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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
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そもそも、三大妖にはあの雨を止めなくてはなどという使命感は全く無かったのだ。人間の麾下に下った兼続の力があまりに抑制されていることを心配していて、一連の事件の中でその杞憂が現実となってしまったのが発端である。幸村と三成にしてみれば大事な友である兼続に傷を負わせた水虎に一矢報いるのが目的で、歯に衣着せぬ物言いをしてしまえば顔も名も知らぬ人間が何人失踪しようが大雨で川が氾濫しようがそれにより都が甚大な被害を受けようがどうでもよかった。そんなものは人間たちの都合で、妖たちには何の問題もないからである。
その水虎こと清正は、それこそ市の人探しに直接関わっていたではないか。秀吉に頼まれたとはいえ、行動を共にし都人を襲撃していたのは彼である。少なくとも三大妖たちより市と長政に近いのは間違いない。
では自分たちと長政の繋がりとは何だろう。強いて言うなら、長政の人魂を市の元へ届けたのは兼続だ。しかしそれももののついでというかなんというか、こっちはこっちで色々問題も起きていたので正直人魂と天女の逢引など大して気にもしていなかったというか。
となると自分たちが長政と市の運命を引き合わせたのはおまけのおまけの更におまけくらいのことだったと言える。長政が恩を感じているらしいことに申し訳なさすら感じる幸村だ。
掻い摘んだ話を聞いた高虎は少し考えた後、姿勢を正すと深々と頭を下げた。

「……礼を言わせてくれ。経緯はどうあれ、お前たちがいなければ長政様とお市様は今共に在ることができなかっただろう。……もしそうであったなら俺は、主だけでなくかけがえのない友をも失っていた」

長政と市が離れ離れになること。それはつまり、先の一件で吉継が命を落としていたかもしれない、ということだ。あの時の吉継は確実に境界の川を渡ろうとしていて、それをぎりぎりのところで市が繋ぎ止めてくれたのだ。
死者の理に抵触する、天女には本来許されない行為。それは勿論市の気持ちでもあるだろうが、長政の願いあってのことだ。
長政がよく口にしていた言葉がある。この世の全ては繋がっていて、よい行いをすれば、その行いは人と人とを繋ぎ、伝わり、巡り廻ってやがて自分へと戻ってくるのだと。だから自分は、誰に対しても優しくありたい。そうすれば、優しい世の中になるはずなのだと。
人間というのは随分夢想的なことを言う生き物だと呆れ半分に思ったものだが、今ならあの言葉の意味が少しだけわかるような気がした。
そのまま頭を上げようとしない高虎に、幸村が慌てて両手を振った。

「そんな、我々は何も!どうか顔を上げてください!」

「そうだぞ。それに種族は違えど我らは同胞ではないか。我らの行いが結果的にお前にもよい結果をもたらしたのなら、それはまさに義!」

快活に笑った烏は幸村の肩から飛び降りると、てくてくと高虎に歩み寄って、叩頭して丸まった背を羽根で軽く叩いた。

「そういえば聞くだけ聞いて我々は名乗っていなかったな。ここで会ったのも何かの縁!私は烏天狗の兼続だ!今我らが探している九尾の狐は三成という!」

「私は冥府で獄吏をしている鬼で、幸村と申します!」

やっと顔を上げて無駄に爽やかなふたりを見やった高虎は複雑な表情を浮かべた。
別に今更敵対するつもりもないが、警戒を解くのが早すぎないか、と思わないでもない。人間たちの近くにいすぎて平和ぼけでもしているのだろうか。なんとなくだが、今この場にいない狐が聞いたら慌てて止めに入りそうな気がする。これまたなんとなくだがあの狐は融通がきかない性格をしていそうだ。
だが恐らく、それは彼らが自らの力に自信を持っているからできることなのだろう。心の安定を欠いた状態の狐ですら、高虎と互角かそれ以上の力を発揮していた。全力でかかってこられたらそれこそ一捻りだ。実際、幸村には初対面の時に文字通りぶっ飛ばされた記憶もある。あの膂力は正直敵には回したくない。
抑々鬼やら天狗やら狐狸妖怪はそこらの妖とは一線を画す連中である。普通の妖でも千年くらい生きれば同格か格上になるかもしれないが、生憎高虎はまだその半分程度しか生きていない。下手に逆らわぬが賢明だ。

「高虎だ。……まぁ、よろしく頼む」

「はい!」

そして和やかに語らっていた妖たちは、いつの間にか左近と吉継が草木の影を抜け出して炊き出しをしている広場に近づいていることに気付き、慌ててその後を追った。




「さぁさぁ並んで並んで!まだまだたーくさんありますよ〜!」

少し人気がなくなったところで辺りに声をかけている男に近寄りながら、左近は片目を眇めた。
炊き出しをしているというからどんな聖人君子かと思えば、男は妙に胡散臭い風貌であった。白髪まじりの髪の間から覗く顔には蜘蛛の巣のような痣か傷跡が見える。堅気の人間なのだろうかと少し不安になるくらいだ。隣を歩く吉継は特に気にしていないようだが。
一直線に向かわず遠回りをしてきたおかげか、里人たちは見ない顔だとは思っていそうなものの森から突然現れたとは気付いていないらしい。第一段階は突破した。
声を張っていた男はそこでやっと左近と吉継に気付いたらしく、目を瞬かせてじろじろと二人を眺めた。

「んん〜?おぬしらこのような田舎の集落にしては妙に傾いた格好をしておるな?」

「お初にお目にかかる。我らは旅の者だ。山中で道に迷っていた所、人の気配がしたので天の助けとやってきた次第」

涼やかな声音でさらさらと適当なことを述べる吉継にいっそ感心する左近である。宛所もなく転々としていたと聞いたが、旅慣れしているというか。
だがこの男さっきも雑炊を受け取ったのではなかったのか。気づかれないところをみるとよほど上手く隠形の術を使っていたらしい。
とりあえずここは流れに乗っておくべきだろう。正直に自己紹介することもあるまい。そう思って黙っていると、男はふんと鼻を鳴らして鍋を掻きまわした。

「まぁそういうことにしておいてやろう。で?旅のお二方、腹は減っておらんか?吾輩特製の雑炊だ!茶粥もある。うんまいぞ〜」

「いただこう」

躊躇わず雑炊と茶粥をそれぞれ一杯ずつ受け取る吉継に、遠慮がなくて大変よろしいと男は機嫌よさげに笑声を上げた。左近もそれに倣い、二杯の椀を受け取る。
出来立ての雑炊から立ち上る湯気を吸い込んだ途端、腹の虫が盛大に鳴った。そこで漸く空腹を自覚する。妖たちにくっついていくのに精一杯で、完全に自分の状態が見えていなかった。
鳴ってしまったものは仕方がないと割り切り、雑炊を一気に掻き込んだ。塩気もちょうどよく、ご丁寧に野菜まで一緒に煮込まれていて疲労が溜まった体に染みるような美味さに感じられた。
あっという間に二杯とも平らげて、椀を返しつつ手を合わせる。

「ご馳走様でした。いやはや、生き返りましたよ」

「それは重畳」

言いながら男はまろぶようにして駆け寄ってきた子供に雑炊を手渡している。そそくさと立ち去る少年の後ろ姿を見送っていた左近は軽く首を傾げた。
あの子供、先ほども列に並んでいたような。
いいのだろうかとちらりと男を見やれば、男は鼻を鳴らして口の端を吊り上げる。

「別に何度来ようが構わん。こんな寂れた集落じゃ、全員に配ったところで余りはすれども足りんことなどあるまい」

「それもそうだ。……というか、何故こんなところで炊き出しを?」

吉継はまだ食べ終える気配がないので、暇潰しついでに抑々の疑問を投げかけてみた。
男の風貌といい、纏っている衣の質といい、それこそこんな人里離れた集落の住人だとは考えにくい。となれば、どこからかわざわざやってきて炊き出しをしていると見て間違いないだろう。集落自体は潤っているようにはとても見えないから、礼などは期待できそうにない。一文の得にもならないだろうに。貴族の戯れというのもなんだか違う気がする。
椀を受け取って深々と頭を下げていく人々ににこやかに笑いかけていた男は、左近を見やると途端に苦み走った顔になった。

「知りたいか?教えてやろう。都が何もせぬから吾輩がやっておるのよ!」

「……都?」

「そう!都、もとい帝がな!」

忌々しげに舌打ちする男に左近は首を傾げる。
はて、何故この流れで都だの帝だのの話になるのだろうか。
もぐもぐと口を動かしながら、吉継もこちらの話に耳を傾けている。鍋の中に残った雑炊を全て椀に取り分け、男は燃え盛っていた竈に砂をかけて火を消した。

「この国で、帝は絶対!帝は正義!そうだろう?天照大神の末裔だものなぁ?どうせお偉い帝様は、己の元で直接働かぬ人間……都の外で暮らす地方の民など、その御高貴な視界には入ってすらおらぬのだろうよ」

思わず頷きかけた左近だが、慌てて咳払いした。
都の外の民どころか、都でも殿上人以外は目に入っていない可能性がある。
あるが、今の左近は一応左大臣秀吉に雇われている退治屋の身分だ。誰も聞いていないからとはいえ帝の陰口など許されない。
男はてきぱきと鍋を片付けながらも、だんだん苛立ってきたのか手つきが乱暴になってくる。

「帝様は目に見えぬところで民が餓えようが痛くも痒くもあるまい?それこそ己の為に働かざる者は食うべからず、くらいには思っているのだろう。フン、馬鹿馬鹿しい!」

苛立ち紛れに投げつけた菜箸が鍋に跳ね返って乾いた音を立てた。腰を上げた男は憤然と肩を怒らせる。

「吾輩はそういうチンケな正義が大嫌いでな。そんなものに味方することがないよう炊き出しをしておるのよ」

ここへきて左近は確信した。
人を見た目で判断してはいけない。ものすごく良い人だ。
漸く雑炊を平らげた吉継は箸と椀を揃えて男に返すと、柔らかな笑みを浮かべる。

「馳走になった。礼にひとつ、占いでもどうだろう」

「あーあー結構結構!占いは嫌いだ!吾輩の運命は吾輩のもの!他人に決められてたまるか!」

嫌そうに顔の半分を歪めて片手で虫を払うような動作をした男は鍋やら何やらを詰め込んだ葛籠を背負うと、さっさとその場を立ち去った。その背を見送っていた吉継がふむ、と呟いて目を細める。

「足元に石難の相」

「は?」

左近が怪訝そうに聞き返すが早いか、足早に歩いていた男が突如道端の石に躓き、悲鳴を上げながら葛籠の中身をぶちまけつつもんどりうって転がった。
言葉を失って固まる左近に悪戯っぽく笑った吉継は、早々に男から興味を無くした様子で踵を返した。

「腹も満たされたことだし、そろそろ行こうか。早く天狐を探し出してやらなければ」

「……、そうでした」

別に本来の目的を忘れていたわけではないが、あまりに何事もなかったかのような口ぶりなので一瞬返答に窮してしまった。
炊き出しの男の悲鳴に人々が引き寄せられてる間にこっそり集落から離れ、再び森の中へと入ると同時に妖たちが顕現した。
顔を見合わせて頷き合い、薄暗い木々の間できらきらと輝きを放つ妖気の糸の先を見据える。
この先に、三成がいるはずだ。





 

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