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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
10
三成はそれでだ、と言うと人間たちを見やった。

「こういうことは俺達より人間の術者の方が詳しいかもしれん。見解を述べよ」

「えええ?」

突然振られた左近が思わず呻く。三大妖は人間を軽んじているのか重んじているのかたまにわからない。
そんなもの知ってるわけがないでしょうと返すつもりだったが、隣で吉継が片手を上げる気配がした。

「あれは毒飯綱だな。天狐よ、お前の見方は当たっている。管狐に瘴気を纏わせ、呪いの対象を外ではなく内から崩すために使われる術だ」

澱みない口調に、高虎以外の全員が驚いて目を瞠った。
瘴気は人間たちにとって大いに有毒である。直接体の害になるだけでなく、近くに在るというだけで心がささくれ立ち、些細なことで苛立ったり怒りっぽくなったりするのだ。
その結果、対人関係に罅が入り、不穏な空気を生み出す。その不穏な空気が更に満ちると、それはまた瘴気と呼べる代物に変貌してしまう。
人心の乱れが先か瘴気の発生が先かという議論は、この際無駄なので省いておく。
吉継を見やった三成は感心した様子で頷いた。

「なるほどな。ならば、早急にその毒飯綱とやらをどうにかすれば俺はここから帰れるということだ」

「承知いたしました!端から探し出して焼き捨てて参ります!」

速攻で駆け出そうとした幸村だったが、素早く腕を伸ばした吉継がその腰帯をがしりと掴んだ。

「痛っ?!」

「まぁ待て鬼よ、それは聊か早計というものだ」

腹のあたりを押さえて振り返った幸村の頭上に疑問符が浮かぶ。吉継は帯を掴んでいた手をぱっと離すと、涼やかな双眸を細めた。

「友を案ずる気持ちはわかるが、焼き捨てるのはあまりよろしくない。黄泉の炎では浄化ができぬ。毒飯綱たちを退治ることは可能だろうが、奴らが溜め込んでいる瘴気が灰となって散らばってしまう」

軻遇突智の炎でも用いれば浄化も可能だろうが、それは神の領域だ。いくら幸村が黄泉の獄卒とはいえ、一介の鬼が扱えるものではない。
彼らが使う鬼火ほどの火力となれば、灰の散らばる速度も相当なものだろう。それは即ち、瘴気が今以上の広範囲に広がるということだ。それでは術者の思うつぼである。

「しかし術者の目的が解せんな。瘴気を広めて何とする?あまりに無差別すぎるだろう」

誰かを直接狙うわけではなく、少しずつ、だんだんと場所を都に近づけている。それにより、官吏たちの目は都ではなく病が横行している地方へと向けられている。
実は気づかぬ間に状況はかなり切迫してきているのではないかと左近は焦燥を滲ませた。何か裏にもっと大きなものが潜んでいるのでは。
勘繰る高虎に、兼続は尊大に鼻を鳴らした。

「あの飯綱使いにそんな大義があるとは思えぬ。ただ混乱を起こして楽しんでいるだけだと思うがな」

短い邂逅の中で、兼続は飯綱使い―風魔小太郎の性情をそのように読み取った。
口でどのような理屈を述べても、悟りの力を持つ妖の前では見透かされる。しかし風魔は、心の底から混乱した状況を楽しんでいた。
そして、此岸を黄泉の瘴気で満たすという彼の目的は未だ果たされていない。都は平穏を取り戻し、二度に渡る混乱の最中にも死者は一人も出なかった。次を画策していても全く不思議ではない。

「だが、無差別というなら好都合だぞ」

穏やかな笑みを崩さず、吉継はさらりと言う。

「つまり人間を狙っているわけだろう。格好の囮がここには二人もいる」

「…………………………………まさかとは思いますが、俺も数に入ってます?」

「?お前と俺以外にこの場に人間がいるのか?」

不思議そうに首を傾げられ、左近は思わず顔を引き攣らせた。これはおかしい。三成を探しに来ただけだったのになんだかものすごく身の危険を感じる単語が見え隠れしてきた。

「俺と左近とで、管狐をおびき寄せる。まとまったところで足止めし、浄化してしまえばいいのだ。たとえば」

そうして吉継は、高虎と左近を交互に指し示した。

「高虎が管狐を氷漬けにし、動けなくなったところを左近が術で浄化する、とかな」

「おお、それは妙案!」

「待て待て待て待て待てっ!」

いい考えだとばかりに兼続が手を叩いて賛同したが、慌てて左近が止めに入る。
前半はまだいい。だが左近はただの退治屋で、結界やら縛魔術ならまだしも祓魔術は専門外なのだ。しかも術者が操る使役は普通の妖とは違う。ぶっつけ本番でそんなことを言われても無理に決まっているではないか。
狼狽している左近を見やって三成が怪訝そうに眉を顰めた。

「同じ術だ、大して変わらんだろう。照魔鏡と相対したときは術も行使していたではないか」

「大いに変わります!大体あの時はっ」

そう言って、腰に巻いてある羽織の下をごそごそと探って赤い飾り紐を引っ張り出す。

「三成さんがこれ貸してくれたでしょう!あのときと桜騒動のときに妖力使い切っちゃってこれもうほぼただの装飾品ですから!」

「ああ、そういえば」

そんなこともあったな、と何でもなさげに答える三成にがくりと肩を落とした。

「大体吉継さん、言いだしっぺなんだからあんたがやればいいでしょう……」

蟲術といい、先ほどの追跡や隠形の術といい、吉継が並大抵の術者でないことはもう疑いようのない事実だ。となれば瘴気の浄化くらいは当然可能だろう。
しかし吉継はこれには首を横に振った。

「残念ながら、俺も今日は色々と面倒な術を使いすぎてな。この方法だと、寄せの術を使わねばならない。その上浄化となると……できぬことはないが、術を行使した後で動けなくなる可能性がある。それは少しまずい。それに、先ほどのは一例を述べたまでだ。たとえば、と言っただろう?」

「ですが、この場には吉継殿と左近殿以外の術者は……」

言いながら幸村が辺りを見回す。
そう。吉継の言う通り、ここにいる人間は二人だ。となれば術者も最大二人で、それがどちらも術は使えぬと言っている。
では、それ以外の方法とはなんだろう。
吉継は更に笑みを深めた。

「一人いるだろう、お前たちの周りに。……俺の全霊をかけた蟲術を呪禁で阻み、左近の命を救った素晴らしい陰陽師が」

あの術者の抵抗がなければ、吉継の蟲術はもっと早く完成していたはずなのだ。そして、もしそうなっていたらこの場に左近はいなかっただろう。
みるみるうちに、兼続の目が半眼になった。

「……………あの半人前にそんな大役を?」

「ふふ、半人前なのだとしたら、あれほどの素質を持つ者はそうそうおるまいな」

その時、辺りの影が深さを増した。いつの間にか日が落ち、夜の帳が辺りを包もうとしている。
左近が都を出てから、丸一日が経過しようとしていた。






****






じじ、と燭台の炎が何度目かの音を立てる。それによって神経の尖りが少し緩み、政宗はようやっと顔を上げた。
ずっと同じ姿勢で書物を捲っていたせいか、肩と首のあたりの筋がばきばきと音を立てている。顔を顰めて揉み解しながら、深々と息を吐き出した。
気が付けば周辺に読み散らかした書物が頁を開いたまま点在している。その中には陰陽寮から持ち出してきたものもあったので、慌てて閉じて横に並べた。幸い折れや傷はついていない。
そして書物を傷物にしかけてまで読み漁っていたというのに、肝心の黒い管狐に関しては未だそれらしい記述は見当たらなかった。もう暗いしいっそのこと普通に寝てやろうかと自棄気味に考える。
しかし眠ったところで解決策が見えてくるとは思えないし、何より天下の右大臣の目の前で大見得を切った以上今更できませんと泣き言を言うわけにはいかなかった。

「ええい、何かあるはずじゃ……!」

用意しておいた茶碗から白湯を一気にあおると、すっかり冷めていたそれによって盛大にむせた。
涙目になって咳き込みながら、そういえば今年も流行病の時期であったことを不意に思い出す。本格的な冬を目前に控えたこの時期から、毎年風邪をこじらせたような症状が流行るのだ。まず普段ではありえぬほどの高熱が出て、体力を奪われる。それだけでなく喉や鼻もやられてしまうので、食欲がなくなり回復が遅くなる。更に弱り目に祟り目で肺を悪くするという、毎年死者も出している厄介な病である。
そこで、ぴたりと動きを止めた。
家康の邸に招かれたとき、妙に咳き込んでいる者が多いような印象を受けた。政宗を先導して歩いていた忠勝は何ともなさそうだったが、彼に対して頭を下げていた家臣たちがことごとくだ。
家康は自身にも家臣たちにも「さしたる異常はない」と言っていた。しかし、それは裏を返せば「小さな不調は起きつつある」とも取れるのではないか。
たまたま流行病の伝染が早かっただけかもしれない。しかし、それなら都で既に爆発的に広がっていてもおかしくはないはずだ。徳川邸だけで広がっているというのは少し違和感がある。
今はたしか、地方で病が広がっているということだった。下手に混乱を招かぬようにとかなりの上位の官吏にしか現状は伝わっていないはずだが、人の噂は千里を駆ける。内裏にいて、そんな噂が耳に入らぬなどということはありえない。
ので、まだ一応公にはなっていないことになっている話を、誰もが知っているという奇妙な状況だ。珍しいことではないが。
否、そんなことは今はどうでもいい。
徳川家の人々を皮切りに、これから都中に病が広がる可能性もある。しかしあの病は感染力の強さと共に潜伏期間が短いことでも知られていて、今現在政宗自身がぴんぴんしていることには疑問を抱かざるを得ない。こんなに眠くて疲れているのだから発症しなくてはおかしい、と政宗は妙な自信を持っていた。
仮に、あの症状が流行病などではなく、何か別の要因があるとしたら。
政宗は今まで穴が開くほど眺め続けていた書物を放り投げると、乱雑に散らばった室内の書物を片っ端からひっくり返して目的のものを探した。
あれも違うこれも違うと二十冊ほど外して舌打ちしたところで、漸く目当てを探り当てる。
それは医心方のうちの一冊だった。人体に数ある急所を的確に知ったり、持ち込まれた依頼が呪いなのか病なのか判断する上でも役に立つだろうと内裏から借りて写そうと思っていたものである。
素早く捲った頁の途中で手を止め、文字をゆっくりと指でなぞりながら食い入るように見つめる。
やはり違う。徳川邸の人々に現れた症状は、流行病でもなければ管狐の瘴気が原因でもない。似たような症状を引き起こして、本筋から目を逸らせているのだ。
医心方を閉じて丁寧に積み上げ、再び呪術の書へと戻る。
だが今探しているのは、管狐に関する記述ではない。
先ほどまでなら見向きもしなかったであろう頁に目を留め、じっと動きを止めて文字を追う政宗の目がだんだんと見開かれていく。
やはり、あの黒い管狐と瘴気はただの目くらましだ。本当の原因は、瘴気の最奥に潜むもの。
否、その最奥に潜むものが、瘴気を発していると言った方が正しい。
「それ」は、実体を持たない。動く術も持たない。ゆえに、別のものへと寄生する。そうして根を張り、花が花粉を飛ばすようにして瘴気と――それよりももっと恐ろしいものを広めるのだ。
死病を撒き散らし、人の心に闇を生む。その名は。

「……疫鬼!」

その刹那、政宗の脳裏に聞き慣れた張りのある声が響いた。




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あきゅろす。
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