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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
5

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足元に積み上がった供え物の数々を不機嫌そうに見下ろしていた三成は、それらが乗った朱色の膳を足で視界の外に押し出した。
その前で正座をしていた子供が肩を落とす。

「まだおそなえものがたりないのかなぁ……お狐様、何かおすきなものはございませんか?」

「だから、食い物も供え物もいらぬと言っている」

「うう、でもこれ以上は用意できないし……こ、こうなったら、おらの命を引き換えに…!」

「ひとの話を聞け!!」

最早何度目になったかわからぬほどの押し問答を繰り返し、三成は額を押さえて深々と嘆息した。
目の前の子供は頭を抱えてうんうん唸っている。唸りたいのはこっちだ。何を言っても無駄かと半分諦めてはいるが、だからといってここに供物とやらを積み上げられても困るのだ。食物は放っておけば腐ってしまう。
ここ数日でわかったことは、どうやらこの場所は人界には違いないが元いた山とはだいぶ離れた場所であるらしいということ。三成をここへ召喚したのは、今目の前で平身低頭している子供であるということ。そして、この子供は集落で蔓延している病の快癒を祈願しに来たようだということだった。
金の瞳がすうっと細まり、縮こまっている子供の頭頂部を見据える。

「……この供物、貴様のものではないだろう。そのようにして盗人の真似事をしていては敵を増やすばかりだぞ、半妖のがき」

子供はびくりと身を竦ませて驚いたように三成を見返した。大きな瞳に涙の膜が張ったかと思うと、素早く立ち上がり踵を返して木々の影へと消えていく。
その背を見送り、大きな溜息をついた。
子供は三成の元へ足しげく通っては来るものの、母親を助けてほしいと口にするばかりでその背景については何一つ要領を得なかったので、悟りを使って大まかな事情を把握させてもらった。子供はどうやら妖怪の父親と人間の母親を持つ半妖で、今は母親とふたりで暮らしているらしい。唯一の身寄りである母が病に倒れ、守り神の社を訪れたようだ。
どうもこの辺りでは稲荷とその神使である狐を崇める習慣があったようで、あまりに強い思念に九尾の狐である己がうっかり引き寄せられたのではないかと推察している。迷惑極まりない。
あの子供が母親の快癒を願う気持ちがそれだけ強いということは認めよう。しかし治してくれと懇願されたところで完全なる勘違いなのでとっとと辞退したいのだが、子供の思い込みが激しいのか母親を助けたいという思いが強すぎるのか、どうにもこの地に繋ぎ止められてしまっていくら探っても帰り道がわからない。集落が近いためか森の獣たちもあまり見かけず、そいつらに道を聞くという手段も封じられてしまった。

「参ったな……」

心底困っているという風情で呟いた三成は再び溜息を零すと、子供が積み上げていった供物の山を見やった。
山菜や茸にはじまり、どう見ても人の手で育てられたようにしか見えない野菜や加工した魚などもある。そして今日は珍しく調理済みの雑炊まで置いてあった。寒空の下だというのに、まだ暖かそうな湯気が立っている。いつもは大体これが白米なのだが。
最初はどうやってこれほどの量をと疑問に思っていたが、何のことはない、集落中を回って少しずつくすねてきているらしかった。
盗人業も慣れているわけではないようで、来るたびに殴打の痕や引っ掻き傷が増えているのでここ二日ほどは目につく範囲の怪我は治してやっている。気づいているかどうかは微妙だが。
三成は純然たる妖なのでこれは想像でしかないが、半妖というのは、妖として生きるにも人間として生きるにも不自由な存在だろう、と思う。今でこそ多少人間たちに理解を示すようになった三成だが、五年程度前であれば人間風情と通じた妖など同胞を穢した不義の輩であると、生まれてきた半妖の子供ともども非難していたことは想像に難くない。
だが、この意見は決して少数意見というわけではないはずだ。妖は妖と共に、人間は人間と共に生きるのが条理というもの。恐らく、人間側から見ても妖などという得体の知れぬものと繋がりのある人間は異端とされることだろう。妖からも人間からも迫害された経験のある半妖は多いはずだ。
あの子供も、集落の人間たちからものを盗んでまでこんなことをしていても母親の病は治らないし、ただでさえ異端扱いなのがますます住みにくくなるだけで良い事など何一つない。半妖とはいえ一応同胞、妖の矜持があるなら人間共の汗と涙の結晶である農作物には手を出すなと何度か忠告したのだが、聞く耳をもたなかった。しかし放っておいて集落の人間の機嫌を損ねてうっかり命でも落とされようものならこちらの寝覚めが悪いではないか。
それもこれも三成という九尾の狐がこの地に顕現してしまっているから無駄な希望を持たせてしまっているのだ。さっさとここから消えるか、病が収束してくれれば話が早い。が、後者は望みが薄い気がする。獣の姿になって無害な子狐を演じて乗り切ろうかとも思ったが、変化の術すらも今は封じられているようで姿を変えることができなかった。
どうしたものだろう。

「幸村、兼続……」

半分無意識に友の名を呟きつつ天を仰いだ。
ふたりに同調し、帰り道の道標をつけてもらうことも勿論考えた。何度も呼びかけてはいるのだが、よほどこの地に三成を引き留める力が強いらしく、いつまで経っても応えは戻ってこない。
あちらからも呼びかけてくれているのに遮断されてしまっているのか、そもそも三成の声が届いていないのか。いつもは呼ばなくても来るくせに肝心な時に役に立たんな、とかなり理不尽なことを思ったりもしたが、あまりに糸口が見えない故の自暴自棄というやつだ。人間の術者ならまた別かもしれないと思い一応左近にも呼びかけてみたのだが、結果は推して知るべしである。
ここへ来て何日経ったのかは朝が五回巡ってきた辺りで数えるのが面倒になったので正確にはわからない。恐らく十日か、その前後二日程度といったところだろう。
そもそもあのふたり、三成がいなくなったことに気付いているだろうか。少し前までなら十日どころか一ヶ月顔を見ずに過ごすこともざらだったのだ。それでいくと、十日くらい不在にしたところで全く気にも留められない可能性もある。
これでも人間たちと過ごす時間が増えてから何となく日数の感覚が長くなったように思うので、少しは察してくれていると信じたい。
今くらいの時期だと三成が毎年冬眠を宣言して、それを阻止すべく幸村が酒宴に誘ってくれるのが常だ。意外と仲間や身内に関しては心配性な幸村のことなので、もしかしたらちょうどそのときにぶつかれば三成が山にいないことに気付いて探そうとしてくれるかもしれない。その点に絞れば兼続は多分気づいても動かないだろう。あっちは逆にお節介そうに見えて変なところで放任主義なきらいがある。
しかし動いたところですぐに見つけられるとは思えない。三成があれだけ色々手段を講じても逃げられなかったのだ。外部からなら結構すんなり、とかだったらそれはそれで助かるのだが、そう楽観視もしていられない。

「仕方あるまい」

ぱちん、と指を鳴らすと、目の前で狐火が渦を巻く。
あの子供に絆されたわけでは決してないが、とにかく元凶である流行病の原因を探ってみようではないか。それをうまく解決できればなんとかなるかもしれない。
なんでこの俺が人間の術者の真似事などせねばならんのだ、とぶつぶつ呟きながら、狐火の中にぼんやりと浮かび上がる景色を端から眺め始めた。






****






「三成殿ーっ!」

「おーい、みーつーなーりーっ!」

張りのある声が二つ、山間に木霊しながらゆっくりと消えていく。これだけ響いていれば相当遠くにいても狐の聴覚であれば捉えられるだろう。
しかしいつまでたっても返答らしきものは返ってこない。否、来ないことはわかりきっていたのだが、それでも肩を落とさずにはいられなかった。
そもそも大声で呼びかけるなどという頭の悪い方法を実行している時点で、打つ手なしとなった最後の悪あがきをしている自覚は十二分にある。あるが、少しでも可能性があるならやらないよりはやった方がいい。たとえ当の本人に聞かれたらお前らは馬鹿なのかと呆れられるのが目に見えているとしても、だ。
上空から遥か彼方を見はるかし、風の動きを読んだ兼続は眉間に皺を寄せた。声が返ってくるどころか妖気らしきものも全く感じない。山のあちこちに点在する気配は獣たちのもので、そこにいつもの子狐の気配が混じっていまいか注意深く観察する。
だが普通の獣以外の気配は自分が浮かんでいる場所のほぼ真下にいる鬼と、その後方に人間のものが一つ。と、そこまで考えてはたと気づいた。

「む、しまった。幸村、少し待て」

「どうされました?……あ」

傾げかけた首をもとに戻し、幸村ははっとした様子で踵を返すと今しがた上ってきた急な坂道を見下ろした。

「申し訳ありません左近殿!大丈夫ですか?」

「ぬぐ…っ」

なんとか窪みを探して手足を引っ掛けながら幸村と兼続の後をついてきていた左近が低く呻いた。
妖であるふたりにとっては「急な坂道」かもしれないが、これを一般的には「崖」と呼ぶ。掴まっている指先が震えるのが自分でもわかったが、ここで気を抜いたら命がない。背負ってきた斬馬刀の重量をここまで恨めしく思ったのは人生で初めてだ。
やっとのことで頂上に手をかけると、幸村がその手を引いて軽々と上まで引き上げてくれる。その場に座り込んで息を整えつつ、なんとなく腑に落ちない表情を浮かべている左近をどう思ったか、幸村が申し訳なさそうに眉尻を下げた。

「私でよろしければ背負いましょうか」

冗談かと思ったらその表情は真面目そのものだ。思わず頬が引き攣る。

「………足が遅い俺に合わせてもらってるのは自覚してるしすまんと思ってるが、それは勘弁してくれ、ほんとに」

心の底から言う左近に対して幸村は遠慮しなくていいのにと言いたげな顔をしているが、問題はそこではない。
勢いで手伝おうかと申し出たものの、そういえば妖たちの移動手段は神速だったはずでさすがに追いつけるわけもないのでどうしようかと思っていたら、兼続が以前慶次や孫市や政宗を運んだという風に巻き込む移動法で幸村たちがまだ探していないという場所まで連れ出され、あまりの勢いに気分が悪くなったところで下ろしてくれと頼んで結局歩くことにした。
のだが、兼続は空を飛べるので地上の障害物など全く関係がないし、幸村もごつごつした岩場だろうが深い渓谷だろうが意にも介さずひょいひょいと進んでいってしまうのであっというまに引き離されてしまい、ここまでついてこられたことが既に奇跡だと思っている。
とはいえ幸村に背負ってもらうなどというのは矜持が許さない。というのも、凄まじい妖気と力を持つ人外の化生であるという事実が先行しすぎてつい最近まで気付かなかったのだが、角やら下駄やらの嵩増し分を抜きにすれば三大妖は全員左近たち人間勢よりも小柄で線も細かった。いい大人が妖とはいえ自分より小柄で見た目も若い青年に背負ってもらっている絵面は色々と笑えないだろう。
縦も横も一番小さな三成ですら左近や孫市を片手で軽々持ち上げて宙吊りにするくらいの腕力なので、彼らに関しては見た目で予測した膂力など全くあてにならないことはとっくに証明されているがそういう問題ではないのだ。
息を整えている左近の横に空を滑空していた天狗がふわりと降り立つ。

「左近よ、か弱い人の身で無理をするのは感心せんな。三成がお前を友と認めた以上、お前は我らの友も同然!さぁ、遠慮なく私の風を頼ってくれて構わんぞ!」

「気持ちだけありがたく受け取っておきますよ」

弁舌さわやかに明るい笑みを浮かべる兼続には即答で答えておく。きらりと光る歯が眩しい。
気持ちがありがたいのは本当だが、あの速度に加えて急上昇と急降下は長時間は無理だ。まだ微妙に先ほどの余韻が残っている。これ以上は腹の中身どころか口から内臓が出そうだ。
左近の疲労を見て取った幸村は辺りを見渡してから耳を澄ませた。微かだが水の流れる音が聞こえる。

「少し休憩しましょう。水を汲んで参ります」

山の清水は穢れを祓い、蓄積した澱みをも洗い流してくれる命の源だ。貯めてある井戸水よりも疲労回復の効果は高い。そして、左近が持っている竹筒が随分前から空になっていることにも気付いていた。
竹筒を預かった幸村が踵を返そうとした瞬間、辺りを冷気が覆い尽くした。

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