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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
6
和やかだった場に一気に緊張が走る。背筋を怖気が駆けあがり、肌が粟立った。
信之が人界に顕現したのかとも思ったが、これは雪鬼の妖気ではない。綾御前の神気ともまた違う。しかし、以前一度出会ったことのある気配だ。
無意識のうちに互いの背を守りつつ辺りを警戒していた幸村と兼続の手にほぼ同時に得物が顕現し、妖気が張り詰めた。一拍遅れて左近が得物に手をかけて腰を浮かせたところで、一陣の風が三人の間を吹き抜ける。
風の中に微かに混じる妖気に、幸村と兼続は反射的に妖気を放った。冷気と妖気の源は、凄まじい速度でこちらへと近づいてきている。その間にもざわめいていた木の葉がぴきぴきと音を立てて凍り付き、木々はあっというまに樹氷のようになってしまう。
痛いほどの沈黙が満ちた。距離を詰めてきている何者かは、既に足音が聞こえるほどの場所にいる。幸村が姿勢を低くし、いつでも斬りかかれるよう身構えた。兼続が手にしている錫杖の遊還が僅かに揺れる。
しかし神速並みの速度のそれは、厳戒態勢の幸村と兼続の横をあっさり素通りすると左近の眼前に迫り急停止する。
仰天して身構えるよりも早く、視界いっぱいに青い布が翻った。

「突然の非礼をお許し願いたい!我が友大谷吉継に代わり、島左近殿へ謝罪に参上仕った!!」

平伏した姿勢のままで地面に足の筋を刻みながら横滑りという実に器用な真似をしてのけた男は、地べたに額を擦りつけながら一息に叫んだ。
さすがに状況が掴めず硬直した三名が顔を見合わせる。誰だ、と問い返そうとした兼続だったが、それを遮るように何かに気付いた様子の幸村が声を上げる。

「貴方は、あの時の鎌鼬…!」

左近が巫蟲の術を受け、その大元の術者を探そうとした三成を足止めしていた妖ではないか。鎌鼬風情が九尾の狐を追い詰めるとは、と驚いたので印象に残っている。出会い頭に吹っ飛ばしたような記憶もあった。何せ友の危機だったので仕方があるまい。この冷気は彼が操る氷が原因か。
高虎も幸村には気づいたようで、僅かに上向いた目が驚きに瞠られた。しかしまだ頭を上げようとはせず、再び左近に向かって平伏する。

「過日の一件、こちらにも事情はあったとはいえ貴殿の命を狙ったことは紛れもない事実!この俺で償えることなれば何でもする!どうか術者の命だけは…っ!」

「ちょちょちょ、ちょっと一回落ち着いてもらえませんかね?!」

放っておけば延々しゃべり続けそうな男に思わず左近が待ったをかける。過日の件とは一体何の話で、この妖は一体何者なのだ。
兼続も丸くした目を瞬かせて首を傾げている。そういえば、と幸村は記憶を反芻した。
この鎌鼬と三成が交戦していたときには左近は既に昏睡状態に陥っていて、次に目覚めたときには全てが終わっていたのだから何も知らないのも無理はない。兼続は政宗の傍にいた為、三成が都を飛び出した後のことは口頭で説明されただけなので鎌鼬の見目は知らなかったはずだ。説明してもいいのだが、どこから話すべきだろう。
左近が混乱しかけているところで、男の背後の茂みががさりと揺れて全員の注意がそちらに逸れた。

「高虎、何をしている」

木々の隙間から白い面がぬうと現れる。鎌鼬を除くその場の全員が面食らった。
都ではあまり見慣れぬ着物を纏い、顔の大半を覆い尽す白い布のせいで目元しか視認できない。男は当然といった様子で幸村と兼続に視線を向けた。迷いのない目の動きを見れば、偶然ではなく見鬼の力があるらしいと悟るのは容易い。
一方真昼間から幽霊とは面妖な、と少しずれたことを考えていた左近は、はっとして幽霊らしきものを指差した。

「あんた、うちに来てた守宮?!」

「あのときは世話になったな」

まるで一晩の宿を借りたかのような気軽さで言い、男は片手を上げて見せる。この男の術で死にかけた左近としては実に複雑だ。
守宮改め吉継はふと左近の目の前に平伏したままの鎌鼬を見やり、やれやれと肩を竦めてその隣にしゃがみ込んだ。

「状況を説明せねばただの不審者だぞ」

「誤解されたままだというのにお前が弁明はしないなどと言うからだ!だったら俺が代わりにっ」

「いいから落ち着け、早まるな。弁明はせぬが謝罪をせぬとは言っていない」

「痛いッ!」

眉間に指弾をくらった高虎が首だけを軽く仰け反らせて額をおさえる。
仕方のない奴だと言わんばかりの表情を浮かべる吉継の顔を見て、左近は怪訝そうに眉を顰めた。

「その目は……」

半透明の絹に隠されてよく見えないが、右目を囲むような痣があるのがわかる。この前見たときにはあんなものはなかったはずだ。
翅を休める蝶の姿にも似たそれに片手で触れた吉継が薄く笑う。

「これは、我が業の証。因果応報、人を呪わば穴二つとはよく言ったものだな。左近、謝って許されることとは思っておらぬ。が、せめて詫びの気持ちは受け取ってもらえると嬉しい。本当にすまなかった。……それから、ちゃんとした自己紹介がまだだったな。俺は呪術師の大谷吉継。こちらは我が友、高虎だ」

「はぁ、ご丁寧にどうも……」

以後よろしく頼む、とこれまたあっさりと告げられ、返答に窮してしまう。それは幸村と兼続も同じだったようで、ふたりにしては珍しく困惑気味の表情で顔を見合わせていた。
一度は左近の命を狙い、追い詰め、三成とも互角にやりあった者たちだ。名乗られたからといってはいそうですか今までのことは水に流して仲良くやりましょうとはならないだろう。またこちらを油断させて別の術でも用意しているのでは、とさえ勘繰ってしまう。
しかし悟りを使って心象を覗いてみても、どうやらそのような思惑ではないようだ。呪術師たるもの自らの心を律する術くらい持ち合わせているだろうが、妖の前ではそれは無意味だ。つまり、本当に左近への謝罪をしに来ただけらしい。
ふと吉継がきょろきょろと辺りを見渡して小首を傾げた。

「……?ひとり足りぬな。あの天狐はお前たちの仲間ではなかったのか?」

そこで高虎も狐の不在に気付いたようだ。吉継は依代越しに見ただけだが、彼からすれば直接刃を交えた相手だ。一刻も早く謝罪をせねばという気持ちが先走って忘れかけていた。
左近はちらりと二妖を見やる。高虎と吉継には戦意なしと判断したらしいふたりは既に得物を収めており、まぁ大丈夫だろう、というような顔で頷いた。

「実は、ちょっと今行方不明でね。その天狐を探してるとこです」

「そうだったか。あの者にも謝らねばと思っているのだが……しかし、行方不明とはあまり穏やかではないな。心当たりはないのか?」

「思いつく限りの場所は探したんですが」

「ふむ」

吉継の双眸がすうと細められ、何か考えている様子で横に流れた。少しの沈黙を経て、そうだ、と手を打つ。

「では、この前の詫びも兼ねて、俺が探ってみよう。高虎、協力してもらえるか?」

「無論だ。断る理由はない」

にべもなく答える高虎に吉継が頷くが、兼続は怪訝そうに眉根を寄せた。

「そのようなことができるのか?」

これだけ必死で探して駄目だった経緯があるだけに、今会ったばかりの人間の術者風情がどうこうできるのだろうか、と。幸村も口には出さないが同じ思いを抱いているようだ。
だが、打つ手なしになりつつあるのも事実。左近の術では見つからなかったし、大声で呼ぶ作戦も駄目だった。このまま地道に探していたのではいつ見つかるかわかったものではない。
それに、あれだけ完璧な人の肉体を持った依代を操っていたところを見ると、吉継は相当な力を持つ術者なのではないかと左近は推測している。体の変調はあったのに蠱術の発動にすら気づくことができなかったのも、かなり上手く隠していたのだろう。
少なくとも自分が不慣れな術を行使したのよりは可能性がある。

「して、どのようにして探るつもりだ?」

まだ少し警戒しているらしい兼続の目はいつもより険しいが、吉継は動じずに涼しい顔で返した。

「残滓を辿ろう。高虎は一度交戦しているしな」

時間は経っているものの、高虎の身体には未だ狐火で負った火傷や打撲が消えずに残っている。治癒力の高い妖とはいえ、格上である天狐から受けた傷では治りが遅いのも当然といえば当然だ。
そこから三成の妖気を辿れば、何かわかるかもしれない。

「まぁ、これでも食いながら少し待っていてくれ」

そう言うと、吉継はどこからともなく雑炊の入った椀を取り出して左近に手渡した。

「……………え、何コレ」

「先ほど妙な男がそれを炊き出しで配っていてな。せっかくなので貰ってきた」

「いやそういうことじゃなくてですね」

というか今どっから出した。
その疑問には答えず、吉継はこれまたいつのまにか取り出していた采配を軽く横に一閃させる。同時に高虎が放った妖気が采配に絡みつき、糸のように細長く伸びて道を指し示した。

「!」

驚く幸村たちの目の前でするすると伸びていく妖気の糸は、獣道すらない森の中を進んでいく。采配を掲げたまま糸の進む先を凝視していた吉継は、不意に眉間に皺を寄せた。

「さすがに少し時間が空きすぎたようだ……高虎、大丈夫か?」

「お前は術にだけ集中してろ」

そう言った高虎の目元が一瞬だけ歪んだのを見逃す吉継ではない。高虎の妖気の中に微かに残っている三成の妖気を辿りながら探すための術なので、術者だけでなく妖気を放出し続ける側の負担もかなり大きいのだ。
そこで吉継ははたと気づいてああそうだ、と声を上げた。

「あの狐と親しいのなら、お前達にも協力してもらえるともっと確実だと思うのだが」

鬼と天狗を順繰りに見やると、吉継の術の中に三成の妖気を微かに感じ取っていたふたりは大きく頷いた。

「どうぞ、お使いください!」

「友のためだ、協力は惜しまぬ!」

ふたり同時に放たれた桁違いの妖気が采配へと集中する。強烈な妖気を直接浴びている人間はたまったものではないと、左近は慌てて自分と吉継の周りに小さな結界を張った。吉継がその気配りに気付いたらしく薄く笑う。

「助かる。さて」

先ほどよりも格段に妖気の糸の本数が増し、寄り合わさって一本の大きな光となると、道を探すようにゆらめいていた動きではなく確かな道標を指し示した。
辺りを渦巻いていた妖気の奔流が陽炎のように立ち上り、ぼんやりとした影を映し出す。

「……これか」

そこに現れたのは、古びた小さな社だった。鳥居の形からすると稲荷のようだ。
そして、その社の屋根に腰を下ろし、頬杖をつきながら溜息を零している妖。

「三成!」

「三成殿!」

息を呑んだ兼続と幸村が異口同音に叫んだが、もちろんその声は三成には届いていない。目の前にいる何者かと話しているらしい彼の姿は、霞がかってそのまま消えた。
吉継が采配を一振りすると、妖気があっというまに霧散してそれぞれの妖たちに戻っていく。残ったのは、道を指し示す一本の光。

「恐らく、この先にあの天狐がいるはずだ」

成功してよかった、と吉継は大きく息を吐き出した。以前こちらがかけた迷惑を思えばこれくらいなんともないと言いたいところだが、さすがにあれだけ強烈な妖気を集めて操るのはやりすぎだったかもしれない。
全身が痺れたような感覚があり、頭がぼうっとする。ふらつく身体を、高虎が背後から支えてくれた。

「…無理をさせてすまんな。大事ないか?」

「馬鹿野郎。先に自分の心配をしろ」

少し苛立ったような声音だが、いつもなら少し吊り上がった眉が心配そうに下がり気味になっている。それがなんとなく可笑しくて喉の奥で笑っていると、高虎はむすっとして眉間の皺を深くした。ひとが心配してるのに何故笑う、とでも言いたいのだろう。
一刻も早く三成の元へと向かいたい気持ちを押さえ、幸村と兼続は風上の方へと視線を向けた。ふたりに三成ほどの嗅覚はないので確かではないが、そちらの方角から左近が手にしている雑炊と同じ匂いが微かに漂ってきている。

「左近、先ほど吉継殿が言った炊き出しとやら、探してみぬか」

「捜索優先じゃなくていいんですか?」

「恩人に無理をさせてまで迎えに行っても、我らが三成殿にお叱りを受けてしまいます」

今の術で消耗したらしい吉継もだが、左近もここへ来るまでにかなり疲弊しているのだ。人里と、更に食物があるのなら少し休んだ方がいいだろう。
返事をするより早く、兼続が起こした風が左近を巻き込む。思わず引き攣った声を上げてしまった左近は、眼下で高虎が吉継を片腕で軽々と抱え、吉継も特に拒否することなく受け入れているのを目にしてなんともいえない気分になった。




 

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