[携帯モード] [URL送信]

なんちゃって平安時代の妖怪パロ(※戦ムソ)
1
草木も眠る丑三つ時とはよくぞ言ったもので、この刻限の都は針の落ちる音さえも響き渡りそうなほど静まり返っている。時折ほう、ほうと梟の鳴き声がどこからか風に乗って流れてきていた。
空は薄い雲に覆われていて、月詠命がその姿を隠してしまうと完全なる暗闇だ。それでもところどころに浮かぶ光は、どこぞの貴族が夜歩きでもしているのだろう。
丑三つ時は魔の刻限。このような時に外をうろついて妖に襲われたとしても自業自得と斬り捨てられてしまうかもしれない。
だが、闇に乗じて動く人間というのは、貴族でなくとも少なからず存在している。



雲間にうっすらと滲む月に重なる人影が一つ。一瞬だけ光の中に姿を現し、すぐにまた影の中に溶け込んだ。
闇に乗じ、静かに密かに強かに人知れず任務を全うする。忍とはそういうものだ。
熟練の技を操る服部半蔵は、都で随一の腕を持つ忍である。彼の主である徳川家康もその腕を高く買っており、近しい者には如何に自分の家臣が優秀であるかをことあるごとに語っているほどだ。
今宵の任務は、最近家康の懐に入り込もうと躍起になっている官吏の身辺を探ることだった。
主の地位が上がれば上がるほど、それに比例して危険に晒される機会は増えていく。周りに集まってくる沢山の人間たちが、真に家康と志を共にするつもりがあるのか、それとも強大な権力に群がるだけの蠅かを見定めなければならない。
当主たる家康がそれを見誤れば、徳川家の失脚だけには収まらない事態になってしまうかもしれない。信じられるのは己の信頼する目のみ。その目の役割を任せられるということは、半蔵にとっては誇りでもあった。
幸いなことに、今日の調査対象は家康に従うふりをして反旗を翻すような度胸も権力もない小物であった。身近にいたところで何の役にもたつまい、という意見は半蔵も、家康の腹心である忠勝も一致してはいたものの、それでも主は頼ってくれた者を見捨てることはできないと笑っていた。
主がそんな人柄だからこそ、命をかけて任務にあたる価値があるというものだ。
その半蔵が今、追っ手を撒こうと都を飛び出し、それでも振り切ることができずに全力疾走していた。小物を嗅ぎまわっていたら、思いもよらぬ大魚に目を付けられたらしい。
否、大魚というよりは、厄介な魔魚とでも評した方が正しいかもしれない。
あまり都から離れすぎるのは賢明ではない。もしも主に危機が迫りでもしたら。
主の元には自分以外にも護衛はついている。右大臣という身の上だ、いつ魔の手が伸びても不思議ではない。それに対応するだけの戦力は揃っているが、百万が一という可能性も皆無ではないのだから。
だが、今自分を追ってきている者を主の傍にうろつかせておくのは論外だ。
このままついてくるようならできるだけ都から遠ざけ、少し遠回りをしてでも二度と都に近づきたくないと思うあたりまで引っ張って撒いてしまいたい。
しかし、半蔵の目論見はすぐさま崩れることとなった。遊ぶように後を付けてきていた気配が一気に速度を上げ、半蔵の前に回り込んだのだ。
足を止めて気配を殺しながら内心で舌打ちする。先ほどまですぐ目の前にいるかのような気を放っていたのに、注意深く探っても何の気配も感じなかった。
それどころか、いきものの気配が全くしない。深夜は夜行性の獣たちの活動時間だというのに。
その違和感に気付いた瞬間、凄まじい殺気が背後から向けられた。振り向きざまに投げつけた鎖鎌が、鎖が擦れる甲高い音と共に受け止められる。

「相も変わらず忠犬だな、半蔵」

笑みを含んだ声の主が一歩足を踏み出す。
夜闇にぼんやりと浮かぶ白い面と、燃えるように赤い髪、天を衝く長身。
誰なのかはここに来るまでの間に当然わかっていた。
飯綱使い風魔小太郎が、口の端を吊り上げて愉快そうに笑う。と、その懐からいくつもの妖の気配が飛び出した。
咄嗟に鎖鎌を引こうとするが、鎌の柄は風魔が捉えたままだ。仕方なく左手で鎖を掴むと右手に持っていた余剰分を伸ばし、分銅を軽く振ってから素早く投げつける。
耳障りな叫び声と肉を潰す嫌な音が重なった。半蔵は見鬼の力は持たないが、今は敢えて見せつけられているのか、男が操る管狐の姿がはっきりと視えている。
手元に戻ってきた分銅を確と掴み、改めて風魔と向き合った。

「まだ都をうろついていたのか……何が目的だ」

「我は混沌の風。ただ風の向くまま流離うのみ。目的など持たぬ」

さも可笑しそうに風魔が笑うと、彼を取り巻く管狐たちも同調するようにして体を揺らし、けたけたと声を響かせた。
面の下で不快に表情を歪めた半蔵が鎖を強く引くと、驚くほどあっさり鎌が手元に戻ってくる。間を置かずに刃を前に向けて構え、一気に風魔に肉迫した。
心の臓を真っ直ぐに狙った刃が手甲で受け止められる。何合か打ち合ったところで距離を取ると、奇妙に伸びる腕が追撃をかけてきた。

「っ!」

眉間を狙ってきたそれを分銅で叩き落す。均衡を崩した視界に、にやりと笑う面が映った。
腹に重い衝撃があったと同時に地面に叩きつけられる。息をついている暇はないと判断してすぐさま体を起こし、その場から飛び退いた。
案の定、一拍前まで自分の体があった場所の地面が深く抉られる。投げつけた分銅は乾いた音と共に弾き返され、再びすぐ目の前に風魔が現れた。
咄嗟に大きく仰け反ると、その勢いを利用して足を思い切り振り上げる。苦し紛れの反撃だったが、予想しにくい動きだったためか意外にもその蹴りが風魔の顔面を捉えた。
好機とばかりに反対の足も使って横面を蹴り飛ばす。が、確実にとらえたと思った風魔の姿は霧散し、代わって不気味に笑う管狐が数匹姿を現した。

『何…?!』

気配は察知できなかったが、反射的に体が動いた。
背後に迫っていた風魔の手甲と鎖鎌が再び組み合う。腕を捻って弾き飛ばすと、距離を取って木の枝に着地した。
見上げた先の一際背の高い大樹の頂で、腕組みをしたまま佇んでいる風魔が邪悪な笑みを深める。彼の背後で伸びあがった管狐が真っ直ぐに半蔵のいる方角を見据えた。
襲撃に備えて得物を握り直すと、甲高い鳴き声を上げた管狐たちが一斉に風魔の手を離れて飛び出した。暗闇に惑うことなくこちらへ向かってくる。
咄嗟に動けなかった半蔵は、反射的に腕で眉間と心臓を庇った。が、管狐は半蔵の腕と胴をするりと貫通してしまう。
しかし、それだけだった。痛みも何もない。驚く半蔵を他所に、管狐達は水にでも潜るかのような音を立てて地面の中に沈んだ。
普通の管狐は白に近い色をしているが、どうも様子が違う。全身が黒く、何か瘴気のようなものを纏っているように見えた。
霊力を持たないただの忍である彼にその正体はわからない。だが、何か嫌な予感がする。
一連の動きを見ていることしかできなかった半蔵は剣呑に風魔を睨んだ。

「何をした?!」

「面白きこと、だ……」

声を荒げても、風魔は笑みを深めるばかり。
次の瞬間強い風が吹きあがり、反射的に顔を覆った瞬間に風魔が闇に紛れて消えていく。腹いせに投げつけた分銅は虚しくも空振りに終わった。
何事もなかったかのように静まり返る森。いつのまにか、獣の気配も感じられるようになっている。その奇妙な静けさが逆に不気味だった。
風魔が放ったあの黒い管狐が気になるが、今のところ正体を探る術はない。都の方へ向かった様子がないのが不幸中の幸いといったところか。
脅威が消えたのなら、いつまでもこんなところにいる理由はない。風魔が主の元へ向かっていないか確かめなくては。
得物を戻し、半蔵は都への道を一路戻り始めた。






****






小さなくしゃみを一つした子狐が寒そうに身を竦ませる。雪の騒動は収まったのに何でこんなに風が冷たいのかと考え、そういえばこれから本格的な冬になることを思い出して気分が沈んだ。
獣の姿をしているときはいつもより妖気を抑制しているためか、寒暖差を少しだけ強く感じるようになる。ならば常に妖の姿でいればいいのではないかという話だが、いつも実体でいると山の獣たちが気を遣うのだ。
そんなに警戒するなと何度言っても聞かないので面倒になり、結果こちらが譲歩する形になっている。
そもそも普段自分は堂の中にいるのだから怖がるくらいなら覗くんじゃない、と常々思う。夜目を覚ませば起きたのかと様子を探られ、幸村や兼続と歓談していれば何事かと聞き耳を立てられ。別に聞かれて困る会話をしているわけではないが、気分の良いものではないので自然と追い返す声が不機嫌になる。それもまた獣たちにとっては近寄り難く思うのかもしれないがよく考えなくても元凶はあちらではないか。怖いもの見たさとかそういうものなのだろうか。
この調子で文句を垂れ流していたら兼続には大笑いされ、幸村には三成殿はお優しいですねなどと言われる始末。彼らの目には山の動物たちの平穏を乱すまいと三成が最大限心を砕いているように映ったらしい。冷たい奴だと罵られるよりはましだがなんとなく釈然としない三成だ。
そして、ふと気づいた。堂の中にいるはずなのに風が吹いて寒いとは、これいかに。
まさか昼間蔀戸を上げたのを閉め忘れたかと思ったが、自分に限ってそんな過ちを犯すはずもない。では兼続か幸村か。否、ここ三日ほど顔を見ていないのでそれも違う。
となると、獣たちのどれかか。しかし、三成に気づかれず蔀戸を開くような知恵と力と度胸のあるものがいただろうか。

「………ん?」

目を開けたら、まず地面が見えた。
あまりの寝相の悪さに転がり出たか。いやいやそれはないだろう。寝相は良い方だ。以前三妖揃って雑魚寝をしたときは自慢の尻尾をふたりに抱き枕にされるという憂き目にあって寝ぼけながら兼続を蹴り飛ばした記憶があるが、その程度である。
そして次に辺りを少し見回してみた。
何かおかしい。木の配置がいつもと違う。

「んん?」

目を細めたりしながら二、三度左右を確認したが、どうも見覚えのない風景だ。
今朝は確かにいつもの堂で眠りについたはず。一体ここはどこだ。
眉間に皺を寄せ、妖の姿へと変化する。高くなった視線で見ても、やはり全く覚えのない場所だった。
その瞬間、息を呑む声が聞こえてくる。
視線を巡らせた先で、見たことのない幼子が丸い目を見開いてこちらを見つめていた。年は十かそこらだろうか。
少し驚きつつも、俺が視えるのか、と関心した。
人間の子供は、大人よりも「視える」ことが多いらしいと以前左近から聞いた。幼い頃は視えても、大人になるにつれてその力を失っていく者がほとんどらしい。政宗や左近、官兵衛など関わったことのある人間がことごとく見鬼の力を持っていたのであまり実感が湧かなかったのだが、その子供もその部類だろうか。だとしたら今のうちに色々視て度胸をつけておくのも手かもしれない。
斜め上にずれた考えを自分自身で肯定していたら、突然、子供が動き出した。後ろ手をついて腰を抜かしていた姿勢から一気に起き上がり、その場で正座をして三成を真っ直ぐに見つめる。
そして、小さな頭を地面に擦りつけた。

「おねがいしますお狐様、母上様をおたすけください!!」

魂の叫びのような、悲鳴のような慟哭。しかし、あまりに突然のことすぎて何を言われたのか理解が追いつかなかった三成は、不機嫌そうに眉を顰めてこう返した。

「は?」



 

[次へ#]

あきゅろす。
無料HPエムペ!