[携帯モード] [URL送信]

なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
4

****






てっきり大内裏のどこかに案内されると思っていた政宗は、右大臣家康の邸宅の門を潜ることを許され、あれよあれよという間に客間に通され緊張した面持ちでしゃちこばっていた。
道中では終業時刻より前に内裏の外へ呼び出すとは何を考えているのかとか色々思うことがあったものの、歩を進めるたびに顔色が変わっていくのが自分でもわかった。まさかいきなり本邸へ招かれるとは。
いよいよ怪しい。よもや相当面倒なことになっているのではあるまいか。仮にそうだとしてそれを何故わざわざ政宗個人に依頼すべく呼び出されたのかはさっぱりわからないが。それほどの大事なら公に陰陽寮に頼めばいいものを。
これは依頼を聞く前に御前失礼するが賢明かなどと考えはじめたときだった。

「いやはや、突然お呼び立てして申し訳ない。伊達政宗殿」

「!」

好々爺然とした声音が響いたことで反射的に頭を下げる。そう畏まらず、と苦笑を零す家康に、更に深く頭を垂れた。
衣擦れの音が響き、家康が上座に腰を下ろしたのが伝わってくる。政宗は頭は下げたままで、目線だけでその姿を見やった。
右大臣徳川家康。左大臣豊臣秀吉に並び立つ政治手腕の持ち主である。名門貴族の出ではないが、帝に取り立てられて現在の地位を得た実力者だ。
陰陽師の視点から見ると、いかにも人の恨みを買いやすそうな人物と言える。
家康も秀吉も、普段は人の良さそうな笑みを絶やさない男だ。しかし、二人ともその笑みの奥の真意を読ませない鋭さを備えている。底知れぬ恐ろしさのようなものを感じるのは気のせいではあるまい。
多分、それくらいでなければ権謀術数の渦巻く内裏で左右大臣などやっていられないのだろう。
腰を据えた家康はふと柔和な笑みを消し去り、真剣な表情で政宗を見据えた。

「早速だが、本題に入らせてもらおう。忠勝、人払いを」

「は、既に申し渡しましてございます」

それだけ言うと、忠勝は一度深々と頭を垂れてから自らも客間を後にする。
思わず顔を上げた政宗は怪訝そうに眉を顰めた。ますますわけがわからない。忠勝は家康の腹心と聞いていたが、彼にさえ聞かせたくないほどの話なのか。
すると、家康が拍手を二つ打った。小さく風を切る音がして、政宗と家康との間に人影が降り立つ。
途端に身の毛がよだつような心地がした。反射的に腰を浮かせた政宗が膝立ちのまま半歩後退りする。
家康は少し表情を曇らせたものの、それは政宗を責めたり無礼に気を悪くしたような視線ではなかった。

「さすが、察しが良い」

満足げな声音を装っているらしいが、表情がそれを裏切ってしまっている。内裏にいるときの家康が人前でこれほど険しい眼光を湛えることはないので、政宗には初めて見る面差しだった。

「……家康殿、一体…?!」

これは、瘴気だ。
現れた人影の正体は忍であった。家康のお抱えの忍といえば、音に聞く服部半蔵であろう。
男の周囲で黒い煙のような瘴気が渦を巻いているのが、政宗の目にははっきりと視えている。半蔵本人や家康はどうなのかと様子を探るが、息苦しさと重々しい空気は察している様子が窺えるものの、視覚的には捉えていないらしい。
度が過ぎるほどの人払いは、この瘴気に触れる人間を少しでも減らすための配慮だったようだ。
跪いた姿勢のままだが、面の奥で半蔵の表情が歪んでいるのがわかる。畳についた手は微かに震えていた。鋼の精神力を持つはずの忍ですらこれでは、常人なら苦痛のあまりのたうち回っていても不思議ではあるまい。
否、そもそもこんな瘴気を纏っているなんて一体どういうことなのか。
家康は痛みを堪えるような目を半蔵に向け、深々と息を吐く。

「数日前、偵察に出て戻ってきたらこれだ。休めと言っても聞かぬでな……薬師を何人呼んでも身体の方には異常はないとしか言わぬのだ。もしやと思い、陰陽師を頼ることにしたのだが……そなたの様子を見るに、状況はやはり深刻か」

政宗の頬がぴくりと引き攣る。
たしかに、薬師ではこの異常は見抜けないだろう。状況は深刻などというものではない。妖が纏っている瘴気の方がまだましかと思うくらいだ。
この短時間で締め切った部屋の中があっという間に澱んで重苦しい空気に変わってしまっている。許可を得て蔀戸を開け放つと、静かに真言を唱えた。
開いた窓から新鮮な空気が入り込み、中の澱みを外へ押し流す。家康と半蔵がほっと肩の力を抜いたのが目に見えてわかった。

「どういうことか、お聞かせ願いたい」

まさか呪詛でも行って反動を喰らったとかではなかろうな、と思いながら再び腰を下ろす。
どちらかといえば呪詛をかけられる側だろうか。忍ともなれば人の恨みを買う所業に心当たりがないわけがないだろうし、いくら人当たりが良いと評判の家康といえど、恨みを抱えた人間も間違いなくいる。半蔵ほど有名になってしまえば主の代わりに標的になることも不思議ではない。
右大臣の力を削ぐべく、まずはその手先である半蔵を消そうと考えた者の仕業だろうか。となれば左大臣方についている人間を疑ってかかるべきか。否、何にせよ呪詛返しなどという危険な真似はできれば御免被りたい話だ。
無言の下で考えていた政宗だったが、徐に半蔵が口火を切った。

「……、任務の途中、飯綱使いに遭遇した。奴の連れていた黒い管狐が我が身を貫通した後…消えた。直後は何も感じなかったが、三日ほどして…っ」

「黒い管狐?」

どうやら呪詛とは違うらしい。予想のどれとも違う半蔵の言葉に、政宗は怪訝そうに片目を眇める。苦しげに息を詰めた半蔵はそれきり押し黙った。
管狐といえば灰色や銀色をしているものが多い。勿論全てが必ずそうだとは言えないが、少なくとも政宗が今までに出会った管狐の中に黒い個体はいなかった。
抑々何故半蔵が飯綱使いなんぞと相対していたのかが疑問だ。飯綱使いは妖を使役するれっきとした術者で、いくら修行を積んだ忍といえど只人が対峙してなんとかなる相手ではない。
政宗の内心を悟ったらしい家康が口惜しげに唇を噛んだ。

「貴殿は覚えておられるだろうか。以前、瘴穴が開き、黄泉の鬼共が都に現れたときのことを」

「……それは、勿論」

忘れるはずがない。あの一連の事件がなければ、政宗は兼続を式に下すことはなかったはずだ。
そういえば、あれの元凶は都に湧き出た管狐たちが都人を襲っていたことであった。あの時は都人たちは三大妖こそがこの世の全ての妖を統べる存在だと信じていて、だからこそ討伐軍を編成し、元凶を討つべしという風潮が強まったのだ。
だが結局その管狐は家康が裏で手を引いていた飯綱使いが放ったものだったはず。このことは公にはなっていないが、少なくとも三大妖が無関係だったのは事実だ。
もしや。

「家康殿は、あのときの飯綱使いと、まだ繋がりがおありか」

「……身から出た錆とお笑いくだされ。権力に溺れた我が短慮ゆえに、大切な家臣の命を危険に晒すことになろうとは」

力なく項垂れる家康に言葉をかけるそぶりを見せた半蔵だったが、低く呻いて沈黙した。先ほど政宗が部屋の澱みは祓ったとはいえ、半蔵は今やこの瘴気を生み出している源泉だ。彼自身の苦痛が取り払われるためには、元を断たねばならない。
主である家康と飯綱使い風魔小太郎が交わした約定は、ただ都に管狐を放ち人々の不安を多少煽ってほしいというものだった。秀吉が討伐軍を指揮して三大妖に大敗を喫してくれたことで、その約定は期間を終えて果たされたはず。
しかし、風魔はそこに味をしめ、未だ都の近辺をうろついている。様々な思惑が渦巻く都ではまだまだ利用できる人間がいる、と考えているのかもしれない。
となれば、直接の接触がなくとも主に危険が及ぶ危険性がある。そう考え、半蔵はずっと風魔の動向に目を光らせていた。その矢先に、これだ。
風魔に目をつけ、交戦したことに後悔はないが、このままでは主のために働くこともできない。それどころか主の身を危険に晒す恐れもある。半蔵にとって何よりの屈辱だった。
そして家康にとっては、優秀な家臣を失ってしまうかもしれない一大事である。

「政宗殿、秀吉殿より、そなたは新米陰陽生ではあるが陰陽術の実力は確かであると聞いておりまする。儂のできる範囲であれば、礼は貴殿の思うがまま、如何様にもさせていただくつもりだ。どうか半蔵を救ってほしい…!」

家康は真摯な眼差しで政宗を見据え、深々と頭を下げた。帝に次ぐ権力を持つ左大臣にも引けを取らぬと言われる男が、一介の陰陽生に、である。
あまりのことに一瞬硬直した政宗だったが、とりあえず少し様子を見させてほしいと申し出て半蔵の様子を窺った。
瘴気が一番濃いのは、鳩尾の辺りだろうか。黒い管狐が体を貫通したと言っていたから、おそらく媒体となっているのはその場所だろう。
しかし貫通したわりに怪我をしたとかいう話が一切出なかったのを見るに、黒い管狐とやらが実体を持った本物の妖だったのかどうかも怪しいところだ。
たまたま半蔵が遭遇した飯綱使いが行使していたから管狐だと思い込んでしまっていただけで、その姿を目くらましに使った全く別の呪術である可能性もある。飯綱使いなのだから管狐を使役する以外のことはできないだろうと決めつけてしまうのは早計というものだ。
とはいえ、それを見鬼の力を持たない半蔵に見分けろというのは無理な相談である。何にせよ過ぎてしまったことはどうにもならない。
いくつか止痛や快癒の咒を唱えてみるものの、半蔵の表情は相変わらず険しい。呪詛ならばいけるかと思い、術者の思念を追おうとしてみたがこれも失敗に終わった。さすがにこれだけ巧妙な術を操る相手が、手がかりとなるようなものを残すわけがない。
そこではっと気づいて慌てて拍手を打つと、再び風が吹き込んで室内の空気が入れ替わった。
少しでも気を抜くと、垂れ流しになっている瘴気が充満してしまう。その瘴気を常に浴び続けてながらも耐えている半蔵は賞賛に値すると言っていい。が、このままでは半蔵本人だけでなく、彼の周りに被害が及ぶのも時間の問題だ。
家康から直接命を賜ることもある上に、現に今これだけ近くにいるのだ。家康が半蔵から瘴気をもらって内裏に持ち込んでしまうこともありうる。

「家康殿は、どこか体に不調などはありませぬか」

「ああ、今のところ、儂も家中の者もさしたる異常はない。お気遣い痛み入る」

愛想笑いに失敗したような顔で、家康は力なく笑った。政宗としては一安心だが、家康は家臣が苦しんでいるときに自分が無事だからといって手放しに喜べるような男ではないのだろう。
さて、どうしたものか。
本来なら陰陽寮に直接依頼してもおかしくないほどの緊急事態だ。しかし、それは家康が自ら飯綱使いと繋がりがあり、都を混乱に陥れた張本人であると世間に知らしめるようなものである。そうなればここまで築いてきた地位も信頼も水の泡だ。大罪人として流刑となっても文句は言えない。
基本的に陰陽師は個人の手元に舞いこんだ依頼については秘密厳守。あちこちで誰それが何某を呪うよう依頼してきた、などと吹聴しようものならどこから呪詛が飛んでくるかわからないので、自分の身を守る意味もある。それは陰陽師以外にも暗黙の了解として知れ渡っている為、個人宛に来る依頼は大体こういったあまり大声で離せない事情が絡んでいるものが多いのだ。
先ほど家康は秀吉から政宗の実力を聞いたと言ったが、それよりも政に大した影響を与えることができない下っ端であることの方が重要なのだろう。もしうっかり口を滑らせたとしても下っ端の戯言なら事実無根の噂話であると判断され、信憑性は低い。実は左右大臣は化け猿と化け狸ではないか、というまことしやかに囁かれ続けている陰口と同じ部類くらいに思われるだろう。
政宗としては、普通に考えてこの依頼は受けるべきである。何せ天下の右大臣が、褒美は好きなようにせよとまで言ってくれているのだ。強力な貴族の後ろ盾を持たない政宗からすれば、喉から手が出るほど美味しい話である。
しかし、それだけの美味しい話であるだけに解決は簡単にはいかなさそうだ。黒い管狐など聞いたことがない上に、たった今半蔵の苦痛を取り除いてやる術も思いつかない。元の術者を探せばいいのかもしれないが、何せ政宗は後日そういうからくりだったらしいという顛末を聞いただけで件の飯綱使いの情報を何一つ持っていないのだ。
ここであっさりできますと大言を吐いて請けてしまうのは危険すぎる。絶対兼続に怒られる。
だが。

「お任せあれ!不肖伊達政宗、誠心誠意、家康殿の為に働かせていただく所存!」

「おお、そうか!」

あれこれ考えるよりもやってみればいい。何より右大臣という垂涎ものの後ろ盾がほしいと考える程度には、政宗は野心家であった。
自信に満ちた政宗の返答を聞いた家康は丸い顔を人懐こそうな笑みで彩らせている。多分、はじめて見せた心の底からの笑みだろう。
家臣のためにここまで心を砕ける男なら、信用に足るかもしれない。そんなことを考えつつ、政宗は内心冷汗をかきながら兼続への言い訳を全力で模索し始めたのだった。


 

[*前へ][次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!