは当人自身。本来の価値がどうであれ、手に入れたいと思う者がいるならその品物には価値がある。同じ壺を目の前に差し出されたとして、一人は古臭いだけで何の価値もない壺だと思うかもしれない。一方、古さの中に趣を見出し、これはよい品だと評価する者もいるだろう。もし評価したのが高名な貴族であれば、その壺の買い手が山ほど殺到して値段が高騰する。ものの価値など大抵そんなもので、おそらくその程度でいいのだ。
ちなみに幸村はその話をした直後、「ですから、私にとって価値のないこれは慶次殿に差し上げます」と言って都修繕の手伝いによって得た報酬の金子を全て慶次に渡して颯爽と去っていった。
確かに妖が人間の金を持っていたところで使いどころがあるとは思えないが、あの時は随分慌てたものだった。何しろ底なしの体力で周囲が目を瞠るほどの働きぶりが高く評価されていた幸村の報酬はかなりの額になっていたのである。もらったはいいがなんとなく罪悪感に駆られて、孫市と左近と政宗とで均等に分け合ってなんとか貰ってもいいかくらいの金額に落ち着いた。
いくら左大臣といえど奮発しすぎではなかろうかと思ってしまうほどのそれは、秀吉が本気で幸村を自分の懐に囲い込もうとしていた証だろう。残念ながら幸村は都を去るときに政宗の術の協力を得て自分に関する全ての記憶を消していったので、秀吉の元には不自然な支出のみが残ったはずだ。
恐らく黒田官兵衛辺りが見れば何となく察しがつくだろうが、それは慶次には知る由もない。彼ならばうまく誤魔化してくれるだろう。
手慰みに弄んでいた団子を口に運ぼうとして、はたと動きを止める。少し考えてから、身を乗り出して店の奥に声をかけた。

「ちょいといいかい?悪いんだがさっきの注文、団子二つ追加して包んでくれ」

「あら、お持ち帰りですか。勿論いいですよ、まいど」

好い人にでもあげるのかしら、とからかうように笑う娘に苦笑を返す。

「たまには三大妖のご機嫌伺いもしないとねぇ」

「妖がお団子なんて食べるんですか?」

「甘いもんはわりと好きみたいだぜ」

驚いた様子で感嘆の声を上げた娘は目をきらきらと輝かせている。
というか、食べる必要がないというだけで食べられないわけではないので、むしろ彼らは選り好みせずなんでも食べている印象がある。
尋ねていけばどこからともなく山の幸やらなんやらが出てくるし、天狗はあの中でも特に蟒蛇だしで、大貴族でも滅多にお目にかかれないのではと思うほど上等な酒もよく嗜んでいる。かと思えば狐は左近の握り飯がお気に入りらしく、意外と庶民的な舌でもあるようだ。そういえば幸村の好物がわからない。今度聞いてみよう。
笹の葉で包まれた団子を慶次に渡すのと引き換えに代金を受け取りながら、娘がにこにこと笑う。

「それじゃあ慶次様、妖怪さんたちに味の感想聞いてきてくださいね。そのお話聞かせてくれたら、次はわたしの奢りにしてあげるわ」

「おっ、そいつはいいねぇ」

豪快に笑って立ち上がった慶次は、先ほどからちらちらとこちらを窺っている旅の商人を見やって悪戯っぽく口の端を吊り上げた。
去り際に僅かに身を屈めて、男にしか聞こえない声の大きさで告げる。

「自分の武勇伝話すばっかりじゃ、本命は振り向かないぜ?」

慶次――というより慶次と話していた娘を視線で追っていた男がぎくりと身を強張らせ、ばつの悪そうな様子で後頭部を掻いた。
聊か弁舌の鈍くなった男の声を背中に聞きつつ、上機嫌のままその場を立ち去る。
人混みが少しはけたところまでやってくると、団子を包んでいる笹を一枚剥がし、串をひとつ摘んで肩のあたりに向けて差し出した。

「団子は好きかい、兼続」

『甘いものはわりと好きだ』

顕現した白い烏が、喉の奥を鳴らして悪戯っぽく笑う。
 一体どこから話を聞いていたのやら。少なくとも調子よく娘としゃべる口実に三大妖を利用していたことはとっくに気づかれているらしい。
嘴で器用に団子を串から外した烏は、一旦くわえたそれをひょいと空中に放ると落ちてきた勢いのまま一口。少し味わった後でその目元が穏やかに緩んだのがわかる。

『うむ、さすがに舌が肥えているな慶次。美味だ』

「そりゃよかった」

もさもさと団子を咀嚼している烏を横目に眺め、その喉元を指先で撫でてやった。鳥が食べ物を咀嚼して味わっているというのもよく考えれば変な光景だが、これはただの鳥ではないので気にしない。
季節外れの雪だの桜だのの騒動があったせいで随分と季節の感覚が狂っている気がするが、今は弥生の終わり。今度こそ本物の美しい桜が拝める季節だ。いつもならば都もそろそろ見頃を迎えていい頃だが、今年は遅れているのかまだ花をつけた木は見かけていない。
少し疑問に思わないこともないが、まぁそんな年もあるだろう。

「桜が咲いたら花見酒といこうじゃねえか」

『それはいい!特上の酒を用意しよう!』

「できれば人間でも飲める強さにしてくれよ」

最後の言葉は心底そう思っての発言だったが、兼続は三成と幸村も誘わねばな!などと上機嫌な様子で、ちゃんと聞いていたかは微妙だ。

「で?今日はどうした?また政宗と口喧嘩でもしてきたのかい?」

もはや恒例となりつつあるが聞くだけ聞いてみる。たまに政宗には顔を見せずに慶次の所に来ることもある兼続だが、これでも一応政宗の式である。主に呼びつけられたか何事が用事がなければ都に入ってくることはないはずだ。上空の散歩はまた別として。
すると、一瞬烏の眉間に皺が寄ったような気がした。

『呼ばれてきたのだが、気乗りしなかったのでさっさと戻ろうとしたらお前を見かけたのだ』

「気乗りしねえって、どうしたってんだ」

来てくれるようになっただけ進歩だな、と心の中で思いながら問いかけると、兼続がやれやれと言わんばかりに嘆息した。

『この間の一件で、右大臣家康に呼ばれて邸に出向いている』

「この間…?」

逡巡してから、あああれか、と一人で合点した。
つい最近、といってももうひと月半ほど前からだが、帝の直轄軍と秀吉の配下に新入りが増えた。軍の方には松永久秀という壮年の男。秀吉の配下には、大谷吉継という呪術師。後者は顔のほとんどを布で隠していて目元しか見えない為素顔がわからないのだが、二人揃って異様な風体なので周囲の者たちの覚えは実に早かった。
彼らが朝廷に仕えるようになった経緯に、政宗と三大妖が絡んでいるらしい。慶次がことの顛末を知ったのは何もかも終わった後で、しかも掻い摘んでの説明をされただけなので細かいところは知らない。
多分、政宗が呼び出された一件というのはそれのことだろう。右大臣まで関わっていたとは意外だった。とはいえ家康のところに新入りが増えたという話は聞かないので、それとはまた少し別件での関わりなのかもしれない。
どことなく不機嫌そうな烏を宥めるように、背中から翼にかけてを掌で覆うようにしてぽんぽんと叩く。
 三大妖は右大臣家康にあまり良い感情を抱いていない。三大妖討伐の軍を起したときに裏で手引きをしていたことと、結果的に幸村を嵌め、危うく冥府の理を破らせるところだったことで特に狐と天狗からは相当な恨みを買っている。当の幸村はあれは自分の未熟さ故だと言い切っているものの、何も思うことはない、ということもあるまい。
直接的に手を下しに来ることもないだろうが、少なくとも今後彼らが家康に好印象を持つということはほぼないと言っていい。妖というのは直情的な分、一度思い込んだらなかなか覆さないのだ。それが災いして左近も三成と初対面の折に半殺しの憂き目に遭っているわけで。
多分、兼続が気乗りしなかったという理由はそのあたりにある。

「わざわざ呼び出したってことは、悪い話じゃねえと思うがねえ。功を讃えられて褒美でも貰ってくるんじゃないか」

お世辞でもなんでもなく心から思ったことを言ったのだが、兼続はふん、と尊大に鼻を鳴らす。

『あれが罰されようが褒められようが未熟者は未熟者。大方今頃は不相応な邸の広すぎる室にでも案内されて畳に額を擦り付けている頃だろうさ。従順な犬のようだ』

政宗個人というよりは貴族社会そのものを見下しているような口調に、慶次は苦笑を零すしかなかった。




 

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