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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
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社の屋根で立てた膝に顎を乗せた三成は、つい先ほどまで目の前にいた半妖の子供が消えていった方向を剣呑に見据えていた。
子供が三成に供えるために持ってきた盗品の山は、社の中に積み上がっている。見返りもないのによくまぁ飽きもせずと半ば感心すると同時に、ここへ来たときから日に日に近くの集落の住人たちの心が殺気立っていくのがわかるほどだった。このままでは命が危うい。
推測だが、恐らくあの子供は戦う術を持っていない。相手が人間だろうと、袋叩きにでもされたら呆気なく死んでしまうだろう。妖は長命で頑丈だが、それは成熟していればの話だ。人間でも妖でも子供というのは非力なものである。
この事態を打開するに一番手っ取り早いのは、やはりあの子供の願いを成就させてやることだろう。即ち、母親の病が治ること。
たとえそれが三成の力によるものでなくとも、狐が願いを叶えてくれた、と思いこんでくれればここに三成を繋ぎ止めている想いの念は切れるはず。そうすれば自由の身になれるだろう。
まぁ、それができれば苦労はないのだが。

「ここから動くこともできぬのにどうしろと言うのだよ……」

一応原因くらいは探ってみようと、遠見やら悟りやらで三成なりに情報収集はしている。その中で視えてきたのは、昏い瘴気を纏った黒い管狐だった。
その管狐が、あの半妖の子供の母親に近づき、瘴気を振り撒いたところまではわかった。確信はないものの、あれが原因なのではないかと三成は踏んでいる。
わかったところでどうするか、というところまで考えてふりだしに戻る。

「……頭が痛くなってきた」

管狐と聞くと最近ろくな記憶がない。しかも、三成が視た黒い管狐も飯綱使いが放ったものらしかった。
そしてその飯綱使いは、都を騒がせていた管狐達を操っていた忍と見て間違いない。

「災禍をもたらす疫病神め。本当に人間か?」

返答もないのに声に出して呟いてしまうことが最近増えたような。
いい加減、元いた山が恋しくなってきた。
なんだかどっと疲れが押し寄せてきて、立てた膝に額を押し付けると大きく息を吸いこむ。

「幸村、兼続」

駄目元で、もうこうして呼ぶのも何度目かわからなくなった友の名を出してみる。
すると。

「……?」

木々の隙間で光るものが見える。目を凝らしてみるが、実体があるようなものとは思えない。
こんなところで敵襲だろうか。まずい。今はこの社の範囲外には出られないというのに。
とりあえず初手の一撃くらいは防いで相手を確認してやろうと、周囲に狐火を顕現させる。
獣の耳がぴんと立ち上がり、僅かな音も聞き漏らすまいと辺りを探った。複数の気配が木々の間を縫ってこちらへと向かってきている。
唐突に、妙に懐かしく感じる声が脳裏に響いた。

『三成ーっ!』

『三成殿!』

聞き間違えるはずのないその声音に大きく目を見開く。と、同時に光源から糸のようなものがするすると伸びてきて、社の周囲を取り囲んだ。
一際強烈な光を放った糸が霧散し、眩しさに目を細める。次いで息を呑む音が聞こえた。
そっと目を開けると、そこには久しぶりに目にする友の姿。驚きに瞠目するふたりが全く同じ表情を浮かべているのに可笑しさがこみあげてくる。

「………幸村…兼続…?」

何故ここが、と言うより早く、大の男がふたり物凄い勢いで屋根を超えるほど跳躍してそのまま飛びついてきた。うぐっという間抜けた声が漏れ、勢いのまま背後に倒れて盛大に後頭部を強打する。そして勢いのまま揃って屋根を転がり、どすんという音と共に地面に落下した。

「うおおおお三成ー!心配かけおって!!今までどこで何をしていたのだ!!」

「お探ししました三成殿!!ご無事でよかった…っ!お怪我などはありませんか?!」

「怪我した、今した…!」

頭と背中を押さえて転げ回りたいくらいだというのにふたりが抱きつく力が強すぎて身動きもままならない。呻き声の合間に一回落ち着け、と言ってみるものの効果はなかった。どうしてこう最近ひとの話を聞いてくれない奴が多いんだ。
首に巻きついた幸村の腕を叩きつつ腰の辺りにしがみついている兼続を引き剥がそうと躍起になっていると、ふたりに遅れて別の気配がこちらへ近づいてくるのを感じた。

「いやはや恐れ入りましたな……吉継さん、あんた大した術者だね」

「お褒めに与り、光栄だ」

どこかで聞いた声と、どこかで感じた妖気。幸村と兼続をなんとか押しのけて顔を上げ、目を瞬かせる。

「左近?お前、何故」

「まぁ色々ありましてね。何にせよ見つかってよかった」

完全に出遅れた感を自覚しているらしい左近は片手を軽く振るに留め、肩を竦めて見せた。
どことなく疲れが滲む様子を見れば、「色々」の部分は大体想像がつく。大方このふたりに捜索を手伝うようにと半ば無理やり引っ張り出されたのだろう。周りを無駄に巻き込むなと言ってやりたいところだが今は何を言っても聞いてくれなさそうだ。
諦観にも似た感情を抱きつつ、穏やかに笑う左近からその隣に立つ二つの影に視線を移す。そして再び驚きに目を見開いた。
何やら覚えがあると思ったら、何のことはない。つい最近見た顔ではないか。しかも敵として。

「貴様らは……」

「久しいな、天狐」

左近に蠱をけしかけた蟲使いと、それに従っているらしい鎌鼬。たしか名前は大谷吉継と、妖の方は高虎とか言っただろうか。
三成にしがみついていた幸村と兼続が唐突に顔を上げると、吉継に向き直って両の手を片方ずつ取ってがしりと握った。

「ご尽力感謝いたします、吉継殿!」

「言葉には尽くせぬほどの感動が私の胸に満ち満ちているぞ!」

「ふふ、礼には及ばぬ。そう褒めるな、照れるだろう」

「………………………」

なんだろうこの既視感は。前にもこんな光景を見た気がする。ふたりが頭を下げていた相手は猫又だったが。なんでこいつらはいつも俺より先に全部言ってしまうのか。機を逃すではないか、と心の中で呟いてみる。
というか三成の記憶が正しければ、この術者は左近の命を狙い、狐狸妖怪の中で最上位である天狐を昏睡状態にまで追い込んだ。並の人間にできることではない。そして幸村も兼続も相当立腹していたはずだった。それが何故行動を共にした上に謝辞まで述べられているのか甚だ疑問ではあるものの、どうやら今日は敵というわけではないらしい。
据わった目のままその三人を飛び越えた先に目配せすれば、意図を汲んだ左近が三成の隣にやってきてしゃがみ込む。

「一体何がどうなっているのだよ」

「おや、千里眼で視てたかと思ってましたが……三成さんが行方不明になったってんで、あのふたり血眼になって探してたんですよ?」

少なくとも、手がかりがなさすぎて左近のところにやってくるくらいには必死だった。
しかし三成はここへ来てから外界との連絡手段をことごとく遮断されてしまっていた為、そんなことは露ほども知らない。むしろ失踪に気づかれていないのではないかとすら危惧していた。飛びついてきた勢いを見るに、それは杞憂で済んだようだが。
見つかったとなれば長居は無用とばかりに、踵を返した幸村が三成の手を引いた。

「さぁ帰りましょう、三成殿。実は酒宴にお誘いしようと思って用意している酒があるのです。よろしければ今宵にでも」

「いや、幸村。それは駄目だ。俺はまだ帰れぬ」

予想外の言葉が返ってきたことに驚いた幸村は丸くした目をぱちぱちと瞬かせた。それはその場にいた他の面々も同じであり、視線が三成へと集まる。
三成の言葉を反芻した鬼は困惑した様子で首を傾けた。

「……ええと…帰れぬ、とは?」

「そのままの意味だ」

そう言って三成が立ち上がり、少し社を離れて森の方へと手を伸ばす。
すると、ばちんと鋭い破裂音がして、反射的に腕を引っ込めた。指先が少し焦げたように煤けるが、火傷のような痛みも外傷もない。兼続と幸村が慌てて駆け寄ってきた。

「何をしている?!」

「お怪我はありませんか?!」

「ひとを屋根から落としておいてよくそんな台詞が言えるな貴様ら!よく見ろ、何ともない!」

驚いた左近は辺りを見渡した。今のは間違いなく結界だ。
しかし、この周辺で術が展開したような気配は感じられない。現に、三成を探してここまでやってきた一行は何の障害にも当たらなかった。
ものは試しと、先ほど三成が手を伸ばした辺りの境界を恐る恐る半歩ほど外へ出てみる。が、やはり何の抵抗もなく移動することができた。
三歩ほど進んでみるが、やはり特に問題はない。意図に気付いた吉継が高虎に目配せすると、彼も左近にならって同じ辺りを歩いたが、こちらも結果は同じだった。
左近が人間だからということが理由ではないようだ。一体何なのだろう。
様子を見ていた三成が肩を竦める。

「俺は自分の意思でここへ来たわけではない。召喚され、気付いたらここにいたのだ。俺を喚んだのは半妖の子供。……否、誰が喚んだのかはさして問題ではないな。その子供の母親が、流行病に倒れているらしい。この辺りで信仰のある稲荷に快癒祈願をしていたところ、何故か俺が思念に引き寄せられたというわけだ」

恐らくは稲荷の眷属である狐を無意識に呼んだのだと思われる。
もっとも、あの子供は何も語らなかったので、あくまで三成の推測に過ぎないのだが。

「…召喚された以上、俺はあのがきの思念に引き留められている。それを断たねばここからは動けぬ。おそらく」

「なんということだ…!」

愕然と呻いた兼続が片手で額を押さえた。まさかそんな厄介なことになっていようとは。
ならばどうすればいいのかと悩み始めたが、当の三成はけろりとしている。

「まぁ、思念を断つ方法も大体見当はついているのだがな。やり方が問題だ」

「何、あてがあるのか?!そういうことは早く言え!」

「貴様らが飛びついてきたから喋れなかったんだろうが……」

三成の額に浮かんだ青筋を見て人間二人と高虎は無意識に半歩下がったが、幸村と兼続は全く気にすることなくむしろぐいぐいと詰め寄っている。
横目で高虎を見やった吉継が薄く笑って、耳元に口を寄せた。

「怖いのか、高虎」

「……俺は自分の実力を弁えているだけだ」

険の滲む声音で返した高虎は不機嫌そうに腕組みをする。眉間の皺が言葉をまるっと裏切ってしまっているが、吉継はそこには触れずに逆立った髪をわしわしと撫でた。
こういったさりげないところで、三大妖がそこらの妖とは一線を画す大妖怪なのだということを改めて感じることは多い。勿論彼らが互いに心を許した友だということも大きな要因の一つだろうが、九尾の狐に睨まれたら普通は怯むものだ。高虎が直接目が合ったわけでもないのに後退する姿勢を見せたのは当然の反応と言っていい。本能が危険を回避しようと警鐘を鳴らしている証拠である。
恐らく三大妖の場合、百万が一くらいの奇跡的な確率で敵対することになったとしても――そして本気を出せるかどうかも別として、互いにそう易々と斃せる相手ではないとわかっているから、無意識下で互いを恐れることがないのだ。
埒もない思考に囚われていた左近は三成が深々と溜息をついたところではっと我に返った。あちらはどうやらまたしても詰問されていたらしい。

「……口で言うより視た方が早いか」

そう言って三成が指を鳴らすと、辺りに顕現した狐火が渦を巻いた。点在していたそれらが一ヶ所に集まり大きく円を描いたかと思うと、その中央に映像が映し出される。
靄のようなものが漂っているのかと思いきや、よく見ればそれは大量の管狐だった。しかも普通のものとは違い、全身が墨染の如き暗色である。靄も見間違いというわけではなく、何やらその管狐から発されているようにも見えた。
管狐たちが一斉に向きを変え、どこかへ向かっていく。彼らが収まったのは細い筒の中。そしてその筒を持つ男の姿を見て、兼続があっと声を上げた。

「あれは…!」

三大妖が都に禍をもたらしていると嫌疑をかけられる羽目になった元凶の忍だ。直接相対したこともあるのでよく覚えている。霊力が抑制されていたとはいえ、兼続の攻撃を阻み弾き返したのだ。ただの人間に飼われる管狐が。
再び場面が管狐に変わった。今度は背景も一緒に現れる。見たことのない場所がほとんどだったが、二ヶ所だけ所縁深い場所があった。一つは先ほど炊き出しをしていた集落。
そしてもう一つは、都だ。
狐火が掻き消えると、沈黙が訪れた。事情がいまいち掴めていない吉継がふむ、と呟く。

「随分物騒な知り合いがいるのだな。で、あの飯綱使いが何なのだ?」

「知り合いなのか、あれは」

思わず聞き返した高虎である。事情がわかっていないのは同じだが、吉継の発言がずれていることくらいはわかる。
三成はそれには答えず、難しげな表情で腕を組んだ。

「俺も詳しいことは知らん。だが、あの管狐らしき黒い物体が振り撒いていた瘴気が病の原因と見て間違いない、と、思う」

「お前にしては歯切れの悪い物言いだ」

珍しい、と率直な感想を述べる兼続をぎろりと睨む。

「仕方なかろう。俺はこの場から動けなかったのだ。どういうわけか獣共も近づいて来ぬし、情報を集めるにも限界がある」

どういうわけかも何も普段ならあるはずのない強大な妖気が鎮座していたらそりゃ誰も近づきたくないだろう、とその場にいた全員が思ったが、誰も口にはしなかった。
ふと、左近の脳裏に内裏の光景が甦った。
今年もまた流行病の時期だな、何事も命あってのこと、気を引き締めねば、と誰ともなしに、だが誰もが口にしていた。それは毎年のことなのだが、今年はいつもより少しだけ時期が早い。
それが、先ほどの管狐たちがもたらすものだとしたら。これから更に広がる恐れもあるのではないか。

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あきゅろす。
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