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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
7

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「う〜む……」

燭台に灯る明かりを頼りに書物を捲っていた政宗が呻き声を上げる。室に籠ってから何回目になるかは覚えていない。
やはりどの書物を手繰っても、黒い管狐の記述は見当たらなかった。見落としていただけで実はあるんじゃないかという淡い期待は既に砕けている。
そもそも飯綱使いそのものが珍しいのだ。彼らに関する研究すらも進んでいないというのに、更に操っている管狐となるとそれ以上にわからないことが多い。見た目に関する記述すらほぼ見当たらなかった。
見た目はさほど問題ではないということならいいのだが。実は色んな種類がいるので色も多様だとかで済んでくれるなら。
だが、半蔵が纏っていた瘴気は尋常ではなかった。余程の呪術を身の内に取り込むか何かしないとあそこまでにはならないだろう。たとえ弱い呪術でも、二つが合わされば別の効果を発揮して相乗以上の結果をもたらすこともあるが、只人である半蔵が一つの呪詛を受けた状態で、更に他の呪術をも受け止めきれるとは考えにくい。
だとすればなんだ。あれほどの瘴気――怨念を溜め込む術などあるのだろうか。
一つ思いついたのは、蠱毒だ。狭い空間に幾多の種類の生物を閉じ込め、放っておく。腹を空かせた生物は、命が危機に瀕せば普段は食わないものでも容赦なく喰らう。そうして生き残った一匹……閉じ込められ、したくもない争いをさせられて恨み辛みを募らせ死んでいったすべての命を喰らい、最後に生き残った一匹を用いて呪詛を行う。あれほど簡単で、それでいて恐ろしいほどの怨念を集められる術は他にはないだろう。
今まで蟲を扱う術を見たことはなかったのだが、ついこの前相見えることとなった。不本意だったが。
都で五本の指に入ると言っても過言ではない退治屋の左近の命を脅かした術だ。いきなり狐に術をなんとかしてくれと言われたときはどうしようかと思ったが、おかげで時を遅らせる術をかけながらじっくりと蠱術を見ることができた。
書物などで読む以上に、強く、恐ろしく、おぞましい術であった。勿論術者の力量如何だろうが、できれば今後お目にかかりたくはないものだ。
半蔵が帯びていた瘴気は、あのときのものとは異質であった。だから恐らく、蠱毒によるものではない。そもそも蠱毒で生み出した瘴気をどうやって飯綱使いが扱うというのか。
どつぼにはまってだんだん頭痛がしてきた。ちなみに書物めくりの手伝いをさせようと兼続を呼んでいるのだが一向に返事がないのでそちらも苛々が募っている。
書物を開いたままごろりと寝転がり、その頁で目元を覆って嘆息した。
勢いで引き受けてしまったものの、やはりそう簡単に糸口は掴めそうにない。とはいえ半蔵の様子を考えると、あまりのんびりもしていられない。

「……弱った」

力なく呟いたあとでどこからともなく涼やかな鈴の音が聞こえた気がしたが、面倒なので聞き流すことにした。




『あちゃー、政宗さんもお手上げってかんじ?』

塀の上から伊達邸を見下ろしていた猫又が、やれやれと肩を竦めてから後ろ足で首を掻く。
官兵衛は捨て置けと言っていたが、何かあってからでは遅いと考えた半兵衛はこっそりと流行病の内情を探っており、家康が政宗に依頼するよりも早く半蔵の異変を察知していた。
ただでさえ忙しい官兵衛の心労をこれ以上増やすことは本意ではないので、結果を報告する予定は今のところない。あくまでも自分の興味の赴くままの調査だ。
人間たちの視点から見れば自分が見落としている何かを見つけてくれるかもしれないと思い、徳川邸を出た政宗の後を追って書物を捲るその姿を遠目に眺めていたのだが、残念ながら収穫はなさそうだ。
半蔵に纏わりつく謎の瘴気の正体は半兵衛にもわかっていない。しかし、数日前から官兵衛が家康殿とすれ違うときに妙な気を感じる、と時折口にするので、もしや彼に何か悪影響が出ているのではと少し危惧しているところだ。
正体も出所も不明だが、多分瘴気を撒き散らすことが目的ではないだろう、と思う。
仮にそうだとすれば、人前に出ることのない忍を利用するのは効率が悪い。忍を媒体にして、家康が瘴気を移されたなら爆発的に広がる危険性もあるが、それも今のところなさそうだ。伝染させる気がないらしいというのは、徳川邸を出たあと政宗がけろりとしていることからもわかる。
何より、そんな危険な状態であれば勘のいい官兵衛が「放っておけ」などと言うはずがない。時折人間の直感は妖の経験値を上回る正確さを発揮する。
だがそれがないからと言って楽観視もしていられない。
本当に何もないのなら、半兵衛の気がかりにすらならないはずなのだ。何というか、大局を見失ってしまっているような漠然とした不安感がある。その不安感の正体が全くわからないので、半兵衛は無意識の底で相当苛立っていた。知りたいのは官兵衛に悪影響があるかないかというその一点のみなのだが。

『もうちょっと様子見かなぁ』

口調だけは軽くぼやく半兵衛だったが、その目には剣呑な光が宿ったままだった。






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「あれですかい?」

「うむ、あれだな」

匂いを辿って見えてきた集落を木々の隙間から覗く。
立ち上る湯気の周囲に人々が集まっており、森の中にまで食欲をそそる匂いが漂ってきていた。炊き出しというのは本当だったらしい。
がさり、と音がして、左近と吉継は咄嗟に息を殺して身を潜めた。茂みを一つ挟んだ先の獣道を、男が二人連れ立って歩いていく。集落の人間たちもあちこちから集まってきているようだ。
しかし、男二人の足取りは妙に重い。どうしたのだろうかと思っていると、深刻そうな溜息が聞こえてきた。

「最近畑からしょっちゅう野菜が無くなりやがる。罠には何もかからねえが」

「はっ、どうせまたあの半妖のガキだろ?」

忌々しげな声音に、左近と吉継が顔を見合わせる。

「なんでも母親が病で倒れたって聞いたが、妖怪との間に子供作るような女じゃ、どこで何の病気貰ってきたんだかわかりゃしねえな。あのガキも一緒にくたばってくれりゃ万々歳なんだが」

「違いねえ」

笑い声を響かせながら、男たちは炊き出しに並ぶ列へと向かっていった。
あれだけの声の大きさなら、今の会話は当然近くにいるはずの幸村と兼続にも聞こえていたはずだ。逆鱗に触れるのではと冷や冷やしたが、今のところそんな様子はない。
そう、普通の人間にしてみれば妖への印象などあれくらいが普通なのだ。左近とて、三大妖と親しくなるまでは妖は悪辣なもので人間とは相容れぬ存在だと信じて疑わなかった。だから、今の男たちを一方的に責めることはできない。
多分、幸村も兼続もそれくらいはわかっているだろう。理解していても腹が立つのは仕方があるまい。堪えてくれただけありがたいと思わなければ。
そして漸く近くから人の気配が消えたため、二人は再び炊き出しの方をこっそりと見やった。
このご時世、いきなり森の中から見知らぬ人間が現れたら物の怪の類かと疑われても文句はいえない。見たところそれほど大きな集落ではないから、おそらく住人たちは全員顔見知りだろうから、里人だという言い訳は通用するまい。都ではこんな心配は全く不用なのだが。
その上左近も吉継もここに住む住人たちに比べたらはるかに上等な着物を纏っているので、文字通り身ぐるみ剥がされる危険もあった。仮にそうなったとしても無傷でいる自信は勿論あるが、何の非もない集落の民に怪我をさせるのは不本意だ。先ほど吉継がここを通ったときはこれほどの人出ではなかったので簡単な目くらましの術を使ってすり抜けられたが、先ほどの追跡術の行使の後で消耗していることもあるし、一人ならまだしも嵩のある左近が一緒では術をかけたところでそれなりに目立ってしまうだろう。
さて、どうやって潜り込もうか。
小声で相談しはじめる二人の人間の少し後ろに、三匹の妖が姿を隠して潜んでいる。こんなところに強い見鬼の力を持つ者がいるとも思えないが、視えやすい子供がいるので念のためだ。方針を相談しているらしい人間二人に何かあればいつでも出られる用意はしてある。何もないのが一番だが。
勿論先ほどの男たちの会話はばっちり聞き取れていた。一応、あの程度で怒るほど狭量でもない。多少不愉快ではあるが、この状況で報復にでも出ようものなら左近と吉継にあらぬ嫌疑がかけられることになる。
妖たちの中にも人間に対して嫌悪感を持つものは多いから、お互い様なのだ。
茂みを背に寄りかかって腰を下ろしていた幸村は肩越しに先ほど紡がれた妖気の糸が示す道標を見やった。かなり時間が経過したのだが、消えたり揺らめいたりといった様子はない。となると吉継はずっと術を行使していることになるのだろうが、当の本人は顔色一つ変えずに真剣な表情で左近と話し込んでいる。
大した術者だ。都中を探してもこれほどの霊力を持ち、自在に操れる人間はそうそういないだろう。
次いで、腕組みをしたまま木に凭れて瞑目している鎌鼬を見やった。

「高虎殿は、吉継殿の式ではないのですか?」

すると高虎はゆっくりと双眸を開き、眉間に皺を寄せて幸村を見据える。
あれほどの霊力があるのなら、強力な妖をひとつふたつ式に下していても不思議ではないと思ったのだ。吉継が使う蟲は思念が実体化したようなもので妖とはまた違うため、式にはなりえない。
となれば一番身近にいる妖は恐らくこの鎌鼬だが、彼は高虎を指して「我が友」と呼んだ。ここにもまた、心を通わせた人間と妖がいたのかと興味が湧いたのである。兼続もそれは同じだったようで、肩にとまった白い烏が首を巡らせた。
幸村たちに他意はないとわかったのか、高虎は軽く肩を竦めて見せる。

「俺たちの主は別にいる。……もう、この世にはいないが」

多分、後にも先にも、高虎が式として力を尽くす主はただ一人だ。
深い蒼玉が少しだけ淋しげな色を湛えて細められたのを見て、幸村が軽く頭を下げる。

「そうでしたか。浅慮な質問を致しました、申し訳ありません」

「何、気にするな。俺と吉継は同じ主に仕えていてな。俺は式として、あいつはお抱えの術者として、主が愛した村を護っていたんだ」

懐かしげに目元を和ませた高虎が天を仰ぐ。
目は口程に物を言うとはよく言ったものだ。その双眸から過去の主への想いと情景が伝わってくる。

「愛だな、愛」

白い烏がもっともらしい顔をして何度も頷く。それを聞いた高虎が一瞬怪訝そうな顔をしたが、特に何も言わなかった。
暇潰しに付き合うことを決めたらしく、その場にどかりと腰を落ち着ける。

「俺たちの主は見鬼の力も霊力も持たない非力な人間だった。だから平時は俺の姿を視ることも叶わなかったし、吉継がどんな術を行使しているのかさえ知らなかっただろう。……それでも、村を護るために、俺のような下級の妖とはいえ人外の力を欲し、強すぎる霊力を恐れられて異端と弾かれていた吉継をも拾い上げてしまう懐の深さには恐れ入る」

驚くほど妖の気配や瘴気や人の悪意というものに鈍感で、妖である高虎が心配してしまうほどだった。しかし、鈍感であるがゆえにどこまでも真っ直ぐな優しさを貫いていた。
優しく、純粋で、嘘がない。真実そんな人間は滅多なことではお目にかかれない。そんな主だったから、高虎も吉継も彼を護ることに決めたのだ。

「最後は天女にまで見初められ、今や天界の住人だ。まったく長政様らしい」

「………………天女?」

「………………長政様?」

はて、どこかで聞いた名前が出てきた。
顔を見合わせる鬼と烏を見やって高虎が不思議そうに首を傾げる。
まさか。いやそんな。しかし、天女に見初められる人間などそうそういるだろうか。骨抜きにされるなら何人でもいるだろうが、そのまま天界の住人となるなど。しかも同名で。そんなに「長政」という名前にばかり聖人君子が多いわけもあるまい。
もしや、と目配せし、再び高虎に視線を向けた。

「その天女というのは、天界の住人の天女か」

「それ以外に何がいる」

「主の長政様、というのは、金の短い髪に、端正な顔立ちの……ええとたしか、浅井長政殿でしたか。天女の方はお市殿、と仰るのでは?」

「…?!お前たち、長政様とお市様を知っているのか?!」

信じられない、と言わんばかりに高虎の目の色が変わる。
どこから説明したものかと悩む幸村と兼続を見比べていた高虎ははたと気づいた。
市の力で天界と人界を繋ぎ、主と再会することができたあの時。繋がりが切れる直前、長政が言っていたではないか。

『恩に報いるはずだったのに、また三大妖殿に助けられてしまったようだ』

聞いた時は何のことだかさっぱりわからなかったが。

「もしや、長政様を助けた、三大妖というのは……」

「……助けた、のでしょうか?」

「さぁ……」

思わず大きく首を傾げてしまう。
長政と三大妖が対面したのは、都に長雨が降りしきる最中に術者の失踪が頻発する事件が起きたときである。兼続が政宗の式となってすぐのことだ。
だがしかしなんというか、たまたま巻き込まれた事故によりたまたま訪れた越後でたまたま綾御前が人魂を保護していて、たまたま事故の元凶となった長雨をもたらしていた天女とその人魂が実は大元の元だったという数々の偶然の産物であり、こちらとしては長政のために尽力したつもりは全くない。

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