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なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
3

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「封禁!」

張り詰めた霊力に絡め取られた妖が耳障りな咆哮を上げる。勢いよく振るった斬馬刀はしかし、妖の体に今一歩届かず空振りに終わった。
蛇のような妖は中空に伸びあがると、左近を見据えてちろちろと赤い舌を覗かせる。悟りの力などなくとも小ばかにされているらしいことは容易に理解できたため、軽く舌打ちして得物に巻きつけていた数珠を解いて印を組んだ。
再び収束した霊力に反応した妖が咢を大きく開いて飛びかかってくる。咄嗟に得物を前に翳して防御の姿勢を取るが、勢いを殺すことなく飛び込んできた妖は刃に触れると真っ二つになった。
が、その二つに分かれた体が奇妙に歪んだと思うと、それぞれがひとつの蛇の形を取る。

「げっ?!」

しまった、と思う間もなく左右から同時に妖が牙を剥いて歓喜の雄叫びを発した。蛇は声帯ないのになんで声が出るんだ、と現実逃避すぎる考えが頭を過る。
結界を張ろうにも既に妖の牙は目の前だ。負傷は避けられまいと両腕を顔の前に翳す。
しかし予想していた衝撃はいつまでも襲ってこない。その代わり、自分を中心にして炎の気が辺りに広がる気配がした。

「その方は我が友人だ、手を出されては困る」

響いたのは穏やかな声だというのに、妖がびくりと身を竦ませたのがわかった。驚いて目を開ければ、目の前の景色が陽炎のように歪み、その中央から赤い衣の鬼が姿を現す。
今にも左近に襲い掛かろうとしていた二匹の妖はその場で動きを止めてかたかたと震えている。桁違いの妖気を浴びてどうやら脅えているらしい。
声と妖気だけで妖の襲撃を止めた鬼がにこやかに笑った。

「私は敵ではない。が、ここは退いてもらえないだろうか」

幸村が一歩踏み出すと、二匹はその場で黒い煙となって掻き消えた。肩の力を抜いた左近は大きく息を吐き出す。
危なかった。この鬼が現れなければどうなっていたことか。

「お怪我はありませんか?怨鬼に遅れを取るなど、左近殿らしくもない」

不思議そうに首を傾げる幸村に、左近は渋面を作る。大した妖ではなかろうと油断した自覚は十二分にあった。
今日の依頼は朝廷から下されたものではなく、個人から請け負ったものであった。曰く、夜な夜な夢枕に妙な影が現れる、流行病のこともあるし、何か不穏な兆しかもしれないからなんとかしてほしい。
深刻そうな面持ちで、しかもお忍びでやってきたわりには危険を感じなかったので、肩慣らしにはちょうどいいかと思ったのだ。危険が伴う依頼だと、依頼主に会った時点で察しがつくのである。
ここのところ秀吉から命を下される以外ではあまり依頼を受けていなかったのだが、秀吉のところに上がる案件というのは民からの陳情が多すぎて対処しきれなくなったものだったりと大がかりなものが多い。巫蟲の術を喰らってからあまり動いていなかったこともあり、一応体調くらいは確認しておくか、と軽く請け負ったものの思わぬ苦戦を強いられてしまった。
なんとなく、だが。三大妖が近くにいるようになってからというもの、強大な妖気に慣れすぎて感覚が鈍ってしまっている感がある。敵意剥き出しの敵ならばそんなことはないが、微弱な妖気しかもたない妖に気配を消されると見失うことがたまにあるのだ。
実のところ、これはかなり危険な状態である。いくら微弱な妖気だろうと、相手が妖であれば油断は許されない。一瞬の隙が命取りとなることもある退治屋稼業で感覚が鈍るなどもってのほかだ。
しかしよく考えなくてもこれは巫蟲術とか全く関係がないので体調不良だの回復だのといった話は言い訳にしかならない。ただ自分がたるんでいるというだけの話である。

「……――殿、左近殿!」

「…ん?」

呼びかける声で思考の沼から浮上する。目を瞬かせる左近に、幸村は少しだけ表情を険しくした。

「大丈夫ですか?やはりまだお体が万全でないのでは……ご無理はなさらず、回復に努められてはいかがでしょう」

「ああ、いや、そういうわけじゃない。悪いな」

考えに没頭しすぎて呼び声に気づかなかっただけだ。これはいただけない。鈍っているのは感覚だけではないようだ。
心底案じてくれているらしい声音に軽く手を閃かせて返してから、ふと気が付いて顔を上げた。

「珍しいな、今日はひとりか?」

珍しいというか、単身で現れるなんて初めてのことではなかろうか。いつもならひとりに見えても肩に烏が止まってたり懐に狐が入り込んでいたりするのだが、それもなさそうだ。
すると、幸村は困ったように眉尻を下げる。

「実は、そのことで参りました。左近殿、最近三成殿をお見かけしませんでしたか?」

予想外の言葉に驚く左近に、幸村は深刻そうな面持ちで溜息をつきながら実は、と切り出した。



**



虱潰しにものを探すときは、できるだけ高い目線で探したほうが効率がいい。
勢いよく跳躍したはいいが滞空中にくしゃみを一つした衝撃で均衡を崩し、慌てて真下にあった木の枝に着地する。
ひとの噂に乗るとくしゃみが出るんだぜ、と言っていたのは孫市だっただろうか。一体誰だろう、自分の噂なんて多分ろくなものではないが。
しかし孫市の言葉が本当だとして、更に広義な意味での噂を含めるとくしゃみが止まらないくらいでも不思議ではない。何せ都における物騒な話題に関しては事欠かないと定評の三大妖だ。
戦うのに不便だからそれは少し困るな、と幸村は思った。
着地したついでに辺りの様子を探る。目当ての気配はどこにも感じ取ることができず、深々と嘆息した。
三成の姿が見えないことに気付いたのは、十日前のことだった。本格的な冬がやってくると、彼は今年こそ冬眠すると毎年必ず宣言して堂に籠りがちになり、なかなか外に出てきてくれなくなる。
そこで、完全に引きこもる前にと手土産を持って尋ねるのが恒例になりつつあった。今年も例によって訪れてみたら既に堂の中はもぬけの空。外にいるなんて珍しい、と思いつつ一応山中は探したのだが、近くに妖気も感じることはできず。
つい最近まで山から出ることが叶わなかった三成だが、それも今は昔の話。以前は山中だけを探せばよかったので楽だったと言えばそうだ。が、三成が今の生活を謳歌していることの方が重要である。
自由の身となって久しく、たまには散歩くらい出ることもあるだろう。酒盛りなんていつでもできる。二、三日もすれば戻ってくるはずだ。
そう思ってからあっという間に三日が経ち、更に五日、八日が過ぎても三成が山に戻ることはなく、今日で十日が経過していた。
幸村と兼続に行き先も告げずに三成が姿を消すことは、最近はほとんどないと言ってもよかった。それが十日も姿が見えず、しかも探しに出ても妖気の片鱗すら見つからないなど異常だ。更に、あくまでいないことに気付いたのが十日前というだけの話で、本当はそれよりも前から姿を消していたのかもしれない。
妖が神隠しに遭うなどという話は聞いたことがなかったが、そうなのではないかと疑ってしまうくらいに三成の足取りは杳として知れなかった。

『幸村!』

上空から烏が滑空してきて、幸村の肩に降り立った。夜闇の中でも輝いて見える純白の羽毛を、希望を込めた目で見やる。

「何か見つかりましたか?」

『いや、だめだ。お前の方も手がかりはなさそうだな』

「はい……」

苦々しく唇を噛む幸村に、兼続も溜息を零した。
三成の姿が見えない、と幸村に聞かされたとき、兼続はそれほど深刻に考えてはいなかった。偶にはひとりになりたいときもあるだろうし、自分の身も守れぬ童でもあるまいし、と彼にしては珍しい方面の気遣いを発揮したためである。
だが妙に引っかかる様子の幸村が気になって捜索を手伝っていたら、不自然なまでに足跡が掴めない三成に今はだんだんと不安が募ってきていた。
妖が存在する場所には、必ず痕跡が残る。それは妖気の片鱗だったり、あるはずのない場所に漂う水気や火気だったりと様々だ。
その場に滞在しなくとも、歩いただけでも妖たちにはその片鱗を掴むことができる。強大な妖気を持つ妖になればなるほど、それを隠すことは難しい。
例によって三成くらいの妖ならば、同胞でなくとも勘の鋭い獣なら違和感を覚える程度には気配が残るはずなのだ。だが今は、三成のいた堂にすら全く痕跡が残っていない。まるでその場で蒸発してしまったかのように、ぷつりと途絶えている。

「どこへ行ってしまわれたのでしょうか…」

『温泉とかならそれはそれでいいがな』

教えてくれたっていいじゃないかくらいは思うが。
わざとらしく茶化した言い方をしてみるが、幸村の表情は晴れなかった。さすがにそれはないだろうということくらいはわかる。いっそのことそうであってほしい、とも。
三成の力を侮っているわけではないが、それとこれとは別問題だ。友の心配をするのは当然である。
それにしても本当にどこへ消えてしまったのか。
少し離れただけならば、いい。だがもし危険な目に遭っていたとしたら。

「……兼続殿、私は都へ足を延ばしてみます。左近殿が何かご存知かもしれません」

『左近なぁ……』

どうだろう。三成が左近のところにいるならそれこそ自分たちにわからないわけがない。何しろ兼続は都上空の散策を今も続けている。
幸村もそれくらいは百も承知だった。ただ、もしかしたら何かの拍子にどこそこへ行ってみたいだとか、行く用事があるだとかそんな話をしている可能性も皆無ではない。とにかく、自分たちが虱潰しに探して駄目だった以上、少しでも情報が欲しかった。

「兼続殿は、引き続きこの辺りを探していただけますか?」

『相分かった。三成のことだ、散々心配させてひょっこり戻ってくるかもしれんしな』

幸村の肩を軽く翼で叩き、空に舞い上がりながら軽い調子で言う兼続に、だといいのですが、と返してから幸村も地面を蹴った。



**



「と、いうことなのです」

「そう言われてもな……」

なんでお前たちが知らないものを俺が知ってると思うんだ、と喉元まで出かかったがなんとか呑み込んだ。
三成のことも心配だがいつになく消沈している様子の幸村を見やって、できるなら協力してやりたいと思いなんとか記憶を反芻してみる。
最後に姿を見たのは、多分幸村が三成に会いに行った日よりも更に前だ。
大谷吉継の蟲術を左近に代わって身の内に取り込んだ三成は、暫くの間獣姿しか取ることができないほど消耗していた。
昨今蟲術など行使できる術者を探す方が困難なほどで、普段まず目にすることはないようなものを対抗策も講じずまともに喰らってしまったわけで、それを思えばむしろその程度で済んで良かったとも言える。
三成自身は周囲の心配を他所にいらんところに負荷がかかった、と言っただけだったが。
ともあれ左近からすれば三成は命の恩人であるわけで、体調を心配して甲斐甲斐しく山に足を運んでは渋い顔をされていたのである。
力を消耗しているときに霊力のある人間が近くにいると、無意識にその霊力を吸い上げてしまうから嫌がっていたようなのだが、むしろそれで三成の回復が早まるならと左近は耳を貸さなかった。三成の言葉は本当だったようで、一時は都と山を往復するたびに疲労が尋常ではなかったが。
その苦労が功を奏したのかはわからないが、ほどなくしていつもの青年の姿になれるまで回復し、やっと一安心したのがたしか半月ほど前だったような気がする。それ以降は特に用事もなく、三成が都に来ることもなかった為顔を合わせていない。
正直、現れた幸村を一目見て三成に迷惑をかけたことで一言物申しにきたのかと思っていたのだが、何やら事態はより深刻らしい。

「呼んでも出てこないのか?お前の声がすればすっ飛んできそうな気がするが」

傍目から見ても殊の外幸村を可愛がっている節のある三成のこと。それがないとなれば、
同胞の声すら届かない異界にいる可能性もある。
しかし、一括りに異界と言ってもその種類は様々で、数は無限にあると言っていい。鬼たちが現世の魂を連れて黄泉へ向かうときに外部からの干渉を避けるために通るのも大まかな括りであれば「異界」に分類される場所だ。また、三大妖が現世の障害物を避けるために移動のときにのみ通る場所も別の異界だし、神や神使たちが在る場所も異界、以前に幸村が照魔鏡に引きずり込まれた場所も、妖が作りだした異界のひとつである。
それを一つ一つ調べて回るというのはどう考えても頭のいい方法とは言えないし、そもそも干渉できる界は限られている。見つかる可能性の方が低い。

「たどり着ける範囲で、我らの思い至る場所は全て探したつもりなのですが……本日参りましたのも、藁にも縋る思いとでも言いましょうか」

「俺は藁扱いか……まぁ構わんが」

つまりそんなに期待されてはいなかったらしい。まぁ、当たり前と言えば当たり前だろう。
三大妖がいつから友誼を結んでいるのかは知らないが、少なくとも左近が生きてきた年数では足りるまい。それだけ付き合いの長い連中の予測すら外れているのだから、左近にわかれと言う方が無理な話である。
縋った藁にすら見放された幸村は傍から見ても可哀想なほど肩を落としてしまった。
なんだろう、この特に悪いことをしていないのに罪悪感が湧いてくる感じは。

「……………………………俺も手伝おうか」

三成探し。
いたたまれない沈黙に耐えきれなくなった左近がそう言うと、幸村はぱっと頭を上げて表情を輝かせた。

「本当ですか?!……あ、ですが、左近殿は出仕が…」

「知り合いに陰陽師もいることだし、今日は非番だしな。それにいざとなれば物忌みでもでっち上げればどうにでもなる。……だからそんな犬ころみたいな目で俺を見ないでくれ」

三成が幸村に対してあれこれ面倒を見たがる気持ちが少しだけわかった気がする左近だ。この目で見つめられたらあの三成が断るわけがない。
晴れやかな表情ででは早速参りましょうと言いながら早くも踵を返している幸村が、最初からこれを狙ってやってきたのではないことを祈るばかりだった。



 

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あきゅろす。
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