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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
1
――『あいしているわ、あなたを』


そう言って、彼女は美しく笑った。

花のかんばせを片手で包み込めば、彼女は双眸を細めてその手に頬を摺り寄せる。


『ああ、あなたは本当にうつくしいな』


全身から滲み出る、まさに花の如くかぐわしき美しさ。見目だけでなく、それは彼女の内面から発されるものなのだろう。

己のものだ。この美しい女は、己だけのものだ。

彼女さえいれば、他にはもう何もいらない。

しかしいつからだろう、家が傾き始めたのは。

妻を失った後、彼女を得たまではよかった。しかし、己が彼女に心を奪われるのに比例して、家臣たちの心は離れていった。

どうしてだ。自分は彼女を愛しているだけなのに。

一番の古株である忠臣が、震えながら言葉を放つ。


『殿の目に映っておられるそれは、もののけですか。それともあやかしですか』


何を言っているのか、わからなかった。

薄く笑って、傍らで己にしなだれかかる女の肩を抱き寄せて答える。


『こんなにも美しい女が、お前にはもののけにみえるのか』


すると家臣は、何か恐ろしいものを見たような顔で息を呑み、青ざめた顔で後退るともつれる足を引き摺りながら姿を消した。

ご乱心だ、とか、もののけの怒りを買ったのだ、とか聞こえたが、気にもならなかった。

そう思った途端、背後に立つ気配を感じた。

最後の家臣は今しがた出ていったはずなのに、誰だろう。

首筋に冷たいものが触れる。


『――返してもらうぞ』


ごとん、と。

重いものが地面を転がるような音を聞いた気がした。

身体が軽い。ふわふわと空中を漂っているような。

見下ろした先の赤く染まった庭で、物言わぬ骸とその傍らに美しい女がひとり。

嗚呼、そんなところにいたらおまえの美しい体が汚れてしまう。

そう思って伸ばした手は彼女の体を通過する。

はて、不思議なこともあったものだ。

女の肩が微かに震える。


――『やっぱり、この人も不幸に呑まれてしまったわ。……これで、終わりにしましょう』


小さな呟きを残して、女の姿が掻き消えた。

目を大きく見開いて、慌てて辺りを見回す。

どこにいったのだ。たった今まで、そこにいたのに。

不意に、脳裏に鮮明な映像が浮かび上がった。

酒宴のただ中で、呵呵大笑する男。空になった盃に酒を注ぎ、甘えるようにしてその腕にしなだれかかっているのは。

その姿を見た途端、ざわりと胸が波打った。

なぜだ。どうしてそこにいる。お前は俺だけを愛しているのではなかったのか。

ずっと傍にいると、そう言ったではないか。

そうか、大方、その男にかどわかされでもしたのだろう。待っていろ、すぐに助けてやる。

刀を掴もうと延ばした腕はしかし、空振りに終わる。

今すぐにでも走り出したいのに、足が動かない。

この骸が、邪魔なのだ。

足蹴にしようとした途端、はたと気づいた。

骸が纏っているのは、見慣れた着物。丁寧に結われた髷は彼女の手によるものだ。

頸と胴が離れ、虚ろな目が虚空を見つめている。


――鏡で見た、己の顔そのものではないか。


そして、彼女の隣にいた男。あれは――己の主だ。

全てを悟った途端、腹の底から笑いが込み上げてくる。

そうか、なんだ、そうだったのか。最初から、己が一人で躍らされていただけのこと。

彼女の心は、己になど向いてはいなかった。

没落し、家臣からの信用も失い、出仕すら覚束なくなった自分を始末する口実。

嗚呼、それでも。

確かにあの女は己をあいしていると言った。己とて同じだ。

ならば、奪ってしまえばいい。

最早この身は人の躰ではない。主も臣も関係ない。ただ愛しい女を取り戻す。

そうだ。絶対に。


『お前を逃がしはせぬぞ……小少将――――!!』






逃げ出した家臣団の一部がその夜、城へと帰還した。そこで目にしたものは。




 

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